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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第三部 原作変容
最終章 蛇王再殺
  第三十九話 伝説終焉

カイ・ホスロー武勲詩抄には、カイ・ホスローの旗が戦場に翻ったのを見ただけで、蛇王ザッハークの軍勢は逃げ惑ったとある。ザッハーク軍が弱すぎるのかもしれないが、そうでないとすると恐ろしいまでの武威を誇ったとも考えられる。恐らくその実力はアンドラゴラス以上、最低でもアンドラゴラスと同等だろう。

それに、黄金色に輝くあの甲冑も、携えている副葬品の一つであったらしき白銀の剣も、伝説には残らずとも相当の業物のはず。

とにかく、奴をフリーハンドで戦わせてはならない。まずは、ヒルメスに使ったと同じ手で、自由を奪う。アイコンタクトで三人娘とラクシュに合図を送った。全員に意図が正しく伝わり、三人娘が地面に潜った。そして、レイラがこれ見よがしに正面から、フィトナとパリザードが背後に回り、それぞれ片足の腱を狙って襲いかかる。

が、

「痴れ者が!その手に乗るか!」

「不味い!三人とも避けろ!」

「!!」

ザッハークが地面に剣を向け、三百六十度回転して振り回した。間一髪三人娘は躱したものの、恐ろしいまでの剣風が彼女たちの前髪を薙いでいた。これでは近づくことすら出来ない。背中を嫌な汗が伝うのが判った。

「魔道の技を使わせるか。どうやら恥というものを知らぬらしいな。小僧ども!」

おやおや、ザッハークにかかっては俺らは小僧扱いかよ。それじゃあこちらは御老体とでも呼ぼうかね。いや、面倒だ。お主でいいか。

「ふん、お主こそ、仇敵の体なんかに入りやがって。誇りは地下洞窟に置き去りにでもしたのかよ?」

「敵ではあるが、認めておったのだ。家畜としか思っていなかった人間の中にも、知恵と勇気を備え、信念と意志を持ったものがいるとな。こやつなら歴史に不滅の名を残すであろうと、予を恐れる民の心がこやつを神格化しご丁寧に遺体を保存してくれるだろうとな。ふははは、まさに思い通りになったわ!その為に無様に逃げ回ってみせた甲斐があったというものだて」

なるほど、武勲詩抄にあるあの醜態は半ばは演出されたものだったってことか。そして、ザッハークが執着していたのは、カイ・ホスローであって、その子孫ではないということか?

「…てっきりお主はパルス王家の子孫を自分が復活した時に宿る器にしようとしていると思ったんだがな。魔道士たちもそのつもりで動いていたようだったしな」

「ふん、知っておるぞ、地下から見ておったわ。ホスローの子は兄弟で争い、挙げ句父をも殺したのだったろう。兄殺し、父殺しをやってのけた愚物の子孫を器にだと?そんなものはこちらから願い下げだ。アンドラゴラス辺りなら器にしてやらんでもなかったがな。魔道士どもなど、勝手に予を崇め、予を復活させるだなんだと騒いでいたただの道化に過ぎん。笑わせては貰ったが、それだけのことだ」

こいつ、自分が地下に封じられたあとの事も知っている?口振りからすると魔道士たちとは無関係のようなのにどうして?

「地下から見ていた、だと?お主は何なのだ?ただの怪物ではないのか?」

原作では聖賢王ジャムシードの御代の狂った医者が作った魔法生物的なものだったはずだが、違うというのか?

「ただの怪物とはご挨拶だな。無知とは罪なものよ。予は神であったジャムシードが次の千年を託すために創り出した神だ。奴は予を失敗作呼ばわりし処分しようとした故、逆に奴を殺してやったがな。お主ら、予を殺そうとするのは神を殺そうとするのと同義であるぞ?天の怒りを畏れぬのか?」

「ふん、天がお主を封じられて怒ったのならば、パルスは三百年も栄えてはおらぬさ。つまり天はお主など何とも思っておらんと言うことだ!」

「ラジェンドラ殿の言う通りだ。お主が神だろうと、怪物だろうと、いずれにしろお主は人を害するだけの存在だ。もはや地上にはその様な存在は必要ない。今ここでお主を倒す。そして、これからは人が自らの力で歴史を作っていくのだ!」

「ふん、言うではないか。確かお主、アルスラーンとか言う名だったな。そのルクナバードが飾りでないと言うつもりなら、お主がカイ・ホスローの天命を継ぐものだとほざくつもりなら、早くかかってくるといい。それとも怖気づいたか?」

