才能売り~Is it really RIGHT choise?~
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Case1 夢喪失ワーカホリック
Case1 前編
前書き
新しい物語開幕。藍蓮は基本気分屋なので、書く話が一定しません。
しかしリメイク版にしか過ぎない「カラミティ・ハーツ」に比べればこちらは完全にオリジナル。クオリティには自信がありますよ。連作短編集なので物語のつながりを深く意識しないで済むのも書きやすいです。
そんなわけで、新たな物語、始動。
〈Case1 夢喪失ワーカホリック〉――山本雪也
日本のどこかの県の片隅、戸賀谷(とがや)という町に「才能屋」と呼ばれる店があるらしい。その店では自分の才能と引き換えに、こっちが望む才能を与えてくれるっていう話だ。例えば料理が上手くなりたいならそれを望めばいいけれど、代わりに自分の持つ他の才能をその店に払わなきゃならないんだってさ。才能だけじゃない、性格や性質、趣味や命すらも担保にできるし買うことができる。例えば「誰かのために自分の命を」みたいなことも可能だってさ。どこのファンタジー世界の話だよ? 眉唾ものとしか思えないよな、そんな話。才能は品物じゃないんだぜ? それなのにその店では、才能がまるで品物のようにして扱われているんだってさ、おっどろき。
まぁ、そんな訳なんだけど、いざ戸賀谷を訪れてみて、口コミで聞いた話をもとにその店があるという場所に行ってみると、実際にあったんだよ、「才能屋」が。嘘じゃなかったんだなぁ。
「才能屋 あなたにお好きな才能売ります! 支払いはあなたの才能で」
そんな馬鹿みたいな看板が、町のはずれの、やや大きな木造の建物に掛かっていたんだ。
「実在するんだ……」
思わずおれがそんな声を上げてしまったのも、仕方ないだろう。だってその話はもう都市伝説みたいになっているんだぜ? でも都市伝説にしてみれば話が妙に正確で、店の正確な住所も調べれば出るし、周知の事実と化しているんだ。だからおれでもたどり着けた。気分は半信半疑だったけれどもな。
そうそう、おれはただの野次馬なんかじゃないからな? おれにはおれの目的がある。そのためにはどうしても新しい「才能」が必要なんだよ。だからわざわざこんなところに来たんだ。電車で片道一時間ってさぁ、遠くね? いや、もっと遠くから来ている人もいるけれど、ここはおれの家からはそれなりに遠いぜ?
そんなわけで、おれ、山本雪也はこの店の扉を開いた。木製っていうのが落ち着くよなぁ。
扉を開けると、そこに鈴か何かついているのかチリンチリンと音がした。その音とともに、優しく穏やかそうな青年の声がおれを迎える。
「ようこそ、才能屋へ――。僕はここの店主、自称『悪魔』の外道坂 灯(げどうざか ともしび)さ。君は何を望み、代わりに何をくれるのかな? ははっ、楽しみだよ」
店に一歩入ると、何かのハーブみたいな爽やかな香りが鼻をついた。店は全体が木でできていて、正面には木製のカウンターがあってその目の前に椅子があって、そこに一人の青年が座っていた。青年は少し色の薄い黒の髪と同色の黒の瞳をしていて日本人らしい顔立ちをしていたが、その肌は何故かが外人みたいに白かった。白の、左の胸元に鷹だか鷲だかの描かれたパーカーを羽織り、チャックの隙間からはグレーのシャツが見え隠れしている。この位置からズボンは見えないが、こざっぱりした雰囲気の青年だった。その顔には優しそうな表情が浮かんでいた。
「悪魔」という名乗りとその特異な名字に驚きながらも、ざっと彼を観察し終えたおれはここに来た用件を告げる。
「えーとさぁ、簡単に言うと、おれ、頭が良くなりたいんだけど」
ば、馬鹿にするなよな? これでもおれは本気なんだっつーの! おれが頭が良くなりたいて思っているのはそう単純な理由じゃないんだよ。おれは現在高校三年生。で、どうしても受からなきゃならない大学があるの。でもでもっ、今のおれの学力じゃあ、逆立ちしても受からないんだってば! だからわざわざこんな店に頼ったんだよ。おれ、努力したよ? あまり遊ばないで努力したよ? それでもE判定っておい……冗談きついぜぇ。
店主――灯さんはそんなおれの反応を面白いものでも見るかのような顔でじっと見ていた。
「わかった、君の望む才能をあげるよ。じゃあ代わりに君は何をくれるんだい? 君のくれるものが大したものではなかった場合、僕があげる才能も大したものではなくなるけれど」
それについて、おれはもう決めていた。
「サッカーの才能」
そうだよ、おれはサッカーが得意なんだ、得意なんだぜ? 小中高とサッカー部に所属していたし県大会にも出た。おれの誇れる唯一の才能、それは「サッカー」なんだ。
おれは灯さんを見て、はっきりとした声で言った。
「灯さん、おれは県大会レベルのサッカーの才能を持っているんだ。だからさ、おれにそれと同等の学力をおくれよ。おれ、今のまんまじゃ、お先真っ暗なんだってば!」
「……いいよ、わかった。でも選択に後悔はしないようにね」
灯さんは頷いた。
「契約成立さ。ただし言っておこう。僕はこれから才能の交換をするけれど、その結果については何を言っても無駄だし返品は受け付けない。そのことをよく理解しておいてね。たまに勘違いした人が僕に危害を加えようとしてきて困るんだよ。君は違うと嬉しいなぁ」
大丈夫だとおれは強く頷いた。才能屋も大変なんだなぁ。
灯さんは淡く微笑んでおれに言う。
