綾波さんは語りたい
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第壱話:綾波さんは揉まれたい
第壱話:綾波さんは揉まれたい(承)
困った。廊下を歩く綾波は思う。何というか、あの場にいるのが嫌になって、最終調整と言って部屋を出た。だが、正直綾波は普段から艤装の確認や手入れは怠っておらず、出撃を命じられればすぐにでも出られるのだ。だが、ああ言った以上ドックに行かなければ何となく収まりが悪い。
どうにももやもやする胸を抱えて、綾波は足早にドックに向かう。すると、対面側から歩いてい来る一団がある。それは綾波も見知った顔だった。
「あ! あやちゃんだ! おーい!」
向こうも綾波に気づいて、手を振りながら駆け寄ってくる。
「どーん!」
そして、遠慮なく抱きついてくる。彼女の名はサラトガ。薄紅色の髪の彼女は、自分と同じくらいに幼く見えるが、実際のところかなり古参の艦娘であり、多くの艦娘からシスターサラやサラ先生など敬意を持った呼び方をされる。綾波にとってはベルファストよりも僅かにだが付き合いの長い戦友で、最も親しい艦娘であるといえる存在だ。
「サラは相変わらず元気なのです」
「そりゃそうだよ。そうじゃなきゃ、指揮官に悪戯できないでしょ?」
どこか羨ましそうに言う綾波から身体を離して、サラトガは言う。彼女の趣味は指揮官に他愛のない悪戯を仕掛けることだ。正直、古参艦のやることではないと思うが、いつまでも若き日の輝きを失わない彼女を、綾波は眩しく思った。
「いやー、相変わらずサラっちとあやっちは仲良いよねー」
「友情はプライスレスにゃ。仲良き事は美しき哉」
サラトガの後ろからやってきた二人が言う。彼女達はサンディエゴと明石。共に艦娘であり、これから数時間後に綾波と共に、第一艦隊で戦う僚艦である。彼女達は連れ立って出撃準備をしていたのだろう。
「アリゾナさんと雪風はどうしたのです?」
そう言えば、と綾波はサラトガに尋ねる。アリゾナと雪風もまた共に第一艦隊の面子であるはずだが、姿が見えない。特に仲のいい三人だけで準備していただけ、と言われればそれまでではあるが。
「あー、アリゾナちゃんがまた泣き始めてね。雪風ちゃんが、任せろ、っていうから任せてきた」
「…なるほどなのです」
サラトガの言葉に綾波は納得はしたが、同時に呆れてしまう。アリゾナは過去に体験した悲劇から、時々思い出し泣きをする。そして、雪風は妙に自信家で、後先のことを考えず任せろ、というところがある。それをいいことに、面倒くさくなったサラトガ達は押し付けて逃げてきたのだろう。サラトガらしいと思うが同時に、いい年こいた古参兵のすることではないなぁ、とも思う。
「それよりさ、あやちゃんは何か悩みがある?」
「…別に私は」
「嘘。顔に書いてあるもん。悩んでますって」
言い逃れようとした綾波にサラトガは容赦なくつっこんでくる。流石に付き合いの長いサラトガを誤魔化せはしないようだ。
「何でも言ってよ! このシスターサラ、あやちゃんの悩みなら何でも解決しちゃうよ!」
そう言って、サラトガは低い背で薄い胸を張る。綾波は思う。サラトガは確かに親しい友であるし、年長者として頼りがいもある。その言葉は頼もしい。だが、先立つものがこれではちょっと。
「なになに? あやっち悩みがあるんだー? 任せといてよー! 私がズバッと解決しちゃうよー!」
次いで声をかけてきたサンディエゴを見る。確かに先立つものはある。だが、その顔を見て、首を傾げる。正直、解決策をもたらしてくれるようには見えない。
「明石。ちょっと、相談があるのですがいいのですか?」
綾波は最後に残った明石に言う。彼女は艦娘の身体に関して詳しく、相方の夕張と共に様々なものを開発し、諸々の問題を解決してきた。彼女と夕張なら何とかできるかもしれない、と思ったのだ。
「にゃ! 明石に任せろにゃ! 明石と夕張姐さんが本気になれば解決できない問題なんてないにゃ!」
明石が気合を入れた声で綾波に応じる。
「ちょ! あやっち!?」
「どこ見て判断したの〜!?」
ショックを受けたサンディエゴとサラトガが抗議の声を上げるが、敢えて無視する。申し訳ないが、これが最適解だ、と綾波は思うのだ。
綾波はとりあえず思いの丈をぶちまけてみる。指揮官がベルの胸は触るのに、自分の胸を触らないこと。更にはプリンツ・オイゲンやフッドには水着を着せたがるのに、自分にはそうした服を着せようとはしないこと等々。
「うんうん。それは多分指揮官に女の子として見られてないねぇ」
