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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第一部 横着王子
序章 原作以前
  第二話 寝台沈思

尤も、原作の崩壊はおれが前世の記憶を取り戻した時から始まっていたのかもしれない。

「…さま!ラジェンドラ様!」

そんな声に目を覚ますと、俺の顔をインドの民族衣装サリーに身を包んだひどく可愛らしい、褐色の肌の幼女がのぞき込んでいた。

褐色?サリー?何でだ?俺は日本生まれの日本育ち。余り外国人など見かけない地域で生きてきたはず。ましてやインド人なんてテレビでしか見たことがなかったのに。

俺の名は佐伯…、下の名は何故か思い出せないが、とにかく苗字は佐伯。銀英伝好きの兄のいる大学四年生。就職もそこそこのところに決まり、卒論も一応でっち上げ終わり、去年までに粗方単位も取っておいた事もあり、消化試合のように残り少ない学生生活を送っている。

はずだったのに何なんだこれは?ふと両手を見ると成人男性とは思えないほどに小さい手がある。しかも黒い。

じっと手を見ていると、ふと「転生」の二文字が頭に浮かんだ。転生?そうか転生か!日本の大学生だったおれは何かが起きて死に、転生し、そして何らかのショックで前世の記憶を思い出したと。

だとしたら、いまの俺は何者?いや、さっきこの幼女に名前を呼ばれていたはず。確かラジェンドラと。ラジェンドラ。そんな名前の持ち主には前世では1人しか心当たりがない。『アルスラーン戦記』の舞台、パルスの隣国シンドゥラの王子で主人公たちの力を借りて国王の座を得た。だが信頼も信用も出来ない曲者そのものの性格で、確か、異名は「シンドゥラの横着者」…。おいおい、よりによってそんなのに転生?何の罰ゲームだ、それは…。

ブツブツと独り言を言いながら頭を抱える俺の姿は相当に異様だったのだろう。すぐそばに居る幼女はどう言葉をかけようか迷っているように見えた。

…いや、幼女じゃないな。思い出してきた。彼女はサリーマだ。俺、ラジェンドラにとってはのちの兄嫁。だがその後の紆余曲折の上、彼女は…。

「何だ、気がついてるんじゃないか!だったら早くこっち来いよ。メンツが足りないんだぞ!」

声をかけてきたのは8才ぐらいの男の幼児だ。ひどく眉間にシワが寄ってる神経質そうな子供…、そうだ、これがラジェンドラの兄、ガーデーヴィ王子だ。小説を読んでるだけでは余り容姿は想像できなかったが、確かにこれがそうだと確信できる気がする。

「おお、これはこれは兄上。どうやらご心配をおかけしてしまったようですな?」

「ふん、別に心配などしておらんわ。全くちょっと足を引っ掛けたぐらいでゴロゴロ転がって目を回しおって」

そうだ、思い出した。兄や同年代の貴族の子弟と玉蹴り遊びをしていたんだ。とは言えそれはサッカーとか蹴鞠とか言うものでもない。一つの球に全員で群がって追いかけ回し奪い合い駆けずり回る、ルールなんてあるんだかないんだか解らないスポーツとも呼べないただの遊びだ。球だって布切れを縫い合わせて丸くしただけのボールとも呼べない代物だし。ただそんなのでもやってると結構夢中になるもんなんだわ。そして熱くなりすぎて、つい足を出したり出されたりして現在の状況に至ったと。

「申し訳ないですが一応医者に診てもらおうかと思います。兄上とは違い卑しい奴隷女が母親とは言え、王族の端くれですし。今日はこれでお開きと言う事にしてはどうかと」

「ふん、大げさな!…だが一理あるか。おい、間違っても俺がやったなどと人に言うなよ!皆、今日はこれでおしまいだ。撤収だ、撤収しろ!」

そうやって帰って行く兄を見送った後、俺はサリーマに医者を呼んでもらって診察(とは言っても気休め程度のものだったけどね)を受け、乳母のカルナと乳兄妹のラクシュに迎えに来てもらった上で自分の屋敷に帰った。


