気まぐれ短編集
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かなしい奇跡
前書き
今年の二月の二十四日に、夢で見た物語……らしいです。本人は内容を覚えていないのですが、書きとめてあったのを引っ張り出しました。
ジャンルはファンタジーで、世界はよくわからない異世界。
それは少女とある神様との、かなしい奇跡の物語――。
*夢で見た、何かの話の一場面
「お願い、助けて!」
何に、助けを呼んだのだろう。
助けを呼んだって、誰かが来てくれるというわけでもないのに。
少女は今、積み上がった薪の上にいた。その上で木の十字架に身体を縛られて、その下では炎がごうごうと燃えていた。彼女の隣には彼女の家族が、大切な人たちがいた。彼らは皆、虚ろな瞳で己に迫る炎を見ていた。
死ぬんだ、叶わないんだ、敵(かな)いっこない。
どの瞳にも、一様に浮かんだのは諦め。彼らは生きることを諦めた。
しかし少女は違った。彼女はそんな状況にあってさえ、諦めることをしなかった。ひたすらに生き続けようと、そのために動いた。彼女の辞書に、諦めるという言葉は無かった。彼女は不屈だ。どんな状況にあってさえ、決してくじけることはしない。それが彼女の強さだった。
今だって。
「助けて!」
誰に、助けを呼んだのだろう。
何に、助けを呼んだのだろう。
火焔の中、縛られて。彼女が動かせるのは口しかなかった。
そんなもの動かして、一体何になるというのか。
周囲には誰もいない。もう、死の運命は動き始めたのに。
変えられるわけがなく、変えてくれる人もいないのに。
熱い炎。身体を舐める。それでも悲鳴を呑み込んで、少女は三度(みたび)叫んだ。
「助けて、誰か!」
――そう、全ては生き残るために。
誰も助けてくれるわけがないのに。
それでも、それでも少女は決して諦めなかった。
その瞬間、足元の炎は突如として消え、彼女を縛る荒縄は見えない炎で燃え上がって落ちた。
奇跡、というものがある。それは起こるべくして起こるもの。
奇跡なんて、普通は誰も信じない。それは文字通り神頼みになるからで、神々は人間を積極的に助けようとはしない。
そもそも。
最初から奇跡を当てにする人間なんか、神々は決して助けようとはしない。彼らが助けるのは、奇跡を信じず、望まず、それでいて自分の力ではどうしようもない逆境の中にいる人たちだ。それでさえ全てを助けるわけでもなく、結局は神の気まぐれである。
しかし、奇跡は起こるのだ、確実に。たとえそれがどんなにわずかな確率でも、決してその確率はゼロではない。
少女が窮地に陥ったとき、翼で羽ばたく音がした。
それは、奇跡に他ならなかった。
「――――え?」
がくん、と下がった視界。少女は目をまん丸にして、突如現れた漆黒の「それ」を見た。
「それ」は人間ではなかった。否、人間の姿こそしてはいるものの、人間ではあり得なかった。
漆黒の髪、漆黒の瞳。少し長めの髪はうなじのところで白い紐を使って一つに括り、そのまま背中に流している。
漆黒のロングコート、漆黒のジャケット、漆黒のズボン。手には漆黒の手袋をはめ、足には漆黒のブーツをはいている。
漆黒の男。
何よりも異様なのは、その腕だった。その腕には無数の漆黒の羽根が生え、まるで腕が鳥の翼になったようだった。それでも腕は腕、普通の腕みたいにしっかりと機能するようで、男はその両の手に一双のつるぎを握っていた。
背中から生えるは闇色の翼。
その姿は無論、人間などではなく。宿した雰囲気もあまりに人間離れしていて。
「神様……」
思わず少女は呟いた。
男の翼が羽ばたくたびにそこから闇が生まれ、生まれた闇は他の人々に襲いかかる炎をかき消した。
「ごほっ、ご、ほっ……」
無表情の男はそう苦しそうに咳をして、軽く身を折った。それでも苦しみに表情がゆがむことはない。その姿を見て少女は思い出した。彼女はこの男の、この「神様」の正体がわかった。
「堕とされし者」。
名前なんて付けられない。この神様の家族はとんだ大罪を犯し、その後に自ら死んでしまったために「生き残った神族」たる彼が、一心にその責を負うことになった。ゆえに彼は病を付与され、孤独を付与され、そして堕ちた証として、漆黒の身体と異形を与えられたのだ。
この神に、仲間はいない。彼は一人きりの神だった。
望まぬ運命に巻き込まれてすべてを奪われた名もなき神は、気まぐれに救った少女を見た。
その口が、言葉を紡いだ。
「……どんな逆境にあっても懸命に生きようとする命は美しい。助けた理由は、それだけだ」
それは、ひどくかすれた声だった。
神は少女から視線を外し、無造作に一双のつるぎを振った。
一度、二度、三度。つるぎが振るわれるたびに見えない衝撃波が放たれて、少女の大切な者たちを縛る荒縄を断ち切っていく。
その姿はひどく冷めていた。この神は芯から枯れ果てていた。
それでも、それでも。一瞬宿った気まぐれが、少女を救った。
放っておいても、良かったのに。
「あ、あの、ありがとうございます!」
少女が思わず礼を言うと。
「神の気まぐれだ、礼を言われる筋合いはない。やりたいようにやっただけ……」
ごほっ、ごほ、と何度も咳込みながらも、どこまでも感情の感じられない淡々とした声で彼は言った。
彼はその虚ろな瞳で、全てを救い終えたことを確認する。そして何も言わずに、背の翼をはばたかせて飛翔した。
「もう、次は無い。奇跡を当てにするようになるんじゃないぞ、娘。自分は孤高の存在だ、基本は人間などとは関わらぬ。寄って長居はしない。……さらばだ、独立不羈の気高き娘よ」
どんな言葉も挟む余地を与えずに。
漆黒の神は突如として現れ、突如としていなくなった。
残されたのは、少女のみ。諦めなかった少女のみ。
彼女は呆けたようにしばらくたたずんだ後、自分の頬を熱いものが流れていることに気が付いた。
「あれれ? どうしてだろう、あたし……」
わずかに交わした会話で。少女は知らず、神の抱く闇を、虚無を垣間見た。
それはあまりにも深く、あまりにも悲しい色をしていて。
彼女はそれに共感してしまったのだった。
「……奇跡、か」
急激に薄れゆく、神との遭遇の記憶。あの神は人間に記憶が残ることをよしとしない。彼は自分が立ち去る際に、少女の記憶にも操作を入れていた。
しかし、記憶が消えても事実は残る。共感した、感情は残る。
「悲しい、奇跡だったよ……」
だからそう、少女は呟いた。とてもとても、悲しい奇跡だったと。
しばらくそうやってたたずんだ後で、少女は動き出す。
「みんな、大丈夫か確かめなくちゃ」
縛られた大切な人たちのために、彼女はそのまま歩いて行く。
記憶は消えていくけれど、それでも「奇跡」が起こったという事実までは消えない。
様々な思いを噛みしめながらも、少女は「現実」へと帰る。
後書き
(当時のメモより)
***
書いていくうちに夢で見たのと設定が変わりました。最初、少女は精霊使いだったのに、そのままだとうまく回らなくなってしまいました。
夢を見たのは久しぶりです。いつもは夢さえ見ない完全なノンレム睡眠まっしぐらなので。
印象に残ったので記憶をかき集めて書いてみた、それだけです。
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