デート・ア・ライブ〜崇宮暁夜の物語〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
デート 前編
様々な店が軒を連ねる大通り。
白のシャツに紺のジーンズを履いた暁夜の二の腕あたりに、白のワンピースを着た折紙が身を寄せるように腕を組み、歩いていた。今日は学校もなく同年代の少年少女やお年寄りに仕事場に向かう大人、それに車が多く、腕を組んだり手を繋いでいなければ、はぐれてしまいそうになる。
「なぁ、折紙」
「・・・どうしたの?」
腕に自身の腕を絡みつけたまま、折紙が暁夜を見上げるように顔を上げた。 身長差もあり、至近距離にならない所は救いだと暁夜は胸中で一人安堵する。というのも、暁夜は折紙の事が好きだ。普段は隠しているが、実はとても大好きだ。しかし、表情に出さないのは、自分にはやるべきことがあるから。そして--
(俺の正体を知れば・・・嫌われるからな)
「--暁夜?」
折紙が首を傾げた。
「いや、なんでもない。それよりもアレ見てみろよ」
暁夜はそう言って、オモチャ屋やレストランなどの店が立ち並ぶ所に一際目立つ群衆を指さす。 そこでは、子供達がわーきゃーと何やら物珍しいものを見て騒いでいた。
「へー、あのピエロすげぇな。ジャグリングしてるぜ、ジャグリング!」
無邪気な笑顔を浮かべはしゃいだ声を上げる暁夜。 折紙はその群衆の輪に囲まれているピエロの化粧と格好をした大人が三つのボールを投げては取っ手を繰り返すのを見て、少しムッとした表情で暁夜の二の腕を抓った。
「痛っ!? 何すんだよ、折紙!」
「あなたがあのピエロに熱中していたから。 アレぐらい私だってできる。ボールも三個じゃなくて四個でもいける」
なぜかピエロに対抗心を抱く折紙。彼女がこうなると面倒だ。暁夜はそう思い、話を変えるために周囲を見渡し、ハンバーガーショップを視界に捉えた。
「な、なぁ、あそこのハンバーガーショップに行かないか? そろそろ昼食の時間だしよ」
それに対し、
「分かった」
コクリと首肯した。それに安堵して暁夜は、ほぅ、と安堵の息を吐いた。そして、ハンバーガーショップに入る。店内は昼食時ということもあり結構混んでいた。ただ、運良く席が二人分空いており、そこで待つように折紙に告げ、財布を手にカウンターに向かう。注文はあらかじめ折紙からも聞いておいたため、困ることはない。列は多少あり、自分の番が来るまで数分程時間がある。ふと、外を見やると、向かいの通りに見慣れた青髪の青年と長い黒髪の少女を見つけた。
「あれって・・・士道と・・・『プリンセス』?」
一緒にいるはずのない二人の姿に思わず瞼を擦り、再度見やる。 しかし、そこにはもう士道と十香はいなかった。 暁夜は少し考えた後、
「--なわけないか」
そう自己解決する。 やがて、自分の番になり、カウンターの上に置かれたメニューを眺める。少し眺めた後、
「ハンバーガーセットとテリヤキバーガーのセットをそれぞれ一つずつで、ドリンクは烏龍茶とコーヒーをそれぞれ一つずつ」
「以上でよろしいでしょうか? お客様」
「ええ、大丈夫です」
「ありがとうございます。 お会計は1110円です」
暁夜は言われた通りに財布から千五百円を取り出し支払う。そして、番号表を受け取り、隅による。数分してカウンターの天井に取り付けられたモニターに『6番』と記された画面が映し出された。暁夜はその番号表を店員に渡し、引き換えに注文した料理が載ったトレイを手に、折紙の待つ席に向かった。
❶
「あ、令音ー。それいらないならちょーだい」
「………ん、構わんよ。持っていきたまえ」
琴里がフォークを伸ばして、令音の前に置いてあった皿のラズベリーを突き刺した。そのままそろそろと口に運び、甘酸っぱい味を堪能する。
「んー、おーいし。何で令音これ駄目なんだろねー」
「………酸っぱいじゃないか」
そう言って、令音は砂糖をたっぷり入れたアップルティーを一口啜った。
今二人がいるのは、天宮大通りのカフェだった。琴里は白いリボンに中学校の制服、令音は淡色のカットソーにデニム地のボトムスという格好をしている。
いつも通り中学校に登校した琴里だったのだが、昨日の空間震の余波で琴里の通う学校も多少の被害を受けたらしく、休校になっていたのだ。何かそのまま帰るのも癪だったので、電話で令音を呼び出し、おやつタイムを楽しんでいたのである。
