提督はBarにいる・外伝
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提督、里帰りする。その4
「零二、そういえばアンタ達ご飯は食べたの?」
「あぁ、さっき『はまなす亭』に寄ってな。久し振りに地元のウニを堪能したぜ」
「あらそう、なら墓参り行ってきな」
漸く今回の帰省のメインイベント・爺ちゃんの墓に行くことになった。
「親父、車借りるぞ」
「お、おぅ」
一応断りを入れて、親父の車を借りる。大工道具を載せたりする関係で、親父はハイエースを乗り回している。人数も多いし、丁度いいな。
「ホレお前ら、乗れ乗れ」
爺ちゃんの墓は実家から少し離れた所にある寺の墓地の一角にあるんだ。蝋燭に線香、花も積んだ。
「んじゃ、行くぜ」
少し埃っぽいので窓を開けて換気しつつ、車は滑るように走り出した。
「そういえば、darlingのお爺様の話って聞いた事無いネー」
「そりゃなぁ。家族の話なんざ、そうホイホイとする機会なんざねぇだろ」
「で、どんな人だったんデスか?」
「そうだなぁ……」
俺の爺ちゃんの印象と言えば、『凄くおっかない人』だった。物心付いた頃には70も半ばを過ぎた位の歳のハズなのに未だに矍鑠として、親父を怒鳴ってこき使っていたのをよく覚えてる。ウチの実家は曾祖父さんの代から続く大工でな?特にも爺ちゃんは昔気質の大工の棟梁を絵に描いたような人で、腕の良い職人だった。俺も悪戯すると拳骨もらったりしたよ。
『わ(俺)の建てた家は燃えるか流され無ければ潰れた事が無い』
と言うのが自慢で、誇らしげに語ってたっけな。事実、爺ちゃんの建てた家に住む人に声を掛けられて、あんたの爺さんは凄い人だと褒められた事が何度もあったからな。
「へ~、自慢のお爺ちゃんだったのね」
あぁ、子供ながらに誇らしかったのを覚えてる。それに何と言っても爺ちゃんは遊びも豪快だったからなぁ。ギャンブルはやらなかったが、酒・煙草・女遊びと凄かったらしい。酒は水代わりかって位に飲んでたし、煙草も下手すりゃ1日5~6箱吸ってたからな。それも、『ハイライト』とか『ピース』、『わかば』なんかのタールのキツい奴ばっかりな。タールが少ないと吸った気がしないらしい。
「それはまた……」
それに、女癖も悪くてな。嫁さんと子供ほっぽらかして、水商売のオネーチャン達と旅行に行った……なんて事もザラにあったらしい。
「「「「「「えぇ~……」」」」」」
ドン引きする一同。そんな様子に思わず苦笑いを浮かべる。
……だが、婆ちゃんも大したモンでな。『爺さんの女癖は殺しても治らんから殺すだけ無駄だ』と笑って許していたらしい。
「いい関係のご夫婦だったんですねぇ」
「っていうか提督の女癖はおじいちゃん譲りだったんだねぇ?」
「うるせぇぞ、秋雲」
話を戻すぞ。そんな健康で好き勝手にバリバリやってた爺さんも寄る年波には勝てなくてな。3度の脳梗塞と糖尿病、白内障に前立腺がんまで患ってな。それでも酒と煙草は止めなかったっけ。最初の脳梗塞の時に病院を嫌がってな、どうにもならなくなってから病院に行ったせいで右半身が麻痺しちまっても、どうにか右手だけはリハビリで動かせるようになったら震える手で煙草咥えてたのを覚えてるよ。
「よっぽど好きだったんデスね……」
ほぼ中毒に近かったんだろうな、多分。それでも最初の脳梗塞から20年近く生きて95での大往生だからなぁ……頑丈というか、何というか……ん?
