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ランス ~another story~ IF

作者:じーくw
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第16話 魔人ケッセルリンク


 翔竜山は、数少ないドラゴンが生息している山として、腕に覚えのある冒険者にとっては腕試しの場としても マルグリッド迷宮と並んで有名だった。

 それが現在では ドラゴンじゃなく魔王が根城にしている世界最高峰の山。
 
 殆どの生物が寄り付かず、いるのは魔王と魔人、そしてそれに従属する者達が大半を占める。故にこの場所でいれば高確率で世の中の災厄とも称される魔人たちと出会えてしまう。

『……オレ達って結構アレだな。いろいろと引き付けると言うか何と言うか』
「何を今更言っている? これまでの経緯を考えてみれば、今更言うまでもない事だろう。人にも魔にも好かれる。……それが我が主だ」
『いやいやいや、だから今はお前も一緒だろ!? と言うか以前からずっと一緒だっての!』
「ふふ……。主ほどは鈍くはないつもりだがな」

 上空で笑う声が僅かに周囲に響く。そこにいるのは1人だけなのに2人の会話が聞こえてくる光景は異様。陽気な会話がこの山で行われている事 事態異様だと言えるが、それはそれである。

 いつの間にか日も沈み、宵闇が迫って来る時刻。
 闇の時間にこそ、魔が活性化して行動をする――と言うのは何時の時代も共通する魔物の印象だろう。

 そして その魔の中でも特に闇を纏うのが今眼下にいる者。

「ケッセルリンク様。用意が出来ました」
「ふむ。……いつもすまないな、シャロン」

 それは《闇統べる魔貴族》とも称される元魔人四天王の一角 ケッセルリンク。
 LA期 ケイブリス派に所属しており、人類とは敵対関係にあった魔人の1人で、サテラやホーネットとはやはり立ち位置が違うのは仕方がない事だが、上手く熟しているとも言える。
 現在のRA期において、正直、魔王ランスは二の次であり、あの手この手で魔王の魔の手から己の使徒であるメイドたちを守っている。魔王の命令権は絶対なので、100%とは言えないが。

 それは一先ず置いておき、場所はアメージング城……ではなく、少々離れた大岩をくり貫いた様な地形の場所にいた。ケッセルリンクだけでなく、他数人の人影があった。どうやら、使徒のメイドたち全員が揃っている様だ。皆が等しく視線を向けてくる。

「……透明化、効いていないのだろうか?」
『ホーネットの件もあるからな。……やっぱり万能じゃないって事だ。これも』
「ふむ……。そうだがしかし……」
『ん。大体同じだ。それはオレも気になってる。気付いたのがケッセルリンク。と言う所が特に。性別を考えたら特に』

 ホーネットは兎も角として、ケッセルリンクは……とゾロは考える。

 秘めた想いと言うのは他人には見えない物。意図的に隠している事であるのは当然である。判りやすい者なら兎も角だ。

 ケッセルリンクの印象は 基本的に表情が変わる事のない完璧なポーカーフェイス。

 そして何よりもあの戦争時代でも人間界への侵攻は二の次で主に虐げられていた女性、カラーの保護を第一に考えている紳士でもある。男には一切の容赦はないが、好感の持てる敵だったとも言えなくないだろう。救われた者達も多数いたのだから。

 だからこそだ。男であるゾロには基本会いたいと思われる理由が判らない。

 その鋭利な爪から繰り出される《男死無双》と呼ばれている一撃は、相手が男である事が条件だが、喰らえば一撃で戦闘不能になる程だった。

 先の時代での英雄とケッセルリンクとの一騎打ち。

 最早伝説の1つとして密に今も語られているのはまた別の話。(因みに、ランスはその戦いと勝利について、色々と認めてなかった様だが、とある事情があって、そんな事はすっかり忘れてある意味ご機嫌になったりしている)。

「久しぶりの再会だ。シャロン達が用意したワインもある。……どうだ? 1つ付き合わないか?」

 考えている最中。ケッセルリンクの視線を感じた。
 闇そのものである……と言っても過言ではない者の闇からの視線はいやおうなしに感じられる。……が、害意の類は感じられなかった。

『いや、少々感じるな。まだまだ隠しきれてない。殺気……とまではいかないが、少々怖めのものが。……うん。あのメイドたちの何人かから』
「……それこそ理不尽だろう。信頼し、敬愛している主ケッセルリンクが、視線を向けている男。それだけを訊けば確かに判らなくもないが、当事者になれば理不尽と感じるな。まぁ 降りてみるか」

