| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

十五 始まりの傀儡


──三代目風影。


かつて歴代最強と謳われた彼は、突如、砂隠れの里から姿を消した。
里の者達は八方手を尽くして必死に捜索したが、とうとう見つからず。

しかしながら、あれほど強い風影が死ぬはずはないと、砂忍の暗部には秘かに調査を続けさせていた。




その風影がまさか、サソリの手に墜ち、人傀儡として再会するとは。

サソリの祖母であるチヨは、思いも寄らなかった。













「どうだ?懐かしい顔だろう?」
「サソリ…お前が、」

風影を殺して己のコレクションに加えた実の孫を、チヨは憤怒の形相で睨み据える。



「なんだ、その顔は?隠居した婆が三代目の敵討ちでもするってのか?」

祖母の険しい表情を見やり、サソリはハッ、と鼻で嗤った。


「──ご苦労なこった」




整った顔立ちに浮かべる冷笑。
なまじ顔が綺麗なだけ、サソリの冷ややかな笑みに、いのは背筋を凍らせる。
顔を引き攣らせる彼女の隣で、久方ぶりの三代目風影を目の当たりにして驚きつつも、チヨは平然たる表情で口を開いた。


「隠居の身でもわざわざ重い腰を上げてみるもんじゃわい。新たな事実の発覚がこのような形で得られようとは思いも寄らなんだ。我が孫が悪党に身を堕とすだけならまだしも、里を裏切り、三度までも風影に手をかけようとは…」



一度は三代目風影。
二度は四代目風影。
そして、五代目風影である我愛羅。


我愛羅の父──四代目風影を殺したのは大蛇丸だが、それを手引きしたのはサソリだと語るチヨ。
その話に、サソリは不服げに「おいおい」と片眉を吊り上げた。


「四代目ってのは俺は知らねぇぜ?手引きは俺の部下がやったものだ」
「ならばお前がやったも同然じゃろう。部下の監督不行き届きは、サソリ…お前に責任がある」
「勝手に濡れ衣を着せるんじゃねぇよ。俺は自分の尻拭いも出来ねぇようなヤツは部下になんざしねぇ。大体、今のアイツは大蛇丸の部下だ。ってことは大蛇丸が責任取るのが筋ってもんだろーが」


ハッ、と吐き捨てたサソリに、チヨはなにか言いたげに口を開いたが、結局言葉を発さずに噤んだ。もはやかける言葉も見つからないのか、黙り込んだチヨを流し目で見遣ってから、サソリはふ、と口許に笑みを湛える。


「まぁ俺の部下が手引きしたと調べたところまでは褒めてやる。確か──『木ノ葉崩し』だったか?大蛇丸の野郎も、なかなかやるな」


その発言に、いのがピクリと反応する。

木ノ葉の里に多大な被害を与えた、木ノ葉の忍びにとっては悲劇に他ならない事件。
それを愉快げに語るサソリを、いのは激しく睨み据えた。


「…アンタは絶対捕まえて、大蛇丸のことを吐かせてやる…!」




いのの決意を込めた強い眼光を、サソリは柳に風と受け流す。
そうして、涼しい顔で「そろそろ、お喋りはお仕舞いにしようぜ」と軽く首を捻らせた。紅い髪がさらっと靡く。




「さて、やるか」


瞬間、三代目風影がいのに迫る。
生気のない瞳が、獲物を捉えた。チヨが咄嗟に指をくゆらせる。
感情の無い真顔で、サソリはひゅうっと口笛を吹いた。


「やるなァ、ばばあ」


残骸と化したはずの【白秘技・十機近松の集】。寸前破壊されたばかりの己の傀儡人形を防御壁に利用する。


いのを守ったチヨに賛辞を送ったサソリは、そのまま流れるように手首を軽く振る。指先のチャクラ糸が十字を切った。
すると、三代目風影の腕のカラクリがひとつ、ひとつ、開いていく。腕に仕込まれた札が露わになったのを一目見るなり、チヨは慌てて、いのに繋げたチャクラ糸を引き戻した。


「おせぇよ!!」



サソリの指の動きに従い、開放された札から数多の腕が出現する。
三代目風影の傀儡の腕から、同じような腕が何本も何本も重なって、束になっていく。

傀儡の腕に仕込まれたその手の数は、およそ千。



【千手操武】の名の通り、数多の腕がいのに向かって伸びてくる。束になっているそれはもはや、巨大な大木の幹のようだ。

しかしながら、やはり先端は、手の指が密集していた。チヨが咄嗟にチャクラ糸を操る。
重圧感を放つ大木の如き腕が真上から襲い掛かってくるのを、いのは見た。






「──いのっ」

地面に突き刺さる勢いで殺到する。土煙を濛々とあげるその先に向かって、チヨは叫んだ。
まともに、千本もの腕の猛攻を受けたいのは、黒煙の中、姿が見えない。
いのの身体を操るチャクラ糸を構えたまま、チヨは眼を凝らす。


