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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第5章:幽世と魔導師
  閑話15「最期の弾丸」

 
前書き
ティーダさんが如何にして足掻き、優輝達の戦いに布石を残したかの話です。
実際の力量差が大きすぎますが、ティーダが死ぬのは前提なのに加えて、守護者は目覚めたばかりなので、食らいつこうと思えば食らいつけるような状況ではあります。
 

 






       =out side=







「ッ……」

 手が震える。体が震える。
 ティーダにとって、霊力と瘴気は知らない存在だ。
 ロストロギアによっては、瘴気に似たモノを生み出すものがあるだろうが、少なくともティーダはその類を見た事がなかった。
 ……その上で、直感的にソレが危険な存在だと理解できた。

「『こちらティーダ・ランスターです!次元犯罪者の次元転送魔法によってどこかの世界に転移した模様!犯罪者の持つロストロギアの効果か、正体不明の敵が出現!……至急、応援を頼みます。どうか、誰かがこの災厄を止める事を、願います。以上』」

 すぐさま広域念話による緊急要請を行う。
 それは、一種の遺言でもあった。
 自分は助からない。
 そんな確信が、彼の中に確立していたからだ。

「(この世界がどこにあるのかもわからない。事と次第によっては、今の念話も届いていないかもしれない……。……すまない、ティアナ。俺は帰れそうにない)」

 冷や汗が止まらない。震えも止まらない。
 目に見える程の瘴気に、ティーダの本能が警鐘を鳴らし続ける。

「(バリアジャケットを纏っていた犯罪者の首を一閃。たったそれだけで斬り落とした。一撃でも食らったら……!)

     ィイインッ!!

「(その時点で死ぬ!)」

 恐怖を感じながらも、思考は続けていた。
 それが功を奏したのだろう。
 魔力弾の発射と、守護者が動き出したのは同時だった。
 ティーダは、その時点で空中へと逃げていた。
 魔力弾が牽制となり、守護者の挙動が一歩遅れ、刀の一撃は当たらずに済んだ。

「(敵の動きは緩慢だ。それでもあの早さ。……魔力弾による牽制を途切らせたらダメだ。常に敵に対処の動きを取らせる……!)」

 さらに魔力弾を放つ。
 誘導と通常の射撃の両方をデバイスから放つ。
 誘導は守護者の背後に回り込むように、射撃は正面から攻める。

「ッ!?」

 だが、その二発の魔力弾は瞬時に切り裂かれた。
 着地までの時間は稼げたが、すぐに次の行動を起こす事となる。

「くっ……!」

 連続でティーダは魔力弾を撃つ。
 速度と貫通性を求めた、実際の拳銃などに似た性質の魔力弾で間合いに入られないように守護者へと何度も放つ。

「(冗談じゃない……!斬られるのならわかるが、まともに通じないだと!?)」

 しかし、それらの魔力弾は守護者から湧き出る瘴気と霊力に逸らされる。
 弾かれないだけマシではあるが、それでもティーダを驚愕させるには十分だった。

「ッ……!」

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

 今までの経験から、咄嗟に高速機動魔法を発動させる。
 その判断は正解で、寸前までティーダの首があった箇所を刀が通り過ぎていた。

「っぁ!?」

 だが、急な機動にバランスを崩してしまう。
 そのまま、ティーダは仰け反るように倒れ……



 ……前髪が斬り飛ばされた。

「ッ―――!?」

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

 その瞬間、ティーダは体勢を考慮せずにもう一度魔法を発動した。
 守護者と位置を入れ替えるように移動し、すぐに起き上がった。

「(動きが緩慢でこれか……!)」

 守護者が振り返るまでの僅かな時間で、ティーダは思考を巡らす。
 明らかに正面にいた時より背後に回った方が対応が遅い。
 それに気づいたため、刀の早さに戦慄しつつも戦略が練れた。

「(……決して、正面には立たない……!)」

 正面に立てば、背後に回る……つまり、視界から外れる事すら困難になる。
 そのため、振り返る前にティーダは動いた。
 方向は振り返る反対側。背後へと回り続けるように動く。

