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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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Alicization
~終わりと始まりの前奏~
  雨気

F40Aがゆっくりと車庫に入っていくのを眺めながら、デオドランド=アーセナルはカフェ色のおとがいを伝う汗をノースリーブのシャツで雑に拭った。

沖縄とはいえまだ季節は2月の末。ラフすぎるそのファッションはさすがに時季外れだったが、ハードな訓練によって荒れた身体をクールダウンさせるなら丁度よかった。これが本州のほうの気温ならば湯気でも出ていたかもしれない。

「おう、テオ。休憩か?」

「レックス」

女性とはとてもじゃないが思えないほどシャツをタオル代わりに使っていたデオドランドに気さくに話しかけたのは、スパニッシュ寄りのガタイの大きい男だった。

こちらはさすがにデオドランドほどラフではなく、ツナギのような地味なグリーンの作業着をかっちり着こなしているようだが、それも体格の良さゆえに若干窮屈そうでちょっと残念な結果になっている。

男はアレックス=エラン=セラ。

体格から誤解されがちだが、彼は業務は主にデスクワーク方面だ。沖縄本島でも有数の敷地面積を誇る北部訓練場は、その名の通りあちこちの部隊から垣根を越えて人材を集めて育成する機関だ。そのために陸海空軍、海兵隊まで幅広い者達が闊歩している。

事実、海兵隊所属となっているテオドラに対し、アレックスは空軍所属の管制官。本来ならばここまで親交厚くなるのは珍しい。それもこの土地の特色か。

「お前はどうした?そっちも休憩か?」

「バカやろー、こっちはパシりの帰りだよ。ったく、あのジジィ、いい加減にしろっつの」

「あはは、モテる真面目クンは辛いなぁおい。だがまぁちょうど良かった」

ほれ、と軽い調子で投げたのは缶コーヒーだ。

生真面目な友人は、それを小脇に抱えたファイルを庇うようにキャッチした。それに向かい、もう一つの缶を振りながら、

「ナイスキャッチ」

「2つ……?なんだ、俺のこと待ってたのか?」

「気色悪ィこと言うなっての。さっき自販機が珍しく当たり吐き出したんだよ」

ぐちぐちなんか言ってるムサ男は放っておいて、デオドランドはさっさとプルタブを開けた。

ひたすらジャングルのような沖縄の森の中を駆けずり回った後だと、冷たく冷えた液体は格別だ。こういうのを日本語では甘露とか言うんだったか。

「うげぇ……、オイ何でブラックなんだよ。苦ぇじゃねぇか」

「その図体でガキみてぇなこと言ってんじゃねぇよ。ウチのガキどもだってピーマン食えるんだぞピーマン」

「ああ、テメェは食えねぇがな!」

複雑な我が家の事情を詳細に知っている、というのもアレックスを説明する上では避けられないだろう。片方は元旦那の連れ子、そしてもう一方は戦場で拾った戦争孤児という昼ドラもびっくりな我が家だ。

子供達のことを知っている人間はこの基地には数限りなくいるが、深く踏み入った事情だとまた話は変わってくる。

「……って、そういやぁまたお前ンとこがやらかしたみたいだぜ?」

「ああん?なんだ、今度は何やった?また空薬莢拾い集めてたとかか?」

「知らん。詳しくは警備兵にでも訊いてこい。ちなみに今の当直はラグだ」

「アイツかよ……」

内職にも拘らず筋肉質なアレックスと比べ、警備兵という地元住民と接触もするハードな仕事にも拘らず肥満体形な黒人兵士を思い浮かべ、思わずデオドランドはため息をつく。

あのデブ、ロリコンのケがあるから、ガキどもなら顔パスで通しているのかもしれない。訓練場とはいえ、仮にも軍事基地だろうここは。

「ッチ、りょーかい。着替えたら後で行くよ」

「はいよ。……あぁ、午後から降りそうだから傘もな」

いつものお節介に手を振りながら、デオドランドは空になった缶を自販機横のゴミ箱に通り過ぎ様に押し付ける。

確かにその言葉通り、汗伝う肢体を冷やしていく風が微かに湿気っていた。さすがに季節が季節なだけに陽炎まではないが、G地区のヘリパッドへ向かうオスプレイのローター音が、やけに鈍く耳に届く気がする。

自然の中で作業することの多い農家や猟師などは、自然と天候の移り変わりを予測する力がつく。といっても、別に超能力の類などではなく、天気が移ろう前兆の現象―――たとえば気圧の高低化や湿気の有無など―――に知らず知らずのうちに目端が利くようになるのである。

