稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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40話:小さな騎士たち
宇宙歴772年 帝国歴463年 1月下旬
首都星オーディン リューデリッツ邸
マリア・フォン・ルントシュテット
「大奥様、お茶をお持ちしました」
「ありがとうワルター。貴方もお座りなさい。一人前の紳士になるには淑女を魅了するスイーツの事も嗜んでおかねばなりませんよ」
私がそういうと、従士というには若すぎる男の子は少し困った顔をしてから席に座る。彼が座った席の隣にはもっと幼い男の子が座っている。私も今年で80歳。いつレオンハルト様の所に行くことになるか分からない。そう思ったらはしたない事だとは思ったが、リューデリッツ伯との婿入りの約定通り、ルントシュテット邸からリューデリッツ邸に移った。
ザイトリッツの長男も生まれたばかり、最後に子育ての役に立てればと思っていたが、予想外の出来事が待っていた。ザイトリッツは幼いころから私を良い意味で驚かせてくれたが、今になってもそれは変わらないらしい。リューデリッツ邸に移った私を、幼い騎士たちが出迎えてくれた。
今、お茶を持ってきてくれたのはワルター。シェーンコップ家の後継ぎだ。そして横に座っているのはオスカー。ロイエンタール家の後継ぎだし、もしかしたらマールバッハ伯爵家を継ぐ可能性もある。ワルターは8歳、オスカーは5歳。本来なら親元で養育されるべきところ、オスカーはリューデリッツ邸で養育されているしワルターも、毎日のように通っている。
そしてこの場にはいないが、オーベルシュタイン卿。今はザイトリッツの嫁のゾフィーについてくれている。私の右隣りではゆりかごで安眠するザイトリッツの嫡男、アルブレヒトがすやすやと寝息を立てている。そのそばでシェパードのロンメルが、同じように安眠している。この子も入れれば5人、リューデリッツ邸で養育されていることになる。
「オスカー?あなたもちゃんと感想を聞かせてね?こういうことは好みもあるからきちんとお互いの好みを理解しあうことは貴族のお付き合いに必要なことなのですから......」
オスカーは少し困った表情をしながら、うなずいてくれた。ザイトリッツからは詳しく聞いていないが、5歳で背負うには厳しい状況に置かれていたそうだ。ただ特別扱いはむしろせず、オスカーもワルターもオーベルシュタイン卿も年少とは言え一人前の男子として扱って欲しいと言われている。
とはいえ、世の厳しさは私が言わなくともこの子たちは体感している。いつか思い出にふけった時に温かい思い出になるように接している。あとは、礼儀作法だ。分かっていてしないのと、そもそもできないのは意味が違ってくる。ザイトリッツからはこの子たちは優秀なので、なんでそうするのかも説明してほしいと言われている。そういわれてみると、説明が難しい事もある。今までの経験なども思い出しながら進める礼儀作法の時間は、私にとって望外の喜びの時間だ。
ちょこんと正面に座るオスカーは、貴公子然とした容貌もあるが、幼いながらに少し教えるとサマになる雅さがある。隣に座るワルターは、おそらくシェーンコップ家でもかなり厳しく教えられたのだろうが、当初は型通りに済ますことが多かった。なぜそうするのかを教えると、自分なりにアレンジするようになった。自己主張が強いがどこか可愛げがある。そしてオーベルシュタイン卿、あの子は教えた事を完璧にこなすけど応用が苦手なよう。でも、私はオーベルシュタイン卿がいちばんやさしい心を持っていると思っている。アレンジの理由をワルターによく確認してるし、シェパードのロンメルも役目を意識して赤子のアルブレヒトの傍にいるが、一番懐いているのはオーベルシュタイン卿だ。
「ワルター、スイーツは予備があるから、ちゃんとおばあ様へのお土産に持っていきなさいね。私ばかりあなたとスイーツを楽しんでは申し訳ないですから。それで今回のアレンジはどんな考えからだったのか教えて頂戴」
ワルターはいたずらが露見したような表情をして考えを話し出す。既に大元は理解しているから、どんな立場であればそれが通るか伝えるのが私の役目だ。オスカーも興味深げな視線でこちらを見ている。少しでも早く傷が癒えて自分を出せるようになれば良いのだけど......。
宇宙歴772年 帝国歴463年 1月下旬
首都星オーディン リューデリッツ邸
ゾフィー・フォン・リューデッツ
「オーベルシュタイン卿、貴方は投資案件の方でも活躍していると聞いています。いくら私が身重とは言え、幼年学校の方も励まねばなりません。あまり無理はしないでくださいね」
「奥様、幼年学校の方はザイトリッツ様からも上位から落ちるような事が無いようにと指示を頂いております。ご安心ください。色々とご教授頂いた事が奥様のお役に立つのであれば、私の研鑽にもなりますのでご迷惑でなければお手伝いしたいのです」
オーベルシュタイン卿は今年11歳。まだ子供だというのに夫のザイトリッツ様の仕事を手伝っている。そして、私が関わっているRC社の種苗・品種改良の事業でも何かと手伝いをしてくれる。夫も認めているが、かなり優秀だ。正直手伝ってくれるのは助かるし、表情に乏しいオーベルシュタイン卿が、自分なりの着眼点から代案を出し、それが採用されたときにのみ、少し嬉し気にする事を私は知っている。
楽しんでいることを取りあげる訳にもいかず、優秀であることも手伝って、本来の年齢ならもう少し子供らしい事をすべきではないのだろうか?と思いつつも手伝いを許している。
ザイトリッツ様も10歳でRC社をすでに設立されていた事も考えれば前例がないわけではないが、傑物の周囲には傑物が集まるのだろうか?そういう意味では、ロイエンタール家からお預かりしたオスカー君も昨年から屋敷に通ってくるようになったワルター君も幼いながらに片鱗を感じる。
「オーベルシュタイン卿は優秀だから、手伝ってもらうのは助かるし、あてにもしているのよ?ただ、私が11歳だったことはガーデニングに興味を持って庭いじりをしていたから、これでよいのかと不安になってしまって......」
「奥様が他家の淑女の皆様と少し違う道をお選びになり、結果として、RC社の重要な事業のカナメとなられました。幼年学校はしっかり励んでおりますし、私の将来が拓くきっかけになるかもしれません。お気遣いはご無用に願います」
「わかりました。この件はもう私からは言わないわ。その代わりちゃんと休憩には付き合いなさい。さすがにあなたが仕事をしているのに、私だけお茶を飲むわけにはいかないもの」
そう言ってからメイドにお茶の用意を頼む。
「今日はスイーツを用意してあるの。お義祖母様もワルターたちと食べるはずだから、休憩を兼ねて楽しみましょう」
それにしても私たちの嫡子、アルブレヒトはかなり優秀な先輩に囲まれて育つことになるけど大丈夫かしら。ただ、長男が生まれ、そのあとに急に3人も子供が増えたような状況だが、永年一緒に過ごしていたかのような気安さがある。そこで気が付いたのは、夫も私も、3人の幼い子たちも両親をしらずに育っていることだ。夫は特別扱いはしなくて良いと言うが本当に良いのだろうか。良き母という物を知らない私は、祖母が私にしてくれたようにしか接する事が出来ない。基本的に甘くなってしまうのに。一度、夫とも相談しなければならないだろう。お茶の用意を待ちながら私はそんなことを考えていた。
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