永遠の謎
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118部分:第八話 心の闇その八
第八話 心の闇その八
「それはいい」
「左様ですか」
「仰られないのですね」
「そうされますか」
「大した話ではない」
こう言ってだ。それを語らないのだった。
「何はともあれだ。オペラだが」
「はい、ワーグナー氏ですね」
「あの方のことですね」
「そうだ。トリスタンとイゾルデだ」
王の顔から憂いが消えてだ。生き生きとしたものになってきていた。その生気のある顔でだ。彼は彼等に話をしていくのだった。
「あのオペラは何処で上演されるべきか」
「陛下は劇場でだと仰っていますが」
「ワーグナー氏は小劇場でと仰っています」
「そこでだというのです」
「あの方は」
「劇場の方がいい」
これが王の意見だった。
「トリスタンにはだ」
「そちらがですね」
「あの作品には」
「大作だ」
その作品についての言葉だった。
「上演は二時間どころではない」
「四時間は優にかかるとか」
「ワーグナー氏の作品はどれも長いですが」
その長さもまたワーグナーの芸術の特徴だった。オーケストラもかなりの数を誇る。豪奢なのは生活だけではなく芸術もなのだ。
「トリスタンはさらにですね」
「そこまでの長さがあるのですか」
「あれだけの作品は小劇場で上演されるべきではない」
王はこうも語った。
「やはり。我がミュンヘンの王立劇場で上演されるべきだ」
「ウィーンでも上演できなかったそれを」
「このミュンヘンで」
「そうするべきだと仰るのですね」
「陛下は」
「そうだ。だがワーグナーはか」
王の顔に再び憂いが宿った。己の考えとワーグナーの考えが食い違うことにだ。憂いを感じてそうした今は語るのだった。
「そちらだというのか」
「歌手もようやく揃いそうですが」
「それでもですね」
「上演の場所でも」
「音の響きを考えてのことだろう」
王は何故ワーグナーが小劇場だと主張するのかを察して述べた。
「それでだな」
「音響ですか」
「その問題ですか」
「難しい。芸術は」
憂いのある顔で話した。
「何につけてもな」
「果たしてトリスタンはどうなるか」
「それが不安ですか」
「やはり」
「何としても成功させる」
だが、だった。王は決意していた。既にだ。
「あの作品の初演はな」
「はい、それでは陛下」
「これからですね」
「あのオペラについても」
「私は全力を尽くす」
その決意を言葉にも出してみせた。
「何としてもな」
王はミュンヘンに戻り政治と芸術の双方において憂いを感じていた。しかもそこにだ。新たな憂いが降りかかってきたのであった。
ワーグナーへの批判と攻撃がだ。強くなっていたのだ。
新聞には連日連夜ワーグナーへの攻撃の記事が載り市民達も口々に反感の言葉を出していた。そして閣僚達もであった。
首相と男爵がだ。まず言うのであった。
「これ以上彼の好きにはさせられない」
「ローラ=モンテスはもういらないのだ」
先々王を惑わしたとされている女優の名前を出すのだった。彼女の名前はミュンヘンにおいてはトラウマにさえなっていた。
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