「何だと?いいだろう、そこを動くな。お主の伝説を今ここに終わらせてやる!」

馬鹿、行くなよ、アルスラーン、見え透いた挑発だ!う、ダリューンまで主君を侮られたと頭に血が登って前に出ようとしてやがる。

「アルスラーン、ダリューン、二人とも動くな。特にダリューン、お主は駄目だ!前も言っただろう!お主は人外には分が悪いと!」

「何故だ、ラジェンドラ殿!何ゆえにそのようなことを言う?」

「お主は、対人戦闘に特化し過ぎているのだ!お主は多くの戦闘経験から相手の力量、速度、間合い、太刀筋などを見抜いて、無意識に相手に対しての最適な動きが出来るのだろう。だが、それが人外相手ではかえって弱みになる。予想外の動きに対して過剰に反応し大きな隙を作りかねないのだ。ここはまず俺たちに任せろ!俺たちが何とか隙を作ってみせる。お主の出番はそれからだ!」

とは言うものの、策なんてまるで思い浮かばない。対峙したままジリジリと時間だけが過ぎるばかりだ。

「ラジェンドラ王子、要は隙を作れればいいのだろう?だったら俺にいい手がある!」

「おい、ダリューン、お前またアレをやるつもりか!やめろ、やめてくれ!俺のほうがどうにかなる!」

何だ、ダリューンは何をやろうとしてる?その不敵な、いやむしろ悪童めいたと言っていいようなその嗤いは何だ?それにナルサスのあの反応は一体?

「おい、ザッハーク、これを見ろ!お主が神だと言うならこれを見ても痛痒を感じないと証明してみせろ!」

ダリューンは懐から何かを取り出し、ザッハークに向けて突き出した。何だあれは?いや、見てはマズい。直感だがそんな気がする。

「な、な、何だ、何だそれは!」

「あ、あう、何それ!おで、ごわい!」

あ、バハードゥルの馬鹿が!見てしまったんだな!この馬鹿、こんなところで何やってんだ!…!マズい、ラクシュは平気か?バカさ加減で言えば、バハードゥルと大差ないのがラクシュなんだが…。

しかし、それは杞憂だったようだ。同時に撃ってるのだとしか思えないほどに一斉にラクシュから何本もの矢が放たれた。良かった、隙が出来たなら自分の出番だと理解してたんだな!…或いは立ち位置的に見ようとしても見えない場所に居ただけかもしれないが。

ラクシュから放たれた矢は鏃が蒼い炎を纏っていた。何だかいつもと違うような。それらは両眼、両肩の蛇の口、蛇の付け根の両肩、両手首をほぼ同時に射抜いた。そして、両肩の蛇が蒼い炎で瞬時に燃え尽きた。肩の付け根で蒼い炎がなおもくすぶり続け、それが再生をも阻んでいるようだ。もしかして、浄化の炎なのか?

「な、何だよラクシュ今の。いつもの矢じゃないのか?」

「あれれ~、この弓と矢筒、殿下がくれたんじゃないのー?今朝起きたら私のすぐ傍に置いてあったんさー。恋人がサンタクロースって本当だねって思ったのにー」

いや、今はまだ四月だ。こんな季節外れのサンタはいないし、そもそも俺はお前の恋人でもない。と言うかそれ、シンドゥラの伝説に出てくる黄金の弓『ブラマダッタ』と、炎の矢を際限なく取り出せるという『無限の矢筒』じゃないのか?かなり昔にカルナに探すように頼んだものの、何の手掛かりも得られなかったって聞いてたんだが、見つけたのか?そして、わざわざここまで持ってきて、ラクシュに託したのか?いくら最近タハミーネにラクシュの母親ポジションを奪われつつあるからと言って、まさかそこまでするとは!

「いや、その話は後だ!それより今だ!総攻撃だ!…ってバハードゥルもいつまでも怯えてんじゃねえ!行くぞ!」

「ふぁ、ふぁい、王子!」

勝機であった。奴は剣を取り落としている。両眼から刺さっていた矢を抜いたが、鏃に眼球が刺さったままだ。そして、眼窩には蒼い炎がくすぶり続け、こちらも肩と同様に再生を阻んでいる。武器はなく、目も見えず、厄介な両肩の蛇も焼滅して再生もしない。これなら勝てないはずがない!

「ぬううっ、舐めるな、糞どもが!」

ザッハークが拳を振り回す。とんでもない風圧を感じる。スピードだけならヘヴィ級ボクサー並みだろう。だが、両手首を矢で射抜かれ、拳に力が入っていない。ジャブとすら言えない代物だ。そして、剣を相手にするにはリーチが足りなすぎる。たちまち、両腕両足を切り刻まれ、腕すら上がらなくなる。もはや奴は棒立ち、このまま押し切れる。そう思った瞬間だった。

