英雄伝説~西風の絶剣~
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第47話 現在の状況
side:リィン
試合を終えた後、俺とラウラはグランアリーナ入り口前に立っていたフィーと合流した。
「あ、二人ともお疲れ様。残念だったね」
「無様な姿を見せてしまったな、恥ずかしい限りだよ」
「そんなことないよ、リィンもラウラも凄くかっこよかった」
「そなたにそう言って貰えるならなによりだ。本音を言えば勝ちたかったが今の自分ではまだ無理だ、いずれは勝たせてもらうつもりだがな」
ラウラはジンさんに再戦を挑む気マンマンのようで目を輝かせていた。
「おお二人とも。ここにいたのか」
「ジンさん?」
3人で話しているとそこにジンさんがやってきた。
「どうかしたんですか?」
「いや、お互いにいい勝負が出来たからこれを機に繋がりを作っておこうかと思ってな、お前たちとはまた戦ってみたいんだ」
「それは光栄です、あなたのような気高き武人とつながりが出来るとは嬉しく思います」
「ラウラと言ったか、俺もお前のような武人と出会えたことを嬉しく思うぞ」
ラウラとジンさんはガッチリと握手をかわして親交を深めていた。
「どうだ、これから酒場に行く予定なんだが良かったら一緒に来ないか?俺が代金を出そう」
「いいんですか?」、
「ああ、いい勝負をさせてもらえたお礼だ。いいだろう、リート?」
ジンさんが俺を見てリートと言ったので俺は驚いた。
「俺の変装に気が付いていたんですか?」
「最初はまさかなと思ったが戦っているうちに気が付いたよ。そもそもフィルも一緒にいるんだ、どうして女子の恰好をしているかは知らないが事情があるんだろう?」
「ええ、まあそのことは酒場で話しますよ」
それから俺たちはジンさんと一緒に酒場に行くことになった。
―――――――――
――――――
―――
「ふむ、なるほどな。まさかカイウスさんの知り合いだったとは思わなかったぞ」
王都グランセルにある酒場『サニーベル・イン』でジンさんにカシウスさんとの関係を話すと彼もカシウスさんの知り合いだったらしく驚いた表情を浮かべていた。
「ジン殿はカシウス殿と親交があるんですか?」
「ああ、昔カルバート共和国に来たカシウスさんに世話になったこともあってな。数年前には共に大きな仕事をしたこともある」
「大きな仕事?それって何?」
「すまんな、あまり人に話せることじゃないんだ」
ラウラがジンさんにカシウスさんとの関係を聞くと昔カルバート共和国でお世話になったことを知った、カシウスさんは本当に顔が広いんだな。その後にフィーがカシウスさんと一緒にした仕事について質問したがジンさんは話せないことなのですまないと頭を下げた。
(数年前……D∴G教団を壊滅させた作戦の事か?)
多くの遊撃士や各国に軍やクロスベルの警察も動いたあの事件、もしジンさんが言った仕事がそのことなら話せる内容ではないな。
「そっか、残念」
「ははは、すまんな。まあ俺としては八葉一刀流の使い手とアルゼイド流の使い手に同時に会えたことにも驚いているんだがな」
「ジンさんは八葉一刀流を知っているんですか?」
「ああ、俺の流派『泰斗流』も東方で生み出された武術だからな」
泰斗流……東方の神秘ともいわれる『氣』を自在に操ると言われる活人拳か、ユン老師も東方出身だからか修行の中で何回か聞いたことがある。
「ジンさんはユン老師やヴィクターさんとも知り合いなんですか?」
「いや、直接会ったことは無いが優れた武人と聞いていたからな。それぞれの流派の強さはお前たちを見ていたら納得できたよ、その若さでそれだけの実力を持っているのだからな」
「いえ、自分はまだ初伝でしかありません。まだまだ未熟者です」
「私もジン殿と戦い自分の弱さ、甘さを再確認しました」
「二人とも真面目なんだな、それだけ真剣に己と向き合えるのならいずれ大陸に名を馳せる戦士になるのも遠くない未来なのかも知れないな」
己と向き合うか……ジンさんはそう言ってくれたけど俺は自分自身に宿っているこの力に翻弄されている弱い奴だ、少なくともラウラは俺と違い迷いはない。
「あ、ジンさんみーけっ♪」
「エステルさん!?」
酒場に入ってきて俺たちに声をかけてきたのはエステルさんとヨシュアさんだった。
「あれ?貴方どうしてあたしの名前を知っているの?」
「リート、彼らは知り合いか?」
「やっほー、エステル、ヨシュア」
「貴方はさっきジンさんと試合をしていたコンビの……それになんでフィルがいるの?」
