NARUTO日向ネジ短篇
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【紫陽花にいざなわれて】
前書き
ネジヒナ。
頬を伝う──何かが──
これは……涙?
わたし……泣いてるの?
違う、これって───
「………、雨……?」
目覚めるとそこは、紫陽花が所々に咲いている庭先だった。
雨が、しとしとと降り続いている。
湿った土の匂い……雨の匂い。
ぼんやりとした意識のまま、おもむろに横たえていた身体を起こす。
ここは、どこなんだろう。
空は鉛色で暗めだけれども、夜ではない事は分かっても時間がよく分からない。
多少着ている服は濡れているが、あまり寒くはなかった。生ぬるくて、空気がまとわりつくようにじめじめしている。
誰かの家の、庭なのかな……
どうしてこんな所に、倒れていたんだろう。
わたしはいったい、何をしていたのかな───
答えを求めるように、雨に濡れた青色の紫陽花に手を伸ばす。
「──⋯ヒナタ、様?」
不意に聞こえた呼び声に振り向く。
そこには、紺色の着物姿で背が高く……滑らかな長い髪をしているが、声は男の人だと分かる。
「俺の家の庭先で何を……それに何故、下忍当時の姿に──」
「ネジ兄、さん?」
何だかとても大人っぽく見えるけども、声からして従兄には違いない気がした。
「……ともかく、家の中に入って下さい。そのまま雨の外にいては、身体に良くない」
手を差し伸べられ、その手を取って立ち上がり、いざなわれるままに縁側から家の中に通される。
「まずは身体を拭いて下さい。それと……今のあなたには大きすぎるかもしれませんが、これに着替えて下さい。俺は台所で、温かい茶を淹れてくるので」
タオルと着替えを持って来てくれた従兄は、一旦ふすま向こうに消えた。
ヒナタはゆるゆると雨で濡れた頭と身体を拭いて、大きめの紺色の着物を身に包み、その自分のものではない何とも言えぬ香りに思わずうっとりして大きく息を吸い込んだ。
「──着替え終わりましたか?」
ふすま向こうから声がして、「はい」と答えると従兄のネジが盆の上に湯のみを載せて部屋に入ってくる。
「どうぞ」
「ありがとう、ございます……」
正座の姿勢で香りの良いお茶を差し出され、ヒナタはおずおずと受け取ってそれを静かに口にする。
温かく美味しいお茶が喉を通ったあと、ふう……っと自然と深いため息をもらす。──相変わらず外は、しとしとと雨が降り続いているようだった。
「それで……どういう事なのでしょうか」
目の前の従兄の表情は読み取れないが声音は至極落ち着いていて、ヒナタは少し緊張しながらも正直に答える。
「それが、わたしにもよく分からなくて……」
「ここに来る前に、何をしていたか覚えていますか?」
「その、よく覚えてないんです……ごめんなさい」
「謝らなくとも良いです。……どうやら何者かが変化しているわけでもなく、ヒナタ様自身が三年ほど前に戻ったわけでもなさそうですし」
「さ、三年前……?? そういえば、ネジ兄さん……何だかとても、大人っぽく見えます、ね…。今までも、十分……大人びてます、けど」
ヒナタは恥ずかしながらも、まじまじと従兄を見つめてしまう。
「今のあなたより、四つは離れているでしょうからね」
「そ、そうなんですか…??」
頭がよく追いつかない。──わたしとネジ兄さんは、一つしか離れていないはずなのに。
「──ところであなたは、中忍選抜三次試験の予選を終えているのですか?」
「中忍、試験……?」
心が不意に、ざわりとした。
「俺を見る眼が比較的落ち着いているので……そうなのではないかと思ったのですが、違いましたか」
「───⋯⋯」
ヒナタは思わず下向く。
(……そうだ、わたし確か、ネジ兄さんと闘うことになって……棄権しろって何度も言われたけどしなくて……敵わないと分かってても、ネジ兄さんに少しでも認めてもらいたくて……わたしを見てもらいたくて。
でも何でだろう……わたし、ネジ兄さんに酷い事を言ってしまった気がする……。自分勝手で、無神経な──)
『わたしなんかよりずっと……宗家と分家という運命の中で迷い苦しんでるのは、あなたの方──』
(わたし……何であんなこと……。ほんとは、ネジ兄さんによく見てもらえてて、うれしかったはずなのに。わたしは逆に、ネジ兄さんを気遣ったつもりで……でも)
「──わたし……わたし、ネジ兄さんに、謝らなきゃいけないと思って……。何も分かってないくせに、無神経なこと、言って……ネジ兄さんを、怒らせてしまって……」
