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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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37話:3年後

宇宙歴770年 帝国歴461年 11月下旬
イゼルローン回廊 帝国側出口付近宙域
ザイトリッツ・フォン・リューデリッツ

「ザイトリッツ様、戦功分析書でございます。ご確認ください。」
「ありがとうパトリック。そこに置いておいてくれ。」

リューデリッツ伯爵家に婿入りして1年、妻のゾフィーは種苗と品種改良の事業に対して執行役に近い役割を果たしたいと言ってくれたが、新婚生活で少し楽しみ過ぎたのか、新しい命が宿った。出鼻を挫くような結果になってしまったが、彼女は妻としての役割もおろそかにしたくない意向も強かったらしく、妊娠中でも問題なくできる業務を自分の役割にする方針だそうだ。
フランツ教官とその妻も、俺がリューデリッツ家に婿入りするにあたり、ついてきてくれた。フランツ教官は従士として従軍を希望したが、身重の新妻を守ってほしいと頼んで、今回はオーディンのリューデリッツ邸に居残りしてもらった。

そして、現在の状況はというと、シュタイエルマルク元帥の艦隊の分艦隊司令として前線で会戦をこなし、帝国方面に戻る最中だ。シュタイエルマルク提督は、次世代艦構想の理論構築とその実証で貢献高しとされ、元帥への昇進となった。既に5個艦隊が提督の理論を元にして更新済みだが昨年の帝国軍の戦死者は3万人に満たない。一方で、同盟軍の戦死者は250万人を超えるだろう。損失という部分では4万隻前後と同等だが、こちらの損害はほとんど武装モジュールのみだ。

人的資源に狙いを定めた構想と、しっかり理論に裏打ちされた運用の結果とすれば、当たり前なのかもしれないが、戦死者の数を嬉しく思えない自分がいるのも確かだ。量産体制を確立したことで大佐に昇進し、理論実証の過程で戦死者が激減したことにより准将に昇進した俺は、実戦での運用を体験するという名目で分艦隊司令として最前線に出撃し、同数程度の一個艦隊と交戦し、ここ最近常になりつつある戦死者だけはあちらが何十倍という勝利を得て、帝都に帰還する途中と言う訳だ。
現在帝国は優勢に戦争を進めつつある。イゼルローン回廊、同盟側出口から近いティアマト・ヴァンフリート・アルレスハイムの星域で交代制で3個艦隊が常に遊弋する状況が作れている。泥沼の消耗戦に引きずり込めていると言えるだろう。フェザーンのワレンコフ補佐官からは、戦死者遺族年金の急激な増加と、補充艦船の建造であちらの財政は悪化傾向とのことだ。とてもではないが次世代艦の開発費まではひねり出せる状況ではないだろう。兵器開発の余地を与えない範囲で、フェザーンマルク立てなら債券の購入も検討するように打診はしている。

俺も戻れば少将に昇進だろうし、副官扱いのパトリックも少佐になるだろう。そして参謀の我らが同期、テオドール氏も少佐になるはずだ。色々と気を使ってくれていたのは知っていたから、きちんと昇進で報いる事が出来てホッとしている。ただ、未だに死者を量産することには意義を見出せていない。
戦争に勝利したとして、今の門閥貴族が主導する帝国では、農奴に落とすという事になるだろう。130億人の農奴をそもそも食わせていけるのか?どうせとてつもない規模の反乱が起きてどうしようもなくなる未来しか見えない。境界線の辺りで、消耗戦に持ち込むくらいしか選択肢がないのだ。
すこし思考が暗い方向に引っ張られている。こういう時は自分なりに在りたい生き方が出来た事を思い出そう。俺は大佐に昇進した頃から、叔父貴経由で兄貴から密命を受けるようになった。

背景としては、軍部・政府・大領を有する貴族のバランスを保つために兄貴は表立ってはしたいようにさせている一方で、内密にどうしようもない案件を裏で少しでも救いがあるように動いている。その実行者のひとりが俺だという話だ。今思えば三文芝居だが、こういう心境の時は心を健全にする意味でいいだろう。

出征前の事になるが、ある下級貴族が連帯保証人となったが当人が飛び、当初の想定を大幅に超えた債務の支払いを求められていた。本来なら、こんな話をいちいち救ってはいられないのが実情だがこの話は裏話がある。
財務尚書カストロプ公爵が裏で脚本を書いていたのだ。何でも、その家に代々伝わる絵画を強引に買い取ろうとしたが、早世されたご子息夫婦の思い出の品でもあった為、突っぱねられた。さすがは欲の塊の門閥貴族、ならば破産させて手に入れようという人徳溢れる話を思いついたらしい。それをさも自慢げに宮中で話しているのを叔父貴が聞き及び、兄貴に話を通して密命が出たわけだ。

