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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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戦闘評価2



 ラザール・ロボスは不満をそのままに、会議室を見渡した。
 士官学校を卒業して、彼は真面目に働いてきた。
 その戦績は自他ともに認められているだろう。

 実際に彼は同盟軍においては、統合作戦本部次長というナンバー3の地位を得た。
 だが。
 視線に入るのは、常に目に入って来た人間だった。
 その巨漢と風貌は若い時と一切変わってはいない。

 そういつでも。
 彼はロボスの前にいた。
 若い時は気にならなかった。
 ロボスの前には多数の人間がいて、自分よりも優秀な奴も馬鹿な奴も、ただ戦っていた。

 だが、年を取ってロボスは気づく。
 いつでも彼がロボスの前にいることを。
 実際のところ過去の戦いや戦績など大きな差はなかった。
 だが。

 吐息とともに、見る先でシトレが黙って資料を見ている。
 彼は軍のナンバー2である宇宙艦隊司令長官となり、自らはナンバー3となった。
 彼と何が違うのだろうか。
 ロボスは考えてきた。

 何も負けていない。ならば――味方だ。
 同じ軍内での政治など、ロボスは今まで一切考えてこなかった。
 軍であれば、実力こそが評価の対象。
 それ以外など、不要だと考えていた。

 その結果が、これか。
 視線を手元に戻して、資料に通す目は厳しい。
 人望があるなどともてはやされているのが、その証拠ではないか。
 おそらくは軍においては、ロボスがシトレを追い抜くことは不可能であろう。
 今回の戦いで、統合作戦本部長の退任に伴って、シトレが統合作戦本部長になるのはほぼ確定だ。

 だが、終わりではない。
 軍では統合作戦本部長が最高位であるが、退職をすれば政治家や民間企業への就職など、まだまだ上はある――勝負は終わっていないのだ。
 そう考えれば幸いにして、現在の状態で気が付けたのは良かった。
 優秀なものを味方にして、恩を売れば、いずれはシトレを超えることも可能となる。
 そのためには、味方がいる。

 手元の資料を見れば、つまらぬ内容が目に入った。
 並行追撃作戦の際に、敵が味方殺しをすることが事前にわかっていたのではないかということだ。
 それをあげているのは、作戦参謀の若い士官。
 そして、情報参謀の同じく若い士官であった。
 作戦参謀については、議論の段階でイーサン・アップルトンが不許可としている。

 議論の余地はないと――そもそもそれが可能であるのなら、作戦自体が中止を考えなくてはならないと。
 ちらりと見れば、休憩にも関わらず至極真面目に座っている髭面の男が見えた。
 実際に起こったことを考えるとアップルトンはこの会議では針の筵であろう。
 苦々しく思っているはず――彼も参謀の主席として、次には司令官の要職に立つ人間だ。
 ロボスは小さく笑み、次をめくった。

 情報参謀については、議論すら行われてはいなかった。
 情報参謀の部内会議――会議と呼んでも良いものか、ミーティングで意見具申があった。
 それをビロライネン大佐が無視をした内容が書かれていた。
 こちらについては、先ほどの作戦参謀よりも遥かに罪は重い。
 検討したうえで却下としたのか、あるいは検討すらされなかった違いである。

 だが。
 対象となっている人間の名前を見れば、成績優秀な者たちばかりだ。
 今後はさらに同盟軍の中枢――数年後には司令官や所属の上に立つ人間であろう。
 いずれロボスが一番上に立った時、それぞれの部署の長として働いてもらう可能性が高い。
 今回、意見具申した人間の姿のプロフィールを見れば、どれも若く階級も低い人間。

 数年後では、どれほど成績が良くても艦長や分艦隊司令がせいぜいであろう。
 どちらを味方にするかなど、考えなくてもわかる。
 それに、忌々しい話だがあいつが学校長時代の学生ばかりだ。
 視線をあげれば、手洗いのために退席していたジェフ・コートニー統合作戦本部長が着席するところであった。

 わずかな休息の終わりを、コーネフが伝えた。

 + + +

「では、次に敵の攻撃に伴う状況評価です」
 コーネフが緊張とともに声を出した。
 休憩と言ったのは、実際には彼自身が落ち着くことを目的としていたのかもしれない。
 彼のいた人事課でも最ももめると思われたのが、この場面であったからだ。

 事前に味方殺しが察知されてなかったなら問題はない。
 先の戦闘報告の様に、味方殺しはそもそもわからなかったから問題がない。
 それだけで済むからだ。
 だが、それが事前に考えられ――おまけに対抗の策まで考えられていたとするならば。
 その評価はどうすればいいのか。