「やはり、そうでしたか。その後のあなただったんですね」
従兄は一度目を閉ざし、小さくため息をつく。
ヒナタは声を詰まらせ、俯いたままはらはらと涙を零す。
「俺に謝る必要はないので……ヒナタ様、少し遅れてしまいましたが朝食でも食べますか?」
「え……?」
「今日俺は休日だったので、朝起きて縁側に出た時にあなたを見つけたんですよ。気配すら感じなかったので驚きましたが……あなたからは特に、敵意などは感じませんし、変化しているわけでもなさそうですから」
「い、いいんですか、ネジ兄さんの朝食にわたしが同席しても……?」
「あなたが嫌でなければ」
「嫌だなんて、そんな…! お言葉に、甘えさせて頂きます…!」
先程まで流していた涙が引いて、ヒナタは嬉しくなって頬を緩めた。
「フフ、漸く笑ってくれましたね」
「え?」
「いえ、何でも。……では、支度をしてきますので待っていて下さい」
「あ…わ、わたしもお手伝いして、いいです…か?」
立ち上がりかけて従兄は一瞬目を見開いたが、すぐに優しげな目元になって微笑を向ける。
「それでは、お願いします」
ネジは手際良くたすき掛けを済ませるが、ヒナタは自分よりサイズの大きい着物に着替えた為かもたもたしてしまい、そこをネジがさり気なく手助けしてくれる。
── 一緒に作った和食メインの朝食を食卓に並べ、互いに向き合って座り、頂きますと手を合わせる。
……黙々と上品に食す従兄を、ヒナタはちらちらとつい見てしまう。
先程一緒に並んで朝食を作った時、精悍な顔つきは元よりすらりとした背の高さと長く豊かで滑らかな髪、しなやかさの増した体つき、本当に自分の知っているネジ兄さんより三つくらい歳上なんだとヒナタは実感した。
でもいつの間に、三年も経ってしまったんだろう……それでいて自分は変わってないのに──
「──⋯どうしました、ヒナタ様。先程の朝食の支度も手が止まりがちでしたが……、具合でも悪いのでは」
「い、いえっ、何でもないです。大丈夫です…!」
従兄が食す手を止め、心配そうに見つめてきた為ヒナタは恥ずかしさを誤魔化すようにご飯を思い切り掻っ込んでしまう。
「ひ、ヒナタ様、そんなに急いで食べるのは──」
「っ! ごほごほっ」
口を押さえてむせたヒナタに、ネジは近寄って背中を優しくさする。
「大丈夫ですか、ヒナタ様」
「はっ、ご、ごめんなさ…けほけほっ」
少しして咳が落ち着いたので、差し出された水を飲んで一息つくヒナタ。
「す、すみません、急に咳き込んでしまって……」
「いえ、大した事はなくて良かったです」
ヒナタは先程従兄にさすられた背中が、熱を持ってこそばゆい感じがして恥ずかしかったが、もう少しさすってもらいたかったと思いながら鼓動が早まる。
「ネジ兄さん、おはようございます…!」
不意に声がした。玄関の方からのようだ。……ヒナタはもう一人の自分の声のような気がして落ち着かず、従兄は口元に人差し指を当てて静かにするよう促した。
(あなた方を逢わせるのは良くないかもしれないので、隠れていて下さい)
ヒナタは言われた通り奥の部屋へ隠れ、ネジは玄関先へ向かう。
……しかしやはりヒナタは気になって、白眼を発動しようとしてみたが何故か出来ず、仕方なしに出来るだけ気配を消して物陰からもう一人の自分かもしれない存在を盗み見ようと試みる。
「煮物、お裾分けに持って来ました。朝食は済ませたと思いますけど、お昼にでもどうぞ食べて下さい」
「雨の中わざわざすみません、ヒナタ様」
(や、やっぱり、もう一人の……歳上の、わたっ)
物陰からよく見ようと体を伸ばした結果、傾きすぎてドタッと派手な音を立ててしまう。
「え?…あの、もしかして、誰かいます?」
「──はい、どういうわけか、三年ほど前のあなたが」
「えっと…、私のことからかってます? ネジ兄さん」
「いえ。……何なら、逢ってみて下さい」
(え…?! さっきネジ兄さん、会わない方がいいって──)
ヒナタは焦って部屋の奥へ戻ろうとするが、もう一人の自分らしき声が呼び掛けてくる。
「ねぇ、姿を見せてくれないかな? 白眼で透視は出来るけど、何だか気が引けるし……」
「───」
ヒナタは意を決して、部屋の奥から玄関先へ向かうがその前に、もう一人のヒナタの方がネジの家の玄関から居間にやってきて驚きの声を上げる。