 ゾロは、思う所は置いといて、とりあえず降りた。
 勿論、無視していくこともできるが、ケッセルリンクが言う様に本当に久しぶりの再会だから、少なからず興味も尽きなかったのだ。

 ゾロはゆっくりと着地し、ケッセルリンクが用意した(厳密には使徒たちが)テーブルの椅子についた。勿論、透明化を解除して。

「……ようこそ。招待を受けてくれて感謝する」
「ここまで用意されていればな。無碍にするのも気が引けると言うものだ。……が、やはり少々解せない。お前が私に気付いた点だ。如何に宵の闇。力を発揮できる時刻だとは言え、私を看破した理由が知りたい所だ」

 ゆっくりと腰掛けるゾロ。そして対面に座るのがケッセルリンクだ。
 軽くワイングラスを手に持ち、一含みした後、仄かな笑みを浮かべながら答えた。

「我が力……アモルの闇については知っているだろう? この闇の届く範囲は勿論限られているがね。その範囲に君が入ってきた。それだけ判れば後は容易だ。シャオン達にも手伝って貰っていたからな」

 ケッセルリンクの能力の1つ。周囲を闇で覆う。それは屋内であっても変わらず、光の一切差さない暗黒の世界を創り上げる。そして それだけにとどまらず、己自身も闇と同化し、まるで霧状になる事も出来る。元々無敵結界があり 防御の面においては死角がない魔人においてケッセルリンクは無敵結界以前に、全ての物理・魔法攻撃を受け流す事が出来る能力を持っているのだ。
 故に『夜のケッセルリンクは無敵』と魔人の間でも恐れられている程だった。

「成る程。……お前の中に既に踏み込んでいたと言う訳、か。納得した」

 ゾロも理解した様に頷いた。
 今日は色々な事があった。ホーネットやエール達との出会いも然り。色々と考え事をしながら空を泳いでいたらの結果。つまり不注意な自分が悪いと言う事だ。如何に闇状とは言え、触れる事が出来ない状態とは言え、魔の気配を感じる事は出来るのだから。散漫だったと認めるしかない。

「それとな、君がここにきていると言うのは判っていた。……ホーネットの様子を見ていればよく分かる。ここにきていると言う事くらい。それが判らなければ、ここまではしないよ。無限にする事は出来ないのだからな。会う理由は、また君に会いたかったから。それだけでは不満、かね?」
「いや、不満ではない、が 少々妬かれるのではないか?」

 ゾロは、少し含み笑いをしながら周囲を見た。
 ケッセルリンクの口からはっきりと『会いたかった』と告げられた時。どうしても隠し切れなかった様で、数人の視線が一気に集まるのを感じたからだ。

「ふ……。使徒たちの非礼は私が詫びよう」

 ケッセルリンクは、表情こそは変わらないが、使徒たちを愛おしそうに見た。
 まるで落ち着かせる様に。ゾロの言葉もあるが、何よりケッセルリンクの視線が一番堪えた様で、使徒の数人が慌てて謝罪の言葉を書けながら頭を下げる。
 ゾロは、『別に問題ない』 と一言告げた後。

「それに、ここまで凝らせた歓迎だ。不満があろう筈も無いだろう? その相手が例え魔の者であったとしても」
「君ならそう言ってくれると思っていたよ」


 そして、暫くの談笑の後――気付けばメイドたちは姿を消していた。
 いや、1人だけ残して。

「……来なさい。ファーレン」
「……はい」

 残ったのはファーレン。8人の使徒の内の1人であり、最も若くもある。少し表情が下がり、恥ずかしそうにしているところを見ても、まだまだ慣れていない面があるのが判る。他の者達と比べてみれば一目瞭然だ。場数の違いがここまではっきりわかる。

「すまない。君をここに呼んだのは、彼女の願いでもあるのだ」
「? 願い?」

 どういう意味だろうか、と聞く前にファーレンがゆっくりとお辞儀をした。

「あの時も言わせていただきましたが、申し訳ございません。もう一度、言わせてください。あの時――私の命を救ってくださり、本当にありがとうございました。ケッセルリンク様のお傍に、いられて……私は幸せです。貴方のおかげで、私は今を生きています。……改めて感謝を伝えます。ありがとうございました」

