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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第一部 横着王子
序章 原作以前
  第四話 長兄豹変

俺、ラジェンドラが、平成時代の日本で佐伯某として生きていた記憶を取り戻し、怪我による深手と高熱から痛覚を失う瀬戸際だったバハードゥルを救って以降は割と平穏に日々が過ぎた。

特筆すべき事としては、シンドゥラ暦307年、パルス暦で言うところの306年、俺が10歳の年の9月、パルスの王都エクバターナにてアルスラーン誕生と時を同じくして銀の腕輪と共に神殿に捨てられていた3人の女の赤ん坊を諜者に命じて拾ってこさせ、諜者の一族の子として育てさせる事にした位だろうか。

元々、諜者の一族は孤児を引き取ってはそれぞれの適性に応じて様々な技芸を覚え込ませ、新たな諜者として育てるって事を昔からやっていたのだが、中でもこの3人、パリザード、レイラ、フィトナは皆出来が良かったらしく、長じて皆違った才能を発揮して頭角を現し、首領であるカルナを驚かせる事になるのだが、それはまだまだ先のお話。

15歳になったら、王家の一員として、王宮に俺も住む事になると定められていたが、それまでは母に与えられた屋敷で伸び伸びと暮らすように親爺から言い渡されていたのを、だったら別に何をやってもお咎め無しだろうって事だよなと勝手に考え、俺は好き放題に過ごしていた。

諜者の訓練の座学的なものに、密かに潜り込んではつまみ出されたり、

どんな強者の剣にも最低でも十合は耐えられる様にとバハードゥルと剣を交え、力加減を誤ったバハードゥルに半死半生の目に合わされたり、

前世で食べていた現代日本の食事を再現しようとして失敗し、ゲロマズ料理を作って犠牲者を量産したり、

ここなら医者も近くてすぐ来てくれるし、警備も厳重で安全だし、料理もお菓子もうまいからと、世襲宰相マヘーンドラの屋敷に入り浸って、サリーマに嫌な顔をされたり、

中でも、いけ好かない親爺の側近どもの密かな悪事を暴いて失脚させたり、特に悪事を働いていない場合には言葉巧みに嘘の儲け話を持ちかけては、有り金を巻き上げたりってのが最高にクールで楽しかったなあ。まるで自称越後のちりめん問屋の隠居や某詐欺師専門の詐欺師にでもなったかのようだった。

ただ、困ったことに、そういう輩って大抵の場合、兄ガーデーヴィの派閥に属していたり、心情的には近しかったりするんだよな。由緒正しい家柄だの、伝統と格式だの、そんなものばかりが大好きな連中だけに、気が合うんだろう。そいつらに泣きつかれたり、文句を言われ続けたりでもしたのか、次第に兄の俺を見る目つきは険悪なものになっていった。

そして、ある日マヘーンドラの屋敷に先に来ていた兄に「遊ぼうぜ」と声をかけたら、いきなり罵詈雑言の数々を浴びせかけられたよ。

「愛想笑いを浮かべながら、相手の喉を掻き切るのがお前の本性なんだろう」とかと言う、原作でもあったような悪態までもね。

そして、「もうお前とは遊ばん。ここにもお前は来るな」とまで言われちまった。沸点の低いこの兄をからかっては、手を出してきた兄の攻撃をことごとく華麗に避けまくると言うひどく楽しい遊びが出来なくなるってのは、実に残念だったなあ。まあ、乳兄妹のラクシュにそれを言ったら、「王子、本当に性格悪いですね。ガーデーヴィ様の心中を察するに余りあるって感じっすよ」と呆れられちまったけどな。

兄が豹変するきっかけとなった事件は、考えてみると、そんな流れの中で起こったのかもしれない。

◇◇

全く、王家の長子と言うのも楽なものではない。面倒事ばかり起こす愚弟がいる場合には尚更だ。

あいつのせいで、私の支持基盤である父上の側近たちや、国都周辺の豪族たちは阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。