「(……あぁ、何てことだ。なんで、こんな絶体絶命の時に頭が冴える。思考がはっきりする……!まるで、まだ足掻けるって本能が叫んでるみたいだ……!)」

 “死ぬ”と悟ったからこその境地なのか、ティーダの集中力は限界を超えていた。
 その状態だからこそ、思考が速くなり、頭が冴える。
 まるで、少しでも生きる時間を長引かせるかのように。





   ―――「お兄ちゃん」





「ッ……!」

 脳裏に、妹のティアナが過る。
 たった、それだけでさらにティーダは覚醒する。

「(ああ。そうだ……!可能性が少しでも残っているっていうのなら、俺は生きる……!生きて、ティアナの、妹の待つ家に、帰るんだ……!)」

 目を見開き、魔法を発動させる。
 本来なら時間を僅かに掛けるため、即座に放てば失敗するような魔法。
 しかし、この時のティーダは限界知らずとなっていた。

「ッ……行け……!」

   ―――“Shoot Barret(シュートバレット)
   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)

 弾丸の如き魔力弾を連射する。
 背後を取るように動き続けていたため、魔力弾は守護者の側面から迫る。

「(やはり通常の魔力弾では碌に当たらない。だが!)」

 それらの魔力弾は先ほどと同じように、瘴気に逸らされる。
 このままでは通じないが、もう一つの射撃魔法は違った。

「っ!」

「(斬られた!……だが、あのバリアらしきものは突破した!)」

 多重弾殻射撃。元々バリアを使う相手に放つ魔力弾。
 魔力弾に膜状のバリアを張る事で相手のバリアを中和し、突破する効果を持つ。
 それは、霊力や瘴気を相手にしても効果を発揮した。

「(中途半端でもいい。展開速度を上げる!)」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)
   ―――“Variable Shoot(ヴァリアブルシュート)

 効果があると分かった瞬間、ティーダはそれを連射した。
 しかも、速度と貫通性を持った魔力弾と、誘導性を持った魔力弾に使い分ける。
 一瞬とは言え、全方位からの射撃が、守護者を襲う。

「ッ!!」

「っ……!」

 刹那、その包囲を突破するかのように守護者が動く。
 刃が振るわれ、魔力弾を切り裂きつつティーダへと迫る。
 自己防衛のために、それまで緩慢だった動きが一瞬で鋭くなった。

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

 刀の一撃がティーダに迫るが、一歩先にティーダは手を打っていた。
 高速機動魔法で飛び上がり、その一撃を躱した。

「なっ……!?」

   ―――“風車-真髄-”

 しかし、それを読んでいたかのように、御札がティーダへと迫る。
 そして、風の刃が炸裂し、ティーダの体は切り刻まれた。

   ―――“Fake Silhouette(フェイク・シルエット)

 ……かのように見えた。
 実際に切り裂かれたのはティーダが使った幻影魔法による幻。
 本物は幻影の反対側に跳んでいた。

「(相手にとって俺の魔法が初見で助かった!このチャンスはこれ以降訪れない!ここで、一撃だけでも決める!!)」

 守護者は魔力弾の包囲を突破した際に、ティーダが跳ぶ前の位置を通り過ぎていた。
 そして、幻影は避ける時にすれ違うように跳んでいた。
 つまり、その反対側に跳んだティーダは、現在守護者の真上にいた。
 初見の相手だからこそ訪れた千載一遇のチャンスを、ティーダは逃さない。

「(全力で!叩き込む!!)」

 構える二丁のデバイスの銃口に魔力が集束する。
 守護者がティーダの位置に気づくが、反応が僅かに遅かった。

「“ファントムブレイザー”!!!」

 全身全霊。渾身の砲撃魔法が、至近距離で守護者へと叩き込まれた。







「っ、はぁ、はぁ……!」

 ごく僅かな時間で行われた、死に片足を踏み入れた戦闘。
 その緊張感に、ティーダは既に息を切らしていた。

「(至近距離で直撃。例え格上の相手だろうと、そう簡単に防がれる事はないはず)」

 少なくともダメージは通っただろうと、ティーダは砲撃魔法で発生した砂塵を見る。

「(さぁ、どう来―――)」



   ―――ザンッ!