「お忙しい所、失礼いたします。ザイトリッツ・フォン・リューデリッツと申します。ある方から、内々にご恩をお返ししたいという意向があり、参上したのですが宜しいでしょうか?」

「ご丁寧に痛み入るが、我が家は破産寸前の状況。悠長に話ができる状況ではない為、ご無礼をお許しいただきたいが、率直な話をお願いしたい。」

現当主は既に年配と言っていい方だ。さすがに疲れた表情をしているし、このままでは夜逃げするしかない以上、悠長に話を聞く気分でもないのだろう。

「はい。実はある方が過去にご子息に表沙汰にできないことでお力添えを頂いたらしく、貴家の現状をお知りになり、少しでも御恩を返したいという事でした。ただ、名乗り出るのにはばかりがあり、私が代理人として参りました次第です。こちらをお納めください。」

そう言って、大き目のトランクケース2個を、お渡しした。中にはキャッシュで600万帝国マルク入っている。連帯保証の金額は500万だからなんとかなるだろう。

「しかしながらそのような謂れのない資金を施して頂くわけには・・。」

「ご当主、これはご子息の過去のお働きによるものです。ご本人がすでに居られないとはいえ、御恩のある御家の危機を見過ごしたりすれば、ご依頼主も寝ざめが悪くなりましょう。むしろお受け取り頂ければ、ご依頼主も少しでも借りを返せたと胸のつかえが取れるでしょうし、貴家も次代の当主が育つまでの時間が作れることになります。今の帝国ではなかなか聞かない美談です。私としても是非お受け取り頂きたいのです。」

そう言いながら、頭を下げると折れて資金を受け取ってくれた。少し開いたドアから6歳位の少年が面白いものを見るような目をしていたのが見えたのが記憶に残っている。

事に関わった以上、最後まで処理するのが俺の流儀なので、保証人契約書をもって脂ぎった評判の悪い商人が来て困った様子で帰っていったことも、その後、カストロプ家に向かったことも映像として残しているし、飛んだ本来の借主の口座に、そもそも入金が無かったことも証拠として確保した。こいつらを叔父貴に届けて俺の特命は終了だ。
黒幕までは届かないだろうが、実行犯はそのうち指名手配・重罰になるだろう。下級とは言え貴族に対して破産目的の詐欺をしたわけだ。財産も没収されるから結果的にはエビで鯛を釣ったことになる。その辺は宮廷警察が行うことになるだろうが。

話を戻そう。シュタイエルマルク提督の元帥府には、軍部系貴族の次代が多数招集された。長兄のローベルトと、その義兄ミュッケンベルガー卿も中将として正規艦隊司令を任されているし、次兄のコルネリアスは少将として、参謀長を任されている。シュタイエルマルク家に婿入りしたこともあって、一番弟子と言ったところだろうか。
私たち兄弟になにかと縁があるメルカッツ少将は長兄の艦隊で分艦隊司令だ。彼は次世代艦の運用の適性が高かったようで、現在の帝国軍で一番練達した分艦隊司令かもしれない。順調にいけば正規艦隊司令になれるだろう。

年末にはオーディンに戻る。歴代で幹事は引き継がれている様だが、『ザイトリッツの日』幹事長のテオドール氏にスケジュールは押さえられている。優秀な後進と縁を持てると思うと続ける価値はあるし、多少なりとも人柄を知ることで、相性を踏まえた紹介ができている。
ミュッケンベルガー中将は武門の家という意識が強いのか、軍部に近い貴族や下級貴族でも代々軍人の家系を好むようだ。テオドールとも合いそうだったが、彼も嫡子がまだ幼いのと、前線指揮官たちの意見集約に意外な適性を見せた為、手元に置いておくことにした。
兄たちは身分は気にしないが、意外なことに長兄ローベルトはあまり礼儀を気にしない人物を好み、次兄のコルネリアスは逆に公私をきちんと分けられる人材を好んでいる。そしてメルカッツ先輩は問題児とまでは言わないが一芸に秀でた人材を好んでいた。佐官時代に俺や腹黒と関わった影響かもしれないが、そこは確認していない。

あとは、紹介されたブリーダーでシェパードの子犬を購入するつもりだ。これは前世の影響だが、誕生と同時期に子犬を飼うと、先に成長して子供の成長と共に守り手になり、良き遊び相手になり、良き理解者になり、成人するころには死をもって命の尊さを教えてくれる。前世の子育てでも家には不在がちだったが、非行に走る子供はいなかったという実績があるので、ゾフィーがなんと言おうと犬は飼わせてもらうつもりだ。

さて、到着までに戦功分析書を確認しておこう。 
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