汚職が明るみになり、公職から追放された者、

連座させられるのから逃げようとする者と、逃すものか道連れにしてやると叫ぶ者、

資産のことごとくを奪われ、最早首をくくるしかないと嘆く者、

それ程までに王権が大切か!我々が力を蓄えるのがそんなに目障りかと私に食ってかかる者、

世襲宰相殿、味方面をしておきながら貴方も我々の敵だったのですな。とぼけないで頂こう、王子たちが屋敷に入り浸っているのは知っておりますぞとマヘーンドラを詰る者、

知らん、私は何も知らんのだ!それに臣下の身で殿下たちを出入り禁止などに出来ようものか!と苦り切った顔で訴えるマヘーンドラ。

結局、我々の派閥は疑心暗鬼となって内部分裂し、内外に敵を増やす事になった。

敵の多さでは弟の側も変わりはないものの、公平で平民思いの王子様との声価が高まり、汚職を憎む清廉派官僚の間には密かに支持が広がりつつあるようだった。

おのれ、愚弟め、卑しい生まれの犬ころめが。こうなるのを見越しての行動か、何と油断も隙もない奴だ!

派手に悪罵を浴びせ、無関係であると強調したつもりだったが、周囲にはどこまで正しく意図が伝わったものか…。


矢面に曝されている事では私と同じだと思っていた父上は、「あれは息子どもが勝手にやっている事じゃ。儂を詰るのは筋違いじゃの」と言い放っているらしい。

ちょっと待て!何で私が弟と結託してやっている事になってるんですか!

抗議しに行こうとしていると、折悪しく、父上の正妻である王妃が亡くなったとの知らせが入った。服喪期間だ、国葬だと慌ただしい中でいつの間にか有耶無耶に。

それでも喪が明けてから父上の元へ伺うと、そこにあったのは、林立する酒杯と、山と積まれた怪しげな強精剤の数々。聞こえてくるのは…、女どもの嬌声?

父上め、いや、この糞親爺、面倒事から目を背けて、酒と女に逃げやがった!

そんな事をしている場合ですか、靴を蹴立てて国都に背を向けた豪族たちの中には、

「王室が臣下を蔑ろにするのなら、我らも従順な臣下ではいられませんな。次は戦場でお会いしましょう!」と叛意を隠さず言い捨て、領地に籠もって着々と軍備を整えている者もいるのですぞ!

どうすればいい。どうすればこの愚行を止められる。くっ、この愚弟め、何を冷笑してやがる。確かに無様な姿だが、こんな状況を作ったのはお前なんだぞ!

そうだ、いいことを思い付いた!ここにある全ての酒と強精剤を無くしてしまえばいい!

私はそこにあった大量の酒を次々と飲み干し、強精剤を片っ端から酒と一緒に流し込み、全てを平らげ、哄笑と共に言い放つ。

「さあ、酒も強精剤も全てなくなりましたぞ、父上!そろそろ政務に戻られてはいかがか?」

父上も、女どもも、弟も、そこに居合わせた全ての者が私を呆気にとられた顔で見ていた。ふふ、何だ弟よ、その間抜けな顔は?久々に溜飲が下がった…ぞ?

突然頭の中で血管がブチ切れた様な音がしたと思ったら目の前が真っ赤に染まり、世界がくるくると回った。私は倒れたらしい。

その後、朦朧とした意識の中で、横たわる私の手を握り締めて泣きながら何度も私の名前を呼ぶ父上に、
「父上、もうこれ以上酒と女に逃げるのはおやめください。この国を守れるのは父上だけなのですから」と何とか口にした。つもりだったが、果たして口が回っていたかどうか…。何度も泣きながらうなづく父上の姿が見えたのを最後に、私の意識は闇に飲み込まれた…。


◇◇

兄が意識を取り戻したとの知らせを受け王宮に駆けつけると、見たこともないくらい穏やかな表情の兄に迎えられた。さすがにまだ完全に床からは離れられないようだが、顔色もそれ程悪くも無い。だが、俺を見る目が、口元の笑みが、佇まいまでもが違う。何だ、これは。目の前にいるのは本当に我が兄ガーデーヴィなのか?