「(―――る……?)」

 突風が吹いた感覚を、ティーダは感じた。
 同時に、ほんの一瞬のみ、銀閃が見えた気がした。

「……ぁ……」

 視線を僅かに後ろに向ければ、そこにはティーダに背を向ける守護者の姿が。
 そして、手には振り抜かれた刀があった。

「………」

 そのままティーダは視線を正面へと戻す。
 そこには、砂塵に穴が開き、寸前まで守護者がいた形跡があった。

「っ……」

 そして、右腕に喪失感があり、右手を確認した。
 直後に後ろを振り返る。

「ぇ……」

 その時、ティーダの視界を上から下へと横切るものがあった。
 地面へと落ちたソレを見て、ティーダは血の気が引いた。

 ……それは、ティーダの右腕だった。

「ッッ……!?」

 瞬間、ティーダに激痛が走る。
 片腕を斬り飛ばされたのだ。
 これで顔色を変えずにいられる程、ティーダは痛みに適応していない。

「が、ぁあああああ……!?」

 這いつくばり、痛みに耐えるティーダ。
 だが、それを呑気に眺める程、守護者は優しくない。

「ッ……!」

 辛うじて視界に入れていた事で、振り下ろされた刀を躱すティーダ。
 少しでも意識を逸らしていたのなら、首を落とされていただろう。

   ―――“Rapid move(ラピッドムーブ)

「ぐっ……!」

 ティーダは痛みを堪え、守護者を見据える。
 そのまま、知識に入れておいた止血方法で応急処置をする。

「……!」

 だが、守護者が悠長にそれを待つ訳がない。

   ―――“Fake Silhouette(フェイク・シルエット)

 そのため、ティーダは幻影を用いて守護者の攻撃を躱す。



     ドッ!

「ッ……!?」

 だが、その上でティーダの頬を掠めるように、矢が通り過ぎる。
 矢はそのまま背後にあった木へと突き刺さる。

「(幻影に引っかかった上で、俺の居場所を瞬時に特定した……!?)」

 ティーダは幻影をもう一体作り出そうとしていた。
 そのため、運よく矢が掠める程度に収まっていたが、それでも場所を特定されていた。

「(次も誤魔化せるなんて考えたらダメだ。そもそも勝つ必要どころか、戦う必要もない。目晦ましさえ成功すれば、そのまま逃走を……!)」

 これ以上の戦闘をした所で、無駄に死にに行くだけだった。
 元々生き残れるとは思っていないティーダだったが、それでも妹のティアナのために生きて帰ろうとしていた。
 だから、ただ“戦闘”を行うだけでなく、何とか目晦ましをする方向性にした。

   ―――“Fake Silhouette(フェイク・シルエット)

「(これだけでは目晦ましにはならない。現に、さっきは居場所を一瞬で見極めた。おまけに、その時に使ったのは矢。……遠距離攻撃も普通にできるという事だ)」

 幻影を生み出し続け、少しでも時間を稼ごうとする。
 同時に、思考を巡らせて何とかして隙を作ろうと画策する。

「(俺が放った砲撃魔法のおかげで、敵の纏っていたバリアのようなものはなくなっている。……ただし、目に見えている範囲では、だが。くそ……相手が未知すぎる。ヴァリアブル系の魔法もバリアを突破しただけで、通じるとは思えない。……それに……)」

 そこまで考えて、ティーダは失った右腕に視線を向ける。
 極限状態にいるおかげか、痛みを思考の外に追いやれている。
 そのために痛みによる動きの鈍りがほとんどなくなっているが……

「(……片腕では、魔力弾の展開数が減ってしまう)」

 そう。これではティーダの手数が減ってしまう。
 ただでさえ格上の相手で、通常の魔法では威力不足なのだ。
 通じる程の威力では隙を晒す危険性が高いため、手数で補うのが定石だ。
 しかし、片腕を失った今では、それをすることも難しい。

「はぁっ!!」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)
   ―――“Variable Shoot(ヴァリアブルシュート)

 幻影を用意しつつ、魔力弾を連続で放つ。
 少しでも数を補おうとリンカーコアを酷使したからか、ティーダの胸から痛みが走る。
 それでもなお、魔法の制御は止めずに魔力弾を動かす。

「(ここだっ!!)」

 いくつかの魔力弾が切り裂かれたのを見た瞬間、砂塵を起こすようにティーダは一部の魔力弾を守護者の周りに撃ち込んだ。
 砂塵と幻影。そして魔力弾。
 三つの目晦ましを行い、その隙に逃走を試みた。





