大岡と盗賊
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第一章
大岡と盗賊
江戸南町奉行大岡越前守忠相はこの時苦い顔になっていた、そのうえで与力達の言葉を聞いていた。見れば大岡は面長で知的な顔をそうさせている。背筋は伸びているがその背中にも苦悩が見える。
「またあの者達の仕業か」
「はい、雲霧五人男の」
「あの者達の仕業です」
与力達も苦い顔で大岡に話す。
「雲霧仁左衛門、因果小僧六之助、おさらば伝次、素走り熊五郎、木鼠吉五郎です」
「この五人がお奉行の配下を名乗ってです」
「相模屋の屋敷に入り」
「盗人を探しに来ただの言い」
「蔵から五千両盗んでいきました」
「一人千両ずつ」
「太いことをする」
大岡は五人男の言葉を聞いて苦い顔で述べた。
「五千両も盗むとはな」
「全くです」
「よくもあそこまで盗むものです」
「五千両も盗むなぞ」
「とんでもないことです」
「関所破りをした百姓夫婦を脅したこともある」
このことは大岡自ら話した。
「よくもそんなことを見付けたと思うが」
「目ざといですな」
「そしてやたら頭が回る者達です」
「そうして盗みを次々と成功させております」
「まるで石川五右衛門が五人おる様ですな」
「うむ、拙者もそう思った」
石川五右衛門の名が出てだ、大岡も頷いて答えた。
「あの者達、まるでな」
「石川五右衛門ですな」
「あの盗人が五人おる様ですな」
「いつも見事に盗みます」
「そうしてしまいます」
「まことに石川五右衛門の如き」
大岡は再び五右衛門の名前を出した。
「あの者達は。だがな」
「それでもですな」
「これ以上放ってはおけませぬな」
「幕府の名にかけて」
「到底」
「そうだ、それでだ」
だからだとだ、大岡は与力達にさらに話した。
「ここは一つ策を用いるとしよう」
「策?」
「策といいますと」
「あの者達が狙うのはどういった者達か」
大岡は自分の話を聞く与力達に問うた。
「一体」
「関所破りをした百姓の夫婦に」
「やくざ者の元締めになっていた坊主もいます」
「悪どく高利貸しをしていた検校も」
「相模屋も何かと黒い話がありますし」
「世に言う悪人達をです」
五人男が狙うのはそうした者達からばかりだ、これまで正しいことをして儲けている者達から盗んだことはない。
それは与力達も今気付いたのだった。
「となりますと」
「五人男が次に盗みや脅しを行うとすれば」
「悪人ですか」
「その者達からですか」
「そうなる、今江戸で最も汚く儲けている者というと」
大岡は袖の中で腕を組んだ、そうして考えている顔で述べた。
「大黒屋か」
「噂では裏で阿片を売っているとか」
「表向きは只の材木問屋ですが」
「それでもですな」
「その裏では」
「うむ、ああした店こそがな」
まさにとだ、大岡は与力達に話した。
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