永遠の謎
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164部分:第十一話 企み深い昼その六
第十一話 企み深い昼その六
そしてその考えをだ。彼はさらに話した。
「だからだ。昼にはだ」
「行かれませんか」
「そうされるのですね」
「それだけではない。昼には」
昼自体に嫌悪を見せる言葉だった。
「私はいたくないのだ」
「昼の世界にはですか」
「おられたくないのですか」
「そうだというのですか」
「そうだ。昼には何もない」
また言う王だった。
「私が望むものはだ」
「左様ですか」
「そう仰いますか」
「昼には何もない」
「そうですか」
「そうだ。夜にこそあるのだ」
まただ。夜そのものに対して憧憬を見せた。そうしてだった。
彼はさらにだ。こう話すのだった。
「全てはな」
「夜といえば」
「そうだな」
「そういえば」
「ワーグナー氏のオペラでは」
侍従達は王が夜について話すのを聞いてだ。そのうえで彼等の話をはじめた。それはワーグナーの中での夜のことだった。
その夜は何かというとだった。
「何かが起こるのは夜ですね」
「常に夜に起こります」
「魔女が蠢くのも夜でした」
ローエングリンのオルトルートのことである。このオペラは彼女、その正体はヴォータンの信者によって事件がはじまっているのだ。
そしてだ。夜はさらにあった。
「トリスタンとイゾルデが密会するのも夜ですね」
「森の中での密会」
「それもまた」
「そういうことだ。夜なのだ」
王は憧憬をさらにつよくさせていた。
「私はもう昼には何も見ない」
「その光の下にはですか」
「何もですか」
「見られないですか」
「夜に見る」
そこにだというのだ。夜にだ。
「夜にこそ。私は生きたい」
「ワーグナー氏のその夜の世界に」
「そうなのですか」
「そうだ。だから夜に行く」
そこまでの意味があったのだ。彼が何故夜に行くかというとだ。
そうしてだった。王はその夜にだ。僅かな供だけを連れて密かに宮殿を出た。そのうえでワーグナーの屋敷に向かったのであった。
ワーグナーの屋敷の入り口の扉、中から香水の香りがしてくるその場所でだ。まずはこう名乗った。
「ワーグナー氏の友人です」
「マイスターのですか」
「はい、そうです」
黒いコートを着てだった。使用人である老女にこう話したのだった。
「その者が来たとお伝え下さい」
「御名前は」
老女はその名前を尋ねた。
「何と仰るのですか」
「名前ですか」
「はい、貴方のお名前は」
暗がりの中だ。しかも帽子を深く被っている。王の整った顔は老女には見えなかった。だからこそその名前を問うたのである。
「何と仰いますか」
「ヴァルターです」
あえてこう名乗った王だった。
「ヴァルターと申します」
「ヴァルターさんですか」
「はい」
こう名乗ったのであった。
「そう言って頂ければです」
「マイスターもおわかりだというのですね」
「その通りです」
また老女に述べた。
「では。御願いします」
「わかりました」
老女も頷いてだった。そのうえで一旦家の入り口の扉から消えた。
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