ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす
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第三部 原作変容
最終章 蛇王再殺
第三十六話 隻眼獅子
パルス暦321年3月7日、サハルード平原の会戦の翌日、王都エクバターナは奪還された。前日のエステルの神託を聞いた上でなおもサハルード平原からエクバターナに逃げ込もうと考えたルシタニア兵はほとんどいなかったし、留守居の兵もほとんどいなかったからな。どうもギスカールはサハルード平原の会戦の後、わざとエクバターナの守りを薄くしてパルス陣営に王都を奪還させ、王都にかかずらってる内に再起を図る時間を稼ぐつもりだったらしい。まあ、こちらは元より再起なんて図らせるつもりは無かったから無駄に終わったがな。
それはともかく、パルス軍と違ってマルヤム軍としてはルシタニア軍がマルヤム方面へ逃げるのはともかくとして、マルヤム国内に留まられては困るのだ。きっちり更に北西のルシタニアまで帰ってもらわないとな。なので、マルヤム軍一万四千と俺の率いる傭兵部隊二万六千、イスファーンとザラーヴァント率いる四万がマルヤム方面へのルシタニア軍掃討の任についた訳だ。
トゥースはバニパールと言う名の年長の戦友が戦いで重傷を負い、故郷に帰るのを送っていくため申し訳ないがご一緒できないと頻りに申し訳なさそうにしていたが、俺やアルスラーンは気持ちよく送り出してやった。俺はトゥースが後年迎える三人の妻がバニパールの娘と知っていたので、バニパールのお子さんにお土産を用意してやるようにと入れ知恵もしてやった。これで娘たちのトゥースに対する好感度は更に上がることだろう。
キシュワードは今月いっぱい王都に滞在し、来月になったら兵三万を連れてペシャワールに帰り、入れ替わりでルーシャンが王都に来ることになるらしい。キシュワードにナスリーンのことを聞いてみたら、婚約者なのだが戦乱で行方が判らなくなっているからこれから探すのだそうだ。諜者にも調べさせると約束すると「くれぐれもよろしく頼む」とすがりつかれた。確かナスリーンの祖母はマルヤム人だったらしいから、マルヤム寄りの地方に身を寄せてるかもしれないし、その辺を重点的に探させよう。
そんな訳で俺たち八万の兵は大陸公路を北西方向へ進んだ。諜者や斥候を盛んに放ち、敗残兵がパルス国内に潜んでないか探し、見つけて村を襲ったりしてるようなら即刻駆除、戦意も悪意もないようなら早くパルスから出るように促し、村落に居着いて村娘と恋仲になっているような奴はそっとしておいてやった。
そんな中、大陸公路にほど近い山間部に完全に盗賊と化した十数人の敗残兵どもが巣食ってると沿道の住民から噂を聞いた。けしからん事だとその山間部を目指したが、そこに近づくにつれて噂が変化した。俺たちの接近を知った敗残兵どもはそこを放棄し、空城になっているザーブル城へ向かったというのだ。ザーブル城といえば原作でボダンと聖堂騎士団が籠城した要害。そんなところに逃げ込まれては一大事と俺たちは行軍を早めたのだが、ザーブル城に近い辺りで噂は更に変化した。敗残兵どもは無人と思われていたザーブル城に住み着いていた集団の一人の男にことごとく斬殺されてしまったという。
「一人の男にか!どんな男だ?」
話してくれた農民の男によると、年齢は三十前後、長身で筋骨たくましく、左目が潰れていると言う。病人を抱えているのでこの場所から離れられないとも言っていたそうだ。
ちょっと待て、その特徴、心当たりがあり過ぎるんだが。そう言えば、原作でヒルメスがザーブル城攻略に向かったのって、今ぐらいの時期だったような。そして、ザーブル城からそう遠くない場所にいたその男をサームが見つけたのだった。
ちょっと会いに行ってみるか、医者のレイラをつれて。
◇◇
俺、クバードはその男を俺の部屋に誘った。
「むさ苦しいところですまんが、その辺にでもかけてくれ」
「別に気にせんよ。お邪魔させて頂こう」
妙な男だ。シンドゥラの王子様らしいが余りそうは見えん。身に付けている衣服も安物でこそないが、その身分に見合ったものとは思えない。まあ、何にせよ、医者を連れてきてくれた恩人だからな。話を聞きたいと言うなら、幾らでも聞かせてやるべきだろう。俺は秘蔵の酒を出してやり、この男、ラジェンドラに注いでやった。飲み干したこの男は「いい酒だ、実に沁みる」と笑った。気持ちのいい笑顔だった。