「どうしたお前ら、黙り込んで?」
「な、何と言いますか」
「提督の頑丈さとか強さって、遺伝だったのね……」
んん?まぁ、爺ちゃんも喧嘩っ早い人だったし小柄なのに腕っぷしも強かったから、街の顔役みたいな所もあったからな……っと、着いたぞ。
※爺ちゃんの逸話
ほぼ実話です。
車を降りると俺の記憶よりも真新しくなった門が俺達を出迎えていた。どうやら、俺の居なかった二十数年の間に建て替えたらしい。傾斜のキツい階段を上がっていくと、山の斜面に張り付くように墓石が立ち並ぶ共同墓地が姿を現す。
「わぁ……いい眺め」
青葉の漏らした一言に、皆が振り向く。背後を見れば、少し小高い所にある上、森が開けていて海がパノラマで見える。
「この町は海と共に発展してきました。亡くなった方々も海が見える方が安らかに眠れるだろう……と、この寺を開いた住職がここに墓を作ったそうです」
声のした方を見ると、朗らかな笑みを浮かべた老僧が立っていた。
「あぁ、こりゃどうも」
「軍の方がこんな所に珍しい。どなたかの墓参りですかな?」
「えぇ、祖父母の所に。まぁ、仕事の忙しさにかまけて20年以上来てませんでしたからね。酷い孫だと思われてますわ」
「いやいや、大事なのは故人を偲ぶ心。期間が空いたとて文句は言われますまい」
「はぁ、そんなもんですかね?」
「darling、早く行きマスよ~!」
何処に墓があるかも判らないクセに、先行している金剛が呼んでいる。何がそんなに楽しいのか、アホみたいに手をブンブン振っている。
「奥様ですかな?」
「いや、まぁ、はい。……喧しくて申し訳ない」
「はっは、溌剌としていて良いではありませんか。まるで太陽のようだ」
太陽……か。まぁ、あのバカみたいな明るさと時折見せる日だまりのような温もりは確かに太陽のようだと言えるかもな。
「では」
「えぇ、それでは」
互いに会釈を交わし、金剛達の方へと向かう。
「何を話してたんデス?」
「若い美人の嫁さんで羨ましいですねってよ」
「もう~♪darlingったらそんなホントの事言ったら照れるネー」
「はいはい、さっさと行くぞ~」
イヤンイヤンとクネクネしている金剛を置き去りにして、記憶を頼りに墓を探す。暫く共同墓地の中を歩き回り、
「……あった、これだ」
黒光りする御影石の墓石が目の前にあった。「金城家之墓」と刻まれている。
「よう爺ちゃん、婆ちゃんもだけど。久しぶりに帰ってきたぜ」
少し照れ臭くなって、ぶっきらぼうにそう呟く。
「信じられねぇかも知れねぇけどさ、俺、今海軍で大将やってんだ。日本だけじゃねぇ、世界の海を護ろうと戦ってんだ……ヤンチャ坊主だった俺がだぜ?」
俺が小さかった頃、お袋はまだ働いていて、俺は爺ちゃんと婆ちゃんに育てられた。悪い事をすればボコボコにされたし、良いことをすれば物凄く褒められた。俺が初孫だったってのもあったかも知れんが、中学・高校になってからは余計に迷惑を掛けた。酒に煙草、麻雀やパチンコなんかのギャンブル。そして気に入らない相手との喧嘩に明け暮れた。小遣いが無くなれば爺ちゃん達の年金をアテにして集った事もあったっけ。今にして思えば、当時の俺はクズと言われても仕方ねぇ位の事をしていた。それでも爺ちゃん、婆ちゃんは何も言わず、金をせびる俺に何も言わずに金をくれた。
高校を卒業して金を稼ぐ大変さを知った時、俺は後悔した。何も考えずに金をせびっていた俺が凄く愚かに思えた。初めて稼いだ金で、俺は爺ちゃん、婆ちゃんにプレゼントを贈った。だが、実家を離れて生活していると、その事に馴れて実家との連絡も少なくなり、疎遠になり始めた。丁度その頃だ、元帥のジジィにスカウトされたのは。その後は無我夢中で、今の地位に上り詰めた時には、この姿を見せたいと思った2人はもう、この世には居なかった。この晴れ姿を見せてやりたかった。その為にわざわざ制服を持ち出して来たんだから。
「爺ちゃん、俺結婚したんだぜ?血は繋がってねぇけど、娘も出来た。その顔拝んでやってくれよ」
そう言って墓石の前を開けてやる。そこに金剛と山風が入り込み、手を合わせる。
「darlingのお爺様とお婆様、生きている内に会ってみたかったです。私、艦娘の金剛といいます。いつ死ぬか判らないような危険な仕事ですが、必ず生き延びてまたここに来ます」
「……えっと、ひいお爺ちゃんとひいお婆ちゃん。山風だよ。私、本当のパパの娘になれるようにもっと頑張る……だから、見守っててね?」
二人が口に出して墓前で挨拶をする。その後ろでは他の4人も手を合わせる。その言葉は二人の俺に対する決意表明のように聞こえたのは、気のせいだったろうか。
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