 ……だが。



「逃がさないよ」

   ―――“呪黒剣-真髄-”

「ッッ……!?」

 逃げ出そうとしたティーダを阻むように、黒い剣が地面から突き出してきた。
 それにより、ティーダは足を止める事となる。

「(自我はないと思っていたが、喋れたのか!?……いや、それよりも……)」

 攻撃の用途には使わないからか、その黒い剣は巨大なだけでティーダに当てようとはしていなかった。……が、それによって包囲されてしまい、逃走が出来なくなる。

「(高い……空に逃げても、矢で撃ち落とされる……!)」

 唯一空からなら脱出が可能だが、矢を扱う事からそれもできないと悟った。
 何より……

   ―――“弓技・矢の雨-真髄-”

 ……せっかく用意した魔力弾と幻影も、矢の雨によって全て失ったのだから。

「っ………」

 その光景を見て、ティーダは絶句する。
 どう足掻いても、逃げる事すら許されないのだと。

「(倒せない、逃げられない。なら、俺にできる事は……)」

 自分が生きるという希望は潰えた。
 それでもなお、自分にできる事を模索するティーダ。
 そして、出した結論は……





「っ、ぁああああああああ!!!」

 雄たけびを上げ、ティーダは突貫する。
 同時に、魔力弾を展開、牽制として放つ。
 さらに、デバイスから魔力の刃を生やし、ナイフとして扱う。

「(次に戦う“誰か”のために、一つでも傷をつける!)」

 ……ティーダが出した結論は、“玉砕”。
 もう生き残る可能性は潰えたと判断し、“後”に繋げるために特攻した。

「(……すまない、優輝君。君に言われた事、言った事、守れそうにない。……ティアナ、お兄ちゃんはどこかへ行ってしまう。でも、どうか強く生きてほしい……)」

 脳裏に浮かぶ妹の姿を、もう直接見る事はできない。
 その事を悔やみながらも、ティーダはデバイスを振るう。

「はぁあああああっ!!」

 自身の近接戦闘能力では、相手に敵わない。
 それはティーダにも理解できていた。それでも、ティーダは駆ける。



     ギィイン!



「が、ぁ……!?」

 振るわれた魔力の刃は、守護者の刀によって弾かれるように打ち砕かれた。
 そのまま刀は、ティーダの心臓を、的確に貫いた。

「っ、っぐ……!」

 その上で、ティーダはデバイスを守護者へ向ける。
 少しでも手傷を負わせるために。

「食ら、え……!!」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)

 至近距離からの、弾丸。
 血を吐きながらも、それを放った。
 致命傷を前提としたその攻撃は、例え格上の相手だろうと回避は困難。

「かはっ……!?」

 だが、守護者はそれにすら動じず、刀をティーダから引き抜く。
 そのまま上体を僅かに逸らし、横にずれる事でその魔力弾を回避した。

「っづ……!?」

「引っ、かかった、な……!」

 だが、守護者は魔力弾を食らった。
 避けた魔力弾ではなく、背後から飛んできていた魔力弾に。

 そう。ティーダの攻撃の本命は、至近距離からの魔力弾ではない。
 斬り飛ばされた右腕が持っていたデバイスの片割れからの魔力弾だった。
 ティーダのデバイスは二丁拳銃の形態をしている。
 二丁で一つのデバイスなため、片方が手元になくてもある程度の距離なら使える。
 その性質を利用し、自分に意識を向けておく事で、不意を突いたのだ。

「(敵が魔導師ではないのが、幸いした……!)」

 さらに、守護者は魔力ではなく霊力を扱う。
 魔導師であれば魔力の動きで読まれたかもしれない行動が、守護者相手なら通じた。
 その事もあって、ティーダの攻撃が命中したのだ。

「っ……ぉおおおっ!!」

   ―――“Variable Barret(ヴァリアブルバレット)

 力を振り絞り、間髪入れずに魔力弾をもう一発放つ。

「かっ……!?」

 今度は弾かれる事なく、守護者へと命中した。

「(俺の命と引き換えに、そっちも傷を負ってもらう……!)」

 撃ち込んだ魔力弾には特殊な術式が込められていた。
 それは着弾した箇所にもう一発魔力弾を当てれば、魔力が炸裂するというもの。
 それを守護者の腹に撃ち込み、内部から炸裂させようとしたのだ。

