短編
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私は雪の日に死にたい
私は雪の日に死にたい。冷たきシーツがどこまでも私の下に広がり、またふうわりとした羽毛がいつまでも私の上に降り続ける。冷たい私の冷たい寝床は、しばらくは誰にも侵されない白の棺桶となるだろう。
ああでも、雪は、いつしか止む。いつしか溶ける。緩やかに地に下ろされる私はふやけて醜くなっているだろうか。その前に雪と一緒に溶けてしまえないか。骨だけが残り、地に還り、また「私」が芽生えたりはしないだろうか———。
否、否。次の「私」のことは良い。それは今の「私」からすれば管轄外だ。
冷たい寝床。はて、それは本当に居心地が良いだろうか。例えば白に寝転がったとて、その時の私はまだ頬を赤らめることができたとする。温かきは周りへ伝播してゆき、自身からはただ失われるのみ。最中苛まれるは失う感覚、つまり喪失、空虚——冷たい「感情」——。それらは、いささか覚えたくはない。死ぬときは何も思わず、もしくは幸福に、消えるように絶えてしまいたい。……雲、そう雲だ。ちぎれて流れて掻き消えて、二度と同じ形に戻らぬ雲。漂い続ける姿を追って、はたと目を離せばもう見つからない。あのように、私も消えてしまいたいのだ。夢物語のように、すうっと失せてしまいたいのだ——。
夢。……夢?
蝋燭の炎。掌が挟まった本。古紙の香りに添えられたメープル。僅かに凍えて震えた私。
ああ、私はここか——。多くの本、多くの文字、多くの知識、私の棺桶。
私は私を手放せはしない。私は決められている、守られている、生かされている、与えられている。
考えても、答えはただの一つ。帰る場所は、ここだった。
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