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汝(なれ)の名は。(君の名は。)

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13リーディング


 現代、飛騨郡、職業訓練学校

 ヨツハが鉄を精製して、鉄パイプと硝石からの黒色火薬、硫黄からの無煙火薬、ライフリングの入った後装式ライフルの作成を目指していた頃。
 スマートフォンを失った後の部員も色々な調査をしたが、シヨウも図書館や国会図書館に行っても無駄なのを悟った。
 職業訓練学校では早退や仮病での退席など認められないので、全員職業訓練の授業や実習に戻され、昼食時間になってから集合して学食で食事をしていた。
 怪奇現象研究会のメンバーとタケルだけが、シヨウが持っていた髪留めを指に結んでいるので、書き変わり前の歴史も覚えている。
「何これ? 肉が全然ない~」
「玄米と野菜の漬物、タンパク質は豆と味噌汁だけ」
 雨にも負けず風にも負けない頃の食生活と生活水準になり、東アジア特有の大量の米と辛い漬物、汁物、豆料理だけの食卓。
 脚気を起こさないように白米だけの食事はしないで、麦も入れるし玄米も食う。
 小魚があれば御馳走、動物の肉など高価で食べられないし、欧米式の食事は取り入れられていない。
 鶏卵を食べる程度で、卵を産まなくなった鶏の肉片が入るだけで御馳走、病原菌などの理由でネズミは食べない、兎も一羽と数えないし足が四本ある仲間なので食用不適。
 これで献立はかなり限定される。
 米軍捕虜みたいに、欧米人にゴボウや(はす)が入った物を食べさせると「草の根を食わされた」と告発されて戦犯に指定される様な精進料理。

「周りの奴らが小さい、俺も小さくなって筋肉も足りない」
 タケルが周囲を見回しても、近代スポーツの栄養学で食べ、プロテインなども多用して筋肉を付けて肉体改造をして、ダルビッシュ投手や大谷選手の様に右腕と胸筋だけ巨大化していた野球部員も普通の体になり、背丈まで縮んでいる。
 相撲部の奴らも2メートル越え体重200キロの巨人などいなくなり、体重も半分以下、100キロ以上に太れない低カロリーの食事をしていた。
 テレビで中継される本職の大相撲なども無くなり、各地で行われる出雲の神への奉納相撲が、力自慢の一般人だけで行われ、タニマチが雇っている力士も一般参加できる程度。
 毎日相撲の稽古だけして、チャンコを食べて出来るだけ太って体重を増やすような行為もできない。
 欧米のような食事も無くなり、運動部員も1万カロリー近いプロレスラーのような食事などできなくなり、修行僧の様な草と豆中心の精進料理で非常にヘルシー。
 海外から極真空手に入門して、食事時間には食べられなくなるまで食べさせられ、それでも大山倍達師範から「おかわりしなさい」と言われて無理にでもお代わりするような生活は、国ごと貧しいので不可能になっていた。

 食後、職員室前だけに設置してある街頭テレビを見ると、中国沿岸に並んだ旧式の戦艦が艦砲射撃を続け、東南アジア辺りから連れて来られた奴隷兵が、その爆発の中を上陸させられて行くニュース映像が流れ、職員も生徒も見入っていた。
「戦争よ、もうお終いだわ」
「こんな酷い歴史に……」
 それでも植民地の殆どが抵抗もしていないのと、世界大戦と呼ぶほどの大戦争が起こっていないので案外死者と餓死者が少ない。
 元々生まれて来なかったし、社会主義という壮大な実験が行われなかったので、独裁者が出現せず、粛清の嵐が吹き荒れなかった。
 ロシア領のアジア人は民族浄化で死に、東南アジアでもゴムの木のプランテーション農場で脱走者は死に、インド人奴隷は昔と同じように綿花栽培から紡績工場での重労働が嫌で、自分で指を切り落とすほどの苦痛を抱えていたが、死者数は少なかった。
 アフリカ人は元々増えなかったのと、農耕生活による安全で暴れない人物だけの淘汰が行われいないので、そのまま民族浄化される。
 従順なアジア人か、新しく奴隷にした中国人がアフリカの管理に送り込まれる。

 ロシアのアネクドートに、グルジア(現ジョージア)でスターリン像が建設されたのを喜んでいる人がいたので話し掛け「あれだけロシア人を粛清して、何の罪もないロシア人まで強制収容所に送った奴の像が建てられたのに、なぜ喜んでいるんだ?」と問いただすと「あれだけロシア人を粛清して、何の罪もないロシア人まで強制収容所に送った奴の像が建てられたから喜んでいるんだ」というブラックジョークもある。
 ヨシフスターリンはグルジア出身なので、そちらのジョークも含まれている。

「すまぬ、ヨツハの奴には話は通ったはずで、天然痘ウィルスは撒かれないはずなのだが?」
 まだ、諏訪に入る前に邪馬台国の軍勢が追い払われ、聖地出雲奪還の聖戦が国内で延々続けられたらしく、国内の消耗戦と人口低下で、日本国は成立しない歴史が継続していた。
「一度、部室に集まりましょうか?」
 担任の言う通りに部室に行ったが、クラブハウスのような贅沢な建物も無くなり、バラックの様なプレハブ小屋やコンテナが並ぶ、みすぼらしい場所に変化していた。
 怪奇現象研究部も、シャーマニズム的な予知、リーディングしてアカシックレコードに接続するなどの妖しい研究をしていたが、コックリさんなどを無断でやって狐憑き悪魔憑きになるような危険な遊びをするよりは、正しい予知や祈祷をするのが推奨されていた。
 職業訓練まではしていないが、予知能力が高い者は、出雲系の神社に就職して巫女になれる可能性もある世界線に来ている。