「ぁあああああっ!!」

 ラストもう一発。
 死んででも撃ち込もうと、魔力を練り……







「ッ、ァ……」

 左肩から、袈裟斬りを食らった。

「ッ、ッッ……!」

 肩からバッサリと斬られたため、残った左腕が上がらなくなる。
 それだけじゃない。……既に致命傷を負った上で、さらにダメージを負ったのだ。
 もう、ティーダは魔法を放つ力を残していなかった。

「(……くそ……!)」

 歯を食いしばり、踏ん張ろうとするが、耐えきれない。
 握っていたデバイスは地面へと落ち、遅れてティーダの体も倒れ伏した。

「(……あぁ、もう、これ以上は無理か……)」

 既にティーダに興味を失ったのか、守護者はティーダの前から立ち去っていた。
 腹に一撃を貰ったため、離れた所で一度治療するのだろう。

「(……悪い、ティアナ。こんな所で、死んじゃうなんてな……兄失格、だ)」

 薄れていく意識。
 自分からどんどん血の気が引いていくのを、ティーダは自覚していた。

「(……優輝君。いや、この際誰でも構わない。どうか、ロストロギアが目覚めさせたあの災厄を、止めてほしい……)」

 自分にはどうしようもできなかった事を悔やみ、ティーダはそのまま……





 ……息絶えた。

























       =ティーダside=







「っ……ぅ……」

 戻るはずのない意識。戻るはずのない視界に、一瞬頭が追いつかなかった。

「ここ、は……?」

 現状を理解するよりも先に、今いる場所が不可思議な事に気づく。

「なんだ、ここは……!」

 辺りに薄く漂う黒い霧のようなもの。
 見るだけで寒気が走るような、明らかに触れてはいけないものだと分かった。

「俺は、確か……!」

 そこまで思い返して、俺は思い出す。
 自分が殺された事を。

「っ、っ……!」

 手を見て、体を見た。
 だが、そこに傷はない。
 失ったはずの右腕も元に戻っていた。

「……ないのは、デバイスだけか……」

 デバイスだけが失っている。
 それを理解して、俺は一度立ち上がる。

「(服装はバリアジャケットのまま。だが、俺は殺されたはずだ。どの道、デバイスがない状態でバリアジャケットは維持し続けられない。……どうなっているんだ?)」

 困惑は解けない。
 第一に、俺は殺されたはずなんだ。
 心臓を刺されたし、そのあと左肩から思いっきり斬られたはずだ。

「夢……ではないか」

 頬を抓ってみたが、明らかに感覚はあった。
 意識もはっきりしているし、どうも夢には思えない。

「(……死後の世界って奴か?)」

 一部の次元世界や、地域などでは、宗教などでそんな世界があるとか言われている。
 あまり意識していなかったが、状況から見てそうとしか思えない。

「……どうやら、悠長に考え事をさせてくれないらしいな」

 辺りから……正確に言えば、周囲の黒い霧のようなものから、異形の存在が現れる。
 しかも、明らかに俺に対して敵意を抱いている。
 魔法生物とも違うそれらに対し、俺は魔法を使おうとするが……。

「(っ、デバイスがないと、碌な魔法も使えないな……!)」

 すぐにデバイスが手にない事を思い出し、自力で術式を練る。
 簡単な魔力弾なら使えるため、まずはそれで牽制をする。

「(数が多い!どれほどの強さかわからないが、ここから離脱するべきか!)」

 ここがどこだかわからないが、ずっと留まっているには不適切な場所だろう。
 俺はそう判断して、包囲網を抜けるように駆け出した。

「(まるでロストロギアで汚染された土地のようだな……)」

 直接対応した事はないが、そういう汚染型のロストロギアも存在する。
 そんな例えが出来るほど、俺がいる空間は空気が悪かった。
 所々に錆び付いて刃がボロボロになった剣や槍、斧などが落ちている。
 水辺があったりもしたが、例外なく汚染されていた。
 木々はあったとしても枯れており、地は荒れ果てている。
 ……まるで、この場所そのものが死に果てたように。

「(……死後の世界らしいな)」

 なぜか、納得できてしまう。
 俺はおそらく生きていないのだろうから、こういうのも受け入れてしまう。
 ……そんな、“諦め”の感情が過ったからだろうか?