「…兄上、何だか変わられたか?もしかして前世の事でも思い出されたか?」

「ふふ、何だお前はいきなり妙なことを言って。何か悪いものでも食べたのか?」

いや、それはあんたの方だろうよ…。ってか今の口調も何だ?イライラ成分が含まれてないこの兄の言葉を聞くのなんていつ以来だ?

「生死の境を彷徨ったのだ。さすがに思うところはいろいろある。人が変わったように見えもするだろうさ。それより、南方の諸豪族に反乱の兆しがあるんだったな。プラケーシン将軍辺りに戦の準備をさせておけ。父上には私の方から口添えしておく。それと、バハードゥルにも戦に出てもらうぞ。あれ程の勇士、遊ばせておくのは勿体ないからな」

「あ、ああ判ったよ、兄上…」

本当に一体どうしたんだよ、まともになりすぎだろ、この兄。


やがて起こった反乱は瞬く間に鎮圧され、バハードゥルもかなりの戦功を上げた。

反乱があっさり鎮圧されると、今まで好き勝手に国政を左右し私服を肥やしていた腐った側近どもや豪族たちは力を失い、変わって清廉派の官僚たちが台頭し、国家の車輪を円滑に回し始めた。

兄はいつかの「もうお前とは遊ばん!ここにもお前は来るな!」との言葉を詫びながら撤回し、俺もそれを受け入れた。以前の様に俺を「卑しい生まれの癖に」と罵ることも、絶えず漂わせていたギスギスイライラなオーラもなくなり、気安く付き合えるようになった。

十五歳の誕生日を迎えて以降は俺も王宮で暮らすようになったが、兄と俺は連れ立って時折王宮をこっそり抜け出しては、街に繰り出すようになった。一緒に大道芸人の踊りを見物したり、商人と景気の話をしたり、酒場で庶民たちに混じって酔って騒いだり、気前よく酒を振る舞ったりした。

その癖、王宮を抜け出した俺たちを衛兵が探しに来るといつの間にか兄は姿を消していて、俺だけが見つかり衛兵に雷を落とされる。

「いや、たった今まで兄も一緒に居たんだ!そうだよな、皆!」

と周りに言っても既に口止めが済んでるのか、

「いやあ、そんな事はありませんでしたよ」

「ここに居たのはラジェンドラ王子だけだったじゃないですか」

とか言われる。

それで余計にくどくど言われ、王宮に無理やり引っ張って行かれると、いつの間にか王宮に戻っていて湯浴みでもしてさっぱり酔いを消したとおぼしき兄が、

「何だ、またお前は街に繰り出して酔って騒いでたのか?少しは落ち着いたらどうだ?」
なんて言ってくるのだ。

…殺したい、この兄貴!要領がいいのは俺の専売特許だったはずなのに、どうしてこんな事に!

その上に、更に腹の立つばかりが続くようになる。

「お前の立場を考えて手を抜いていたが、それではかえってお前のためにならんと判ったのでな」と学問でも武術でも圧倒的な差をつけられるようになり、

「ガーデーヴィの献策はどれも理にかなった見事なものばかりじゃ。未だ余喘を保っていた不平豪族どもを隣国と共にパルスに攻め込ませ、パルス軍に一掃させると言う策も図に当たったしの。それに比べてお前のはな…」と親爺にまで言われる様になり、

そして、シンドゥラ暦317年に入ると兄ガーデーヴィ王子の立太子が正式に決まる事となった。同時に、体調が優れず、無理が効かない父上に代わって摂政として政を動かす事も。

…ちょっと待て!思い切り歴史かわってるやん!原作始まってもずっと決まらないままの筈だったやろ!クッソ、どうしてこうなった?

ちくしょう、だったら俺だって思いっ切り歴史を変えてやる!

本来兄嫁になる筈のサリーマを、俺の嫁にしてやんよ!



 
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