「控えよ、我が下僕ども!汝らが神にいつまで剣を向けておる!!」

「!!!」

ザッハークの雷喝に、パルス人たちの動きが一斉に止まる。確かに天地が震えるほどの迫力を帯びた声ではあった。だが、嘘だろ?戦士の中の戦士、ダリューンが武器を取り落とすだと?他のパルス人諸将も膝をつく者、おこりのように震えて立ち尽くす者と様々だが、皆一様に戦う気力を奪われていた。パルス人ではない他の者達も、息を荒げ、落ち着くために必死に自分を宥めねばならなかった。

「ザッハーク!これがお前の切り札か!この支配力で、カイ・ホスローに殺されるのを防いだと言うのか!」

俺の声までが震えていた。俺は奴の下僕ではないはずだが、それでも気圧されずにはいられなかった。

「言ったであろう、予は神だとな!予はジャムシードの時代までのパルス人を全て殺し、家畜として美味なる脳味噌を持つ新たなパルス人を創り上げた。予に従順で、予の恐怖を魂の底にまで刻み込んだ下僕としてな。だが、良かったではないか。予が創り直したお陰で大陸公路周辺諸国で最強を誇ることが出来たのだ。その代り、腹芸も出来ぬ不器用さをも併せ持つことになったとしてもな!」

なるほど、パルス人の精強さは、ザッハークが創り変えた賜物だということか。確かに、他国人とは別格と思える部分があったよな。そう言えば、共に他国人を伴侶としたダリューンとアルスラーンだが、両方ともあり得ないほど子供が出来るのが早くなかったか?まさかそれもパルス人が持つ特性なのか!

「では、予はここでお暇させてもらうとしようか!腐ってもカイ・ホスローの体なのでな。諸侯や領主は喜んで予の前に膝を折ってくれるだろうよ。その前にお主らはここで死んでもらおう。…目が再生出来ぬ。見えぬので手心も加えられん。さぞや醜い死体になるだろうが許せよ?」

満身創痍のザッハークだが、全身に負った傷の内、通常の武器で付けられた傷が少しずつ回復していっている。奴が緩慢な動きで剣を拾った。盛んに手の平を結んだり、開いたりしているが、表情が険しい。両手首のラクシュの弓で撃たれた傷は回復せず、本来の力は出せないのだろう。だが、それでも剣を握ることぐらいは出来るようだ。剣を携え、奴がゆっくりと近づいてくる。まずい、このままではやられる!

だが、両足は縫い留められたかのように動こうとしなかった。動けぬ。奴の放つ殺気が、威が、身じろぎすら阻んでいた。馬鹿な、ここまで来て、何も出来ずにこいつに殺されるだけだというのか!

「いいや、死ぬのはお主だ、ザッハーク!」

凛とした、覇気を孕んだ声が辺りに響き渡った。この声はアルスラーン?お主、大丈夫なのか?

「ば、馬鹿な!アルスラーン、貴様何故動ける!貴様、予の意に従えぬというのか!」

「ああ、お主などに従うつもりはない。お主、カイ・ホスローの魂がルクナバードと一体化した理由を考えなかったのか?カイ・ホスローの魂は、没後の三百年で無数のパルス人と大陸周辺諸国の者の尊崇を集めたことで神格を得た。パルス人としてのお主の軛を抜けたのだ。そして、そのカイ・ホスローと一体となったルクナバードが今私に加護を与えてくれている。お主の支配など、もはや私に届きなどしない!」

「な、何…」

「皆よ、全土のパルス人たちよ!英雄王の志を継ぎしアルスラーンが今告げる。今こそ、ザッハークの軛から解き放たれよ。お主らはもはや自由だ。何者にも支配されることなく、己自身として生きていけ。お主らになら、それが出来るはずだ!」

その瞬間、世界中のガラスが同時に砕け散るかのような音が響き渡った。大陸全土に、いや、この星全てに届いたかもしれない。今、確かに世界の理が書き換えられたのだ。

そして、

「う、動く、動ける!皆、大丈夫だ。もう動けるぞ!」

「おお、本当だ!」

パルス人たちはまだ本調子の動きではないが、パルス人ではない俺たちはもう何の問題も無く動ける。ザッハークと相討ちになんかさせないと誓ったんだ。このまま立ち止まってなんかいられるものかよ!

「おおおおおおおおおお!!」

俺は自分自身を鼓舞するように叫びながら、ザッハークに突進した。ザッハークは声を頼りにこちらに向き直るが、もう遅い!俺の一閃はザッハークの剣を構えた右腕を斬り払い、返す刀で左腕を斬り飛ばした。

「今だ!アルスラーン!」

「終わりだ、ザッハーク!!!」

宝剣ルクナバードがザッハークの脳天から腰にかけてを存分に切り裂いた。未だに蒼い炎がくすぶり続ける眼窩で天を仰いだザッハークは一歩、二歩とよろめき、そして轟くような響きを上げて倒れ伏した。

蛇王ザッハークの伝説が終焉し、解放王アルスラーンの伝説が今ここに始まったのだ。
 
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