「わぁ、ほんとに髪の短い頃の私だ…! 一体どうしたの? どうやって三年くらい前から来ちゃったのかな??」
歳下の方のヒナタは目を見開いた。……少し歳上の自分というのは、背が伸びて髪も大分伸びている。着ているパーカーも今の自分とは違うようだ。
「どうやら逢わせても大丈夫のようですね。……三年程前のヒナタ様は、中忍試験で俺との予選試合を終えているそうです」
「そうなんだ…。じゃあ、ナルト君とネジ兄さんの本戦は……観戦したの?」
「え、ナルトくんとネジ兄さんの、本戦……?」
歳上の自分に言われて、ヒナタはおぼろげながらにその時を思い出す。
「そういえば、わたし……二人の本戦を観ていたはずだけど、途中で苦しくなってしまって……その後のこと、覚えてない……」
「そう、でしたか。……ならばやはり、俺のせいですね」
従兄の表情が憂いを帯びる。
「違います、ネジ兄さんのせいじゃない。私が自分勝手だっただけで──」
「あの後、どうなったんですか? ナルトくんと、ネジ兄さんは……」
歳下のヒナタが、三つ程歳上の二人に問い掛ける。
「それは……、あなた自身が元の時間軸に戻って、然るべき者から聴いて下さい」
「でもわたし、どうやって元の自分の場所に戻ればいいか……」
静かに諭すように言う従兄にヒナタは戸惑い、そんな過去の自分を見て歳上の方のヒナタは、ある事を問う。
「──ねぇ、あなたにとってネジ兄さんは……まだ、怖い?」
「怖い……とかじゃ、ないの。悪いのは……わたしだから。自分のせいでネジ兄さんのお父上が亡くなるきっかけを作ってしまったわたし自身が、怖かったの」
「うん……そうだよね」
「ネジ兄さんはわたしに、優しすぎると言ったけど……本当に優しいのはネジ兄さんの方だから。あの事件が起こる前までは、優しく接してくれていたのを今でもよく覚えてる……。修業の時は励ましてくれて、一緒にお昼寝したり一緒に遊んでくれたり、転んだ時は背負ってくれたりして──。それは、単にわたしが宗家だったからかもしれないけど、わたしにとってネジ兄さんは一つ年上のいとこの、強くて優しいお兄さんだから……」
「───⋯⋯」
ネジは無表情のまま、目を伏せ黙っている。
「じゃあ……、ネジ兄さんに抱きついてごらん」
「──え?」
「は……? 何を、言い出すんですヒナタ様」
ヒナタの唐突な発言に、歳下の方のヒナタと従兄は面食らう。
「私は何もおかしな事言ってるつもりはないよ、ネジ兄さん。……ね、そうしてもらってごらん、“私”」
ヒナタは従兄と歳下の自分自身に微笑を向ける。
「え、えっと、あの……っ」
「⋯⋯───」
従兄が黙ったまま眼を閉ざし畳の上に正座した為、歳下のヒナタはどぎまぎしてしまったが、歳上のヒナタが促すように頷くのを見て、おずおずと従兄に近寄り思い切って胸回りに抱きつき顔をうずめる。
「──どう? あったかいでしょう」
「──⋯うん、とっても……あったかい」
ネジに抱きついたヒナタは離すまいとするようにぎゅっと両腕に力を込め、そうされた方のネジは若干戸惑いつつも、優しく抱き返す。
(ネジ兄さんの、鼓動が伝わってくる……。トク、トク……優しい、音⋯──
そうだ……、ネジ兄さんと話したいことがいっぱいあるの……。今までずっと、言えてなかったこと……。だから、わたしはわたしに、戻らなきゃ───)
「⋯⋯──ぁ」
「私……、元の居場所に帰ったみたいだね」
ネジがふと気がつくと、腕の中に居たはずの過去のヒナタの姿は無かった。
外からは、静かな雨音だけが聞こえ続けている。
「紫陽花、今年も庭に綺麗に咲いたね。……梅雨が明けたら、今度は向日葵が咲き出すね」
「そう、ですね。……あの、ヒナタ様」
「──ネジ兄さん、二人きりの時は、敬語も様付けもやめにするって約束でしょう?」
「あぁ……そう、だった。──ヒナタは、以前にもこんな経験があったのか?」
「ふふ、どうだったかな……。そうかもしれないね」
いたずらっぽく笑むヒナタに、ネジはつられて微笑する。
「フ…、そうか」
「ネジ兄さん……」
ヒナタはおもむろに、甘えるようにネジの胸回りに抱きついて顔をうずめる。
「やっぱり……こうしてると、ネジ兄さんの鼓動が聴こえて、一番落ち着くよ」
「……そう、か」
座ったままの姿勢で、ヒナタの頭をネジは優しく撫ぜる。
庭の紫陽花を静かに濡らす雨は、まだまだ降り止みそうになかった。
《終》
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