人類種の天敵が一年戦争に介入しました
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第13話
前書き
なぜか日間ランキング入りしてました。ありがとうございます。
なんかの間違いでしょうかねぇ……
ジオニック社の技術者達はトレーラーの常識を覆す速度で近寄ると、我先にと車から飛び出した。樽に近寄る者、破壊された戦車に駆け寄るものと様々だが、これに慌てたのは引率のマ・クベではなく、護衛の責任者の01でもなく、部外者の野良犬だ。
野良犬は無線で来るなと呼び掛けているが、回復してきたとはいえ無線は未だ途切れ途切れにしか繋がらない。外部音声に切り替えて説得を試みたが、やる気に火がついた技術者達は止まらない。事態はすぐに手遅れになった。
プライマルアーマーはコジマ粒子という重金属粒子を機体周囲に還流させて形成する。アサルトアーマーは機体周囲に展開するコジマ粒子を外部に向けて爆発させるものだ。機体を稼働させただけならコジマ粒子の排出量はほとんど無いが、プライマルアーマーを展開すると一気に危険域に突入し、そこからアサルトアーマーをつかえば結果は言わずもがなだ。
何が? コジマ粒子による汚染の話である。コジマ粒子は生体に致命的な悪影響を与える汚染物質である。野良犬のいた世界においては、高濃度のコジマ粒子汚染下で生存可能な生命体は見つかっていないほどの毒性を発揮する。先ほどの戦闘跡にはそれが濃厚に漂っているのだ。そこに突撃した技術者達は、言い方を変えれば毒ガスの中に飛び込んだということほとんど変わりがない。案の定、技術者達は全身を痙攣させて崩れ落ちた。
「……あー……」
だから言ったのに。野良犬は操縦席で項垂れたが、状況は更に動いた。技術者達を押し留めようと、日本に生息しているスモウレスラーのように腕を突き出した姿勢のまま硬直している樽。この姿勢が、新たな事態を引き起こす。スモウレスラーが一瞬で身を翻した。事前にそれと分かっていなければ見失うであろう速度。今日はまだ見せていない、瞬間移動と思わせる動き。
クイックブースト。推力にものを言わせて機体の速度を瞬間的に加速させる機構だが、野良犬は更に動きを追加していた。右側に後ろ向き、左側に前向きのベクトルを働かせると右向きに、左右を逆にすると左向きに旋回する超信地旋回という動きがある。その場で回ることからスピンターンとも呼ばれる。これをクイックブーストで行うと、一瞬で方向を変えることができる。クイックターンと呼ばれる技術だ。更に野良犬は僅かにブーストの時間をずらすことで、機体を流しながら向きを変えていた。その場で回るスピンターンにしなかったのは、攻撃を回避するためだ。
攻撃。
クイックターンはともかく、クイックブーストは回避行動だ。野良犬は回避行動を取らざるを得なかったのだ。連邦軍が全滅したこのフィールドで、野良犬に向けて攻撃をする存在は。
01の撃ったマシンガンの弾丸が、スモウレスラーの残像を貫いた。2発目がスモウレスラーの頭部パーツの横を通り、3発目の弾丸が何もない空間を引き裂いた時には、01の乗るザクⅡC型の胴体が白い光に包まれる。胴体正面を大きく抉られ、01が乗っていたザクⅡC型はマシンガンを撃ちながらゆっくりと前に傾いていく。
乗っていた、と過去形なのは、既に01は乗っていないからだ。野良犬の超反応に対応して01が超速度で脱出したわけではない。01はスモウレスラーに撃たれた直後、コックピットにまで到達したプラズマによって蒸発していたのだった。一瞬の出来事であるから、痛みも熱も感じることはなかっただろう。
元冷却水や元装甲板や元01だった蒸気や塵を噴き出しながらザクが傾くが、機体が地面に倒れ込むその前に、03と02が武器を構えるその前に、スモウレスラーがマ・クベの乗るザクⅠにプラズマライフルを突き付けた。
「どういうつもりだ?」
どういうつもりも何も、同じことを言いたいのはマ・クベの方だった。01に攻撃命令を出した覚えはない。
確かに、この場で野良犬を始末する可能性はあった。コーカサス地方制圧組から護衛を選抜した理由の一つだ。野良犬の爪痕を知っている、腰の引けた黒海制圧組では、急に野良犬を殺れと言われても即座に実行できるか怪しいだろう。一瞬の躊躇で失敗すれば、こちらも大怪我をすることになる。野良犬を知らないコーカサス地方制圧組なら、迷いも怯えもない。
知識は力だ。しかし、知っているからこそ出来ないこともあれば、知らないからこそ出来ることもある。地雷源でタップダンスを踊ることができるのは、地雷源だと知らない人間か酔っ払いだけだ。
