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緑の楽園

作者:どっぐす
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第一章
  第11話 卒業

 孤児院に入って、半年が経った。
 あっという間だった。

 元の日本では、失踪事件として扱われていると思われる。
 行方不明者の捜索にいつまでも人員を割けるわけではないと思うので、警察はもうまともに捜索をしていないかもしれない。家族もさすがに諦めていると思う。

 時期的には入社式を過ぎている。内定は間違いなく取り消されていると思う。
 残念だが、こうなってしまった以上は仕方がない。無事に帰れたら改めて就職先を探すことになるだろう。


 この半年間の生活――
 孤児院の子供たちとは、ここまでうまくやってきたと思う。
 変人ばかりではあるが、純粋で、根は優しく、いわゆる「良い子」たちだ。
 全員が金色の雲に乗れそうだと思った。
 俺は某悪役が乗った黒い雲にしか乗れないだろうけど。


 午前中は、ずっと自分のワープ事故の件で役に立つであろう情報を収集してきた。

 全土地図作成のヤマガタという男に付いて回っていた「怪しげな協力者」については、名前もまだ突き止められていない。
 しかし、町の有識者の話では、ヤマガタ家はまだ地図職人の家として存在しており、首都に行けば直系の子孫に会えるかもしれないとのことだった。
 そろそろ、この町での調査はやり尽くしつつあると思う。これ以上新しい情報が手に入る可能性は低くなっている。


 午後は、院内の授業を子供たちに混じって受けてきた。
 内容はこの国の歴史や、読み書き、算術などである。

 どの授業も真剣に聞いたつもりではあったが、特に『歴史』は重要だと思っていたので、かじりつくように話を聞いた。
 この国の歴史についてはまったく知らないわけで、それを知ることは、元の世界に戻るための大きなヒントになるかもしれないからだ。

 なお、勉強してきたその歴史の内容については――。
 突っ込みどころが大いにあった。
 不思議なことに、千年前の時点で現在に近い文明レベルがあったことになっている。
 それならば、もっと前の歴史から教えてもよいのではないか? と思った。

 それを指摘すると、『ボリュームが増え過ぎてしまう』ことと、『一次資料が消失しており言い伝えの域を出ない』という二つの理由で、正史として教える予定は今後もないとのことだ。
 俺のいた日本が神話時代を教えないことと同じようなものなのだろうか。


 空いている時間で教わっていた剣術と体術については、カイルいわく「順調」らしい。
 何度か様子を見に来た町長も「まあまあ」という総評をしていた。

 剣術については、剣道の癖のマズい部分だけを矯正していく感じで教わっていた。
 体術のほうはゼロから習うかたちとなったので、受け身の練習からやっていた。
 どれだけ身についたのかは謎であるが、カイル評では「最低限のレベルはある」とのこと。


 土曜日と日曜日については、無事に仕事が決まって働いていた。
 やはり旅に出るのにはカネが重要だ。
 大航海時代の探検家だって、カネを出してくれる王室や商人がいなかったら活動できなかったはずだ。
 気持ちだけでは遠くに行けない。

 仕事の内容は、図書館の館内清掃と書庫の整理。毎日図書館に用事がある自分にはもってこいの内容だった。
 広場や役場の掲示板で探してもなかなか仕事は見つからなかったのだが、どうしようと思っているときに、図書館の館長のほうから「人手が足りない。短期で構わないのでお願いできないか」と頼まれた。
 もちろん喜んでやりますと即答した。

 俺の身分は孤児院所属のため、労働契約は孤児院を通しておこなった。
 形式上は孤児院がスタッフを派遣するというかたちだ。報酬は一度孤児院に入り、中間搾取されてから俺のポケットに入ってくる仕組みである。
 俺としてはそのほうが気が楽だった。
 タダ飯状態なのに、働いた分は全額自分のお小遣いになるというのは、あまりにも申し訳なさすぎる。

 そんなことで、旅費も順調に貯まってきた。



 ***



「もう半年経つのか……。君にとっては長かったかね?」
「いえ、今まで生きてきた時間で一番早く過ぎてしまった半年間、という感じです」
「そうか…………。まあ、そうだろうな」

 町長は、執務室のソファーで対面に座る俺と、そして横でお座りしているクロを順番に見た。
 そして、少し目を細めて窓のほうを見た。

「最初に君のいた国の話を聞いたとき、私は内心、何てダメな国なんだと思った……」

 俺の発言は求められていない気がしたので、口を挟まず黙っていた。

「誰もが、特に理由もないのに二十二歳まで学生を続け、そこで学んだ専門知識が生きるわけでもない仕事に就く――。
 意味なく横一列の凡人を社会に放ち続ける国。しかも、そのことを誰も疑問に思わない国。そんなダメな国がこの世にあったのか、とね」

 ――ああ、本音ではやっぱりそう思っていたのか。この町長は。
 最初に会ったときは、俺を委縮させないように、だいぶ気を遣って話してくれていたのだろう。

「だが、それは私の間違いだったのかもしれないな」

 町長はこちらを向く。

「君は凡人だな?」
「あ、はい。凡人です」

 いきなり質問されてびっくりしたが、思っている通りに答える。
 たぶん、凡人だ。だからここに来て苦労することになった、ということもあると思う。

「ははは。君は面白いな」
「そうですか。俺は面白いですか……」
「ああ、凡人だと言われても少しもムキになることがない。まあ、この国ではそのような性格が欠点にもなり得てしまうわけだけどね」

 二番でも三番でも大丈夫です。ビリに近いところだって大丈夫です。ナンバーワンでなくても良いし、オンリーワンでなくても良いです。
 自分でもそんな性格なのだろう思っている。が、やはり同意を求められているわけではないと思ったので、特に答えなかった。

「しかし、よく考えたら……だ。この世に『優秀だ』と言われる人間に育つ者など、全体の一割程度だろう。あとは凡人だ。どんなに厳しい環境の国であろうが、そこで育つ人間たちの中で、凡人グループが少数派になることはないだろう」

 なるほど。確か「優秀一割、凡人九割」だっただろうか。他にも「2:6:2の法則」や「20:80の法則」なども、元の世界で聞いたことがあったような気がした。
 町長はそのような類のことを言っているのだろう。

「だから、凡人になることが通常の道であり、それに合わせて社会が回っているという君の国は、結果的に一人でも多くの人間を救える仕組みになっているのかもしれない。
 一人でも多くの人間を救う――それは我々の国の政治でも、最も大切にしなければならないことだ」
「……」

「それに、君がそちらの国の標準的な人間であるのだとしたら、君の国は、たいへんに魅力的な凡人を量産していることになる」
「……」
「そうやって考えていくとな。実は、君の国はとてつもなく素晴らしい国なのかもしれない、そう思うのだよ」

「ちょっと過大評価かもしれませんよ?」
「ははは。まあ、私個人の感想だ。私は君を気に入ってしまっていて、客観的に評価できていない可能性もあるから、気にしないでくれたまえ。
 だが、孤児院の子供たちだって、君によく懐いていたみたいじゃないか? 子供の目というのは、時に大人よりも正確だぞ」

「子供たちですか。毎日いじられまくってきましたけど」
「ははは。好かれている証拠だ」

 ……町長の目の光が、いつもと少しだけ違う。

 いつもは厳しさと優しさを合わせた光。
 そして今は、優しいけれど、少し遠い光だ。
 これから俺が何を言い出すのか、もうわかっているということなのだろう。


 俺は町長に、「この町を出ます」と告げた。 
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