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小ネタ箱

作者:羽田京
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オリジナル
  あの家に帰りたい(完結)

 
前書き
ビビッときたので、オリジナル(一話完結)を書いてみました。
私なりに勇者召喚を考察したものです。 

 
「帰ってやる!! 絶対に!」

 男は勇者として召喚された。
 魔王を討伐し、王女と結婚する―—そんなありふれた物語である。そのはずだった。

「勇者様! おやめください!」

 日本の地方都市に生まれた男にとって、親は母一人だった。
 母は、女手一つで男を育てた。
 
 なぜうちはこんなに貧乏なのか。
 なぜうちには父親がいないのか。

 不満をもった男は幼少のころ、そういって母を責めた。 
 だが、いくら理不尽な言葉を投げかけても、母は悲しそうな顔をしてひたすら、ごめんね、と謝るだけだった。
 そのときの母の顔を、男は今でもはっきりと覚えている。


 親の心子知らずというべきか。男は順調にグレて色々とやんちゃをした。
 そのたびに、母は学校や警察に頭を下げに行った。
 だが、叱ることはあっても、愛情をもって男と接し続けた。

「邪魔をするなら、誰であろうと容赦はしない!」
「そんな……!?」
 
 そんな男であったが、底辺とはいえ高校に進学した。もちろん、母が稼いだ金で。
 母に強く勧められたこともあったが、働くのが面倒というのが、男の正直な気持ちだった。


 そして、母は倒れた。
 不治の病だった。ごめんね、とあくまでも男のことを気遣う母を見て、男は――

「俺がいなくなったら、病気の母さんはどうなるんだ!? 親戚もいない、誰も助けてくれない状況で、俺を育ててくれた母さんはどうなるってんだ!」

 頼れる親戚もいない過酷な状況で、母は男を育て切ったのだ。
 働きづめだった母には、友人すらいなかった。
 近隣で最低金額の家賃のアパートで、母が待つのは、男一人。

 「あのボロアパートで、一人きりで生きていけとでもいうのか!?」

 ――俺はまだ一つも親孝行できていないんだぞ!

 それは男の魂の叫びだった。
 かつての勇者パーティーとの激闘を広げながら、走馬燈のように記憶がよみがえる。
 底辺の高校で必死に勉強しながら、アルバイトをいくつもかけ持ちして必死に働いたこと。
 地元で最高峰の国立大学への進学が決まったとき向けてくれた母の笑顔。

 治療費を稼ぐためにアルバイトを続ける傍ら、大学の研究室で誰よりも働き、どんなに多忙でも、母と過ごす時間を作ったこと。
 一流企業の研究職にオファーが来て、母と一緒に大喜びしたこと。
 初めての給料で買ったブローチを贈ったら、母は涙を流しながら喜んでくれたこと。

「俺は誓ったんだ! 絶対母さんを幸せにしてやるって!」

 母が犬を飼いたいを思っていることを知って(母は隠しているつもりだったようだが)、庭つきの一軒家を買うために頭金を貯め始めたこと。
 
 そして、頭金が無事溜まったことを母に知らせるために帰宅中、男は異世界に召喚されたのだった。
 異世界でチート能力をもらって、贅沢をして、様々な見目麗しい女性に言い寄られても、男の心には全く響かなかった。
 男の願いはただ一つ。

「何度でも言ってやる! 俺は絶対に、絶対に帰ってやる!」

 魔王を倒せば帰ることができると聞いて、周囲から止められようと死ぬ気で、驚くほどの短期間のうちに、魔王を討伐したのだった。

「待ってください! たしかに騙していたのは謝ります! ですが、ですがどうかこの地に留まり私たちの光となってください」
「ふざけるな!」

 男は騙されたのだ。魔王を倒しても男は帰ることはできなかった。
 だが、魔王の最期の言葉が、男とこの世界の運命を決定づけた。

『一定数の人間殺し、魔王の資格を得れば、異世界へ渡ることもできよう』

 死闘を繰り広げた男は、かつての仲間だったものを一瞥すると、無尽の野を進むがごとく、人間を殺していく。
 勇者パーティーが全滅したことで、勇者を止められるものはもういなかった。

 ――こうして、新たな魔王が誕生した。男の行方は、誰もしらない。 
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