真ソードアート・オンライン もう一つの英雄譚
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インテグラル・ファクター編
終わりの始まり
「まさか俺がギルドに入る事になるなんてな」
「ホントだよな。つーか何時もキリトは黒い服着てたから白い血盟騎士団の服は見慣れないな」
あの戦いから二日後、コハルから制服を渡された。(キリトはアスナから貰ったらしい)
コハル曰く、血盟騎士団は俺たちの実力を見たいらしい。それによって所属する隊が決まるとか。いやいや、散々見てきたでしょ!って突っ込みは駄目らしい。これまでの俺たちのボス戦での活躍はなんだったのか。
ギルド本部に到着し、ゴドフリーという一番隊の人に「この55層の迷宮区を抜け、次の層までいってもらう」という訓練を出されたのだ。
ゴドフリーと俺たちを含む五人パーティーらしく、集合場所として言われていた正門前へ行くと、
「なんで……」
「……」
「君らの事情は把握しているが、これからは同じギルドの仲間なのだ!過去のことは水に流してもらおうと思ってな!」
ガハハハッと笑うゴドフリー。その横には、いつか決闘をしたクラディールがいた。
「先日は、ご迷惑をお掛けしました……二度と無礼な真似はしませんので、許していただきたく……」
「お、おう……」
「これにて、一件落着だな!」
いや、でも気不味いのは変わらないんだよなぁ。ゴドフリーは特に気にすることなく笑い出す。気不味い……。コハルとアスナに助けを求めても苦笑いを返されるだけだった。
「では副団長。隊長。行ってまいります」
「ええ、気を付けて」
「はい!」
ゴドフリーは元気に挨拶すると、先導を切って歩き出した……と思いきや此方を向いて、
「その前に諸君らには結晶等のクリスタルを、預かっておこうと思う。諸君らの実力を知るためだ。さぁ出してくれ」
俺たちは渋々結晶類をゴドフリーの持つ袋に入れた。
全く。こんな事しなくても55層程度ならバトルヒーリングで何とかなるよ……。
そして訓練が始まる。そして何も起こらないまま昼飯になる。
「これ食うの久しぶりだな……」
「最近はアスナとコハルのサンドイッチ食べてたりしたからなぁ……」
俺とキリトはパンを死んだ魚のごとくジト目を向ける。相変わらず、味気も特にないパンだな。そう思いながら水を飲む。その時、周りの奴らに違和感を覚えた。
クラディールが食料に手も付けず、こちらを長い前髪で隠れた目でみている。他の団員とゴドフリーが倒れる音を聞いたのは、クラディールの様子に気付いた数秒後だった。
まずいと判断し、水を投げ捨てるがもう遅い。俺たちのHPバーには、普段ないはずの麻痺表示が出ていた。
「クッ……ククッ……クハッ、ヒャッ、ヒャハハハハハハハ!」
クラディールが気味の悪い笑い声をあげる。もう、犯人など明白だった。
「麻痺毒かっ」
おそらく、今回の水を用意したのはクラディールなのだろう。そして、全員が水に口をつけるのを待っていた。やはり、一件落着なんてことにはならなかった。それだけでなく、この状況は最悪のものだろう。迷宮区。麻痺。誰も助けに来ないし、解毒結晶がなければ解毒することもできない。
「どういう事だクラディール!」
「あんたは前から気に入らなかったんだよ、ゴドフリーさんよぉ。弱いくせにあーだこーだと一々指図しやがって!」
そう言って、クラディールがゴドフリーに剣を突き刺した。ゴドフリーのHPバーが急速に減る。楽しそうに笑うクラディールを見て、これが初犯ではないのだと確信を得た。そんなことはどうでもいい。確信を得たからなんだっていうのだ。今、人が殺されかけている。もうHPがわずかしか残っていないゴドフリーに、大剣をゆっくりと押し込んでいく。じわじわと、しかし確実にHPは減り。ゴドフリーが、砕け散った。
「あんたにはもっといろいろ言いたいことはあったんだがなぁ……」
嗤いながら言いつつ、ほかの団員の方へと向かう。
「お前には特にないが、生還者は1人の予定なんだ」
言いながら、大剣を何度も振り下ろし、団員のHPは消え、命も同時に消滅する。俺は、何もできなかった。目の前で命が奪われている状況で、声すら発することができず、ただ見ていることしかできなかった。よく知った仲ではない。思い入れがある人物達でもない。だが、命が失われる瞬間、俺は何もできずに、みているだけだったのだ。
「次はお前だぜ、黒の剣士さんよぉ」
「なんでお前みたいな奴が……」
《血盟騎士団》に入っているのか。そう続かせる前に、奴は笑みを深めていった。
「もちろん、あの女だよ」
あの女。
血盟騎士団でコイツが指している人物はおそらくただ一人。
「テメェ」
先ほどまでに感じていた言いようのない虚無感とは別の感情にキリトは支配される。
怒り。アスナを――大切な存在を狙われているという事実に、怒りが沸いたのだ。
「ヒヒッ!そうこえぇ顔すんなよ、まだ何もしちゃいねぇんだからよぉ、ヒャハハ!!」
いうと、クラディールは大剣を持ち直し、キリトの胸に狙いを定める。ヤバい、このままじゃキリトは殺される!そうだ!
