真田十勇士
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巻ノ百四十三 それぞれの行く先その四
「それはこの戦ではなかったがな」
「それでもですか」
「決着をつける」
必ずというのだ。
「わかったな」
「はい、それでは」
「その様にな、では今よりな」
「城攻めですな」
「そうせよ」
家康の言葉は強かった。
「手加減はせぬことだ」
「そのことはですな」
「うむ、しかしな」
「奥のことはですな」
「そうじゃ、常高院には使者をしてもらう」
このことも忘れていない家康だった。
「そしてじゃ」
「降るのならですか」
「受け入れるということをな」
「大坂方に伝えますか」
「それはする」
攻めつつというのだ。
「今日もな」
「では城攻めの前、そして攻めて今陥ちる時に」
「常高院を送ってな」
「大坂には降ってもらいますか」
「その様に話す、しかしあの茶々殿じゃ」
「ことここに至っても」
「降るとはな」
「思えませぬな」
「それが困ることじゃ」
「いや、実はそれがしもです」
「お主もじゃな」
「はい、まさかあそこまで強情とは」
秀忠も驚くまでなのだ、茶々の強情さは。
「思いも寄りませんでした」
「全くじゃな」
「お江は芯は強いですが」
「穏やかじゃな」
「至って」
滅多に怒らないのだ、秀忠にとってはその穏やかさが心の救いにもなっている。大奥に入りお江と共に過ごす時を楽しんでいるのだ。
「それは常高院殿も同じで」
「そうじゃな」
「しかしです」
それがなのだ。
「茶々殿だけは」
「ああしてな」
「非常に強情ですな」
「あの強情さはな」
「父上はそのことがおわかりですか」
茶々が強情な理由がとだ、秀忠は父である家康に尋ねた。
「そうなのですか」
「うむ、二度の落城があったな」
「はい、ですがそれは」
「常高院殿もそなたの奥方も同じじゃな」
「浅井殿と柴田殿のですな」
「二度の落城があってな」
小谷城と北ノ庄城、茶々にとっては忘れらたくとも忘れられない忌むべき思い出だ。最初の落城で父を、二度目の落城で母を失っているのだ。
「そうしてじゃ」
「あの様にですか」
「茶々殿は二人の妹を守って落ち延びておる」
「その分ですか」
「ああしてな」
「強情になられたのですか」
「そうなのじゃ」
まさにというのだ。
「茶々殿はな」
「左様でしたか」
「妹二人は守られておったからな」
「その分ですか」
「穏やかになれたが、妹二人を守り親達の死を見てきたのじゃ」
「ならばですか」
「あの様になったのじゃ」
強情な性格にというのだ。
「思えば気の毒な方じゃ」
「そうですな、言われてみれば」
「落城したくない、もう家が滅びたくないとな」
「強く思いそして」
「天下人の母となられた」
秀頼を産んでだ。
「それで余計に強情になられたのじゃ」
「そこからですか」
「そこも妹殿二人と違う」
「ううむ、常高院殿も我が奥も」
「その分幸せであった、茶々殿はまことに不幸な方よ」
家康は茶々のことをしみじみとして語った。
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