「っ、しまっ……!」

 正面から襲ってくる敵に、気づくのが一瞬遅れてしまった。

「ッ……!」

 やってくるであろう痛みに備える。



 しかし、その痛みが来ることはなかった。
 代わりに聞こえたのは、何かが爆発したような音。

「……えっと、無事ですか?」

「……君、は……」

 目を開ければ、そこには黒髪の少女がいた。
 それも、どこか優輝君に似た雰囲気を持っている。

「まさか、常世の境に流れ着いていた人がいたなんて……。とりあえず、ちょっとじっとしていてください。ここは危険なので」

「あ、ああ。けど、君は……」

「薙ぎ払え、焔閃!」

   ―――“Lævateinn(レーヴァテイン)

 俺の問いに答える前に、彼女は俺の上で一回転するように炎の大剣を薙ぎ払った。
 どうやら、魔法のようだが、それで周りの異形を全て薙ぎ払ったようだ。

「(……って、魔法、だと?)」

「えっと、確かこうやって……転移!」

 彼女が魔法を使った事を疑問に思うのと同時に、彼女は転移魔法を発動させた。
 デバイスを介している様子はなく、自力で術式を編んだようだが……。





「ふぅ、国造(くにつくり)さんが気づいてなかったら、危なかったなぁ」

 転移した先は、さっきまでの場所の出口かと思える場所だった。
 荒れ果てているのは変わらないが、黒い霧などは見当たらない。

「転移、魔法……。魔導師、なのか……?」

「……まぁ、そうですよ。まさか、魔導師の人がここに流れ着くとは思いませんでしたけど」

 あっさりと肯定した彼女は、俺が魔導師だった事に少し驚いているようだった。
 いや、それよりも魔導師を知っているという事は……。

「このタイミングでの漂流と考えると……もしかして、大門が開いた影響かなぁ……。そうなったら、色んな人が流れ着いてきそうだなぁ……」

「……漂流?」

 俺の思考を遮るように、彼女は気になる単語を呟いた。

「そうですよ。ここは死後の世界。さっきまでいたのは現世と幽世の境界。通称“常世の境”。……貴方は死んだ自覚がありますか?」

「死……ああ、俺は確かに殺された。……もしかして、君もか?」

「はい。私も死人です。かれこれ三年はここで暮らしてます」

 ……まさか、死後の世界が本当にあるとはな。

「色々説明する事もあるので、ついてきてください。死後の世界ですけど、普通に生活できる設備はありますよ」

「そうなのか?」

 勝手なイメージだったが、そんなのはないと思っていた。

「数百年以上ここにいる人もいますしね。……あ、聞くの忘れてた。あの、貴方の名前は?」

「あ、ああ。俺はティーダ・ランスターだ」

 死んだのだろうにやけに明るい彼女は、俺の名を聞くと笑顔で名乗り返してきた。







「私は志導緋雪です。これからよろしくお願いしますね!」

 ……そう。俺の知っている彼と、同じ姓を。



















 
 

 
後書き
Rapid move(ラピッドムーブ)…高速機動魔法。ティーダは射撃型の魔導師なため、瞬時に間合いを取れるような効果を持つ。発動が早く、使い勝手がいい。

国造…うつしよの帳で、どんな陰陽師にも使役する事が出来なかったと言われる式姫。作中ではカタちゃんと呼ばれる。実は紫陽と協力して第5章の間ずっと幽世が不安定にならないようにしていた式姫。とこよの結界への召喚すら拒絶した実力者。

常世の境…説明としては本編で語った通り。かくりよの門では経験値稼ぎに使える。


ティアナの兄という訳で、後書きで紹介している以外の魔法は全部ティアナと同じ魔法を使わせています。……と言っても、普通は特殊でなければ大体同じ名前になりますけどね。

実は守護者、寝ぼけているような状態なため、程よく脱力して一撃一撃が最適なスピードと威力を出しています。総合的には本編に劣りますが、攻撃の瞬間のみはこちらの方が上です。

死後の時系列は、大体緋雪が幽世に帰ってすぐ後ぐらいです。
ちょっと時差がある感じで、ティーダは目覚めました。 
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