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ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア

作者:シグ@グシ
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第4話 前哨戦

■第四話 前哨戦


そこは、平坦な荒野だった。
空はズシリと重い鎧、腰に刺さった刀、自身の周りに控える人型の駒、傍らの不機嫌な妹を確認し、白に目配せする。

「……どうするよ、白。事前情報ゼロの初手、どう仕掛ける」
「棒、銀……まずは、敵の把握……」
「オーケー、行くぞ白ッ!」

空は白の指示でウインドウを操作し、銀と歩へ指示を飛ばした。
通常の将棋においても存在する戦法である棒銀だが、銀歩交換で持ち駒を得れば敵陣に直接歩を叩き込んで相手の駒の位置を把握出来るようになる。さらにターン制でないこの将棋なら、そのまま敵陣をと金が駆け回ることも可能になる。さらに上手くすれば、と金が取られる覚悟で相手の駒を取って回り、と金が取られればそれ以前に取った敵の駒を打ち直してゾンビアタックが組める。そう上手くはいかないとしても、相手の動向を把握できるだけで大きなアドバンテージが取れる。
────だが、これはあくまで敵陣に送った駒が望む通りに動いた場合の話だ。王から離れた場所の駒に、命令が遅く不鮮明に伝達されるこのゲームではそれは望むべくもない────ならば、この戦法を取るには()()()()()()()()()()()()()()()()()()
故に空と白は邪魔な鎧を脱ぎ捨て、飛車の元へ駆けた。ただでさえ体力のないヒキニート、ましてこの広いフィールドを自身で走破するなど冗談もいい所である。ならば、走力が最も高いであろう飛車に自分を運ばせるのが最も早く敵陣に行ける────
そう判断し、空と白は走った。だが、マス目にしてたった三マスの行軍も、ヒキニート二人にしてみれば地獄である。

「……にしても、広すぎだろッ!これ飛車まで何百メートルあんだよ!」
「ぜぇ……はぁ……」

走っても走っても、彼らは飛車の元へ辿り着かない。それはすなわち、満足に移動すら出来ていない事を示し────それが、戦術的な遅れに直結する事をも意味していた。
なにせ、王が移動可能になるより先に棒銀を成功させてはいけないのだ。もし棒銀が成功すれば、持ち駒を得るのは相手も同じ────そこで『  』が先手を取れなければ、むしろ追い込まれるのは自分達なのだから。
故に、『  』は企てた戦略を振るう事も出来ずにただ走った。そしてそれば────致命的なまでの戦略の遅れに繋がった。

「ちんたらしてんな、『  』?」

空と白の耳に、ここでは聞こえないハズのシグの声が届く。そして────3七歩、つまり『  』側の角の右上の歩が消えた。そして、そこにシグの角が現れる。

「……同角!!」

空は最低限の命令で相手の角を取る命令を出す。だが、空は早速の想定外にどうしようもなく焦っていた。
────ヤバい。ヤバい、ヤバいヤバいヤバいッ!!

「序盤で『寄せ』だと!?ミスった────!!」
「確、かに……上策」

空と白は、互いに自らの失策を理解し────歯噛みした。
敵陣にいるはずのシグの声が聞こえた────それはつまり、(シグ)が『  』の陣地に突撃してきたということに他ならない。
それ自体は不思議ではない。なにせ、空と白も全く同じことをしようとしていたのだから。
だが、シグは『  』と違い足の早い角を()()()()()()()()────棒銀など比にもならない、超速攻を仕掛けてきたのだ。
なるほどそれは最上の策だろう。何故ならこのゲームには手番がない。なら、通常の将棋ではありえないその一手が最善手として力を発揮するのだ。
手番がないこのゲームにおいて、最も効果的なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()一手────つまり、このゲームは()()()()()()()()()
それを最初の時点で理解できなかった────『  』が出し抜かれた。
白は将棋のセオリーに縛られて。空は白への信頼に縛られて。
さらに、シグは『  』の体力の無さも考慮したのだろう────それ故に自分が先手を取れると確信して、この一手を敢行したのだ。
全て、全てが計算の上。あまりにあまりな、普通ではない────狂った発想で、シグは一撃で『  』を仕留めにかかったのだ。

相手は魔法のバックアップも受けていないただの人類種。必勝ゲーを提示してもつまらないからと相手の提示した没入将棋(ゲーム)に乗った。
だが────今、『  』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。単純な性能差など、他種族を前にすればゼロと言って差し支えないような相手に。他種族をあらゆる手練手管で降してきた『  』が。相手の提示したゲームに乗ったとはいえ。
そう、言うなれば絶体絶命の現状に────空は、白にしか聞こえない声で呟いた。



「…………すげえな」



────そう、心底楽しそうに呟いた。
策士たる空と、スパコンすら超越する白を同時に出し抜いたシグ────そんなとんでもないゲーマーに、空は内心感動すら覚えた。
それが結果として空の動揺を消し去り、思考をクリアにした。

「……にぃ?」

その様子に、珍しく白は兄に疑問の眼を向ける。
当然だろう、なにせ今は絶賛大ピンチ状態。現在攻め込んで来ている駒は角のみだが、シグが突撃に来たという事はすぐに飛車と王も攻めてくる。さらに先程取られた角も撃ち込まれれば、もはや窮地を凌ぐなど────
そう思案する白に、空は不敵に笑った。

