稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生
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29話:次の事業
宇宙歴763年 帝国歴454年 11月下旬
アムリッツァ星域 第51補給基地
ザイトリッツ・フォン・ルントシュテット
兄貴の要塞建設現場視察から、早いものでもう7カ月。帰省を考えればそろそろ荷造りを開始する時期になった。正直、今でも軍人として前線に立つことに志向は向かないが、イゼルローン要塞の案件が無ければ、RC社の躍進はなかっただろう。そう考えると、戦争を終わらせるという観点と、なるべく犠牲を減らすという意味で、軍に在籍するかはともかく、軍のビジネスパートナーになるのは意味があるのではないかと思い始めた。
前世の記憶から、軍需産業というと、死の商人というイメージでどうも前向きに検討することができなかった。ただ、戦争によって生まれた必要を埋めるために開発された技術が、その後民間に流れ社会を便利にしてきたのも事実だ。
つまり終戦後に、民間でもそれなりのニーズがある、もしくはさらにニーズが増えるであろう事業なら、参入しておく価値はあるという事だ。
まず、RC社は投資会社であるが、実業は商社と星間輸送会社を併せた感じだ。これに新たな事業を足すとしたら、自分たちで運用する輸送艦を作る造船業か、契約している星域の生産量を増やす意味で農業・鉱業向けの機械の製造開発だ。
だが、戦後を考えると機械の製造開発は旨味が少ない。なぜならおそらく叛乱軍で使用されているモノの方が出来がいいからだ。戦後を帝国の勝利を前提に考えれば戦勝後に叛乱軍のメーカーを買収するなり、技術移転させるなりしたほうが効率がいい。
では造船業はどうか?一番のメイン商材は当然戦闘艦だ。この分野は利権もガチガチだし、不具合が生死に直結するため、新技術もかなり検証した上でないと導入は嫌がられる世界だ。収益化するまでは時間がかかるが参入できればしばらくは仕事が続くという事だ。そういう意味では、今のRC社とルントシュテット領を含めた辺境星域にとっても悪くない先行投資先だ。
なぜなら、領民の教育がやっと進みだした状況なので、仮にすぐに機械化を進めたところで、実際に現地で使いこなせる人材がいるのかというと残念ながらまだ時期早々な状況だ。自分たちで輸送艦を作りながら、戦闘艦の正式採用を目指す。長期計画になるが悪くないように思えた。
メイン商材である標準戦艦を例にとると、必要とされる乗員数・生産コストの両面で叛乱軍に効率性の優があるようだ。
この原因は、帝国軍と叛乱軍の兵器開発思想の違いも一因だと思う。帝国軍の兵器思想は、大元をたどれば地球統一政府の宇宙軍まで遡る。基本的に外敵の存在が長年想定されず、国内の混乱や地方行政組織の反乱に対して軸足が置かれてきた。結果として、大気圏突入機能を備えた設計となっている。
この影響で帝国軍はフレーム一体構造を取る必要があるが、叛乱軍にはその制約は無いのでモジュール工法を採用している様だ。少数の艦隊でもある程度の制宙・制空能力を持たせるために戦闘艇を搭載するのは両者共通。モジュール工法が取れる分、叛乱軍の方が整備面を含めると運用コストも安上がりだろう。
人的資源の観点では250億:130億なので帝国有利だが、多くの領民がまともな教育を受ける機会がない事を考えれば、実質差がないか少し負けるかもしれない。まともな乗組員を育成するには生まれから考えれば平均25年はかかるはずだ。潜在的な乗組員の人的資源に関しては負けていると考えておいても良いだろう。
主力兵器は実現可能性を無視すれば相手を破壊できる攻撃力と相手に破壊されない防御力を備え、さらに相手より高速で移動できれば現場レベルでは満点だろう。運用の面で考えれば、より安く、より整備費用が安価で、必要とされる乗組員も少ない方がいい。そして長期目線では育成に25年はかかる乗組員がより生還できれば言うことは無いだろう。
ただ、新規参入で陥りがちだが、価格勝負で参入するのは悪手だ。設備投資もかなり必要なはずなので、収益化が遅れ、必要な投資が出来ずじり貧になる。なので価格は同等か少し高価でも他のポイントで既存の艦種に勝るものを提案し採用されればRC社としても軍としてもメリットがあるだろう。
攻撃力・防御力・高速性・運用コスト・乗員の生存性。ここで重要なのは乗員の生存性だ。どんなに高性能であっても、既存艦種の数倍も工期が必要では採用はされない。つまり工期は数か月という所だろうが、乗組員は育成に25年かかる。そう考えたときに思考のとっかかりが見えた気がした。
