稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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65話:除霊と封印
宇宙歴786年 帝国歴477年 4月下旬
地球教総本部付近 第13装甲擲弾兵司令部
オフレッサー中将
「すでに軌道上からの艦砲射撃で出入り口は表口を除いて封鎖しておりますが、教団本部内は迷路のような構造になっており、自爆に近い伏撃を受けております。一部では、信者ごと爆破したり、水没させたりと、想定外の攻撃を受けており、前線がなかなか進まない状態であります」
「叛徒どもとの市街戦とはまた違うか......。初戦は前線に出たが、前線が苦戦しているのであれば、また俺が出張ることも考えねばならんな」
「閣下、地球教徒どもの戦い方は軍人の物ではありません。狂信者というか、テロリストに近いものです。閣下が来たとなれば、それこそ自爆の為所と逆に士気が上がりかねません。ご自重ください」
副官が必死の形相で押しとどめてくる。確かに最後は教団施設全体を爆破しかねぬ。俺が前線に出ては逆に指揮系統が乱れかねぬか......。
「分かった。確かに俺が前に出れば不測の事態が起きかねぬな。自重することとしよう」
ホッとした表情をした副官の肩越しに、情報部から派遣された中佐がこちらに来るのが見えた。
「オフレッサー閣下、お力添えありがとうございます。おかげ様で地球教本部のハッキングと情報の吸出しは終わりました。余程の幹部でもなければ、把握した以上の情報は持っていないでしょう。前線の方々にも、捕虜を取る必要は無いとお知らせ頂ければ幸いです」
敬礼をするとすぐに報告が来る。副官に視線を送ってすぐに周知するように促すと、副官はそのまま通信機器のほうへ早足で向かった。これで遠慮はいらぬ。無駄な犠牲は少ないに越したことは無い。
「意見具申をお許しください。教徒どもを同じ兵士として対応するのは危険かと存じます。必要なものは手に入りました。あとは装甲擲弾兵によるクロスボウを使用した遠距離攻撃でじっくり制圧されてはいかがでしょうか?死ねば自爆スイッチを押すこともございませんし、遠距離なら避難する猶予もございましょう。毒ガスやサイオキシン麻薬を空調に流す可能性もございます。装甲服を、施設内部で脱ぐのは危険です。それも考えれば2時間が活動限界ですし、いらぬ犠牲も減ると存じます」
情報部から派遣されたオーベルシュタイン中佐が、独特の感情の起伏が少ない声で意見具申してきた。一見参謀風な風貌は本来なら俺があまり好むところではないが、こやつがそれなりに格闘術を修めているのを独特の空気で感じてからは参謀にありがちな『口だけのもやしっ子』ではないと判断して、意見具申も許していた。
「確かに、近づいたら危ない毒虫相手に、わざわざ接近戦をする必要もないか。ただ、あやつらは最終的に教団施設を爆破しかねん。あまり悠長なことも言ってはおれぬ部分もあるが......」
「それに関しては、遠隔ではございますが、教団施設のシステムにロックをかけました。システムを介した起爆はこれで防げると存じます。持ち運び可能な妨害電波発生装置もまもなく届きますので、有線でスイッチを押されない限りは、何とかできるのではと存じます」
「通信機器にしてはやけに大荷物だと思ったがそんな物まで持ち込んでいたのか。これもリューデリッツ伯の手配か?」
「はい。お酒の合間に積んでいけとのことでした。出番が無いに越したことは無いともおっしゃっておられましたが......」
リューデリッツ伯か......。軍部貴族の名門の生まれながら、兵卒にも配慮を欠かさぬ方だが、慰安用の酒だけでなく、自爆装置への対処もお考えとは......。さすがに帰還の折にはお礼に伺わねばなるまい。俺が入隊した当初は、戦勝の祝いの酒を指揮官たちが自腹で賄う事も多かったが、彼が旗振り役となって何かと差し入れをしてくれるようになった。指揮官としては、ただでさえ昇進させにくい装甲擲弾兵を指揮する以上、酒ぐらいは手配してやりたいと思う事は贅沢なことではないはずだ。それが当たり前にできる喜びを、地上部隊の指揮官たちは皆、感じているはずだ。
「俺からも帰還の折にはお礼に伺うつもりだが、卿からもオフレッサーが感謝していたと添えてもらえれば助かる」
「承知いたしました。では、システムのロックの監視もございますので、失礼します」
中佐はそう言い添えてから敬礼をして、俺が答礼すると、情報部が使用している一角へ戻っていった。彼もリューデリッツ伯の秘蔵っ子の一人だ。25歳で中佐となれば嫉妬をされる存在だろうがそういう声は聞こえてこない。機会には恵まれているだろうが、しっかり実績を上げているからこそだろう。リューデリッツ伯の格闘術の練達ぶりは装甲擲弾兵にも聞こえている。一度、稽古などつけてもらう事は出来るのであろうか......。
宇宙歴786年 帝国歴477年 4月下旬
地球教総本部 総大主教謁見の間
ド・ヴィリエ主教
「ドードーン、ズシン......」
帝国軍の攻勢が始まってすでに48時間、段々と爆発音が近づいている。サイオキシン麻薬漬けにした信者たちの自爆攻撃でなんとか対抗しているものの、大した訓練を受けたわけでもない。むしろ重火器も持たせずに装甲擲弾兵に立ち向かわせる事に違和感を感じないのが不思議な位だ。
まあ、狂信者のことなどまともな頭で考えても理解できる存在ではない。地球教の唱える絵空事を信じて、そのために殉教する事に喜びを感じるなら、そうさせてやるのがお互いの幸せだろう。そんなことより、今は自分の身の安全を計ることが何よりだ。地球生まれの私には、身を立てる場は地球教団しかなかった。だからこそ入信はしたが、教団の唱える絵空事を信じている連中が滑稽で仕方がなかった。
