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緑の楽園

作者:どっぐす
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第二章
  第18話 戦後の処理

 またか。
 こっちにきて何回目の気絶だろう。

 今回の展開には本当にまいった……。
 突然戦争に出ることになり。
 とりあえず突っ立っていればいいか、と考えていたのに、とてもそんな空気ではなくなり。
 そして、凄まじくガチの戦いになってしまい。
 結果、このザマだ。

 出発前の軍議で、布陣に懸念がありますと発言しておけばよかった。
 素人だからと遠慮して何も喋らなかったのは悪手だった。

 えーっと……。

 で、結局。
 俺も国王も死亡せず、戦も勝利。めでたしめでたし……ということでいいんだよな?
 実はあの後全滅しまして、とかないよな? 俺、信じるからな?



 ***



 手が、握られている。

 小さな手だが、かなり温かい。これは国王の手だっただろうか。
 肩車のときに、こんな感じの手で頭をつかまれていたような気がした。

「……」
「お、気が付いたか」

 やはり国王だった。安堵の表情を浮かべている。
 ここは城の医務室のようだ。前に一度だけ、興味本位で覗いたことがある。

「……陛下、ご無事で何よりです」
「いきなりそれか。余はこのとおり無事だ。お前は大丈夫なのか? 浅い傷がいくつかあるようだったが」

 ――あ、また服がチェンジされている。
 カイルに運ばれたときと一緒だ。

 よく漫画や小説の主人公で、気絶しているうちに運ばれて目が覚めたらベッドの上、というシーンがあるが。あれは全部着替えさせられているはずで。
 実際やられてみると恥ずかしすぎる。
 仕方ないというのは理解しているが。

「俺も大丈夫です。はぁー……裸を見られてしまったか」
「ああ、じっくり見たから安心してほしい」
「えっ」
「ははは。冗談だ」

 そう言って国王が笑った。仕事用ではない、少年の顔だ。
 いま気づいたが、国王は俺の手を握っている手と反対の手で、クロの頭を撫でている。
 クロも無事だったようだ。よかった。

 本当にお疲れさま。お前がいなかったら危なかった。
 心の中で、そう感謝した。

「今回はお前たちのおかげで助かった。礼を言う」
「いえいえ。ぶざまに気絶したようですみません。俺、何か知らないけどよく気絶するんですよね。もう何度目だか」

 本当にそう。もう数えていないくらい。

「お前が気絶したときには、もう救援が着いていた。敵は潰滅、砦も無事に奪回した。遺跡の発掘調査も再開できる予定だ」
「そうですか。うまくいったわけですね。それは何よりです」

「気にしているといけないから言っておくが、ラスキンも傷は負ったが生還した。そしてあいつも、ヤマモトも無事だぞ」
「あー。それも安心しました、かもです」

 戦の目的は果たせて、本陣の国王周辺に居たメンバーも無事だった。
 よかったよかった。

「私からも将を代表して礼を言わせてくれ。感謝するぞ。オオモリ・リクよ」

 ベッドの反対側から女性の声が。
 全然気づかなかったが、ファーナ女将軍もいたようだ。

「将軍。あなたが言っていたこと、ちゃんとできましたか、俺」
「ああ。お前が私の部下だったらどんなに嬉しかったか」
「俺は民間人なのでプレッシャーかけるのはもう勘弁してくださいね」
「ああ。また期待しているぞ」

 人の話はきちんと聞いてほしい。



 ***



 俺の怪我は大したことなかったため、軍の会合に出ることになった。
 国王の話とか、戦後処理についての話があるらしい。
 もう軍とのかかわりは持ちたくないので、正直なところ出たくはなかったのだが。

 出発前の軍議とは部屋が違っていた。広い。
 出席者もやたら多い。五十人以上はいると思う。大隊長クラスの人まで出席しているのだろうか。
 司会はコスプレ参謀だ。あの衣装やめたらいいのに、と思う。完全に浮いている。
 俺は……とりあえず端に近いところにいることにした。

