彼願白書
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逆さ磔の悪魔
カウント・ダウン
「遅いぞ、天龍!」
「あのままブルネイに叩かせるつもりかと思って、気持ちよく昼寝してたとこだったんだぜ?待たせすぎな提督が悪い。」
ヘリのサイドハッチで待ちかねていたように叫ぶ木曾。
搭乗員待機ルームから一番後に出てきたのは、あくびを隠さないで腕を伸ばしながら歩いてくる天龍だった。
既に他にヘリに乗り込む艦娘は、先に乗り込んで待っている。
「おーおー、今回もお馴染みな水雷戦隊大集合。なるほど、提督もついにリバースド・ナインを地獄に叩き落とす算段が出来たようじゃねぇか。」
木曾と共にヘリに乗り込んだ天龍は中にいた、陽炎や不知火の頭をくしゃりと撫でながら、空いているところに座る。
「つまるところは死に損ないの空母です。さっさと沈めて、噂のブルネイ鎮守府のご飯をいただきましょう。」
主砲の調整を終えた浜風が、セーフティロックをかけ直しつつ、なんでもないように言う。
「待ってください。それは不知火達の分もありますよね?あの提督のとこに大所帯で押しかけて大丈夫なんですよね?」
前回、ブルネイに寄港した時に「行程的に遊んでる余裕はありませんよ」と霧島の一言で船内の業務だけで終わった、その時の無念が残っている不知火は食い下がる。
熊野と叢雲だけが、あとからBarAdmiralに行って、噂のご飯を食ってきたというのだから尚更だ。
「ブルネイ鎮守府のご飯、とは言いましたが、かの大将の、とは言ってませんよ。ですが、ここの間宮達の食堂、鳳翔の店も、かの大将の店にひけを取らないと聞いています。」
「つまり?」
一瞬だけ肩を落とした不知火が、ですが、の一言でついに浜風に迫る。
「実は鳳翔から、舌に自信のある私に、と『お願い』をされまして、そちらを回る予定です。鳳翔は「個人的なお願いなので」と私にお小遣いを用意してましたが……」
浜風の妙にもったいぶるような語り口に、不知火だけでなく、他の艦娘達も耳をダンボにしている。
前回のブルネイで悔しい思いをしたのは不知火だけではないのだ。
そもそもお留守番になっていた陽炎と浦風も気にするし、当時お預けをくらった天龍と木曾だって、気にならないわけじゃない。
「提督にスケジュールを確認したところ、『わかった。その前提で予定を組んでおこう。あと鳳翔から貰った小遣いは取っておきなさい。ここでのお代はこちらで払う。希望する全員で行ってきなさい。』と、お言葉を頂きました!」
一瞬だけ静まる機内。
ヘリのローター音だけが響く。
「つまり、司令のオゴリでブルネイディナー食い放題ナイト……そう認識しても?」
「そういうことです。」
不知火の確認に対してニッと笑う浜風に、機内は一気に沸いた。
「っしゃあああ!でかした!浜風!いや、これは鳳翔か?誰の手柄だ?」
「木曾、んな細けぇもん気にすんな!よぉっしゃ!リバースド・ナインをとっととブッ飛ばして、飯にすんぞ!」
よっしゃ!ゴーゴー!と木曾の肩に腕を回しながら、天龍がゴーサインを出す。
その合図で、ヘリは甲板から浮き上がる。
「……完全に倒したあとみたいな盛り上がりになってるわね。」
「まぁ、勢いっちゅうのは大事じゃけ。追われるもんより、追うもんのほうが強いけぇ言うじゃろう?」
陽炎と浦風はそんな彼女達に、ただ苦笑いしつつも、やはりこのあとのご飯を期待していた。
彼女達だって、外の刺激は欲していないわけではないのだ。
『鈴谷、聞こえてるか?』