自分たちは着れなくなった服をどうするか?よほど高価で思い出深い物ならまだしも、薄汚れてぼろぼろになった不要な服など、焼却炉行きだろう。せいぜい雑巾にでも再利用されれば御の字だろうに。
「総大主教猊下、もはやこれまで。ここにいたっては最後に異教徒どもを道連れに殉教するしかございますまい」
「うむ。ここに至ってはそれしかあるまいな......」
威勢の良いことを言っているが、本心ならなぜ手がブルブル震えているのか?散々後ろ暗い事をしてきたのだろう。帝国軍に捕まった後の事を考えればさぞかし不安で仕方がないに違いない。
だが、メインシステムをロックされた時点で、教団本部全体を吹き飛ばす自爆装置は起動できない。この謁見の間を吹き飛ばすのがやっとの量の爆薬が運び込まれ、ガン首をそろえて殉教するつもりらしい。最後まで狂信者としての生き様を貫いてほしいものだ。
「それにしてもワレンコフがこうもきれいに裏切るとは......。無念でございます。あの背教者め。いずれ報いを受ける事になりましょう」
大主教の一人が、濁りきった嫌な眼を血走らせながら恨み言を述べた。どうせ迫りくる恐怖に耐えきれずに麻薬でも打っているのだろう。地球教の教えに『恐怖に慄いた際は麻薬に頼れ』などと言うものは無かったはずだが......。まあ良い、死にたがりどもと未来を共にするつもりはない。さっさとお暇しよう。
「総大主教猊下、不肖このド・ヴィリエ、戦況の確認がてら猊下の門出の露払いをしてまいります。一足先に、あちらでお待ちしておりますれば、帝国軍への最後の一刺しを何卒よろしくお願いいたします」
そう言い添えると、私同様、身を立てる為に地球教に入信した数名と、自室へ急ぐ。ここで作業員の服装に着替えてから、取水の為の地下水脈へつながるメンテナンス通路を進み、教団本部が存在する山脈の麓へ続く地下水脈へと進む。出口の小さな洞穴まで1週間はかかるだろうが、逆に騒動がいったん落ち着く間を置くと思えば丁度良い期間だろう。せいぜい自爆でもして、私たちが逃げ延びる猶予を作ってもらいたいものだ......。
宇宙歴786年 帝国歴477年 5月下旬
太陽系第三惑星 衛星 月面
アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト
「それにしても我らが揃ってリューデリッツ伯の下へ配属になるとは、いささか驚いたな」
「まずは叔父上の下で、物の流れをしっかり学べという所だろう。新世代艦の艦隊運用ではそれを意識する事が必須だというし、叔父上はその分野では帝国屈指の実績をお持ちだ。任官したての少尉にある程度任せられる案件が丁度あったというのもあるのだろうが......」
「哨戒活動の原案も提案するのだ。決して気楽にできる任務ではないだろう」
幼年学校からの同期である、ディートハルト、コルネリアス、アウグストがそれぞれの思う所を述べる。我々4名の任官先は前線総司令部、基地司令官付きとなったが、基地司令であるリューデリッツ伯は基地司令でありながら軍全体を支援するような立場になっている。
地球への派兵に伴い、その衛星である月に構築された仮設基地を小規模とは言え恒久的なものに改修する事と、地球から今や帝国では反社会的勢力とみなされている地球教徒が脱出する事を防ぐために、パトロール部隊の哨戒計画と防衛衛星の設置を任務として言い渡されることになった。
地球教徒が国事犯と目されている以上、決して疎かにして良い任務ではないし、シェーンコップ卿をみれば、前線総司令部、基地司令付きは出世コースでもある。当初は、父と同じ任地になるのはいささか気恥ずかしい思いもあったが、その父がアイゼンヘルツ星域に新設される3個艦隊規模の建設責任者として転出して以降は、煩わしい事もなく、前向きに任務に取り組めている。
「父も転出したし、リューデリッツ伯の手元には色々と対処しなければならない案件が山積するはずだ。それらをこなしながら、まずは後方支援と物の流れの基礎を押さえる。士官学校を卒業して任官する先としては願ったりだろう。あのシュタイエルマルク伯ですら、統帥本部に任官された1年間は雑用に追われたそうだしな。サイズは比べるまでもないが、気概はイゼルローン要塞に関わる気持ちで取り組もうではないか」
「それに、防衛衛星を活用する案は、アイデアは叔父上、企画案はシェーンコップ先輩が作成したものだ。手抜かりでもあれば後が怖いからな」
場を明るくするようにディートハルトが話を変えた。シェーンコップ先輩は士官学校卒業後、1年目に行われる万歳昇進で中尉に昇進した後、数日で麻薬中毒者の焙り出しへの貢献が認められ大尉に昇進されている。先輩からは、艦隊司令を志望するような話は聞いたことが無いが、昇進の先にどんな有り様をお考えなのだろうか?リューデリッツ伯主催の会食で知己を得たオーベルシュタイン中佐は、それなりに昇進したら退役してRC社に活躍の場を求めたいとのことだったが......。
きり良く、皆のコーヒーカップが空になったところで、休憩スペースからそれぞれのデスクに戻る。皆の足取りが軽いのも、この任務の重要性と、ある程度裁量を任されたことから期待されていると実感できているからだろう。まずは自分を高めて、いずれはメルカッツ提督の司令部に所属する事が今の俺の目標だ。
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