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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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52話:裁判ごっこ

宇宙歴779年 帝国歴470年 12月上旬
首都星オーディン 軍務省 貴賓室
軍務尚書 エーレンベルク元帥

「それで我らを揃って呼びだすとはよほどの案件であろう。爵位継承を祝って元帥号でも貰えるのかな?」

「それは良い。ブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家は門閥貴族の中でも帝国の藩屏たる家柄だ。まさに元帥号にふさわしき家柄であろう」

爵位を継承して浮かれるのは勝手だが、こやつらは軍部も、軍部系貴族も、そうした特別扱いをされて当然という門閥貴族の中でも政治ごっこをしている連中を白い目で見ているというのにどこからそんな話が沸いてくるのか?儂も侯爵家の次男坊ではあるが、前線にも立ったし、艦隊司令のひとりとして、叛乱軍との会戦で指揮を執った事もある。ただ爵位を継承しただけで元帥になれるなど、コルネリアス帝の時代ならいざ知らず、この時代に起こり得る訳が無かろうに。ため息をつきながら同席している高等参事官のシュタイエルマルク伯爵に目線を送る。伯爵はうなずくと話を始めた。

「そのような未来があるかはともかくとして、残念ながら今回のお話はお二人に元帥号を授与するというような話ではございません。軍務省としては、お二方の爵位継承が済むまではと、むしろ抑えていた話なのです。改めての確認なのですが、これからの話に関して心当たりはございませんか?」

「心当たりはないな。そんな事よりその物言い、いささか無礼ではないか?」

伯爵がばっさりとお調子者どもを切り捨てると、不機嫌な様子でブラウンシュヴァイク公爵が応えた。だが気にするぞぶりもなく

「たとえ公爵家のご当主とは言え、士官学校を首席でご卒業されたとしても一度も前線に立たずに元帥号を授与された前例はございません。こちらとしては爵位継承を控えていることを配慮して、この時期にしたにも関わらず、逆に元帥号を授与しろなどと言われれば面喰ってしまうのも仕方ないでしょう」

さらりと言葉を続けた。こやつは門閥貴族を慇懃無礼にあしらうのが本当に巧い。あと10年早く生まれていれば、何が何でも軍務次官にして仕事を押し付けただろう。当初は少し若すぎるという声もあったが軍務次官にという話もあった。だが、本人が艦隊司令官を志望しているので、軍務次官にはせず、高等参事官として軍務省に転籍することになった。転籍の原因である前進論の台頭への対応を主導したのもこやつだ。艦隊司令官など危険だし、先代のシュタイエルマルク伯の艦隊司令部で長年軍歴を重ねている。もう前線は十分ではないのか?儂がそんな事を考えていると、話はいよいよ本題に入ったようだ。

「では、本題に入らせて頂きます。大前提で、軍部の考えとしては、お二方への皇族の降嫁への祝いを兼ねて、ガイエスブルク要塞の件を偉業とする事で一致しておりました。ところが、士官学校や幼年学校で、ご一門や寄り子のご子息方が、軍部も我らの力を認めた。これからは我々が軍を主導するなどと触れ回っておるとか。任官したら少佐どころか少将になると言っておられる方もいるそうです。当人たちはお二人のご意向を確認している旨も触れ回っているとのこと。どのようなお考えでそのようなことを触れ回らせておいでなのか?確認したくご足労を願ったわけです」

二人の顔色が変わる。おそらく自分達の爵位継承に浮かれて、しっかりと手綱をとることを疎かにしたか、浮かれた勢いでそのようなことを口走ったのだろう。これが帝国の二大藩屏とは、物語の題材としては面白いかもしれんが、実際に自分の身に振りかかれば、嬉しくてため息しか出ない。

「それは何かの間違いではないのかな?儂はそのような指示を出した覚えはない!」

ブラウンシュヴァイク公爵が慌てて応え、自分もそうだとリッテンハイム侯爵が横でうなずく。実際に指示していなかったとしても、一門や寄り子がこういう意向だと触れ回っている以上、指示していないでは済まされないのだが。