 最初は国王の挨拶で始まった。

「このたびの戦、無事わが軍の勝利で幕を閉じた。古代遺跡の発掘調査も早くて一週後には再開される予定だ。きっと亡き先代も喜んでおられるであろう。これもすべて、そなたらの獅子奮迅の働きのおかげだ。深く感謝したい」

 話は短い。
 かしこまった場での国王の話は、全員姿勢を正して聞かなければならないという不文律があるようで、足をゆるめることは許されていない。
 この場の誰もが疲れていると思うので、きっとありがたかっただろう。

 この国王は人前で話すとき、爺が台本を用意していたりということはなく、いつも自分で考えて話しているらしい。
 出席者の疲労に配慮して、わざと短くまとめたのかもしれない。

 国王の挨拶のあとは、コスプレ参謀が今後のことについて話し始めた。
 国王は事前に全て承認済なのか、うなずきながら聞いている。

 あの砦は拡張工事をするらしい。古代遺跡の発掘調査をおこなう以上、今後は重要な基地となる。当然だろう。
 ほか、砦に常駐させる部隊の説明や、連絡方法についての説明などもおこなわれていた。

 この短時間でもうそこまで話を詰めている。
 王制って凄いな、と思う。
 議会制民主主義だったら、きっとこうはいかないのでは。

 話は続き、現在は捕虜の扱いについての話に及んでいた。

「次はとらえた捕虜の扱いである。このたびの戦については、敵国の戦いぶりも誠に見事なものであった。通常、捕虜については刑場の係の者で拷問または処刑をおこなっているが、今回は彼らに敬意を表するため、陛下が自ら全員を斬首なさる予定で――」

「えっ」

 あ……。

 げっ。
 いかん。つい口が。

 ああああ、ヤバい。

 前の軍議ではきちんと意見すべきだったという反省はしていたが……。
 ここは軍議の場ではないし、意見を求められているシーンではない。
 これはいけない。

 コスプレ参謀が訝しげにこちらを見た。

「オオモリ・リクか。何か意見があるのか」

 ど、どうしよう。

「ふむ……よし。余が許す。聞こう。意見を申してみよ」

 国王から追い打ちが。
 退路を塞がないでほしい。「何でもないです」とは言えなくなったではないか。

「あ……えっと……その」

 全員が俺の顔を見ている。
 こんなに多くの視線を集めたことは、生まれてこのかた一度もない。
 しかも見ているのは学生ではない。怖い顔をした武人たちだ。

 全身の血が下に落ちていくのを感じる。
 視界が白っぽく、そして遠のいていく。

 くそ、またか……。

 疲労のせいか、今回は早かったようだ。
 俺は失神した。



 ***



「……」

 ベッドの上だ。

「あははは。また気絶したな。リク」
「……すみません、陛下」
「いや、面白いからいいぞ。いま中断して休憩時間にしているから。お前が落ち着いたら一緒に戻ろう」

「あー、もう俺の意見はいいですよ。あれはつい口から出てしまっただけです。だいたい、人前で緊張して気絶する人の話なんて誰も聞きたくないでしょう」
「大丈夫だ。リクは持病の発作で定期的に気を失うという設定にしておいたからな」

 何だそれは。

「もしもう平気なら行こうか。余はお前の話を聞きたいからな。もちろんあっちでな」

 国王はイタズラっぽい笑みを浮かべて会議室のほうを指差す。
 妙に楽しそうだ。
 俺は仕方なく立ち上がろうとした。が、力が上手く入らなかった。

「うう、なんか震えが。汗も……」

 と、そこに。
 ぼすっ。
 白いものが体の上に覆いかぶさった。

「ぶふぁっ。クロか? 何だ? どうした」

 クロがいきなり抱きついてきて、俺に対してクンクンしてくる。
 重い。しかも意味不明だ。

「こら、離れろ。何なんだよ」

 クロを離して立ち上がった。

「……どうだ」
「どうだって、何がだよ」
「少しは落ち着いたか」
「え? あー、少し、落ち着いた、かな?」

 少し緊張がおさまった気がする。
 どこか既視感がある。
 前にこんなことがあったような?