 俯きがちの表情に見えたのは、彼女ファーレン自身もゾロに会いたかった事。そして、今言う様に感謝を伝えたかった事だった。つまり、歓喜の感情が全面に出て 自身を上手くコントロールできなかったのだろう。

「あの時。ふむ……。成る程」

 ゾロは、少しだけ考える素振りを見せた後、苦笑いをしていた。

「お前達魔の者たちは…… いや、人側も同じか。皆が私をあの男と思っている様だな。……ホーネットも然り。お前たちも」

 ケッセルリンクはその答えを訊くと 同じく笑みを浮かべた。雰囲気は変わるが、殆ど表情が変わらない。それでもはっきりと笑っているのが見えた。

「そうだったな。……ここからは少し独り言をする。何故 君が隠すのか、そこについてはこれ以上は言わないでおこう。もう訊きもしない。ファーレンの感謝もここで打ち止めとしよう」

 ケッセルリンクは、そう言い立ち上がる。

「だから、全てが明らかになる時(・・・・・・・・・・)。……その時を私にも教えて貰いたい。私はそう思っている」
「……………なら、私も独り言だ。――――了解した」

 2人のやり取りを見て、ファーレンは思う。

「………(ケッセルリンク様……。自身の性については興味ない……と以前申されてましたが)」

 そこはかとなく感じるケッセルリンクの変化を。
 それを誰よりも感じているのが、仕えている使徒たち他ならないだろう。一番若いファーレンが感じるのだから、他のメンバーは特に感じている。だからこそ、嫉妬してしまう面も出てくるのだから。



 又聞きではあるが、ファーレンもケッセルリンクが以前の姿……男性の姿になった理由は知っている。護る為に、護る騎士となる為に変わったのだと。
 護る為に、男の姿となり そして 護る相手がいなくなってしまった今でも、その時の誓いは生き続けている。自身の大切な者たちを護る為に。無論、それはケッセルリンクの姿形が変わった所で何ら揺らぐ事はないだろう。何が一番大切なのか、判っているから。そして、その大切な存在と言うものが……きっと新たにケッセルリンクの中に芽生えた。幾星霜の時を生き続けて今まで――芽生えなかった感情が、今の時代……否、先の時代から。

「私は また、訊きたい話があるのだが」
「ふむ」

 表情こそはいつものケッセルリンク。いつもの主。だが、やはり違って見える。
 その変化が――ファーレンは嬉しくも感じていた。勿論、妬ける面はある。だが、嬉しい。その相手が この人だからこそ、より一層思うのだ。


「さて……、私はもう行く」

 
 そんな楽しい時が過ぎる時間は本当に速い。
 ワインも粗方飲み終えたゾロはゆっくりと立ち上がった。

「今日は感謝する。……楽しい時を過ごせた。また 頼んでも良いだろうか」
「……私を見つける事が出来れば、な」
「ふむ。……面白いな、それは。精進するとしよう。以前の私にも負けぬ様、より強く」
「人間側とすれば、それは脅威になる故に、少々複雑とも言えるな」
「何を異な事を。……君の力量は私はよく知っているつもりだ。脅威になりえる為に要する時間を考えれば、自ずと判る事だろう。無限に近い時が無ければ届かぬ領域と言うものがある」

 ゾロの実力を十二分に知っているからこそ答えだ。
 RA期に入り、数度 魔軍はこのゾロと相対している。そして、悉く退けている。―――その中には現魔王も含まれているのだから。

 それを聞き、ゾロは軽く笑うと 身体を宙に浮かせた。

 見送ろうと席を立つケッセルリンク。 その時、ある事を思い出した。

 それは先の時代に、彼から聞いた事。忘れられない事。

「……君は博識だ。恐らくこの世界のどの人間よりも。だから 最後に君の意見を聞きたい。帰ろうとしているのに申し訳ないが」
「ん……? 何だ?」

 ゾロは ふわりと浮かせた身体を止めた。
 人1人分の宙に浮いた状態のまま、ケッセルリンクの方を向き直る。

「君は、私がいつこの世界に生まれたか、知っているのだろう?」
「……ああ。知っている」
「私が誰に仕えていたのかも、………知っている」

 ケッセルリンクはゾロの目を見つめた。それに応える様にゾロは続ける。

「ああ、そうだな。……魔人ケッセルリンク。第3代魔王 スラルにより生み出されし魔人だ。……ふむ。これはそれなりに歴史を学べば 判る事だ。魔人は、それも四天王と言うのは相当有名だからな」

