カラミティ・ハーツ 心の魔物
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EP16 亡国の王女
〈Ep⒗ 亡国の王女〉
――力量が、違った。
「ぐうッ!」
身体を貫いた剣を、彼は呆然と見ていた。
「運のない子。忘れたままなら、こうはならなかったのに」
剣を引き抜き、露を払い。そのまま歩き去ろうとする背に。
「待……て……!」
かけた声は無視されて。
エルヴァインは、くずおれるようにして膝をつく。
視界がゆがむ。何もかもが真っ赤に染まる。
「こんな……ところで……!」
彼には果たさなければならない使命があった。謝らなければならない人がいた。やりたいこと、やるべきこと。まだまだたくさんあったのに。
貫く痛みに意識を失いかけ、なんとか再び覚醒する。
生きたいと、死にたくないと。彼の心が全身が。魂の叫びをあげていた。
「僕は……まだ……!」
死ぬわけには、行かないのに――。
あの日。あの女に誘惑された。それが崩壊の始まりで。
記憶をなくし、意思もなくし。操り人形のように生きていた。
そして、今。記憶も意思も取り戻した彼は、また何かをなくそうとしている。
――それは、命だ。
「嫌だッ!」
叫んでももがいても、必死に足掻いても、何かが変わることはなかった。何かが起きることもなかった。
当然だ。神様なんて、いないのだから。彼は4跡なんかに期待しない。
でも、生きたい、から。
どうすれば、生きられるのだろう――?
絶え絶えの息の中、エルヴァインは生を願った。
◆
丘の上に、銀色の少年が倒れていた。 腹から血を流し、青ざめた顔で。
でも彼は、辛うじて、生きていた。
「……仕方ない、か」
一人の少女が、その身体を抱きかかえた。少女の髪は鴉の濡れ羽色で背中の半ばまで真っすぐ伸び、その瞳はぬばたまの黒。漆黒のロリータドレスを身に纏い、頭には黒薔薇のコサージュをつけている。全身黒づくめで、その肌は蝋人形のように白く唇は血のように赤い。
「まったく。こんなところで倒れないでほしいものだわ」
淡々とした声は、しかし、どこか心配げだった。
「あなたはいっつも無茶をして……。あの女の正体をわかっていたの? 知らなかったんでしょう。知っていたなら、問答無用で逃げていた」
少女はぶつぶつと呟きながらも、少年をどこかに連れていく。
◆
「じゃぁ、再び目指そう、花の都、フロイラインを」
フィオルも少し、回復してきた頃。リクシアがそう、提案した。
「でも、今回はフェロンも一緒だもーん。みんなで行こうよ? そこに行って、何かを見つけないと……話は全然進まないもの」
だな、とアーヴェイもうなずいた。
すると、そこへ。
コンコン。ドアのノックされる音。これまでいろいろなことがあったから、リクシアは思わず身構える。他の皆も油断なく武器を構え、誰何した。
「何者っ!」
リクシアの声に、淡々とした静かな声が応える。
「グラエキア・アリアンロッド。本名を名乗るとあまりに長すぎるから省くわ。エルヴァイン・ウィンチェバルと深い関わりをもつ者、といったらわかるかしら?」
その言葉を聞いて、リクシアはこくりと頷いた。
「……入って」
エルヴァイン・ウィンチェバル。それは、あの「ゼロ」のことだ。リクシアにとって、他人ごとではない。
家の中で。グラエキアと名乗った漆黒の少女が口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。リュクシオン=モンスターは、どんな戦い方をしていたの?」
そんな彼女に、フェロンが警戒の声をあげる。
「それ以前に、貴様は誰だッ!」
「身分で言うのならば」
静かな声が、告げる。
「今は亡き、ウィンチェバル王の姪よ」
新たなる波乱が巻き起ころうとしていた。
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