「じゃあ、もっと近くに来てくれないかな。才能の交換には君に触れる必要があるのさ。そしてね……僕は、勘違いした誰かさんに傷つけられて、あまりうまく歩くことができない身体にされてしまったのさ」
言って、灯さんはカウンターに隠された足を軽く叩いた。
才能屋。相手の望まぬ結果になってしまった場合は傷つけられることもあるのか。自分で望んで店を訪れ、契約内容をしっかり確認して才能を交換したのに? 理不尽だなとおれは思うが、人間というのは醜いのだ、それくらいあって当然なのだろうか。
おれは足を踏み出す。「もっと」灯さんの声。おれはさらに近づいていく。「オーケー、そのまま」灯さんの声。彼に指示された位置で、おれは立ち止まった。
「それでは始めるよ……。最後にもう一度確認だ。君が望むのは勉学の才で、代わりに君がくれるのはサッカーの才だね。合ってるかい?」
「ああ、合ってる」
おれが肯定すると、灯さんは真剣な顔をして、おれの額に手を当てた。おれの身体が硬直すると、「そのまま」と鋭い声が飛ぶ。なんだかよくわからない感覚が全身を吹き荒れ、おれは金縛りにあったみたいに動くことができなくなった。灯さんの顔もとても真剣だった。ああ、とおれは理解した。今この瞬間、平凡な日常では決して体験することができない超常的な何かが起こっているのだと。だってそうでなければ、「才能を交換する」なんてことが説明できるわけがないだろ? 才能っていうのはその人に固有のもので、交換できるような代物じゃあないんだから。
そして時間が過ぎる。おれにとってこの緊張に満ちた時間はまるで永遠のようにも感じられたが、時間はあまり経っていなかったらしい。
「終わったよ。じゃあ早速質問さ。えーと……7、3、7、3と四則演算子(+-×÷)を使って24を作ってみて?」
は? そんなわけのわからない難しい問題、このおれに解けるわけがないだろ! おれは内心で憤慨したけれど。
「……え? どうして?」
気が付いたらおれの頭は、勝手に演算を開始していた。分数を使えばうまくいくか? 単純計算じゃ絶対に無理だ。出されている数字をこう使えば……。
そしておれは答えを出した。……答えを出せた。
おれは自分に驚きながらも、導いた答えを口にする。
「……(7分の3+3)×7」
「お見事さん」
パチパチと、乾いた拍手の音。
おれは驚いていた。本気で驚いていた。ここに来る前のおれならば絶対に解けていない、解く方法の糸口すらわからなかっただろう難問。それを短時間で解けた、おれ。その事実は、紛れもなく才能の交換が行われたことを示していた。
「じゃ、君の払った代償についても検証しようか」
そんなことを灯さんが言いだした。灯さんは身体の向きを変えると、店の奥に「ウツロ、検証。サッカーボール持ってきて」と声を掛けた。そのすぐ後に、店の奥からサッカーボールが飛んでくる。動けない灯さんはそれを捕まえられないから、おれは自分の方に転がってきたサッカーボールを拾い上げた。灯さんは店の奥に文句を言った。
「ウツロ? あのさ、僕が上手く動けないの知ってるよね!?」
店の奥に反応はない。おれは苦笑しつつも、拾い上げたサッカーボールをまじまじと見つめた。
そしておれはさらなる驚きに包まれる。
「サッカーボールが、重い、だって?」
これまでは、風のように軽く感じていたサッカーボール。しかし今おれが持っている、どう見てもサッカーボールとしか思えないこれは、何故か重く感じられたのだ。
「それ、リフティングしてみてくれないかい?」
灯さんの指示に従い、おれはいつもの練習通りにボールを軽く蹴りあげて頭の上で……
リフティング、できなかった。
それ以前。おれの蹴りあげた足は見事に空を切って、バランスを崩したおれはたたらを踏んで大きくよろけた。おれは愕然とした。
リフティングだぜ? 練習みたいな動きだぜ? できて当然の動きなんだぜ? これでもおれはストライカーだったんだ、リフティングはそれなりにうまかった。
それなのに、できない。できないどころか大いに空振ってよろけてしまった。
このストライカーの山本雪也が。
おれはリフティング以外の動作もやってみようと動いてみた。しかし、慣れた動きを頭の中で思い返すことはできても、身体が動かなかった。おれは固まったまま動けなかった。
おれはしっかりと理解する。
「……これが、代償か」
「代償というよりは対価だね」
おれの言葉に灯さんは律義に返す。
「わかったかい? 君は勉学の才を手に入れてサッカーの才を失った。得た才をどのように使うのかは君次第。でも、いくら努力したって失われた才は戻らない。それが才能屋の取引なのさ」
「……わかり、ました」
おれはしばらく呆けたような顔をしていた。得たものと失ったもの。合格の可能性が見えてきた大学受験、永遠に戻らないストライカー。おれの未来とおれの過去。未来の栄光と過去の栄光。
得たものの大きさも、失ったものの大きさも同じだと灯さんは言う。それでもどこかで、ストライカーでなくなった自分を惜しいと思っている自分がいた。
「ありがとう、ございました」
複雑な思い。もやもやした何かを抱えながらもおれは灯さんに礼をして、逃げるように店を去った。
どうしてだろう、おれの未来は確約されたはずなのに、胸にぽっかりと大きな穴が空いたような気がして、それがおれの心を鬱にさせた。
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