才能売り~Is it really RIGHT choise?~
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Case2-2
「戸賀谷―、戸賀谷―」
電車内のアナウンス。「降りるよ」ときらっちが言った。
着いた戸賀谷の町は、都会の林立するビル群とは違って落ち着いた雰囲気のするところだった。一軒家が多く、道路は完全に舗装されてはいるものの、ちょっと遠くを見ると畑も見える。穏やかな町だなぁとあたしは思う。あたしの町はバリバリ都会だ。田舎でもなく、都会でもない。こんな町を訪れるのは初めてである。
「えっとね、確かこっち。ウチもまゆこやほのかと一緒に野次馬に行ったことがあるんだよ? 店主の外道坂灯さんって素敵な人! 武藤パイセンとは違った雰囲気があって結構好きかもー! また会えるんだ、覚えているかな、わくわくぅー!」
きらっちのテンションはかなり高い。外道坂灯さん。外道坂なんてずいぶん物騒な名字だけれど、一応記憶に留めておく。
穏やかな町を十分くらい歩いた。きらっちは何度もきょろきょろしながら道を確認していた。
そしてやがて、きらっちは足を止めた。
「ここだよ、ここ、ここ! 才能屋!」
それは木で造られた、少し古そうな建物だった。二階建てで、余計な装飾はされていなくて、入口らしき扉の上に看板があるだけだ。その看板もまた穏やかな感じがしてなんだかいいところだなぁとあたしは思った。
「才能屋 あなたにお好きな才能売ります! 支払いはあなたの才能で」
看板に書かれていた文字。それだけ見ると何ふざけたこと言っているんだと突っ込みたくなってくるけれど、とりあえず都市伝説の「才能屋」は実在することは判明した。
きらっちは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてあたしの手を引っ張った。
「行こ行こ入ろ! さぁ早く! あ、これでみなみんが武藤パイセン取ったってウチは怒らないゾ? というか見てみたいわぁ、才能屋さんの奇跡! ウチらは前に野次馬として来ただけで何もお願いしていないんだ! みなみんはするんだよね? してして!」
無責任なきらっちの言葉に半ば押されるようにしながらも、あたしは才能屋のドアを開いた。ドアを開けるとチリンチリンと涼やかな音がした。
「ようこそ、才能屋へ――。って、君は前の野次馬じゃないか。知らないお友達連れて、どうしたんだい?」
その音とともに、少し驚いたような青年の声があたしを迎える。
店は木でできた優しい雰囲気。入口の奥には木製のカウンターがあって、その中にある椅子に優しげなおにーさんが座っていた。
わぁお、優しい系? きらっちは俺様系が好きだって聞いていたけれど、意外だわぁ。
そんなことは置いておいて。あたしは恋するジョシコーセーなんだから。
「えっと、きらっちは付き添い。あたし、お願いがあるの」
ブス、ブス。男子たちに言われたこのサイテーなルックス。何とかできればあたしの恋する武藤先輩の心を射止めることもできるんじゃなぁい? そもそもの話、こんなところまではるばる来たのはあたしの恋が原因なんだから。それにきらっちが面白がってついてきたんだから。
灯さんは、あたしのその言葉を聞くと優しく笑った。
「君は野次馬じゃないんだね。わかった、この才能屋、承るよ。ああ、紹介が遅れたね。僕は外道坂灯、現代に舞い降りた自称『悪魔』さ。ま、腐れ外道でも灯さんでも、好きなように呼んでくれていいさ」
その瞳には、茶目っ気がある。あたしは彼のそんな態度に緊張を解いて、あたしの願いを口にした。
「あたしって、可愛い?」
でも、口から出たのは違った言葉だった。
あたしは知りたかったんだ、知り合いじゃない他の人から見た、あたしの顔がどう見えるかってことを。
あたしは言った。
「あたし、きれいになりたいんです。あたしってブスだから、好きな先輩に見向きもされない。だからあたし、きれいになりたいんです!」
あーあ、言っちゃった。言っちゃったよ、言っちゃった。
そうだねぇ、と灯さんは目を細めた。
「正直な感想、君の見た目は人並み以下だよ。で、何だい? 君の願いは『きれいになりたい』でいいのかな? じゃあその代わりに何をくれるんだい?」
人並み以下。初対面の人に、そう言われた。あたしはこの日のために精一杯着飾ったのに、それでも顔の醜さはは変わらないんだ。ショックだよぉ。
そうだよ、あたしはきれいになりたいんだよ。こんな顔なんか大っ嫌いだよ! でも代わりに、か。代わりに何をあげられるのかなぁ? わからなくて、あたしはきらっちにきいてみた。
「ねぇきらっち、あたしって、何かあるのかな?」
あたしはブスなだけの、あとはフツーのジョシコーセーだ。才能も何もあったものじゃないよ。顔がブスだから女子力だけは上げてきた。でも女子力をあげたら顔だけになっちゃうよぉ。きれいになりたいけれどそれだけは嫌!
そうだねぇ、ときらっちは思案顔。しばらくして、彼女はぽんと手を叩いてあたしに言った。
「そうだそうだ! みなみん、料理うまいじゃん?」
あっ、なるほど、料理かぁ。確かにあたしは料理上手だよ。その腕には自信があるの。だからその腕と同じくらいの美しさを手に入れられれば武藤先輩もあたしに振り向くかも? ナイスアイデアだよきらっち!