その夜、寝台の上で考えた。俺が今回こうしてラジェンドラに転生したことにどんな意味があるだろうかと。

正直言えば、何でパルスに転生させて貰えなかったんだろうとの不満もある。主人公たちとの接点が少なくなってしまうではないか。確かにパルスの興亡に巻き込まれずに天寿を全うすることが出来るかもしれないけど、良くも悪くも事件の少ない平和な一生を自分だけ送ってどうすると言うのだ。

いや、別に俺が本来のラジェンドラの人生をなぞる必要も無いだろう。それでは良しとしない神様が俺をこうして転生させたのだろうから、その熱い期待に俺は応えるべきだろうし。

俺の兄は銀河英雄伝説を小説、コミック、アニメ、ゲームと全メディア制覇するほどハマってたし、田中芳樹先生の他の作品もかなり読み込んでいた。その影響を俺も多大に受けて、少なくともアルスラーン戦記の第一部は貪る程に読み込んだ。

そんな中で常々思っていたのが、
シンドゥラ遠征のあの3ヶ月が無ければなあって事だった。

その分のタイムロスが無ければ、もっと迅速に王都を奪還出来ていた。その圧倒的な武勲を背景にアンドラゴラス王やヒルメスを黙らせることが出来たかもしれないし、ルシタニア軍の駆逐はアンドラゴラス王やヒルメスに任せて、アルスラーン達はザッハーク一党の根絶に専念してもよかったはず。

それが出来なかったが為に第二部に大いなる禍根を残してしまったと言わざるを得ない。

だけど、俺が今ここに居る事で、様々な事が変わってくる。

俺が原作開始前に兄ガーデーヴィを打倒し、三年間の和平を申し出れば、信用してもらえるなら、3ヶ月のタイムロスは無くなる。

ガーデーヴィ打倒の際に戦象部隊を損ねないように温存しておけば、トゥラーンに「同盟国パルスに侵攻するならシンドゥラにとっても敵。戦象部隊をぶつけてやろうと思うがいいのか?」と脅してパルス侵攻を止める事も出来る。

ザッハーク一党との戦いに必要な芸香の産地は我がシンドゥラ。故に大量に提供することで迅速な打倒が可能なはず。であれば第二部で起こる多くの悲劇の発生を未然に防げる。

などと考えると、俺がラジェンドラとしてここにいる意味は意外に大きいようにも思える。

ならば、原作通りの流れに身を任せるよりも、いろいろと動くべきだろう。差し当たっては信頼できる人材を集めることだ。それなりに心当たりもある。

原作では語られていないことだが、実はラジェンドラの母親はシンドゥラにおける諜報活動に従事する一族の一人なのだ。情報収集のみならず、王族や政府要人の護衛、破壊工作、拷問など、何でもござれで、しかも『地行術』などの魔道の技さえ使えると言う。そんなオールマイティーな地下組織なら『闇の梟』だとか、さぞかし厨二病魂が震えるようなかっこいい名前があるのかと思いきや、単に「諜者」としか名乗っていないらしい。がっかりだ。

とにかく、表向きは女奴隷だが諜者の一員として国王の護衛の任に就いていた母親が国王に見初められ、それで生まれたのがラジェンドラと言う訳だ。だが、原作のラジェンドラはそれを決して公にはしていない。陽気さを好むラジェンドラとしては、諜者など辛気臭い存在としか見ておらず、余り関わり合いになりたくなかったのではないか、と言うのが俺自身の見解だ。尤も、この世界の俺は前世の記憶を思い出す前から本来とは正反対に興味津々で、いろいろ話を聞きまくっていたようだが。きっと前世から受け継いだ厨二病魂が騒いでいたのだろう。

国家に仕える組織だけに、全てを俺の意のままに使える訳でもないだろうが、それでも現在の諜者の首領は俺の乳母のカルナだし、彼女にお願いしていろいろと動いてもらうことは不可能ではないはずだ。

なので、翌朝俺はカルナに最初のお願いをした。

バハードゥルと言う名の子供を探してほしいと。
 
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