ヴェスタルの横で話を聞いていたサンディエゴが頷きながらしたり顔で言う。やはりそうなのか、と内心でショックを受ける綾波。だが、あれだけのものを持っておきながら、恐らく自分以上に女の子として見られていないであろうサンディエゴには言われたくはない。というわけで聞かなかったことにした。
「うーん…そういう訳じゃないと思うけどねー…」
サラトガは微妙に困った表情で、珍しく非常に歯切れの悪い口調で言う。何だかよくわからないが、サラトガなら言いたいことがあるならはっきり言うだろう。単に指揮官の態度が自分同様よく分からなくて困っているのかもしれない。
「にゃ〜、水着云々は置いておいて、触らないのは綾波の身体を気遣ってのことかもしれないにゃ」
明石が綾波の身体を眺めて具体的な話をする。
「綾波は人間で言えば成長途上の身体にゃ、そのぐらいの人間の女の子の身体というものはとても繊細で痛みやすいものだにゃ。下手に性的なアプローチをかけると、最悪の場合取り返しのつかないことになる可能性もありえるのにゃ」
「そうなのですか?」
「にゃ。重桜でも昔はかなり若い段階で結婚して性的接触をしていたらしいけど、そのせいで障害が残ったり、最悪死亡するケースもあったと聞きいているにゃ。もちろん、明石達は艦娘だから、人間の女性とは比べ物にならないぐらい頑丈ではあるけどにゃ」
「ま、まあ、指揮官にしては珍しく遠慮してるんだよ、うん」
明石の言葉に、サラトガが曖昧に笑って補足を付け加える。確かに二人の言う通りだとすると、指揮官としては自分に気を使ってくれているが故に手を出さないのだろう。しかし、逆に言えば、自分は指揮官に気を使わせている存在なのだ。綾波としては指揮官に気兼ねなく付き合って貰いたい。遠慮なく手を出して欲しい。だが、それには自分の身体はまだ幼すぎるというのだ。
「でもさ~、サラっちって、指揮官からよくセクハラされてるよね~」
サンディエゴが今までの生活を振り返って言う。確かにケイトはサラトガにはベルファスト以上に際どいことをすることもある。だが、サラトガの身体は正直綾波以上に幼い。何故、サラトガにはそんなことをするのか。綾波の疑問はますます深まった。
「サラトガちゃんは、指揮官とは指揮官過程の時からの付き合いだし、当時からあんなんだったから、まだその時のつもりでいるんじゃないかな」
サラトガはそう言って、昔の事を思い出す。今から10年近く前、サラトガはケイトと艦娘を指揮官を養成する部内課程で出会った。彼は課程随一の問題児で、サラトガとは毎日のように悪戯合戦を繰り広げていたものだ。そう言えば、あの時盗まれたパンツがまだ一枚帰ってきていない。あれはいつ返してくれるのだろうか。
「…指揮官はサラには気兼ねしていない、ということですか」
少しむっとして、綾波は言う。サラトガは親友ではあるが、同時に指揮官の取り合いという面では最大のライバルでもある。なんだか差をつけられてしまっているようで、少し嫉妬してしまう。
「あやちゃんより私の方が好きとか、そういうんじゃない、と思うよ。アプローチの仕方が違うだけじゃないかな」
サラトガは綾波の心を見抜いて言う。その淡々と口調にはありのままの事実を伝える響きがあった。
実際、サラトガはケイトが綾波の事をどう思っているかを概ね理解しているつもりだ。だが、それはサラトガが言うべきことではない。いつか彼が彼の言葉で伝えるべきことなのだ。
「愛で方の違い、ですか…」
綾波はサラトガの言葉を聞いて唸って言う。それはケイトが言った事と同じである。彼は自分には嘘や誤魔化しを言わないし、彼をよく知るサラトガもそう言うのだから、そういうものなのだろう。でも、綾波としてはそんな気遣いなどして欲しくない。ベルやサラトガのように扱って欲しい、と思う。だが、それをどう言えばいいのか、どうすればいいのか。それが分からない。
「あのね、あやちゃん。一つ策があるんだけど」
悩む綾波にサラトガは悪戯っぽく微笑んで言う。その言葉に、綾波は目を輝かせる。サラトガはユニオン随一の知将と名高いケイトの師匠のようなもので、作戦能力は高い。彼女がそう言うからには、きっと有効な策であるに違いない。
「なんですか、サラ?」
「あのね~…」
綾波はサラトガの策の説明を受け、よし!と拳を握り締めた。確かに、上手くいきそうな策だ、と思えたからだ。流石サラトガである。
(指揮官…待っているです…)
真剣な眼差しでここからは見えない指揮官の方を見て、綾波は心で呟く。きっと、指揮官に揉んでもらう。そう決意して、綾波はサラトガ達と共に指揮官室に向かった。
指揮官室のケイトの背筋に何やら妙な悪寒が走ったのは、綾波達の存ぜぬところであった。
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