「バッチリだよー!前回、改造の調整が間に合わなかった分、今回はバーッチリ仕事するから、ちゃーんとあとで褒めてね!」
『褒める点が一個減ったな。』
「ひどくないっ!?ピリピリしてるんだろうな!って思ってのことなのに!」
鈴谷はインカム越しに、久しぶりに壬生森と『提督と艦娘としてのやりとり』を楽しんでいた。
もとより今まで壬生森からの指示は金剛か熊野が受けるのが定番だったのだ。
それを今度は、自分が引き受けることになり、不安はあった。
その不安を誤魔化せたのは、他ならぬ熊野の説得だった。
「鈴谷、不安になる必要はありませんわ。貴女の仕事は、彼の指示を噛み砕いて聞く。必要な指示を、判断材料と共に仰ぐ。それでよいのですから。それに、何があっても責任を取るのは彼です。貴女から必要なことが足りなければこちらでフォローしますわ。」
はたしてそれが説得と言えるかはわからない。
しかし、鈴谷の肩の荷が、いくらか下りたのは確かだ。
『今回、熊野をこっちに残している分、前線指揮を君に任せる。問題は無いな?ミッションは2つ、『みのぶ』『ゆきなみ』の護衛、ヘリの対空護衛、この2つだ。洋上、空中、どちらが欠けても我々はリバースド・ナインに届かない。心してかかれ。』
「ふっふーん……鈴谷にお任せ、ってね!空母各員、直掩及び輸送ヘリの護衛に戦闘機発艦!状況次第でリバースド・ナインを先行して空襲すると思うから、爆撃機と攻撃機の発艦を即時待機ね!」
「任しときぃや!鶴姉妹!気張って行きや!」
「言われなくても!」
龍驤の発破で、瑞鶴が少々ムキになって発艦させる。
余人であれば、精神の平静を失っている上での作戦行動などあり得ないだろう。
ただ、それが、この瑞鶴であった場合はどうか?
それを知り尽くしているからこそ、龍驤は瑞鶴を『最高のコンディション』にすることを欠かさない。
瑞鶴は特異なことに、キレればキレるほど、その管制能力は昂っていく。
簡単に言えば、極端に負けん気が強いのだ。
だからこそ龍驤は、瑞鶴に信頼を置いている。
加賀に言わせれば「感情に揺さぶられている内はまだまだひよっこ」と言うだろうが、その当人が他ならぬ、当代きっての激情家である。
龍驤は、きっと同族嫌悪なんだろうなぁ、と見ている。
そう振り返れば、この艦隊は、割と激情家とヤキモチ焼きと寂しがりが多いな、と思うのだ。
その中心にいる者が、そういう者を呼び寄せてしまう相が出ているからだろうが、結果としてこの艦隊を結成できたのだ。
良きことか、悪しきことかは、後の者達にでも判じてもらうとしよう。
「鶴姉妹!ヘリ針路上に敵航空機部隊や!追い散らしてまえ!」
「任せて!翔鶴姉!」
「瑞鶴、行くわよ!」
瑞鶴ばかりを見てしまうが、翔鶴も翔鶴で巧みだ。
途中までは瑞鶴の部隊の後ろに連ねるように飛ばしておいて、瑞鶴の部隊が仕掛けた瞬間に一気に囲うように散り、瑞鶴の襲撃に対応しようとしたものを各個撃破していく。
激情的かつ怒濤とも言える瑞鶴の切り込みに、散らされた敵に追い打ちをかけるように襲撃していく様は、悪辣と言ってもいい。
多少の数的不利さえも覆してしまう、姉妹だからこその必殺の一撃。
迎え撃てば瑞鶴が押し潰し、躱せば翔鶴が狩る。
それを絶対とするまで鍛えられた航空管制。
何もない彼女達を一から鍛えてきた龍驤は、今こそ思う。
彼女達の鍛え方を、間違えていなかったと。
「さぁ、どっちを狙うんや?グレイゴースト。言うとくけど、こっちは片手間でやれるような鍛え方はしとらんよって。あっちは知らんけど。」
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