 本来ならば評価されるべきだ。
 敵の予測を読み、その対抗まで考える。
 だが、そうすれば――別の問題が発生する。
 それが、事前になぜわからなかったのかと。

 評価すると同時に、罰が発生する。
 通常であれば人事課が、統合作戦本部長に方針を報告すれば、それが決定として、この戦闘評価会議は追認されるだけで終わる。
 だが。
 ジェフ・コートニーは今回については、事前の決定を下さなかった。

 戦闘評価会議で決めるべきだと。
 本来であれば、それが正しい。
 だが、それらは前例がほとんどないことであって、コーネフの胃を痛めた。
「今回の作戦参謀の評価ですが」
 呟いた言葉に、続いてコーネフは唾を飲み込んだ。

 同時に緊張が生まれる。
「人事といたしまして……」
 その後に続く言葉は、コーネフは一瞬の躊躇を見せた。
 事前に決定していたならば、先ほどと同様に声に出すことにためらいはない。
 だが。
 コートニーを見れば、皺が入った眼はまるで寝ているように見えた。
「……事前に気づいた、彼ら士官を褒めるべきだと思います」

「褒める。それだけかね」
 最初に反応したのはビュコック中将だ。
 腕を組んで言葉を待っていた彼は、鋭い視線そのままにコーネフを捉えた。
「参謀については、全員を一階級昇任といたしております。その上で、統合作戦本部長からヤン・ウェンリー少佐とアレス・マクワイルド大尉には個別に表彰を……」
「たかだか紙切れだけで済ませるつもりなのか?」

「それは言い過ぎだ、統合作戦本部長から直々に表彰されるなど近年では珍しいほど」
「グリーンヒル中将。表彰など所詮紙切れにすぎぬ。そんなものもらったところで、腹が痛くなってトイレに駆け込んだ時の、トイレットペーパーにもならん。尻が痛くなるわ」
「はっは」
 皮肉気に呟いたビュコックの言葉に、笑い声をあげたのはコートニーだ。

 だが、和ませようとする反応は周囲には受け入れられなかったようだ。
 睨むような厳しい視線に、それ以上の言葉はなかった。
 ゆっくりとロボスが口を挟んだ。
「そもそも。今回の作戦は敵の攻撃がないとの前提で進めていたはずだ。そのための陸上戦隊や無人艦の投入による――その前提を覆すというのならば」
 見たのはシトレの方向だ。

「作戦自体が間違えていたという他がない。その責を求めるとすれば、最終的には許可をしたコートニー本部長以下の責任になるのではないかね」
「この作戦を考えたのは私だ」
「知っておりますよ、シトレ大将」
「だが、それを許可したのは私だということだな。そうなると、ロボスの言葉は決して間違えてはいないな」

 コートニーの言葉に、シトレは黙らざるを得なかった。
「そんな話はあとでやってもらいたい。私が口を挟める範囲を超えているのでな。だが――彼らを褒めるというのであれば、進言を無視した作戦参謀や情報参謀の上層部の責任はどうなるかははっきりさせてもらいたい」
「それについては……人事としては、先ほど述べましたが、全員一階級の昇任としたいと考えております」

「つまり、誰も責任を取らないということかね」
「ビュコック中将は責任論が強すぎないかね」
「信賞必罰は軍において当然のことだろう」
「だが、下から上がって来たとしても、情報を取捨選択するのが上官の役目ではないかね。今回はそれが間違えていたわけだが――それについては、そもそも想定すらされていない状況であれば、間違えたとしても責任を求めるのは酷なことではないか」

 ロボスから視線を向けられて、アップルトンは居心地の悪そうに姿勢を直した。
「いえ。それでは誰も納得できないでしょう。責任者として罰は受けなければならない」
「アップルトン中将。責任を感じるのは立派だが作戦自体は間違っていなかったと、先ほど結論が出たのではなかったか。それとも会議を最初に戻して、作戦の評価を変えるか」
「それは詭弁だろう」
「詭弁でも良いではないか。多くの部下をなくし、責任の所在を求めるビュコック中将の言も理解できる。だが、そもそもの政治判断が今回の作戦を成功と認めている以上、軍内部で無駄に悪者を作る必要はないのではないかと言っている」

「無駄な悪者というのでしたら私も何も言いません。だが、部下からの進言を無視する参謀がいれば、今後は参謀自体を信じられなくなるといっている。そう思うのは私だけですかな」
 問いかけられたように視線を向けられたのはグリーンヒル中将だ。
 穏健派とも言っていい彼は、ビュコックやロボスの強い発言に口にしていなかった。

「正直なところ。今回の件については、私も予測はしておりませんでした。いや、実際に参謀としての立場にいるときにこの進言を受けた場合、どうしていたか、今断言はできません。なにせ、トイレの排水の調子が悪いとかまで細かいことが参謀には上がってきますから」
 少し笑いを含めて、周囲を見渡した。
「主任参謀の経験もありますので、アップルトン中将の立場もわかります。それを全てあげていれば、主任参謀などいらないことになってしまいますし、それこそ重要な情報が目立たないことになってしまうでしょう。ですから、私は誰が責任といったことよりも、むしろ気づいた士官をもっと厚遇してもいいのではないかと考えます」

