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卍の家紋

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第四章

「あれはどう見ましても」
「よく見て下さい、逆になっていますよね」
「逆?」
「はい、逆です」
 感情的になっているシュターゼンに対して日本人はあくまで冷静に答える。
「その鍵十字が」
「そういえば」
 言われてだ、シュターゼンもようやく気付いた。
「逆になっていますね」
「そうですね、ハーケンクロイツとは」
「それに位置が違います」
「ハーケンクロイツは斜めになっていますね」
 逆になったうえでだ。
「ですがこの鍵十字は斜めになっていません」
「よく見るとそうですね」
「結論から申し上げますとこれはハーケンクロイツではないです」
「では何でしょうか」
「卍です」
「卍!?先程もそう言われましたね」
「日本ではお寺を地図上で表すマークにもなっていまして」
 日本人はシュターゼンにこのことも話した。
「それにこの徳島ではお殿様の家紋でした」
「殿様ですか」
「ドイツで言うと領主ですね」
 その立場になるというのだ。
「領主の家紋、紋章だったのです」
「そうだったのですか」
「ナチスより遥かに前からある家でして」
「ではナチスとは」
「全く関係がありません」
 日本人はシュターゼンだけでなく彼の妻にも微笑んで話した、見れば太っているが落ち着いた趣の中年の男性だ。丸眼鏡と顎髭が学者めいている。
「このタオルは」
「そうでしたか」
「そしてこの徳島のお殿様だったので」
「この様にですか」
「土産もののタオルにも飾られています」
 それで店にもあるというのだ。
「そうなっているのです」
「そうでしたか、まさかです」
「ハーケンクロイツと思われましたか」
「本当に驚きました」 
 冷静な顔で答えるシュターゼンだった。
「いや、お恥ずかしい」
「何と申し上げていいのか」
 イゾルデも日本人に申し訳ない顔で述べた。
「日本ではナチスを賛美しているとさえ」
「ははは、そんなことはないですよ」
 日本人はそのことは笑って否定した。
「日本でもナチスは悪役ですから」
「そうなのですね」
「日本でも」
「創作世界でも。ですからお店で飾ることもです」
「そうしたこともですね」
「ないですね」
「ありません」
 それは絶対にというのだ。
「そこはご安心下さい」
「そうでしたか、いやしかし貴方はドイツ語に堪能ですね」 
 普通にドイツ語でやり取りしていてだ、シュターゼンはこう彼に返した。彼自身は多少と言うが結構なものだった。
「どうしてその言葉を」
「いえ、大学でドイツ語を教えていまして」
「語学の方ですか」
「文学です」
 そちらだというのだ。
「そちらを教えていまして」
「だからですか」
「ドイツ語を読めますし喋れます」
「それで今もですね」
「たまたま大学の帰りにお店の前を通っただけです」
 つまり大学での講義の後でというのだ。 
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