「こいつはRTS(ストラテジー)……俺の分野だろ?任せろ」

────ああ、そうだった、と。
その言葉に、白はもう迷わなかった。兄の領分、己にその意図が読めない以上、兄が正しいのは自明────!!
つい先程その信頼を利用された事など眼中にもないのか、白は空の策に全幅の信頼を寄せた。
────果たして、空の判断はそれに応える結果だっただろうか。(そら)が下す命令(コマンド)は、たった一言────



()()()()()()()()()!!!!」



────その命令は、酷く単純だった。



────だが、その命令一つで。



『  』の全ての駒が────()()()()()()()()


「────ッ!?」

今度は、シグが驚く番だった。
まさか、将棋に()()()()などと言う発想、思いもよらなかったのだろう。だが────その命令一つで、敵陣に突っ込んだシグは全ての駒に袋叩きにされる事になった。
────歩は前にしか進めない。本来なら、敵陣の中にいて歩の猛攻を食らうことなど有り得ない。そういった、シグのあらゆる打算を────空は、()()()()()()()()()()()()()()()()

「最初の角の、お返しだ♪ツケは倍にして返してやるよ」

空は、嫌味ったらしい笑みを浮かべる。それは、絶体絶命をも覆し笑う策士の笑みだった。

────自らの一手を完全利用され、()()()()()()()()()()()()()()。シグは、それを認めた。
もとよりシグは一筋縄で行くなど()()はしていなかったが────まさか()()()()()()()()()()とも、思っていなかった。

(おいおい……さすがに笑うしかないだろ)

少年は、そう畏敬に顔を歪めた。
これが『  』。これが人類最強のゲーマー。これが……俺の求めた敵。
少年は笑った。奇しくも空と同じように────感動した。
だが。なればこそ。それでも勝つと。少年はその刀を構えた。

────手番は無く、駒の強さも単純ではない。ならば────全てを受けきるまでだ。

少年は一瞬だけ目を閉じ、その一瞬で最大限の集中を引き出し────第2の『  』とまで呼ばれた、シグの顔に変わる。
そして────シグは襲い来る駒の全てを捌き、凌ぎ、反撃した。

飛車角はすぐに落ちた。新しく駒を打つ暇などは与えられない。まさしく孤軍奮闘といえる状況で────だが、シグは耐え続けた。
多数の駒の猛攻、その全てを受けきる動体視力とスタミナ。そして何よりゲーマーとしての意地に、空と白さえ驚嘆する。

「フゥッ……次!!」

だが、その体力も無限ではない。シグの呼吸は荒くなり、徐々に動きが精彩を欠いてきた。そして一度、一際大きな隙を見せる。
────その瞬間を見極めた空が、飛車に自分を運ばせて仕掛けた。

「王同士で決戦か?いいぜ来やがれ空ッ!!」

だがそれでも少年の闘志は尽きず、一直線に空へと刀を振り下ろす。いい加減諦めたくなるような、その戦闘の後で尚も────少年の気炎は、衰えることを知らなかった。
だが、まさに空に刀が届くその時────シグはゲーマーの直感としか言えない何かを感じ、咄嗟に攻撃をやめて防御に移った。
────それと同時、空の後ろの飛車が鋭い剣閃を放った。
(おとり)の後ろの飛車が、攻撃すれば無防備になるハズだったシグを狙ったのだ。
指示を出さねば単調な攻撃しかしない飛車(コマ)がそんな的確な行動をしたという事は────

「既に指示を出していた…つまり俺の動きを読んだってことか」

空が、王である自分を囮にして(シグ)を取りに来たと言うことだ。
そう、読まれ、動かされた。先の一瞬では、余裕がなく気づけなかったが────空は御丁寧に、刀すら捨てて待っていた。なるほど、極限状態の自分に丸腰の王(エサ)を垂らせばまず食いつくだろう。シグは空の一計を、素直に賞賛した。
だが、その一手は防いで見せた。指示を終えて静止した飛車の姿を確認し、シグは今度こそ空へと太刀を浴びせる。

「これで詰みだ、倒れろ『 () ()』────ッ!?」

────だがシグは、ここに来てようやく気づいた。相手は()()────刀などより余程重要な、()()()()()()()()()()()()()()()()()
シグは、既に空の胸を貫いていた。同時に、()()()()穿()()()()()()()()()()()()()
そう────相手は()()()。そこにいるハズだった白を────シグは見逃していた。

「『  (おれら)』は二人で一人。片方が死んでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()
「にぃ……ごめん、ね?」

飛車の影にいた白が、飛車と空ごとシグを貫いた、などという。
限界まで狂気に身を浸したシグより、なお狂った『  』の勝ち筋。もういっそ、シグは笑うしか無かった。
……そもそも、飛車が止まった時点で気づくべきだったのだ。指示を出さねば、単調な攻撃しかしない駒────ならば、指示をしなくても単調な攻撃はするはず。にも関わらず、飛車はその動きを止めた────
『  』は全て計算していたのだ。シグは、一度目のエサには食いつかない事を。
故に────二度目のエサで、騙し討つと。
全く、完敗の一語に尽きた。少年は『  』の、その実力に感服し────

「ハハッ、楽しいな………また遊びに来るよ『  』」

そう、()()()()()()()()。『  』もまた、笑って応じる。

「おう、待ってるぜ?」
「楽し、かった……よ」

そう、楽しそうに互いに笑った。



……そう、笑っていたのだ。この時点では、誰もが笑っていた。そんな中で、誰が────あんな事態を、予測できただろうか。



エルキアが、()()()()()()()()()()()()()()。 
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