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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第一部 原作以前
第二章 対パルス使節団編
  第六話 烈剣黒豹

「って事があってなあ。笑えるだろう、なあ、アルスラーン王子!」
馬をゆっくり走らせながらも、俺の話は止まらない。いやあ、嬉しいねえ。いつもよりも多く舌が回っちまうわ。
「は、ははは、そうですね、ラジェンドラ王子…」
ちょっと苦笑交じりか。後のアルスラーン王子はグラーゼやギーヴの与太話も楽しく聞いていたようだが、9歳の今はこの位の反応でいっぱいいっぱいかな。

まあ、王子の左右で相槌すら打たずに、「つまらん話を殿下に聞かせるな、殿下の耳が汚れる」と言わんばかりに眉間にシワを寄せてるダリューンや、この男、一体何を企んでいるんだ?と俺に不審そうな視線を向けっぱなしのナルサス、俺の右横で「シンドゥラ国の汚点ですな、この御方は」と言いたげにため息をついてるジャスワント、左横で何も考えていないのか動くウドの大木と化してるバハードゥルよりは遥かにマシな反応だが。

更に、俺たちの遥か後ろの女性陣たち、乳母のカルナに、乳兄妹のラクシュの母娘と、パリザード、レイラ、フィトナの三人娘に、盛んに話しかけてるのはこの旅の途中で出会った旅の楽士ギーヴだ。尤も、楽しそうに笑っているのは愛嬌の塊と言うかほとんどそれしか取り柄のないラクシュと、髪が短いせいだけじゃなく振る舞いまで漢っぽいパリザード位だけで、他の面々はクールにスルーしているけどな。こらこら、ガハハ笑いなんてするんじゃないといつも言ってるだろう、パリザード。せめてアハハぐらいにしておいてくれ。

俺たちは今、フゼスターンのミスラ寺院を目指している途中だ。勿論、俺たちだけじゃなく、護衛の兵たちが数十人と、身の回りの世話をする為の奴隷たち十名ほど(エラムとその両親を含む)も居る。

時はパルス暦316年。原作開始時点より四年も前だと言うのに、何故アルスラーンとその翼将たち五人が一堂に会しているのか。その事情を説明するには、一ヶ月ほど前にまで時を遡らせねばならない。


パルスへ向かう日の朝、俺は王宮の摂政執務室に出発の挨拶に赴いたが、そこで意外な提案を受けた。

「弟よ、随員を確認したが、女子供が多くて危険だろう。もう一名頼りになる護衛を付ける故、連れていくがいい。…マヘーンドラ、あの者を連れてきてくれ」

脇に控えていたマヘーンドラが一礼して隣室に引っ込んでから、一人の若者を連れて戻ってきた。長身痩躯、黒豹の様な身ごなし。そこから繰り出される剣戟はこの国の太陽の如くに激烈だという。こいつはおそらくあの男だな。そんな風に考えながら、俺はそいつが跪くのを見ていた。

「ジャスワントと申します。マヘーンドラ様の一族の端に連なるものです。どうか私をお連れ下さい」

やはりジャスワントか。いずれ俺の前に現れるとは思ってはいたが、こんな形になるとはな。しかし、護衛ではなく、内実は俺の監視役と言ったところだろう。マヘーンドラにとっては、心利きたる者かもしれんが、俺にとっては獅子身中の虫。…そうだな、原作でのあれはどうかと思ってみたし、ここは一つごねてみるか。

「はっ、嫌だね。何でこんな怪しい奴を!」

「な、何を仰るのです!私は―」

おお、取り乱してる取り乱してる。が、皆までは言わせん。畳み掛けてやる。

「お前、本当に宰相殿の縁者か?屋敷に何度も出入りしていた俺だから宰相殿の親戚は粗方知っているが、お前なんぞ知らんぞ?」

「お、王子。ご存じないかもしれませんが、この者は遠縁のチャンドラの子息で―」

「それも嘘だな!」

「なっ!?」

口を挟んできたマヘーンドラの言葉をバッサリと斬って捨てる。

「記録上、そうなっているのは知っているさ。だが、諜者に調べさせたところ、あの家で男子が生まれ育ったと言う形跡は全く無いと判明している。マヘーンドラ、俺を、諜者の一族を甘く見るなよ?」

「くっ…」

「なあ、マヘーンドラ。これは非公式とは言え、外交使節団なのだ。身元の不確かな者を連れて行く訳にはいかんのだよ。正直に答えてくれないか?こいつは誰の子なんだ?お前なら、よーく知ってるはずだろ?なあ?」

「…は、恥ずかしながら、私の隠し子でございます。この子の母親は我が親戚の家で働いていた女奴隷のインディラと申します…」

「!マヘーンドラ様…それは真の事なのですか!本当に貴方様が…」

「ああ、お前は私の息子じゃ、ジャスワント。妻の手前、隠さざるを得なかったのだ。済まぬ。本当に済まぬな」

「いいえ、その様な事は。私は、私は、嬉しいのです。ずっと貴方様が私の父であったらと思っておりました」

「ジャスワント…」


感動の親子名乗りを邪魔しないよう、俺は小声で兄に、ジャスワントの随行を認める事と、出発を午後からにする旨を伝え、ひっそりと執務室を後にした。ふっ、いい事をした後は気持ちがいいぜ!

とにかくこれで、十六翼将の一人、ジャスワントが仲間に加わった!