 ロボスが鼻を鳴らした。
「兵卒上がりのビュコック中将は表彰よりも実を求めているように思われるが、表彰ともなれば国の祝賀にも呼ばれ、そこで上層部と知り合いになる可能性も高くなる。まだ士官学校卒業して数年の若い士官にとっては非常に有意義なものになると思うがね」
 それはロボスにとっては、喉から手が出るほどに欲しかったもの。
 もっと先に上層部とのコネクションを作っていれば。

「苦労をして、その上にご機嫌取りをしろと。ばかばかしい」
「ばかばかしいとはなんだ」
 だから、次に続いたビュコックの言葉は許せなかった。
 立ち上がったロボスの言葉を制するように。
「少しいいかね」

 緊迫した空気の中でのんびりとした声が漏れた。
 コートニーの穏やかな言葉に、向かい合っていた者たちも言葉を抑えて黙った。
 ロボスが居心地悪げに座る。

「皆の意見は聞かせてもらった。そこで……私の意見を言わせてもらおう」

 + + +

 短いながらも、誰もが喉をからした会議が終了した。
 結局のところ、決定するのは統合作戦本部長であるコートニー元帥の意見によるところだ。たとえ不満が残ることになったであろうと、その意見には無視できない。
 それが嫌ならば、統合作戦本部長になるしかないのである。
 自由惑星同盟首都を眼下に見下ろす窓から、街を望み、コートニーは静かに立っていた。

 後ろ手に手を組んで、窓の方をまっすぐに見ながら。
「不満かね」
 言葉にしたのは、背後に向けて。
 会議の後で本部長室呼び出した、シトレ大将に向けてであった。
 静かな言葉に、シトレは大きく首を振った。
「いえ。そのようなことは」

「少なくともビュコック中将は不満であっただろうな」
「……あの老人はいささか言葉がきついですから」
「羨ましいものだな」
 呟いた言葉に、シトレが小さく目を開いた。
「君もビュコック中将の半分も意見をいいたかったのではないかね」
「それは」

 言葉の続きは出てこなかった。
 そこが兵卒上がりであるビュコックとおそらくは士官学校を卒業した者たちとの違いだろう。
 ビュコックの言葉は正論として、そして突き刺さる暴論だ。
 表彰など無意味だという言葉は、その表れなのであろう。
 だが、上に立つものの責としては、それだけでは終わらない。
 階級があがるたびに、そして立場が上になるたびに自らの意見を言えなくなる。

「だが。どうしても責任を求めることは無理なのだ」
 それがコートニーの意見。
 人事部が当初予定していた意見であり、そしてビュコックにとっては不満の残る結果だ。
「今回参謀に責を求めれば、下手をすればその責は我々にも向く」
「……それが必要というのであれば、私はその覚悟です」

「何も責任が怖いというわけではない。私は辞めればいいだけの話だ。地元に戻って、のんびりと酒でも飲んで引退する」
 少し驚いたように、シトレは目を開いた。
 統合作戦本部長ともなれば、次の就職は一流企業の顧問や政府の重鎮に就任する。
 自由惑星同盟軍最高位であっても、通過地点にすぎないというものも多い。
「だが。君は違う。声が大きくなれば、下手をすれば君の立場はそのままに、ロボスが統合作戦本部長に就く可能性だってある。まだロボスはわかっていなかったようだが、それを耳打ちしないものがいないともいえない」

 シトレの眉根が寄せられた。
 作戦自体は成功としている。
 だが、その後の軍のごたごたをマスコミに取り上げられればどうなるか。
 報道次第では面倒なことに確実になるだろう。
 そして、コートニーはそれを事前に握りつぶした。
「それに――アップルトン中将は優秀な司令官になれる人物だ。彼が次に司令官に上がらないとすれば、代わりになるのはまだ頼りない人物しかいない。君はムーアやパストーレのどちらがいいと思うね?」

「……スレイヤー少将は」
「彼がいくら優秀でもいきなりは無理だな。ただでも、ビュコック中将が司令官職にいるのだ。士官からの抵抗は大きいだろう。艦隊の要職で周囲からも、認められなければ難しい」
 シトレの前に立つのは、老年に達して細くも小さな老人だった。
 だが、断言する様子に、実際にも大きく見えた。
 あの会議の席で、彼だけが同盟軍の全体像を考えていたのだ。

 責任を求めれば、どこに歪みが生じるのか。
 そして、それを考えれば自分の意見など半分も言えない。
「な。辞めたくもなるだろう」
 振り返りながら呟かれた言葉に、シトレは何も言えなかった。

 ただ黙って、ゆっくりと頭を下げるのだった。

 
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