ビジネスの基本は選択と集中だ。つまり生存性を担保する重装甲エリア、ここに動力源も配置して、攻撃力を担保する部分の装甲はトータルで高速性を損なわないレベルにすればいい。そこまで考えたら、案外良い案のように思った。攻撃力を担保する部分は開戦前に連結してしまい、被害を受けて武装が使えなくなればパージして後方に下がる。そこに予備を用意しておけば作戦中の継戦能力も高まるのではないだろうか。当然、武装部分は大気圏突入能力もいらないから生産コストも安くなるはずだ。だた実戦での運用方法も従来の物とは異なるだろうし、戦術面での運用考察も事前に進めておきたいところだがどうしたものか・・。
現在、戦術家として実績がある人で伝手があるのは一人だけだ。まあ長期目線の話になるし、概要を送って意見をもらえないか打診はしてみるか。
『最前線と軍全体の両面から継戦力を高める戦闘艦構想』と表題を付けて俺は手紙を書き始めた。あの人も何だかんだ要領は良い。何とかなれば儲けものだしダメなら別の方法を考えればいいのだ。
宇宙歴763年 帝国歴454年 12月上旬
宇宙艦隊司令本部 シュタイエルマルク提督オフィス前
コルネリアス・フォン・ルントシュテット
長兄には一歩遅れたが、次の定期昇進で少佐の内示をもらい、年末年始の帰省に向けて面目は立ったなどと浮かれていた俺は、過去に戻ってそんな自分を呪ってやりたかった。アムリッツァ星域にいる末弟から呪いの手紙が届いたのだ。
私が所属しているシュタイエルマルク艦隊の司令部は、提督の人柄もあって他の艦隊司令部とは雰囲気が違う。貴族出身の提督にありがちな平民差別は厳禁だし、新人だろうが任せられると認められれば階級が低くても大きな役割を任されたりもする。かくゆう私も中尉でこの司令部の下っ端として配属されて以来、様々な仕事を任されてきた。まあ要領もいい方だし、門閥貴族にあまり良い感情を持っていない私にとっては水が合う司令部だったと言えるだろう。
この司令部に配属されてもうすぐ4年、独特な雰囲気に馴染めず異動する士官が多い中で、いつの間にやら古株になりつつあった。シュタイエルマルク上級大将は今年55歳、そろそろ宇宙艦隊司令部から、統帥本部なり軍務省なりに異動の話も出ているらしいが、あそこの将官の仕事は、部署間の調整役だ。提督は、良くも悪くもはっきりした文言を好む方だ。調整役の適性はあまりないと思うが。
ここで、末弟からの呪いの手紙の話に戻ろう。手紙の内容は自分が考えた次世代戦闘艦の運用思想について、シュタイエルマルク提督の戦術理論の観点から考察を依頼する物だった。昔から突拍子のない事をする奴だったが、特大の厄介ごとを持ち込んできた。確かに構想自体は面白いと私も思ったが、提督は公私を線引きされる方だ。私的なルートでの話に正直、良い顔はされないだろうが、兄としての手前、何もしないわけにはいかない。そういう訳で、これから提督のオフィスに入室するわけだ。
「ルントシュテット大尉であります。提督失礼いたします。」
「うむ。ルントシュテット大尉、ご苦労。急に時間を取ってほしいとのことだったが、何かあったのかな?艦隊の補給の方は、順調との報告を受けたばかりだが・・。」
提督が確認の意をこめた視線を送ってくる。
「は!艦隊の方は問題がございません。私的なお話で恐縮なのですが、次世代艦の運用構想に関して、提督の識見を参考にしたいとの相談を受けました。よろしければ資料をご確認頂きたいのですが、お許しいただけますか?」
「うん?まあ便宜を計れというようなものでなければ私的な話も聞くだけは聞くが?それに大尉が持ってきたのだ。少なくとも私に見せる価値はあると判断したのだろうから、確認させてもらおう。」
「ありがとうございます。資料はこちらに。個人的にはこれが実現できればかなり前線でも優位になるとは思うのですが・・。」
そう言いながら、弟から来た資料をお渡しする。私の私見も別紙にまとめた。単なる伝書鳩では情けないし、提督にも必ず私見を求められるからだ。ざっくり資料を見た辺りで、視線がこちらを向いた。
「うむ。面白い考え方だ。理にはかなっていると思うし、現在の艦種では実行不可能な戦術も実行できるだろう。大尉の私見も的を得ているが・・。」
そこで提督は言葉を一度区切り、あごを撫でた。
「この出元がどこかは知らんが、怖い事を思いついたものだ。要は叛乱軍の人的資源に狙いを定めて軍そのものを崩壊させようとはな。」
「はい。出元は愚弟なのですが、なにぶん突拍子のない事を思いつくのですが後々になると効果的なことが多く、私も判断に困りました。思い切って提督にもご判断いただいた方がよろしいかと思いまして。」
「少しすれば年末年始だ。そこで考察の時間を取りたいと思う。確認だが、急ぎの回答を求めているわけではないのだね?」
「もちろんです。見解を伺えるだけでも光栄でありますので。お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。」
敬礼をして私ははオフィスを後にした。提督もたまの休暇に有意義な考察が出来そうだとまずまずの反応だった。やれることはしたと言って良いだろう。
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