「では、御二人のご意向だと触れ回って周囲をたぶらかそうとしたという事になりますがそれでよろしいのですね?」

シュタイエルマルク伯の目の色が変わった。こやつは門閥貴族を追い詰めるタイミングになると目の色が変わる。こうなってからの展開は何度も観てきた。自分が観客でよかったと毎回思ったものだ。他人事の儂はのんびり見てられるが、主演の当人たちはそうも言ってはいられないだろう。この話の終わり方によっては、皇族が降嫁した相手の名前を騙ったのだ。大々的に報じされれば、数年はこの二人の内々の意向という話には全て確認が必要になる。そんなことになれば面目は丸つぶれだ。さてどうなることやら。

「うーむ。ただ、我らの一門や寄り子達もガイエスブルク要塞の件では協力をした。それを誇るあまり、言葉が大きくなったのやもしれぬ。そこは我らがしっかりと注意しておくこととしよう」

リッテンハイム侯爵がなんとか無難な落としどころを提示したが、本当にこれで軍部が納得するとおもっているのだろうか?まあ、落としどころはすでにシュタイエルマルク伯と相談済みだ。変わることは無いだろう。公平な扱いをせよ。と陛下の内諾も得ている。

「今回の一件、少し軽くお考えのようですな。軍部としては、御二方に慶事ゆえ少しでも華をもたせようと配慮をした結果、良識に満ち溢れた返礼をされたと認識しております」

そこで一旦言葉を区切る。今更ながら話がそんなに簡単なものではない事と、旗色が悪いことに気が付いたようだ。裁判の開廷と言った所か、それとも裁判ごっこの始まりと言った所だろうか。

「そもそも今回の件はリューデリッツ伯から軍部として配慮をしようと提案があり行われたものです。リューデリッツ伯は確かに少佐で任官いたしましたが、勅命であるイゼルローン要塞の建設に貢献した上での任官でした。ちなみに成績は首席です。一方で、失礼ながらご一門や寄り子のご子息方は下から数えたほうが早い状況です。配慮をして公表はしておりませんが、これは日頃の状況を見ていれば周囲もだいたい分かることです。
つまり軍部としては士官学校を首席卒業して誰にでもわかる功績を上げたリューデリッツ伯だからこそ少佐任官できたのに、それを成績下位の者がお二人の意向だと言って、自分たちはそれ以上に評価されるべきだと触れ回っている状況なのですよ。
もう一度言います。軍部は配慮した結果、良識に満ち溢れた返礼を頂いたと判断しております。このままいくと、今後、御二方のご一門、寄り子の皆様には軍部としては一切、配慮が出来なくなりますが宜しいのですね?当然ながら、幼年学校・士官学校でも配慮もなくなるとお考え下さい」

流れは検事役にある。一気に押しきった感じだ。とりつく暇もないというのはこういう時に使うのだろう。さてどうすることやら。

「それは困る。どうすればよいのだ。リューデリッツ伯が詫びろと言うならそのように手配するが......」

とうとう尻に火が付いたようだ。焦りだすと声が大きくなるのはブラウンシュヴァイク公爵の癖だ。そして、リッテンハイム侯爵は左膝が少し動きだす。ちらりと見ると予想通りだ。左膝だけでなく両膝が動き出していた。

「この場では軍部としての対応を話し合っております。リューデリッツ伯への対応はお二人でご相談ください。今回の件はお二人の意図ではなかったことは承りましたが、であるのであればその旨をしっかり周知させる必要があります」

「つまり公にするという事か?そんなことをされれば我らの面目が立たぬ。何とかならぬのか?」

両膝が限界に達したらしい。リッテンハイム侯爵が立ち上がって声を上げた。そんなに面子が大事なら日頃からしつけをきちんとしておけば良かったのだ。もしくは従士のひとりに定期的にお行儀を確認するでも良かった。それなら自家内での叱責で事は済んだだろうに。助けを求めての事だろう、被告役の2人が儂に視線を向ける。演劇は苦手だが、これ位のセリフなら覚えられる。