「で、お主は何故あの病人たちと一緒なんだ?お主、アトロパテネの戦いに参加した軍人だったんだろ?」
「おお、俺の名はクバード。人呼んで『隻眼の獅子』だ。あの戦いの後、俺の元には百騎ほどの部下が残ってな。その辺の村々を回ってはルシタニアの盗人どもを退治しては報酬を貰うという事を繰り返していたんだが、ある村であの病人とその家族を拾ってな。聞けばマヌーチュルフの奥方で、娘はキシュワードの婚約者ということだったんで護衛を買って出てここまで来たんだが、体調を崩されて、ここで静養してもらっていたところだ」
「なるほど、それでサハルード平原の会戦に間に合わなかった訳か」
「いや、そうでなくても行くつもりは無かった。俺はもうパルスへの義理は果たした。病人たちと部下を誰かに任せられるなら、パルスを出ようかと思ってたところでな」
「ああ、『逃げ出した君主に忠誠など誓えるものか』ってことか。だが、アンドラゴラスなら死んだぞ?それにアルスラーンならもっとマシな政をするはずだしな」
おや、その言葉伝わってるのか?人の口には戸を立てられないってことか。何処で誰が聞いてるか判らぬな。
「いや、俺はそもそもパルスにはいい思い出がないのでな。聞いたことがないか?俺は平民の子でな。猟師だった親父の腕と力を見込んだ百騎長が娘と結婚させて生まれたのが俺なのさ」
「ああ、それは聞いた事があるが…。余り幸せな結婚ではなかったのか?」
「ああ、母は親に言われて仕方なくで、父は恩人に乞われてやむを得ず、でな。祖父の前では取り繕っていたものの、冷え切った家庭だった。おまけにお貴族どもは俺の生まれが気に食わぬらしくて頻りに絡んでくるわ、王も俺を持て余しているわ、でな。パルスは俺にとって窮屈な国だった。アルスラーン殿下はよく知らんが、真面目そうでどうもな。友もいたが別にいつもベッタリ一緒にいる必要もあるまい。俺は何処か他所でのんびり暮らしたいのさ」
「なるほど。ではクバード。お主、マルヤムに来ないか?俺はこの通り片親は賤民でお高く止まるのは苦手だし、妻は豪快な武人でな。マルヤムはこれから取り戻すところだが、俺らには窮屈な国なんて創ろうったって創れんだろう。お主がのんびりと怠けてられる国にしてやるさ」
む、なかなか心惹かれる言葉を並べてくれる御仁だな。しかし、あの病人たちをどうするべきか。そんな思いは思い切り顔に出ていたのだろう。心配するなとこの男は笑ってくれた。
「マヌーチュルフのご家族に関してはキシュワードに任せればいい。あいつ、ナスリーン殿のことをひどく心配してたからな。連絡したら血相変えて飛んでくるぞ、あいつ。義理堅いキシュワードのことだ。お主のことを、一生恩に着てくれるだろうさ」
そうか、ならば心配は要らぬか。では心置きなく、
「かたじけない。そういうことであれば、世話になろう。出来ることだけはさせて頂く」
「おう、出来る範囲でやってくれ。まあ、まずはルシタニア兵の駆逐。その後は蛇王ザッハーク討伐を手伝ってくれ」
ザッハーク、その名を聞くだけで、全身が粟立つ。
「ざ、ザッハークをか?しかし、あやつは封印されているはず…」
「封印されてからもう三百年だしな。復活を目指して怪しい輩も動いているようだ。そろそろ起きてくるかもしれんが、地獄へ叩き返してやろう。そうでないとこっちが安眠できんからな。あ、それより前から気になっていたことがあるんだが、一つ聞いてもいいか?」
「ああ、別に構わぬが…」
ザッハークより気になることがあると?
「お主、自分で自分を『隻眼の獅子』とか言ってて、恥ずかしくないのか?」
ニヤニヤと冷やかすような表情だ。こ、この御方は!
「い、いや、いいではないか!自分では格好いいと思うのだ。それを言うならキシュワードだって、『双刀将軍と呼べ』とか自分で言ってるではないか!あやつこそ、持ってるのは両方とも刀ではなく剣なのに、それで何故双刀なのだと誰もが思ってるのに!」
この御方、ザッハークの名を聞いて顔を強張らせた俺の心を和らげようと、そう思ってくれたのだな、きっと。面白い、実に面白い御方だ。この御方に対してならば、臣下たる者の責務って奴を全う出来そうだぞ、シャプール。
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