「シヨウさん、あなたの力でリーディングをしましょう」
 怪奇現象研究部の部長の女子から提案を受ける。
「む? リーディングとは何じゃ?」
「予知とか口寄せよ、アカシックレコードと呼ばれる、この世の出来事を記憶している場所に繋がって、様々な天啓を受けるの」
 本来の歴史に戻すか、より良い方法があれば天啓を受け、今のヨツハのように神憑り状態になったり、どうにかして今の世界を改変しようと目指す。
 どの道、シヨウに降りたような悪鬼羅刹や荒ぶる神が降りて、禄でもないことになるのは間違いない。
「我らも薬草を飲んで神憑りになって天啓を受けておるのだが、昨夜の祈祷では冬守を救うために四葉と入れ替わってしまった。薬物が無くても神を降ろせるか分からぬが、良くやっている作業じゃ、りーでぃんぐもできるだろう。眠りに入れば四葉を連れ戻せるかも知れない」
 タケル的にはシヨウと別れるのは嫌だったが、仮契約と血染めの組紐、運命の赤い糸で繋がっているので、もう(えにし)は切れないと聞かされている。
 シヨウは部室にある木製の長椅子に寝ころび、夏場なので不要だが布を掛けて体温を一定にして、半覚醒状態で天の声を聴き、そのまま眠りに入れるのなら昼寝しているかも知れない四葉を連れ戻すための準備に入った。

「それでは神憑りの状態になってみる、腕を持ち上げておくから、それが落ちれば眠ったか神憑りに入った証拠じゃ、何か質問してみてくれ、起きても何を言ったか覚えておらぬかもしれぬので、記録も頼む」
「ええ」
 古代の貧しい食事とは違い、米食で血糖値が上がり、昼寝に適した時間なので、シヨウは覚醒状態から巫女として眠りに入り、数分も立たず持ち上げていた腕を胸の上に落とした。
「シヨウさん、聞こえますか?」
「……ああ」
 神憑りでもないが、巫女としての能力でリーディングに適した状態にして、質問を受けて神の声を聴くも出来た。
「この世界では、四葉さんが古代に戻ったために歴史が書き変わってしまいました。出雲と冬守が滅ぼされないように、大和朝廷か邪馬台国の軍勢を追い払ったからです、元に戻す方法はありますか?」
 少し時間があったがシヨウは男のような声でこう言った。
「……四葉を殺せ」
「えっ?」
 予想外の言葉に、部員もタケルも驚いた。
 部長と担任は、簡単に予想できた答えだったので何も驚いてはいない。
 声の調子も、シヨウではなく多少男声に代わっているので、何者か別人が答えていると思われる。
「それは古代でシヨウさんを殺せという意味ですか?」
 その場合、タケルは建御雷や須佐之男を斬りに行くのではなく、思い人の元の肉体と四葉を斬る羽目になる。
「この体でも良い、今の奴の依り代であるシヨウの体ではなくとも、四葉本体を殺せば古代で神憑りになっている状態から、あの世に送られて今世の四葉は死んで消える。シヨウは元の体に戻り、歴史も戻るであろう」
「そんな無茶なっ」
 タケルは契約した女の体を殺すよう言われて動揺するが、部長の女は四葉を殺して刑務所行きになったとしても構わないと思った。
 意味不明の儀式で少女を殺害して、警官に「元の歴史に戻すため、仕方なく殺した」と言って精神鑑定を受けたり、心神喪失状態で無罪になるのを見越して、法律で裁かれ無くても済むようにして、殺人儀式を行いたいオカルト的興味の方が勝った。

 担任教師も、その役割は自分でも良いと思ったが、部長の目が笑っていて、キラキラと輝いているのを見た。
 自分の生徒で部員達も儀式的殺人に非常に興味を持ち始めているのを見た。
 部員達も元の歴史や、甘い物や肉食をする贅沢な生活、毎日風呂に入って衣服も下着も毎日着替えるような清潔な暮らしも恋しかったが、儀式的殺人と言う夢の様な言葉に心を動かされた。
 この場で四葉の体を殺して、数人の儀式で責任を分担するためにも何人かで刃物を握って心臓を刺したり、有る者は首を絞め、またある者は頸動脈を切って苦しまないように処置し、別の者は遺体を損壊して、少女の新鮮な心臓をアカシックレコードの彼方にいる神に捧げ、恐怖と怪奇の世界を楽しもうとしていた。
 部員全員が快楽殺人のような儀式的処刑や、同年代の少女を切り刻んで、オカルト行為を楽しみたかった感情が勝った。
 今から「人類を救う」「本来の歴史を取り戻す」という大義名分さえあれば、普通の人間でも四葉を殺せるが、それが憧れの悪魔召喚の様な儀式、それもアカシックレコードにいると思われる神からの司令なので「忠実に命令を実行」する気になって行った。

(こいつら、人間じゃないっ)
 タケルは周囲の状況や部長の陶然とした表情から、その考えの一部を読み取った。
 担任も軍ヲタまで同じ表情をしている。
 手に手に工具や刃物を用意して、神の指示に従って四葉の周囲に近寄ってくる。
「他に方法はっ?」
 神が何も答えなければ、この場の全員が四葉でシヨウを殺そうとする。
 そうなる前に棒術や柔で全員を倒して、神憑り状態のシヨウを叩き起こしてでも攫って逃げなければならない。
 三葉や、元の歴史を覚えている人物がいれば、それらも今後四葉の命を狙ってくる。
 
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