「伯、さすがにそれはお二人にとっては重すぎる話だろう。事を公にしない形で、意図とは違ったことを周知できる案があれば、御二人もご快諾頂けると思うが......」

被告たちの視線が検事役へ移った。彼らからすれば儂は弁護人に見えたかもしれんが、実際は傍聴人だ。初めから判決は決まっていた。今から判決が読み上げられる。被告達がすでに第一案を蹴った。第二案までも蹴れば、軍部はもう配慮しないという回答が来る。つまり受け入れるしかない訳だ。

「尚書閣下がそこまで言われるのであれば致し方ございません。腹案ですが、触れ回っていたご本人たちに責任を取ってもらいましょう。外聞が悪いので退学ではなく自主退学という事で対応いただければと思います。対象者はこちらにリストにしてございます」

検察官がファイルを2つ取り出し、一つずつ被告達に渡した。それぞれの一門と寄り子の子息の名前が記載されたものだ。この世代の子息は全員対象となっている。

「これは......。いささか対象者が多いのではないか?」

焦ると大声になる被告がとうとう小声になった。もう一方は両膝だけでなく右手も震えだしている。ただ、軍部の最高責任者として『はいそうですか』と許せる案件でもないのも確かだ。仮に彼らが任官した所で、配属先の兵士たちは指示に従わないだろう。なら在籍する事自体、無駄だ。ならこれはお互いにとって良い判断だろう。用意されたもう一つのセリフを言うタイミングが来たらしい。

「判断はここでお願いしたい。儂も軍部を抑えてきたが、信賞必罰は軍の拠りどころだ。この案が飲めないという事になると、軍部としてもう配慮はしなくて良いと通達せざる負えなくなる」

そう言ってため息をつきながら、首を横に振る。思ったわりに不本意ながら残念だという芝居が出来たのではないだろうか?もしかしたら俳優としての生き方もあったかなどと、世迷言を考えているうちに被告たちは判決を受け入れる判断をしたようだ。

「では、まもなく年末年始の休暇になりますので、そこで自主退学されるとい事で手配いたします。ご足労ありがとうございました。大きなご判断をされ、いささかお疲れでございましょう。我らはこれにて失礼いたしますゆえ、しばらくお休みください。尚書閣下、次の公務が控えております。参りましょう」

そう言うと検事役は席を立ち、儂に道をあける形で、応接セットのわきに移動した。応接室から出ると検事役もついてくる。もう判決は下された。法廷に残る意味もないだろう。それぞれの執務室へ戻る。まだ先の話だろうが、一応、儂の意向をちゃんと伝えておこう。伝聞では間違って伝わるやもしれぬからな。

「伯、この度の対応、見事だった。前進論の火消しといい、今回の件といい、伯爵には軍務省で良き思い出が無いやもしれんが、艦隊司令官の次の職務として軍務省次官も考えてもらえればありがたい。これは儂の本心だ」

伯爵は一瞬驚いたようだが、嬉しそうにありがとうございますとお礼を言って言葉を続けた。

「閣下、私は軍務省でのお役目を嫌な思い出だとは思っておりません。昔からしつけは得意でしたし、自身も学生時代には、彼らの横暴を見て義憤を感じておりました。追い出せるものなら追い出したいと考えた事もございましたので、長年の夢が一つかなった想いです。ありがとうございます」

いつものお手本のような敬礼を伯爵がしてくる。儂も自然と返礼をしていた。もうすぐ儂の執務室だ。高等参事官の執務室はもう少し先にある。別れの挨拶をすると

「そういえば閣下、私も幼きころからしつけは得意でしたが、愚弟はさらに得意でしたよ。特に駄々っ子のしつけではあやつの右に出るものはいないでしょう。では失礼いたします」

思わず笑ってしまった。リューデリッツ伯が幼いころから門閥貴族とやりあってきたのは有名な話だ。 
 

 
後書き
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