煙が晴れていくにつれ、全貌になっていくのは、千本の腕で形作られた檻。

地面に深々と突き刺さっているその腕に阻まれて、いのの姿は見えない。
腕の檻に閉じ込められたいのの安否を、チヨは気にする。
その一方で、三代目風影を操り、【千手操武】を披露したサソリは、ぴくりと指を小刻みに揺らした。舌打ちする。




(──仕損じたか。運の良い小娘だ)

傀儡人形の反応から、獲物はまだ死んでいない。
指の感触だけで、いのの無事を確認したサソリは眉を顰める。

同様に、いのに結び付けたチャクラ糸から、チヨも彼女の生存を確かめた。
ほっと息をつく間もなく、サソリの次なる一手に警戒する。




サソリが小指を軽く折った。先手を打たれる前に回収せんと、チヨはチャクラ糸を引っ張り上げる。
チヨの指の動きに従って、千本もの腕の攻撃を上手く回避できたいのが、檻から抜け出た。


いのの姿がサソリとチヨの間で、空を舞う。しかしながら、チヨに回収される前に、サソリは既に次の一手を打っていた。




腕の檻。その内の一本から仕込まれた何かが噴出される。

それは毒々しい色を孕んだ煙。


サソリの身体に、そして三代目風影の傀儡にも仕込まれているモノと同じ色を帯びたソレは、檻から逃げ出した獲物を追うように迫りくる。


「毒か…!!いの!!」


逸早く毒煙だと気づいたチヨが叫ぶ。チヨの指示に従い、いのは息を止めた。
濛々と立ち込める紫紺の煙はたちまち、いのの身体を包み込む。




「毒煙なら、動きは関係ねぇぜ?」


どんなに運動神経が良くても、煙という気体なら逃げられようがない。回避不可能だ、と言外に冷笑するサソリを苦々しげに睨んだチヨは、即座にチャクラ糸を引っ張る。毒煙から引っ張り出そうとしているのを見て取ったサソリは、「させるか」と開いていた手を軽く握った。

すると、千本もの腕で形成された檻から、今度は別の噴射口が出現する。新たな噴射口から飛んできたソレを、チヨは直観で弾き返した。



「ほお…?」

自分の元へくるくると回転しながら飛来してきたソレを、サソリは軽く首をめぐらすことでかわした。

背後に落ちた、ロープつきクナイ。それを巻きつかせる事で、いのを毒煙の中に留めさせようと考えていたサソリは、思惑が外れた事に、逆に感心めいた表情を浮かべた。



「かわすと思っていたが、なかなかどうして……勘が良いじゃねぇか、チヨ婆」


チャクラ糸を手繰り寄せ、いのを無事に毒煙の包囲網から脱出させたチヨを称賛する。
そのままいのがチヨの元へ戻るその前に、サソリはひそやかに双眸を細めた。



「だが、忘れてねぇか…?」



刹那、背後から風を切る音がして、いのは反射的に身を捻らせた。激しい痛みが肩を掠めていく。





「あぐ…ッ」
「いの!!」


毒煙を抜けて、チヨのほうへ戻ろうとしていたいのの身体が、ガクリと崩れる。
肩を押さえるいのを目にして、チヨの顔が青褪めた。



いのの肩。押さえている手からも、どんどん液体が溢れ出る。
それは、血だけでなく──。





「俺は傀儡師であると同時に、」


紫色の毒を滴らせたワイヤーを腹部から伸ばしたサソリが、双眸をゆるゆると細めた。








「俺自身も傀儡なんだぜ?」

































































「チッ…!ちょこまかと…っ」


巨大な扇を翻す。


扇の動きを見て取って、デイダラは素早く幹を蹴った。途端、寸前まで自分が立っていた大木が、ずずん…と地を揺らして倒れゆく。
スパッと綺麗な切り口を残して切り刻む烈風に、デイダラは眉間に皺を寄せた。



(このままじゃ、隠れる場所が無くなんぜ…うん)


森中の木々を全て切り落とす勢いの風を操るテマリ。
攫った人柱力である我愛羅と同じ砂忍らしい彼女の攻撃に、デイダラは辟易していた。そのまま視線を、テマリの隣の存在へ移行させる。


(まぁその前に…あの眼の前じゃ、隠れようにも隠れられないんだがな…うん)

写輪眼と並び、木ノ葉に伝わる【白眼】。
どんなに隠れようと身を潜めようと、この眼の前では全てを看破される。



「さて、どうすっか…」

風の猛攻をのらりくらりとかわしながら、頭を悩ますデイダラの傍を何かが通る。
我愛羅とカカシによって失った両腕の代わりに、ひらひらと風にたなびく『暁』の外套。

黒衣に映えるその白に眼を留めて、デイダラはハッ、と辺りを見渡す。





ひらひらと、自身を先導するかのような蝶。

どこかで見たことのあるその白に、デイダラは視線を周囲に這わせた。


(……近くにいんのか…?───ナル坊)































