夜のコーヒー
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第一章
夜のコーヒー
トリックナイト=リューカーのもう一つの顔は誰も知らない、それこそ彼が騙した相手すらそうだ。
少なくとも表の彼は冴えない特に目立ったところのないサラリーマンだ。趣味といっても目立ったものはない。
精々コーヒーを飲む位だ、彼はいつも仕事が終わると行きつけの喫茶店に入ってコーヒーを飲んでいた。
休日でも同じだ、それでマスターは休日の朝に店に来てコーヒーを飲んでいる彼に対して尋ねた。
「あんたコーヒー好きだよな」
「はい」
リューカーはマスターに微笑んで答えた。
「特にこの店のものが」
「それは何よりだな、ただな」
「ただ?」
「たまには彼女連れて来たらどうだい?」
彼にこうも言ったのだった。
「そうしたらどうだい?」
「生憎女性は苦手で」
リューカーはマスターの今の提案には苦笑いで答えた。
「ですからそうした相手の方は」
「いないのかい」
「はい」
そうだというのだ。
「これが」
「それは寂しいな」
「一緒に飲む相手もいないので」
「それでか」
「こうしてです」
熱いブラックのコーヒー、白いカップの中にあるそれを飲みつつ言うのだった。店の内装も白なのでコーヒーの黒が余計に目立つ。
「一人で楽しんでいます」
「そうなんだな」
「これはこれで楽しいですよ」
「だといいけれどな」
「色々なコーヒーを飲むこともいいですし」
そちらの楽しみもあるというのだ。
「豆も様々、そして飲み方も」
「色々あるからか」
「ホットもいいですしアイスもいいですし」
「クリープ入れたり砂糖を入れてもか」
「いいので」
そうしたことも出来てというのだ。
「色々楽しめるので」
「好きなんだな」
「はい、毎日飲んでいます」
「うちが休みの時も飲んでるのかい?」
「家でも飲んでいます」
そのコーヒーをというのだ。
「そうしています、インスタントも飲みますし」
「そっちのコーヒーも飲むのか」
「はい」
そうだというのだ。
「そうしています」
「とにかくコーヒー好きなんだな」
「コーヒーがないと」
それこそというのだ。
「僕は生きていけないですね」
「そんなにコーヒーが好きなんだな」
「他のものはなくてもいいですが」
「それでもかい」
「コーヒー、特にこのお店のものがなければ」
「あんたは駄目か」
「そうなんですよ」
言いつつそのブラックを飲むのだった、地獄の様に熱く絶望の様に黒いそれを。ただし天使の様に純粋でも一緒に甘いものを食べておらず砂糖を入れていないので恋の様に甘くはない。
「どうしても」
「嬉しい言葉だね、いつも来てくれる人がいるとね」
マスターは店の経営者としても言った。
「こっちも嬉しいよ」
「そうですか」
「その分お金が入ってコーヒーも出せるからな」
「お店ならコーヒーを出したい」
「ああ、是非な」
そこはというのだ。
「しないとな」
「張り合いがないですか」
「紅茶でもいいけれどな」
「お店のものを出せないとですね」
「生活が安定していてもな」
それでもというのだ。
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