そしてこれは、一見関係のなさそうな軍人にも言える。

仕事柄、ジャングルの奥地での工作作戦など何日にも渡って自然と同化せねばならないような任務もあるため、むしろそのような力は本業の農家などより必須条件になるのだ。

そして、経験則からくる天気予報は雨の気配を確実に知らせていた。

思わず天を仰ぎ、かざした腕の隙間から中天を見上げたデオドランドは、目元を苛立たしげに歪めた。

「……ヤんなる天気だ」










「――――違う。欧州(EU)を足蹴にし、アメリカに取り入る……も違うか」

鹿威しの音が鳴り響く。

見渡す限りの畳張り。だだっ広いその和室の上座奥に一人、齢以上の年輪をその顔に刻む老人が座っていた。机はない。それらが邪魔だと言外に言い張るように、幾重にも広げられた紙束をその老人は凝視していた。

老人とはいえ、枯れたような雰囲気はない。ギョロギョロと縦横無尽に紙面の上を走る眼光が、鮮烈で凄烈すぎるのがその一因か。

「中東の研究所は放棄されている。……中東は完全に《捨て》の体勢。EUやオセアニアの可能性は低い……エジプトか?」

幾重にも重なる紙は、報告書。

そのほとんどが手書きだというところに、老人ならではのこだわりが感じられる。キーボード製は信用しないというまで敏感ではないが、手書きの文字は筆跡や筆圧などから推測される書き手の感情など、無機質なデータより多くの情報を得られる。

ヤギを彷彿とさせる豊かな顎ヒゲをさする黒峰重國は、がさがさと紙の擦る音に囲まれる。

彼が見ているのは手元だが、その視線はどこか茫洋とここ以外のどこかに思考を飛ばしている。それは老人一人にしかわからない。

今している――――というかここ最近ずっとしているのは、今や世界の重鎮達共通の話題であろう、小日向相馬に関するものだ。

世界単位での技術的特異点(シンギュラリティ)

アインシュタインやエジソンなど目ではない。ある意味では工業革命やIT革命と同レベルとも目される、黄金を生むガチョウのようなあの男に関する情報とあれば、もはやそれ自体が裏の経済を動かす原動力となりつつある。

―――いや、それ自体が目的なのか?小日向相馬の登場以降、良くも悪くも裏の世界は彼一色じゃ。

法律とは秩序を民に提供するためのもの。つまり民のためのモノというのが一般的だが、見方を変えれば当然違った受け取り方も存在する。

それが、少人数で運営するための潤滑油、としての側面だ。

国家という単位の根底は、所詮は猿の群れの頃から変わっていない。変わったのは規模なだけで、アタマが行う統治という行為も、その意義は群れを操って効率よく狩りを成功させる時代からそこまで変化はないのだ。違うように見えるのは、規模の拡大に伴って入ってくる諸情報が等比級数的に増加しただけだ。

だが、規模の拡大と一口に言うけれど、そこには当然群れの頃と比べれば弊害が出てくる。

それが、従えさせられないという問題。あるいは伝言ゲーム、あるいは主義の相反など、人が集まればそれだけ上から下への命令は滞っていく。

だがそこに、ある一定のルールを設ければ、それはもうスポーツと同じ競技になる。つまり、善悪が生まれる。これによって従わぬ者は排除でき、ルールを牧羊犬のように弄ることにより民を操ることもできるという訳だ。

さて。

この話から分かる通り、一定の法則は大規模な群れをある種操作しやすい状態に陥りさせる。そして、そのルールを操ることができる者は羊飼いのような、群れの一員とは一線を画す存在へ昇華できるのだ。

「……この場合は小日向相馬。当人ならば情報の操作もお手の物じゃろうしなぁ」

だが、子供向けアニメに出てくる、やたら偉そうでギンギラギンな恰好のラスボスみたいに、世界の支配なんてチープな最終目標はあの男は持っていないのだろう。だからこそ厄介なのだが。

―――おそらく、それも方法論で通過点に過ぎんのじゃろう。第一、小日向相馬はこの場合、台風の目ではあるが実際の力を持つ暴風雨そのものではない。支配権を一時的に手に入れていようが、それを維持などとてもできん。

だが。

―――いや、待て。逆に言えば、一時的にでも持てればよいという目的なのか……?じゃが、操作権とはいえ、何でもできるという訳ではない。それを駆使してできることと言えば……。

天才性に対するは経験値。

陽の光の当たらない暗がりに身を置きつつも、半世紀以上生き抜いてきた老人はその人生の全てを賭けて、一人の《鬼才》の内部を暴きにかかっていた。

一代で財閥を築いた《財政界の怪物》もまた、時代から離されたとはいえ天才に変わりはしないのだから。

《鬼才》の思考は同じレベルでしか分かりえない。だが、人間である以上避けようのない癖や偏りが存在するはずだ。

この場合は目的。あの男の取る行動に何も意味がないというのはありえない。必ず最終的な目標ないし指針があり、一連の行為もそれに付随するように設定されているはず。

そして、それに至るピースならばもう揃っている。

そこで重國は目線を巡らせた。紙面の上を滑らせるように骨張った指が動き、目的の単語を探す。

「《プロジェクト;インディゴ》……アイ計画」

まずは、それが発端の単語。

一人の男が歩んできた軌跡を沿うように、老人は言葉を羅列していく。

「中東紛争に参加したのは、これに関するパトロンとの取引か。恐らくは資金援助じゃろう。そうまでして己の研究施設と機材を揃え、この計画は成功――――だが、納得しない結果に終わった。そしてヤツは中東からエジプトに本拠地を移し、そこで……《何か》を創った」