「………そうだ、丁度いい機会だから聞いておこう」
令音が思い出したように口を開いた。
「なーに?」
「………初歩的なことで悪いのだがね、琴里、なぜ彼が精霊との交渉役に選ばれたんだい?」
「んー」
令音の問いに、琴里は眉根を寄せた。
「誰にも言わない?」
「………約束しよう」
低い声音のまま、令音が頷く。琴里はそれを確認してから首肯し返した。村雨令音は、口にしたことは守る女である。
「実は私とおにーちゃんって、血が繋がってないっていう超ギャルゲ設定なの」
「………ほう?」
面白がるでも驚くでもなく、令音が小さく首を傾げる。ただ速やかに琴里の言葉を理解して「それと今の話に何の関連が?」と訊ねてくるかのような調子だった。
「だから私は令音のこと好きなんだよねー」
「………?」
令音が、不思議そうな顔を作る。
「気にしなーい。………で、続きだけど。何歳の頃って言ったかな、それこそ私がよく覚えてないくらいの時に、おにーちゃん、本当のおかーさんに捨てられてうちに引き取られたらしいんだ。私は物心つく前だったから余り覚えてないんだけどさ、引き取られた当初は相当参ってたみたい。それこそ、自殺でもするんじゃないかってくらいに」
「……………」
何故だろうか、令音がぴくりと眉を動かした。
「どしたの?」
「………いや、続けてくれ」
「ん。ま、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけどねー。年齢一桁の子供からしてみれば、母親っていうのは絶対的な存在だし、おにーちゃんにとっては自分の存在全てが否定されるような一大事だったと思う。―――まあ、一年くらいでその状態は治まったらしいんだけどねー」
「ふう」と息を吐いてから、続ける。
「それからなのかなー。おにーちゃん、人の絶望に対して妙に敏感なんだ」
「………絶望に?」
「んー。みーんなから自分が全否定されてるような―――自分はぜーったい誰からも愛されないと思っているような。まあ要は当時の自分みたいなさ。そんな鬱々とした顔をした人がいると、全く知らない人でも無遠慮に絡んでいくんだよね」
だから、と目を伏せる。
「もしかしたら、と思ったんだ。―――あの精霊に勇んで向かっていくようなの、おにーちゃんくらいしか思いつかなかったからさー」
琴里がそう言うと、令音は「………成る程」と目を伏せた。
「………だが、私が聞きたいのはそういう心情的な理由ではないね」
「……………」
令音の言葉に、琴里はぴくりと眉を動かした。
「っていうと?」
「………惚けてもらっては困る。君が知らないとは思えない。―――彼は一体何者だね」
令音は<ラタトスク>最高の解析官である。特注の顕現装置を用い、物質の組成は当然として、体温の分布や脳波を計測して、人の感情の機微さえもおおよそ見取ってしまう。―――その人間に隠された能力や特性すら。
琴里は「ふう」と息を吐いた。
「ま、令音に、おにーちゃんを預けた時点でこうなるのは大体分かってたけどねー」
「………ああ、悪いが、少し解析させてもらったよ。………明確な理由もなく一般人をこの作戦に従事させるなんて可笑しいと思ったのでね」
「ん、別に構わないぞー。どうせそのうち、みんなも知ることになるだろーし」
カランカラン、という扉の音と、
「いらっしゃいませー」
という店員の声を聞きながら、琴里は肩を竦めた。
そして手元のコップに刺さっていたストローを咥え、残っていたブルーベリージュースを一気に吸い込む―――
「ぶふぅぅぅぅぅぅッ!?」
今店に入ってきたと思しきカップルが令音の後ろの席に腰掛けるのを見て、口の中に収めていたジュースを勢いよく吹き出した。
「……………」
どうやらカップルには気づかれなかったようだったが、琴里の目の前にいた令音はその被害をモロに受けていた。 要はびしょ濡れである。
「ごめっ、令音………」
「………ん」
声を潜めて琴里が謝ると、令音は何事もなかったかのように、ポケットから出したハンカチで顔を拭っていった。
「………何かあったのかね、琴里」
「ん………ちょっと非科学的かつ非現実的なものを見た気がして」
「………何だね?」