あたしは嬉しくなって、はずむように灯さんに言った。
「決―めた! ねぇねぇともしー、あたし、自分の料理の才能をあげるから代わりに美貌をちょうだい! あたしのお願いはこんなカンジ!」
カンペキでしょ? これで武藤先輩もあたしにイチコロだぁ。
すると一瞬だけ、灯さんの顔に影が差したような気がした。
「……君はそれで、本当にいいんだね?」
何言ってるのさ。さっさとあたしに美貌をちょうだい!
あたしの返事を聞くと、灯さんは深くうなずいてあたしに言った。
「わかったよ、契約成立さ。あ、でも才能の交換後の返品は一切受け付けないからそこのところよろしく。前に勘違いした人にひどい目に遭わされたこともあったから、君は違うと嬉しいなぁ」
だいじょーぶだよとあたしは答えた。逆恨みかぁ、自分で選んだ結果なのにひどくない? 才能屋さんも大変なんだなぁとあたしは思った。
灯さんは淡く微笑んであたしに言う。
「じゃあさ、もっと近くに来てくれないかな。才能の交換には相手に触れる必要があるんだ。僕はうまく歩けないんだよ。立ち上がるのも億劫(おっくう)だから、いつも椅子に座ってる。ああちなみに生まれつきじゃないよ。勘違いした誰かさんにやられたのさ。ひどいよねぇ、まったく」
言って、灯さんはカウンターに隠された足を軽く叩いた。ひどい人もいるものなんだなぁ。
そんなわけで、あたしは灯さんに近づいた。あたしはカウンターの木に自分のおなかをくっつけて元気よく笑った。「これでいーい?」とあたしがきくと、「オーケー、そのまま」と返事が来る。きらっちはそんなあたしと灯さんとを興味深そうな目で見つめていた。今から才能が交換されるんだ、そりゃあ面白いだろうな。
灯さんは、言う。
「それでは始めるよ、お嬢さん。最後にもう一度確認だ。君が望むのは美貌で、代わりに君がくれるのは料理の才だね。これでオーケー?」
「オーケーでぇす」
あたしがうなずくと、灯さんはその顔から穏やかな笑みを消してあたしのおでこに手を当てた。あたしがびっくりして固まると「動かないで」と声が飛ぶ。これが才能を交換するということ? よくわからない感覚が、あたしの中を吹き荒れた。派手な音も光も無い。魔法じゃない、けれど魔法みたいな奇跡。あたしは今、非日常の中にいる。そんなことを感じさせるような奇妙なひとときだった。
何かがあたしの中にやってきて、代わりに何かが永遠にいなくなったような気がした。
それからしばらくして。
「……終わったよ」
声がした。あたしは思わず力を抜くと、ぐらりぐらりと視界が揺れた。「大丈夫?」と駆け寄るきらっち。ああ、あたし、相当緊張していたみたい。
そしてあたしに駆け寄ったきらっちは、つぶらなその目を真ん丸にして、あたしを見て固まった。
あたしはあたしの顔を見ることなんかできないよ。でも、きらっちにはモロに見える。
きらっちはわなわなと唇を震わせて、言った。その顔は青ざめているようにも見えた。
「才能屋さんって、本当だったんだ……」
「ひどいなぁ、疑われていたのかい」
そんなきらっちに灯さんは朗らかに笑う。
「じゃ、君にもその証拠を見せてあげるよ。えーと、鏡、鏡……あった、これだ」
灯さんはしばらくカウンターの中をごそごそやったあと、シンプルなプラスチックの枠の鏡を取りだしてあたしに差し出した。あたしは緊張しながらもそれを手に取る。灯さんは何かカウンターをがさごそやりながらあたしの方を見ずに言った。
「これが君の答えだよ」
そしてあたしは、
見た。
鏡の中に映っていたのは、絶世の美少女だった。
くりくりしたつぶらな目。綺麗な二重でまつ毛が長い。つやつやした紅い唇にはどこか蠱惑的な美しさがあり、あたしの肌は雪のように真っ白で、髪は夜の闇のように綺麗な黒をしていた。白雪姫ってそんな表現をされるような顔だったっけとあたしは思った。もちろんにきびなんてない。鏡に映ったそれはあたしであってあたしじゃなかった。確かにあたしの顔なんだけど、確かにあたしらしさを残した顔なんだけど、でもあたしじゃない顔。別人みたいな顔、でもあたしの顔だった。
そしてそんなあたしの顔は、まぎれもない美少女の顔。
これなら武藤先輩も引っ掛かるだろう。でも、鏡に映ったこの顔を見るとあたしがあたしじゃなくなったような気がして、あたしは少しさびしかった。あんなに大嫌いな顔だったのに、どうしてなのかな。
とりあえず。これまでのあたしは死んだんだ。
「お気に召したかな?」
笑う灯さん、優しく穏やかに笑う灯さん! でも、でもだよ、灯さんは奇跡を起こした。この現実世界じゃあり得ない奇跡を!
だからあたしは思ってしまったんだ。この人を、「悪魔」だと。
非日常を運んでくる、現実世界に舞い降りた悪魔。この人はそう表現するのが正しいのかもしれない……。
「君が対価として払ったものは、今ここで証明することはできない。でもいつか気付くだろう、君は何を得て、代わりに何を失ったのか」
得たものは絶世の美貌、失ったものは料理の腕。
得たものについては良くわかったけれど、失ったものについてはまだ実感がない。
それでも、願いはかなったんだ。拍子抜けするほど、あっけなく。
「……行くよ、きらら」
だからあたしは鏡を返して、放心するきらっちの手を引いて店を出た。
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