この《何か》は今のところ分かってはいないが、この後の行動を含めて考えれば大体推測は立つ。

「おそらくこれは、このすぐ後に研究開発された《アカシック・レコード》の中枢部分……新型の演算中枢といったところかの。ここから《アルカイック・レポート》に繋がっていくはずじゃ」

アカシック・レコードについても、だいたいのところは秘密のベールは剥がされてきている。というのも、元々中東のために開発された次世代演算機らしいのだが、紛争が終結し、当の本人が本格的に中東から撤退し始めたことにより、秘密をわざわざ保つだけの理由がなくなってきたのだ。

アカシック・レコード。

神の代替脳とまで言われる次世代の高々度並列演算機器(アブソリュートカリキュレーター)

3996台のサーバー、43956個のCPU、443556個のGPUを束ねる並列演算処理プログラムからなるシステム群……というのが一応の公的なスペックシートに記されている数字だ。実際、紛争中にも民間ゲリラの行動予測や、カオス演算を駆使した天候予測やミサイルの弾道算出など、分かっているだけでもチマチマした功績は出てくる。

―――じゃが、違う。

合っていない。

出てきたスペックに対し、セキュリティのランクが比例していない。苦労して開けた金庫の中身が、チンケな水晶の欠片一つだったような気分だ。

おそらく、まだ見ぬ《先》がある。そのためには他の単語の意味も翻訳していかねばなるまい。

何かくぐもった音が聞こえたような気がし、老人は一瞬耳を澄ましたが、それ以降何も聞こえない。気のせいだと思いなおし、再び思索の海の中に身を投げ出した。

「気になるのは、たびたび出てくるこの《Gコード》といった名称じゃ。あやつの開発した兵器には全て通称とは別の正式コードが与えられているが、そこにG名称のモノはない……」

「兵器といえば、手を貸した国の選別も妙じゃったな……。EU中心に米中露に手を貸さんのは、大戦を誘発させるものと分かる……が、アメリカにはイージス艦に積む戦闘AIを与えた」

「三国間を結ばせないためかの?しかし、それならばどちらかというとロシアのほうが地理的な側面からすぐに火をつけやすいはず……」

ぶつぶつと和室の中、一人で報告書の山に向かって話す様はなかなかに不気味だったが、それを感じる人間もいない。仮にいたとしても、これが老人のいつもの熟考法なのだ。慣れたもので、いつものこととスルーするだろう。

しばらくヒゲを撫でつけるように触っていた重國は、ふと顔を上げた。

「いや――――違う。アメリカでなければならん理由があるのか!」

腕が閃き、紙が舞い散る。だがそれらを歯牙にもかけず、老人の眼は射貫かんばかりに文字を追っていた。

「違う……違う……あったぞこれか!」

それは、重要度があまり高くないと思われていた情報。

小日向相馬が参加した、ハワイ沖、ホットスポットへの深々度潜航探査プロジェクト。

おそらくこれが、小日向相馬が戦闘AIを提供する代わりとして要求した対価だ。ハワイには空軍基地があるため、いくらあの男でも世界の警察相手に正面突破は分が悪いと思ったのだろう。

「ホットスポットというと、マグマ溜まりが地表に近い……とかじゃったかのぅ。ええぃ、地質学までカバーしとらんぞ儂は」

さすがに足の生えた百科事典とかではない。自らの興した企業(ていこく)を広げようと遮二無二に知識を詰め込んだ身ではあるが、それは本来ならば長たる者のするべきことではないのだ。

重國は、手持ちの端末で手早く検索するか、と懐から取り出したものの、画面がつかない。

「……?バッテリー切れかの?」

だが、日常と区切りをつける明確な異変があった。

それは視覚ではなく、嗅覚。光よりも、音よりも原始的に危機本能を刺激する器官。それがうるさいほどの警鐘を鳴らす。

焦げ臭い、香りがした。

「なん……じゃ?」

何かが迫る。

そして、その正体を知る機会は、たいてい生きているうちには与えられない。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「いよいよキナくさくなってきたね」
なべさん「アリシ編のこの序章は、《聖域崩し》というテーマもありますね。たとえばミステリものだと、主人公の探偵事務所が襲われるとか、海賊ものなら乗ってた船がなくなるとかそんな感じ」
レン「要するに、今まで安定的だったものを崩すってこと?」
なべさん「そういうこと。ALO動乱編を通じて、どれくらい六王って連中がヤバいかは示せたと思うので、その上でやれることをやってみたいと思います。こうご期待!」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてねー」
――To be continued―― 
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