 ゾロは少なからず疑問も浮かんだ様だ。

 ケッセルリンクの出生。確かに そこまで細かな事は知る者は少ない。それは人間側も魔人側も同じであり、信憑性面においても。……が、先の大戦で魔人と人間との距離はかなり縮まったと言って良い。ケッセルリンクと同じ、スラルにより見出された魔人ガルディアとの友好になった時に、信憑性も増した。

 だから、自分だけが知っている訳ではない事なのだ。それを改めて聞く。それも本人が聞く意味がよく判らなかった。だが、次の言葉で真に訊きたかった事が判った。


「……君は我が主を、どう思うだろうか。人間界で伝わっているのは、魔物界でも然程変わらない。……君の見識を、訊きたい」


 主君である魔王スラル。
 基本的に魔王については人間界では秘匿であり、各国に伝わる伝承を追う以外では、AL教団しか把握はしていないが、ゾロは知っている。魔王スラルを知っている。

「……そうだな。3代目の魔王。現在が8代目。現在、全ての魔王を比べる事は勿論出来ない、が。歴代の魔王たちに比べ、最も力が落ちていると伝わっている」

 そう、ケッセルリンクにしてみれば不名誉極まりない伝わり方をしている。
 魔王の中で最弱の魔王と呼ばれているからだ。見た目もそうだが、その力も。
 彼女は人間から生まれた魔王で女だったから、と言われるかもしれないが……、同じく人間の魔王たちは何人もいる。初代と2代目以外はすべて人間の魔王だ。それらと見比べるとどうしても遅れをとってしまうのは、スラル以降の魔王に仕えてきたケッセルリンクだからこそ判る事だった。

 だから、何よりも許せなかった。彼女を侮辱するかの様な言い方が。そう――あの時(・・・)も怒りの感情が全面に出た。 そして……その後に、その後の彼の言葉に 全ての見方が変わったのだ。


「が、私の意見は逆だ」
「っ……」


 そう、あの時も同じだった。

「力では確かに劣っていたかもしれない。……が、私は、彼女が最弱などとは思わない。彼女は 歴代の誰よりも優しい魔王だ。狂暴な魔王の血に、抑えきれない破壊衝動の中で 優しくあろうとした。………自身を貫いた。……そう魔王の血に打ち勝った魔王とも言えるのだから、な。……ふ、叶うのであれば、一度会ってみたいものだ。少なくとも、今の魔の王より会ってみたいかも、な」


 同じだった。

 最初は不思議な気持ちだった。人間に主の事を褒められた。ただそれだけの事の筈なのに湧き上がる気持ちがあった。ただの人間が、あの方の名を口にするだけでおこがましいとさえ思った筈なのに、ケッセルリンクは 抑えきれない感情を全面に出し、あの時 初めて……人間に首を垂れたのだ。

 そして、今も同じ。


「……私は満足だ。重ね重ね、感謝する。……引き留めてすまなかった」
 

 ケッセルリンクが再び頭を上げた時には、そこには誰もいなかった。気配さえも完全に消えていた。


「……あれで、本当に恍けれていると思っているのでしょうか」
「シャロン……。ふっ そうだな」

 同じく、いつの間にか戻ってきていたシャロンがケッセルリンクの直ぐ横に控えていた。
 シャロンだけでなく、他の使徒たちも同じく。 

「う~ん。どんなプレイを楽しもうと、彼の勝手~ と言えばそうなんだけどさ。もうちょっと隠そうとする努力と言うか、何と言うか」
「だよなー。私らが判るんだから、あの子達なんか絶対判ってるだろうに」
「うん。……何か理由は当然あるとは思うけどー」
「……私の時も、見事に躱されてしまいました。違うと言われれば……仕様がないですよね。明確な証拠と言うものはありませんし」

 其々が似た様な感想を口にする。

「……皆。あまりはしゃぐのはその辺りにしなさい。ケッセルリンク様の前ですよ。申し訳ありません。ケッセルリンク様(…………ケッセルリンク様はきっと彼の事が……)」

 そっとケッセルリンクの表情を見た。
 この月明りが照らす夜空。ひときわ輝く月をじっと見つめているケッセルリンク。その御姿を拝見しただけでも見悶えそうになりかねなかった。

 ケッセルリンクは 軽く笑みを浮かべた。 問題ない、と言い聞かせる様に。


「……………」


 その後も ケッセルリンクは、ただただ 夜空を眺めていたのだった。
 
  
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