令音の問いに答えるように、琴里は無言で、令音の後ろを指差した。
「………?」
令音は首を回し―――ぴたりと動きを止めた。そして数秒の後、ゆっくりと首を元の位置に戻し、アップルティーを口に含んだ。それから「ぶー」と琴里に紅茶を吹き出す。
「………なまらびっくり」
何故か北海道方言だった。令音なりに動揺しているのかもしれない。
それはそうだろう。何しろ令音の後ろには、琴里の兄・五河士道が女の子を連れて座っていたのだから。しかもそれだけではない。その女の子は―――琴里達が災厄と、精霊と呼ぶ、あの少女であったのだ。
「これは一大事ね」
ポケットから黒いリボンを取り出し、髪を結い直す。琴里なりのマインドセットだった。これで琴里は、士道の可愛い妹から司令官モードへとトランスフォームする。そして携帯電話を開くと、<ラタトスク>の回線に繋いだ。
「………ああ、私よ。緊急事態が発生したわ。―――作戦コードF-08・オペレーション『天宮の休日』を発令。至急持ち場につきなさい」
そう言うと、令音がぴくりと頬を動かした。琴里が電話を終えるのを待って、声を発してくる。
「………やる気かね、琴里」
「ええ。指示が出せない状況だもの。仕方ないわ」
「………そうか、この状況からだと―――ルートCというところか。………ふむ、では私も動くとしよう。早めに店に交渉してくるよ」
「お願い」
そう言って琴里はポケットからチュッパチャプスを取り出し、口に咥えた。
❷
暁夜と折紙はハンバーガーショップを後にし、アクセサリーショップに足を運んでいた。店内はどこもかしこもカップルや今時の女の子達で大半を占められていた。なんとなく場違いな気がして暁夜はげんなりするが、折紙に片腕を拘束されているため、逃れることが出来ない。オマケに、女子中学生や他校と同校の女子高生に男子高校生等が嫉妬や好意の視線を送ってくる。ホントにこそばゆく嫌になる。正直言って帰りたい。と暁夜が嘆いていると、グイッと袖を引っ張られた。それにより、身体の重心が下がり、顔が折紙の顔と同じ高さまで移動する。しかも、顔の距離がとてつもなく近い。折紙の髪の毛に鼻先が触れるか触れない辺りでぎりぎり留まり、ほぅ、と安堵の息を吐いた。すると、ピクっと折紙の肩が震え、
「・・・んっ」
とどこか悩ましげな声をあげた。そして、折紙が顔をこちらに向ける。気のせいか少しだけ頬が紅くなっているような気がした。暁夜は意表を突かれ、顔を背けようとするが、ガシッと後ろに回された手で頭を固定され、自分の意志に関係なく顔を折紙の顔に向けさせられた。
「・・・・」
「・・・・」
折紙の透き通ったガラス玉のような水色の瞳が真っ直ぐに紅闇色の瞳を射抜くように見つめ、綺麗で柔らかそうな唇の動きやそこから漏れる吐息。 銀色の髪からはシャンプーのいい香りがして、思わずゴクリと唾を飲み込む。ただでさえ、美少女なのにそれが好きな人であればなおさらこの状況下は言葉に出来ないほどにヤバい。暁夜は視線をさ迷わせ、どうしたらと思考をかけ巡らせていると、首筋辺りにぞわりとした感触を覚え、
「・・・ふぁっ!?」
と、思わず高い声を上げる。それと同時に、アクセサリーショップ内の客や店員の視線が暁夜と折紙の方に向ける。主に暁夜の方に。ただ、本人はその視線に気づかずに、折紙にジト目を向けていた。先程の高い声をあげる羽目となった元凶の少女に。
「いきなり何すんだ、折紙」
小声でそう問いかけると、
「先にやったのは暁夜の方。私はただやり返しただけ」
反省の色なんて一切ない表情で、折紙は至極当然のように言ってのけた。
「ったく、いきなり首筋を指で撫でるなよ。 ・・・スされるかと思って焦っただろ」
「・・・今、なんて言ったの?」
「な、何でもねえよ!それよりもさっさとアクセサリー買うなら買うで早く決めろよ!お、俺、ちょっと、トイレ行ってくっから!」
「あっ...暁夜」
折紙がそんな声を漏らすが、暁夜は逃げるようにアクセサリーショップを飛び出した。
「・・・あっぶねぇ! マジで恥ずいぞ!さっきの俺!」
紅くなっている顔を隠すように右手で覆いながら、トイレのある建物へと駆けて行った。そして、一人残された折紙は、
「・・・残念」
自身の唇を指先でなぞってポツリと呟いた。
ページ上へ戻る