「おい!クラディール!麻痺毒なんて、どこで手に入れやがった」
俺は気を此方に向かせるように話しかける。
「ああ、どうせ死ぬんだ、特別に教えてやるよ」
俺の問い掛けに、クラディールはインナーの袖をめくる。そこには、すでにないはずのエンブレムが存在した。
「笑う、棺桶……ラフコフのメンバーかっ」
《笑う棺桶》ラフィンコフィン。かつて存在した、SAO史上最悪な殺人ギルドのエンブレム。これ以上被害が出ないようにと、攻略組により討伐隊が組まれ、奴らが根城としている場所を襲撃した。結果は、襲撃が漏れていて交戦となり、攻略組、笑う棺桶のどちらにも死者が出て、それ以外の笑う棺桶メンバーは監獄へと送られた。確かに、ラフコフのメンバーだったのなら麻痺毒にも頷ける。奴らの殺人手段の1つだったからだ。
「ま、正確には違うけどな。俺がラフコフに入ったのは最近だ。精神的にだけどな」
「最近……?」
どういうことだ?ラフコフはすでに潰したはずだ。
なにせ、討伐隊には俺も参加したのだ。目の前で、すべてをみてきた。
まだ、ラフコフの恐怖は、終わってなどいなかった。
「さて、そろそろ殺っとくかぁ?仕上げと――ッ」
突然クラディールの剣が弾かれた。何が起きたのかが分からず弾き飛んだ剣の方を見るクラディール。すると、馬の走ってくる音が聞こえてきた。馬に乗ってきたのは、
「コハル!アスナ!」
コハルの手にはダーツが握られていた。どうやらコハルが投げたようだ。
「な!?ア、アスナ様!?それにコハル隊長!?な、何故ここに!?」
二人はクラディールを睨みつけてコハルは俺たちの方へ、アスナはクラディールの方に歩み寄る。
「ア、アスナ様!これには深い事情が!……そう!訓練の一環なんですよ!だから――ッ」
アスナの細剣がクラディールの頬を掠める。クラディールのHPゲージが少し減った。何が起きたのか全くわからなかったのか、クラディールも呆然としている。すると次の瞬間、アスナはソードスキル《スター・スプラッシュ》を使いクラディールが滅多刺しにされた。
「わ、分かった!俺はもうお前たちの前には現れない!ギルドも抜ける!だから殺さないでくれ!」
するとコハルが俺たちの回復を終えて、クラディールの前に行く。
「いいえクラディール。アンタはそれだけでは済まされないよ。アンタは人を殺してる。『黒鉄宮』の監獄に監禁になるから」
「そ、それだけは!隊長!それだけは!」
「それだけの事をアンタはしました。その罪を報いなさい」
コハルはメニュー欄から操作する。するとクラディールが動いた。落ちていた自分の剣を拾い上げると、勢いよくコハルに向かって走り出した。
「そうはいかねぇんだよ!ガキがぁ!!」
「きゃあ!」
クラディールはコハルのお腹を思いっきり蹴り飛ばした。
コハルは壁にぶつかって気を失った。
「ヒヒッ全くムカつく小娘だぜ!こんなガキが俺様の隊長だって聞いた時はハラワタが煮えくりかえりそうだったが、もうその心配はない。全く……あめぇぇぇぇんだよ、ガキぃぃぃぃ」
その後のことは覚えていない。気が付けばクラディールは全身ボロボロで倒れていて俺はその上に馬乗りになっていた。
「ひ……人殺しの……クソ野郎が……」
俺の拳がクラディールの顔面に直撃する。クラディールの顔はもはや別人なぐらいボコボコだったが、今の一撃で顔は崩壊。そして砕け散った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸が粗い。今も顔の骨を砕いた様な感覚が指先に残っている。自分の手を見るとプルプル震えていた。
「ア、アヤト……」
「アヤト君……」
キリトとアスナの方を見ると、二人は何ともいえない表情。いや、恐怖に染まっていた。なんだよその顔は?俺は何かしたのか?頭がどんどんスッキリして行く。そして状況をしっかり理解した。
初めてーー人を殺した。ラフコフ討伐の時でさえ俺は誰一人殺してなかったのに……。それからコハルが目を覚ますまで呆然と俯いていた。
それから数日。俺とアヤトは血盟騎士団を脱退した。アスナとコハルも精神的な休憩が必要だということで休暇をもらっていた。アヤトはあの日以来元気がなく、部屋から出てこなくなった。コハル、俺、アスナと行っても部屋の扉が開かない。完全に引きこもってしまったようだ。
「アヤト……」
「大丈夫だよ。アヤトは必ず復活するって。今はそっとしておいてやろうぜ」
「うん……」
俺はコハルの心配を解そうとする。それからどれだけ時間が経っただろうか。一向に気分が晴れない。それだけでなく何だか胸騒ぎがするのだ。
「私、もう一回アヤトの所に行ってくる」
「あ、コハル!?」
コハルはアヤトの借りている部屋の前までつくと、咄嗟にドアノブに手をかけた。すると、さっきは開かなかった扉が開いた。コハルはハッとすると勢いよく中に入る。
「アヤト!」
しかし、中には誰もいなかった。いや、何も無かった。アヤトが置いていたインテリアも、服も何もかもがなくなっていた。
「アヤト……何処に行っちゃったの?」
コハルは部屋を出るとあちこちを探し始める。アヤト……何処に行っちゃったの?