ぽたり。


ぽたり、と血が滴り落ちる。
暗紅色と紫紺色が雑ざり合い、黒々とした赤紫色の液体が、度重なる戦闘で罅割れている地面に滴下した。



三代目風影を正面から襲わせ、傀儡化した自身のワイヤーで後方から攻撃する。
己自身と傀儡人形を同時に使ったサソリは、いのに駆け寄ったチヨを冷酷に見下ろした。


いのの肩口から溢れる血と紫紺色の毒。

眼を見張るチヨに、サソリは冷酷に真実を告げる。



「もう気づいていると思うが…このワイヤーにも毒が塗り込ませている」


カンクロウを戦闘不能に陥らせた毒。

それを己の腹部から伸びるワイヤーにも、そして背中の刃物にも、それどころか全身の武器に仕込ませているサソリは、間髪を容れずに指を動かす。

鍵盤を滑らかに躍らせるかのような指の動き。その動きに従い、三代目風影が身体の向きを変えた。



「毒煙を回避したつもりだったろうが、残念だったな…小娘はもう動けまい。あとは婆…てめぇだ」


俺の毒を喰らったヤツの末路は知っているだろう?と、サソリは冷ややかな眼差しでチヨを見下ろす。



じわじわと身体の自由を奪い、やがて死に至らせる猛毒。すぐに身体が痺れて動けなくなり、僅か三日の命という瀕死状態になる。

たとえ、掠り傷ひとつでも、毒を染み込ませたワイヤーの攻撃を肩に受けたのなら、いのはもう戦闘員ではない。
動けないまま、傀儡師同士の戦闘を見るくらいしか出来やしない。



毒の強さをよく知っているサソリは、もはやいのなど眼中に無かったが、やがて、苦しげに呻きながらも必死な声が耳に入ってきて、顔を顰めた。



「……さっきも…言ったけど…っ!」


毒が廻ってきているのか、足が痺れる。けれどもなんとか立ち上がろうとするいのは、霞む視界の向こうにいるサソリを睨み据えた。


「お、…大蛇丸のことで、き、きかなきゃいけないことが山ほどある…!だから、アンタは…絶対…っ、」



かつて、『暁』でパートナーだった大蛇丸のことを話したサソリは、うんざりとした表情でいのをチラッと見やった。
そのまま続けて啖呵を切ろうとする彼女を無視し、指をくいっと動かす。




三代目風影の腕に仕込まれていた数十本のクナイ。
それらが一斉に、いのに向かって投擲される。


迫り来る刃物に、いのは咄嗟に反応できなかった。
否、もはや身体が毒で、指一本、動くことすらままならなかった。



ギュッと眼を瞑る彼女の耳元で、刃物が風を切る音が響いた。




























「女が喋ってる時は、男は静かに聞いてやるもんじゃ。わしはそう、お前に教えたはずじゃったがのう」
「ふん…そんな遠い昔のこと、とっくに忘れちまったよ」


二つの巻物を手にするチヨ。自分を庇った二体の人形の背中を、いのは見上げた。
チヨの巻物から出現し、そしてチャクラ糸の繋がれているその二体は傀儡には変わりないはずなのに、どこか懐かしい感じがした。


そう──木ノ葉の里にいるであろう、自分の父と母。


両親を思い浮かべるような背中だと、眼を瞬かせるいのを、チヨは下がらせる。
二体の傀儡人形を眼にして、サソリは「ああ…」と気のない声をあげた。



「それか…」
「憶えておったか…」
「一応、作った人形には思い入れがあるんでね」

軽く肩を竦めるサソリ。
はぐらかすようなその物言いに、彼の心の内を見定めようと、チヨは瞳を細めた。

「そうじゃ…」

項垂れる二体の傀儡を通して、実の孫の真意を探る。






「お前が作った最初の傀儡──」


項垂れていた赤い髪の人形が顔を上げる。その髪の色は、サソリの髪とよく似ていた。


「『父』と──」


項垂れていた長い髪の人形が顔を上げる。その美しい面差しは、サソリの整った顔立ちによく似ていた。



「──『母』じゃ」









待ちわびていた存在を前にしながらも、興味のない風情を装う。
無関心な態度をわざと取るサソリに対し、チヨはむしろ彼が憶えている事に、驚愕の表情を浮かべた。




「俺の作った傀儡で、俺の傀儡と殺しあおうってか?くだらねぇ」


吐き捨てる言葉とは裏腹に、かつて己が拙いながら必死で作り上げた人形を、サソリは静かに見つめる。
















その瞳には、人知れず、懐古の色が確かに宿っていた。
 
 

 
後書き


大変お待たせしました~!!

いのが足手まといな感じに見えるかもしれませんが、これからですので、ご容赦ください!
原作沿いですので、原作の流れですが、微妙に違う展開になっていきますので、どうかこれからもよろしくお願いします~!! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