マ・クベの手駒に酔っ払いはいないので、知らない人間を引っ張ってきたのだが、野良犬の乗機を確認した時点で現時点での暗殺計画は破棄された。別に幕僚達に諮ったわけではなく、マ・クベが内心でそう決めただけだ。なぜなら、暗殺計画の存在を知っているのはマ・クベだけだからだ。誰にも、キシリアにすら相談していないことなのだ。マ・クベの腹の中だけにあり、そのまま抱えている秘密だ。余人に漏らす筈がない。01に指示を出してもいない。ではなぜ01は勝手に動いたのか――
「済まない。詫びて済む話ではないのだが、どうやらモグラがいたようだ」
「モグラ?」
モグラ。諜報員や工作員の隠喩だ。マ・クベの指示に従わない部下。勝手に動き、マ・クベを危機に陥れる部下。不出来な部下で済ますほどマ・クベは間抜けではないし、軍内政治にどっぷりと頭の先まで浸かっているマ・クベなのだ。自分以外の命令で動く部下には自分以外に飼い主がいると考えるのは自然の成り行きだ。政治色の無い人員を選抜したつもりだったが、経歴を洗うのが甘かったらしい……と反省するのは後で良い。今は、プラズマライフルをこちらに向けた狂犬を宥めなくてはならなかった。
「連邦ではなく、対立派閥の手の者だと思う。我々も一枚岩とはいかないのだ。生きていれば聞くこともできたのだが……」
企業管下の傭兵機構カラードから革命勢力ORCA旅団へ、そして最後の最後にはORCA旅団すらも飛び出した野良犬にとっては、組織が一枚岩ではないということは身をもって理解している。跳ねっ返りがいることも、よく知っている。獅子身中の虫という奴がいることも。中将、総司令官という立場から、部下の中身は玉石混淆、派閥が入り乱れ、全員を裏の裏まで把握できないことも、想像がつく。
だが、野良犬はマ・クベに同情しない。マ・クベの言うことが正しい保証もないのだ。殺そうとして失敗し、自分は知らない、部下が勝手にやったことだというのは古今東西ありふれて使い古された言い訳だろう。
マ・クベにとって不幸だったのは、本当に01の単独犯だったことだろう。01にとっても不幸だったのは、本当に01にとっても『不慮の事故』だったということだろう。
現地の武装勢力と思って内心では見下していたら、意外なほど、不審なほどに進んだ技術を持っていた。
その戦闘能力も驚くべきもので、リリアナがジオン公国軍のコントロール下にない今、警戒するのも当然と言える。普通の軍人であれば、キシリアが最初に話を付けてしまった為に毒を食らわば皿までという状況に追い込まれたマ・クベのようには受け入れることができないのだ。
更には技術者達の一斉死。野良犬の持つ害意が連邦軍以外に向けられたのは明らか――少なくとも01にとっては――だった。
野良犬に対する不信感、警戒感、危機感が限界まで高まった01の背を押したのは、他ならぬ野良犬自身だった。野良犬は技術者達を押し留めようと、機体の手を突き出した。技術者達もマ・クベ達と一緒に待機していたため、技術者達に向けられた手は、待機場所から姿を表したマ・クベ達にも向けられていた。まっすぐ手が向けられていれば、腕もまた。しかし、手は非武装だが腕はそうではない。
01から見た視界はこうだ。もうもうと上がる黒煙、破壊された戦車、煌めく緑色の粒子。周囲に倒れている自軍の技術者と、それらの中心で連邦軍を焼き尽くした謎のビーム砲を『こちらに向けている』怪しい危険な機体。
護衛の責任者として、先制攻撃はむしろ当然であった。考えるよりも速くマシンガンを構え、撃ち、01はこの世から消えた。
つまり、だいたい野良犬のせいだったのだ。
我が道を往く野良犬の不遜さがマ・クベに対する敬意を欠いたように見えていた。野良犬が実力を見せて値段を吊り上げようとしたのは逆に脅威度を吊り上げた。通信が回復しなかったので手を突き出して止まれを表そうとしたが、それはプラズマライフルを突き付ける形となった。
だから、だいたい野良犬のせいだったのだ。
悲劇的なところは野良犬が01を瞬殺したために01の内心を誰も察することができなかったことだろう。喜劇的なところは、政争に慣れたマ・クベは01の暴走が真実01の暴走だとは考えず、背後に誰かがいると考えたことで真相から遠ざかったというところだろう。マ・クベと違い部下達は01よりの立場だったので真相に近いところにいたが、総司令官のマ・クベが銃を突きつけられているために迂闊な事を言えず、状況の打開をマ・クベの説得に期待するしかなかった。自業自得と勘違いの組み合わせが最悪の形で実を結んだといえる。
だが、それは野良犬の知る由のない真実だ。今この場にある事実は一つ。
マ・クベの部下が発砲したこと。
これである。
上司の不始末は部下の責任ではないが、部下の不始末は上司の責任。今はマ・クベが責任者だ。責任者は責任を取るためにいる。
マ・クベの乗るザクⅠに向けられたプラズマライフルがゆっくりと下げられた。
ザクⅠの頭部から、胴体へと。
後書き
これで場面も時間もとばせる! また一歩ガンダムに近づくぞ!
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