永遠の謎
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107部分:第七話 聖堂への行進その十四
第七話 聖堂への行進その十四
「ワーグナーを止める者がいればいいのだが」
「そうした者はいるでしょうか」
「バイエルンに」
「果たして」
「少なくとも王ではない」
バイエルン王はだ。ワーグナーを止めないというのだ。
「あの王にはそれはだ」
「無理なのですか」
「そうだ、できない」
止めないというのではなくだ。止められないというのである。
「決してな」
「ただ愛するだけなのですね、それでは」
「ワーグナーを」
「あの王はそうした人間ではないのだ」
誰かを止めるという。そうした人間ではないというのだ。
「それが問題なのだがな」
「では他には」
「誰かワーグナーを止められる人物は」
「ミュンヘンには」
「いるかも知れない」
ここでは仮定だった。
「しかしだ。逆に言えばだ」
「いないかもですか」
「その可能性もあると」
「おそらくいないのではないのか」
これが皇帝の見たところだった。
「あそこまでの人物をだ。止められる者はだ」
「流石にですか」
「いませんか」
「フランツ=リヒトならできる」
彼の最大の理解者の一人であるこの人物ならばだというのだ。ワーグナーは彼のことをもう一人の自分とまで言っている程なのだ。
「しかし彼はミュンヘンにはいない」
「いるのは崇拝者と敵だけですね」
「その崇拝者達にはですか」
「あの王もまた崇拝者なのだから」
止められない理由はだ。それであった。
「ワーグナーを愛し過ぎている」
「では。このままでは」
「王とワーグナーは」
「やがては」
「彼等が望まなかろうが」
それでもだというのであった。皇帝は。
「このままでは不幸なことになる」
「とりわけ王にとってですね」
「あの方にとって」
「ワーグナーはかなり強かな男だ」
皇帝はこのことも聞いていた。そうして知っていた。
「これまでの人生で多くの辛酸を嘗めてきただけはある」
「借金を重ねそれでも逃げ続け」
まずはこれであった。ワーグナーといえばだ。
「多くの支援者や崇拝者を得て」
「しかもその支援者の妻とよからぬ恋に陥る」
これはだ。ワーグナーの悪名を高める一つにもなっている。こと女性においてもだ。ワーグナーは実に強かで大胆な男なのである。
「そうした男だからですね」
「それは」
「そうだ、決して潰れはしない」
それがないというのである。
「それがワーグナーという男だ」
「では彼は破局してもですか」
「仮に王と破局しても」
「それでもなのですね」
「そうだ、動じない」
ワーグナーはというのである。
「何もなかったように己の芸術に打ち込み続ける」
「ある意味において恐ろしい男ですね」
「そこまでの人物だとは」
「そうした人物ですか」
「そうだ、そしてそれに対して」
彼について話し。もう一方の人物についても話す皇帝だった。
「あの王はだ」
「非常に繊細な方ですね」
「強かでは決してありません」
「聡明ですが脆い」
「そういう方ですね」
「だからこそ危ういのだ」
皇帝はだ。王を心から案じていた。それが言葉に出ていた。
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