胸騒ぎが止まらない。何か、アヤトが遠くに行ってしまいそうなそんな感覚。いつものようにひょっこり帰ってきてほしい。
「コハル?何やってるんだ?」
「アヤト君のところに行ってたんじゃないの?」
「キリトさん。アスナ。実は……」
事情を説明する。それを聞いた二人も手伝うって言ってくれた。そのまま手分けして探しに行く。フレンドリストの名前が薄くなっていないことから、最悪の事態には陥っていない事が分かった。
「……!?メッセージ?誰だろう?キリトさんたちからかな」
コハルはメッセージ画面を開く。
『コハル。突然居なくなってごめん。でも決めたんだ。俺はこのゲームを今日終わらせる。この世界にいるみんなを解放するんだ。でもこれは掛けだ。もしかしたらもう会えないかもしれないし、ひょっこり帰って来るかもしれない。その時はいつも通りに迎えてくれると嬉しい。ただこれだけは言っておきたい。俺がもし死んでもコハル、君だけは絶対に死なないでくれ。また、再会しよう』
送り主の欄にはアヤトと書かれていた。間違いない。アヤトはこのゲームを終わらせようとしている。でも、フロアボスはまだ15体も残っている。それに次の75層のボスはクォーターポイント。一人で倒せるなんてありえない。それぐらいアヤトにだってわかっているはずだ。ならどこに.……?
「アヤトは見つかったか!?」
「キリトさん、アスナ……それが、アヤトからメッセージが!」
「何?……あいつ」
キリトとアスナはコハルからメッセージを見せてもらい読む。
「もしかして……あいつ、何か分かったのか?いや、まさかな」
「何か知っているの?キリト君」
「お願いします!キリトさん。私、アヤトを連れ戻したい。アヤトに何かあったら私……」
「コハル……キリト君。知ってる事全部教えて」
「……分かった。恐らくアヤトは――」
「さて、何の用かね、アヤト君」
あの日と変わらず、そこに座っている人物。
血盟騎士団団長、ヒースクリフ。ここは55層の血盟騎士団本部内の団長室だ。
あの日。コハルとアスナ、そして俺とキリトのギルド入団を賭けて決闘をしようといわれた日と違うのは、周りに団員がいないことくらいだろうか。
だが、その変化はありがたい。
「アポを取らず突然来たのはすみません。回りくどいのは面倒なので、単刀直入に聞きます」
他の団員がいる前で、確認できる内容などではない。だって、これはあの日のデュエルで見た光景で俺とキリトが行き着いた仮定。それは、
「あなたの正体は、茅場晶彦ですね?」
「………………ふむ」
緊張が走る。今にも吐き出してしまいたいが、ここはゲームの世界。吐き出せるものなどなにもない。
ヒースクリフは、否定も肯定もしない。ただ、呟いてから目を閉じているだけ。「疲れているのかね?」なんて返ってくれば、疑念を完璧には晴らせないもののとりあえず勘違いだったで済む。そうすれば、俺の望んだ状況には持っていけないが、少なくともここで死ぬ可能性はなくなる。 そんな思考が頭を過り、まだ自分はそんなことを考えてしまっているようだ。だが、ああ。そうなるのなら、どれだけ安堵を得られるだろうか。
「確かに、私は茅場晶彦だ」
現実はそう甘いものではないらしい。理想は容易く崩れ去った。もう、引き返す道はない。
「なら、あんたを殺せば、このゲームは終わるんだな」
今、ここで、このゲームを終わらせる。全プレイヤーの帰還。そんなこと、知ったことではない。俺が望んでいるのは、そんな英雄のようなことなんかじゃない。
ただ、俺が望んだのは―――
「つまり、君が望んでいることは、こういうことかね」
ヒースクリフ――茅場晶彦は、口元をゆがめる。
「私と、生死をかけた決闘がしたい、と」
その表情はいつもの攻略組のリーダーではなく、まるでこの世の魔王のような顔だった。
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