◇◇

私、ジャスワントは父親の顔どころか名前すらも知らなかった。その為、幼い頃は父無し子とバカにされ、泣きながら家に帰った事もあった。

「ねえお母さん、ボクにはどうしてお父さんが居ないの?」

そう尋ねると、母は困ったような顔で微笑んだ。

「ごめんね、ジャスワント。本当の事は言えないの。あの方に迷惑がかかるから。だけど、貴方のお父さんは本当に立派な方だったわ。あの方に出会えた事も、貴方が生まれてきてくれた事も、私の人生の大切な宝物なの。だから貴方も、胸を張って生きるのよ。いいわね?」

私は母が父を想い出しているときの幸せそうな顔が本当に大好きだった。


マヘーンドラ様が私を訪ねてきてくれたのは、母が死んだ後何も手につかず、何も食べる気が起きずに、母の事を想い出しては泣き暮らしていた頃の事だった。

「君がインディラのお子さんだね?私は君のお母さんが働いていた屋敷の主人の親戚、つまりはお母さんの知り合いだよ。…む、イカンな。痩せ過ぎているではないか。ちゃんと食事を取っているのかね?」

「いいの…。このまま何も食べないで死ぬ…。そうすればお母さんにまた会える…」

「馬鹿な!そんな事でお母さんが喜ぶとでも思うのか!…いや、怒鳴ってしまって悪かったね。ねえ君、人間はね、死後の世界で親に会ったら、たくさんたくさんおみやげ話をしてあげなきゃいけないんだよ?」

「おみやげ…ばなし?」

「そう、おみやげ話だ。悲しい事や辛い事もあったけど、我慢して乗り越えてちゃんと幸せになれたよって。誰かの役に立てて、誰かに喜んでもらう事が出来たよって。嬉しかった事や、楽しかった事、誇らしかった事がたくさんあったよって、そう言う事を親に伝えなければならないんだよ。それが出来るようになる前に死ぬなんて親不孝もいいところだ。君はお母さんよりももっともっと長生きして、たくさんのおみやげ話が出来るようにならないといけないよ。その為にも君は私の所に来るべきだ。私は君を幸せには出来ないかもしれないけど、幸せになる手助けはしてあげられるはずだからね」

そうして私はマヘーンドラ様のお屋敷に引き取られ、下働きをするようになった。一緒に働く人達は皆優しかったし、マヘーンドラ様も私の事を何かと気にかけて下さった。そんなマヘーンドラ様のお役に立ちたくて、私は諜者の様な仕事もするようになった。そんな危ない事をしなくてもいいと心配されもしたけど、よくやってくれた、助かる、ありがとうとも言って下さるようになった。嬉しかったし、誇らしかった。

マヘーンドラ様はいつも、「この国に暮らす人が少しでもより幸せに生き延びる事が出来るようにしたい」と仰っていた。そんなマヘーンドラ様の為に働ける事が何より幸せだった。マヘーンドラ様はもしかしたら自分の父親なのではないか、そう考える事もあった。でも、そうであったら嬉しいけど、別にそうでなくても構わないとも思っていた。例えそうでないとしても私はマヘーンドラ様に充分に幸せにして頂きましたから。


ラジェンドラ殿下のお蔭で私はマヘーンドラ様が自分の父親だと知る事が出来た。しかし、殿下は一体どう言う人なのだろう。それまではガーデーヴィ様が王太子に決まっても次の王様になる望みを捨てようとしない、未練がましい人。平地に乱を起こしかねない危険人物。そう思っていたのだけど、本当は違うのだろうか。

もしかしたら殿下は諜者を使う事で、人より多くの事を知り、人より多くの事を考え、人より多くの事に心を配っている。そんな人なのではないか。と言う気もしてきた。

そんなような事を取り留めなく考えたまま、馬をゆっくりと走らせながら、私はラジェンドラ殿下を凝視し続けていたらしい。

「んん?何だ?俺の顔に何か珍しいものでも付いているのか、ジャスワント?」

「いえ…、まあ愛嬌だけは有り余っているかと…」
そんな風にかろうじて誤魔化すと、何馬身も離れていたはずの殿下の乳兄妹のラクシュ殿が聞きつけて近づいてきた。

「愛嬌!そう愛嬌だけが殿下とラクシュの取り柄なのだー!」

「それしか取り柄が無いのはお前だけだろ、ラクシュ」

「ぶーぶー、私は弓だって得意だもん!」

「はいはい、そうだな、それだけはな!いいからお前は後ろにいろ、邪魔だからな」

「へーい、判りましたー」

そう言えば噂を聞いた事がある。ラクシュと言う諜者は弓の神だか悪魔だかに愛されていると。よく判らない表現だが、相当の腕前なのだろう。

後ろを向いてラクシュ殿が定位置に戻ったのを見届けた殿下は深い深い溜め息をついた。

「全く、困った家族だぜ」
そう小さくつぶやくのが聞こえた気がする。

そう言えば噂を聞いた事がある。ラクシュと言う諜者から愛嬌と弓を取ったら骨も残らないと。きっと殿下にとってラクシュ殿は目の離せない困った家族なのだろう。

突然、殿下が吹き出し、腹を抱えて笑いだした。

「?な、何かありましたか?」

「い、いや、家族つながりでさっきの宰相のセリフを思い出したんだけどな。『お前は私の息子じゃ、ジャスワント』って『じゃ』が二回も続いててちょっと笑えるよなってさ。くっくっく、いやあ、実はさっきも本当は思わず吹き出しそうになったのを慌てて堪えてたんだよ。くっくっく、はーっはっはっ」

こ、この御方は(怒)!前言撤回!この御方はただの頭のおかしな危険人物だ!今後も決して気を許さず、監視し続けなくては!
 
 

 
後書き
くっ、ジャスワントの話だけしか出来なかった!次は多分ギーヴの話になるかと。 
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