どうやらエステルさんは俺がリートだと分からないようだ。
「エステル、その人はリート君だよ」
「……えっ?」
「あはは、数日ぶりですね、エステルさん」
俺はウィッグを外してエステルさんにいつもの状態で挨拶をした。
「ふえ~っ!?どうしてリート君がここにいるの!?」
「まあいろいろ事情がありますが取りあえずそれは後で話しますよ。お二人はどうしてここへ?」
「あ、そうだった。あたしたちはジンさんに用事があってここに来たの」
「俺にか?」
静かにお酒を飲んでいたジンさんは自分の名前を呼ばれて反応した。
「あたしたちをジンさんのチームに入れてほしいの!」
「チームと言うと武術大会の事か?一体どうしてなんだ?」
「僕たちはどうしてもグランセル城に向かわなくてはならないんですが遊撃士協会の招待状を送っても駄目らしいんです、そんな時に武術大会の優勝チームはグランセル城の晩餐会に招待されるとデュナン侯爵が言っていたのを観客席から聞いていたんです」
どうやら二人はフィーとは違う場所で試合を見ていたらしい。二人が言うのは予選が終了した後にデュナン侯爵が話す機会が合ったのだがその話の中で優勝したチームを晩餐会に招待すると言っていたことだろう。
「あたしたち、どうしても女王陛下に会わなくちゃいけないの、だからお願い!」
「僕からもお願いします」
二人はジンさんに頭を下げてチームに入れてほしいと頼んだ。ジンさんは少しの間無言になり何かを考えていたが目を開けてエステルさんたちに話しかけた。
「分かった、事情は知らないが何か大事な使命を持っているようだな。君たちが果たすべき使命のため、喜んでチームに向かい入れよう」
「やった!ありがとう、ジンさん!」
エステルさんはピョンと嬉しそうに跳ねた。でも羨ましいな、俺も本選に出てみたかったけど負けてしまったからそれはかなわないんだよな。まあ仕方ないか、明日はエステルさん達の応援に集中することにしよう。
「しかしお前さんたちが入ってくれても3人か……あと一人いれば完璧なんだが流石にそれは望み過ぎか……」
「リート君は試合に出てたからあたしたちのチームに入れないのよね。あ、そうだ、フィルが入ってくれたらいいんじゃないの?」
「えっと……わたしはお父さんやユンお爺ちゃんに武器の使い方や戦い方をもらったことはあるけど実戦経験はそこまでないから多分役に立てないと思う」
「そっか。うーん、残念だわ」
フィーはエステルさんの誘いを断った。俺は八葉一刀流ということで誤魔化せるがフィーの戦闘スタイルは猟兵向きのものばかりだから遊撃手に見られたら怪しまれる可能性があるからだ。
「ふふふ……待っていたよ、この時を」
リュートの音色が聞こえ2階から誰かが降りてきた。
「やっぱりオリビエさんでしたか……」
「やあリート君、また会えたね」
オリビエさんは空いていた席に座り、俺たちの会話に混ざってきた。
「出たわね~、このスチャラカ演奏家」
「お久しぶりですね、オリビエさん。もしかして今の話を聞いていたんですか?」
「ふふふ……余すことなく聞かせてもらったよ」
「まったく、相変わらず神出鬼没な奴ね」
「なんだ、この兄さんはお前さんたちの知り合いか?」
エステルさんが呆れた様子でため息をついた、すると会話に入っていなかったジンさんがオリビエさんについて尋ねてきた。
「初めまして。僕はオリビエ・レンハイム。エレボニア帝国出身の演奏家さ」
「これはご丁寧にどうも。俺はジン・ヴァゼック、カルバート共和国出身の遊撃士で武術の道を志している。あんたはエステルたちとは知り合いなのか?」
「エステル君とヨシュア君、それにリート君とは前にある事件で知り合ってね、特にリート君とは一晩を共に過ごしたほどの只ならぬ関係なのさ」
「誤解を招くような言い方は止めてください、一緒の牢屋に入れられていただけです」
俺はジト目でオリビエさんを睨んで訂正した。
「牢屋に入れられた……?そなた、また何かに巻き込まれたのか?」
「もはや才能だね」
ラウラに苦笑されフィーに呆れられてしまった。そりゃ昔から何かしらの事件に巻き込まれたりはするが好きにそうしている訳じゃない。
「おや、君はリート君と一緒に予選に出ていた子だね。見事な大剣裁きだったよ」
「ありがとうございます、レンハイム殿。私はラウラ・S・アルゼイドと言います」
「アルゼイド……そうか、君は光の剣匠の娘さんだね」
「父を知っているのですか?」
「一度お会いしたことが合ってね。なるほど、彼に師事を受けたのならその若さでそれだけの強さを持っているのも頷けるよ」