 あ、カイルの奴か。
 町長と初めて話す前に、同じようなやり取りがあった気がする。

「ははは。今のがリクの緊張を解く方法か。次に同じようなことがあれば余もやってみる」

 あんたはやらなくていいからと思いつつ、俺は再び会議室に向かった。
 今度は大丈夫そうだ。

 ……そういえば、クロと密着するのは初めてだった気がする。
 ケモノ臭は全然気にならなかった。むしろ少しハーブの混じったいい匂いだった。
 返り血もついてなかったし、城に戻ってきてから誰かが洗ってくれたのだろうか。




「――することを提案します」

 会場は静かである。が、無音のまま空気がざわついている感じがする。
 一人の中年出席者が、困惑したような顔で俺に質問してきた。

「それでは君は、捕虜については五体満足のまま生かしておけというのか」
「はい。俺はそのほうがいいと思っています。で、希望する者は亡命もしくは移民の扱いとして受け入れてはどうかなと」

「捕虜を生かしておくことにどんな利点があるんだ? 私には見えんのだが」

「今回、敵は圧倒的な人数で囲まれた状況でも降伏せず、玉砕覚悟の戦いをしかけてきました。さっきの話では、この国は捕虜を拷問または処刑する慣習があるようですが、それをしないことにより、今後の戦いで相手が降伏しやすい雰囲気を作ることができると思います」

「……なるほど。確かに、殺されるのがわかっていながら降伏する兵などおらぬな」

 むしろ俺は、この国に捕虜を虐待したり殺したりする慣習があることにびっくりした。
 どう考えても悪習だろうと思う。

「では、希望する者は亡命もしくは移民として受け入れる、というのはどういうことだ? こちらの国民になってもらうということか?」

 今度は違う出席者から、野太い声で質問が来た。
 がっしりとした体型にもみあげとつながっている髭。この人はランバートという名前だったと思う。六将の一人だったはずだ。

「はい、そうです。もちろん、軍事や国家機密に関する仕事をしてもらうわけにはいかないでしょうけど、国民として生産性のある生活をしてもらっていいと思います。最初は資産がないでしょうから施設などに住んでもらって、この国を気に入り次第、家族を呼び寄せてもらうとかで」

「フム」

「噂が広まれば、捕虜以外でもこの国へ移住したいという人が増えるかもしれません。長い目で見れば国にプラスとなると思います。『駒得は裏切らない』という格言もありますし、どんどん迎え入れるべきです」

「そんな格言は初めて聞くが」

 あ。これは俺のいた日本での格言だった。

「失礼しました。俺はこの国の出身ではなくて……今のは俺が生まれた国の棋士が言った格言です。十対十のところに一をこちらに引き入れると十一対九となり、一の引き入れで二つ優勢になるので、駒得は重視すべしという意味です」

「……フム。なるほどな。当たり前のことのようだが、言われてみるとなかなか深い。お前が生まれた国の騎士は武芸だけではなく戦略もできるのだな。素晴らしい」

 この人は絶対に棋士と騎士を勘違いしているな、と思ったが突っ込まない。

「なるほど……オオモリ・リク、このヤマモトにも大変興味深い話であった」
「あ、はい。でも俺はこの国のことはまだあまりよく知りませんし、あくまでも個人の意見ということで。却下していただいても全然かまいません」

 コスプレ参謀ヤマモトが国王のほうを向く。

「陛下。今の件、どうされますか?」
「なかなか面白いではないか。その通りにしてみようか」

 俺の提案はあっさり通ってしまった。いいのか、これ。 
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