「恐縮です」
へえ、オリビエさんはヴィクターさんに会った事があったのか。知らなかったな。
「……しかし、リート君も隅に置けないね」
「何がですか?」
「こんなに綺麗なガールフレンドがいるなら教えてほしかったよ」
「ガ、ガールフレンド!?」
オリビエさんの言葉にラウラが顔を赤くしてしまった。
「おや、違ったのかい?」
「リ、リートとはそういう関係ではなく……いや好きか嫌いかと言われれば好感の持てる男性なのは確かだがどちらかと言えば尊敬の意味が強くそういった事は……」
アタフタと慌てながら顔を真っ赤にしていたラウラは遂にパニックになってしまった。
「オリビエさん、ラウラはそう言う話は得意じゃないんです、ラウラをからかうのは止めてください」
「あはは、ごめんね。可愛い反応をするものだからついからかってしまったよ」
「全く、あなたは変わりようがないようですね。そんな事よりもさっきの話を聞いていたという事はオリビエさんはエステルさん達のチームに入りたいって事ですか?」
俺は強引に話の流れを変えてオリビエさんに質問した。
「勿論そのつもりさ、優勝者はあのグランセル城に招待されるんだろう?是非とも行ってみたかったのさ」
「貴方らしいですね……というかオリビエさん、ミュラーさんはどうしたんですか?確か逃がさないと言って連れていかれましたよね?」
「……てへ♪」
ああ、逃げ出したんだな。可哀想に、ミュラーさんも苦労しているなぁ……
「ミュラーさん?其の者はもしやミュラー・ヴァンダールでないか?」
「ああ、その人だ」
「レンハイム殿は凄い方と知り合いだったのですね、驚きました……」
ミュラーという名前を聞いたラウラは驚いていた。まあ帝国出身ならミュラーという名には反応するよね。
「ミュラー?それって誰なの?」
「ミュラー・ヴァンダール。エレボニア帝国の軍人で帝国に名高い剣術、ヴァンダール流の達人だよ。帝国で剣術や武道を嗜む人ならこの名前を知らない者はいないと言われているくらいなんだ」
「へ~、凄い人ね。でもオリビエの知り合いなんでしょう?」
「性格はオリビエさんとは真逆ですよ」
「……本当にすごい人なのね」
あの、エステルさん?もしかして帝国人は皆おかしい人ばかりだと思っていませんか?オリビエさんが特殊なだけで真面目な人も多いんですよ?ラウラなんか苦笑してるじゃないですか……
「まあとにかく、僕を君たちのチームに入れてくれないかい?」
「俺は良いと思うぞ、この兄さんは銃使いだからチームに入ればバランスが良くなる」
「うえっ!?ジンさんってオリビエと初めて出会ったのよね?なんで使う武器を知ってるの?」
「……これは驚いたな」
ジンさんとオリビエさんは初対面のはずだ、そのジンさんがオリビエさんの使う武器を言い当てたという事は服の下にあった膨らみや動き方、または視線の動きなどで判断したんだろう。
「やはり脇の下のふくらみや歩き方で分かってしまうのかな?」
「ああ、それと視線の動かし方だな、武術家や剣士などは動く対象のとらえ方が線だがあんたは相手の動きをポイントごとにとらえている。銃を使う人間特有の動きさ」
「何と、一目見ただけでそこまで分かるとは……流石は達人です」
俺やフィーも相手の服装や動きなどを見て相手の戦闘スタイルを予想することは何度もしてきた、ラウラもある程度は予想できるはずだ。だがジンさんのようにピタリと言い当てる事は出来ないから彼女は驚いているんだろう、俺やフィーもあそこまで正確には分からないからな。
「ひょえええ、プロだわ……」
「なるほど、確かに理屈ではそうなりますね」
「フム、今後は気を付けるとしよう。それで、僕は達人の目から見ても合格したと捉えてもいいのかな?」
「ああ、あんたなら問題なさそうだ。よろしく頼むぜ」
ジンさんがそういうなら大丈夫だろう、実際にオリビエさんは銃の腕に加えてアーツの使い方も非常に上手い、エステルさんやジンさんが前衛タイプだからバランスもいい。
「ええ~……あたしは正直納得いかないんだけど」
「まあまあ、エステルだって確実に優勝しないといけないことは分かっているだろう?オリビエさんは性格はアレだけど実力は確かじゃないか」
「……ヨシュア君もイジワルだね、でもそんな君もまた魅力的だ」
その後は全員で夕食を食べた後、まだ飲み足りないと残ったジンさんとオリビエさんを置いて俺たちはホテルに向かった。
―――――――――
――――――
―――
「ふ~、今日は色々あって疲れたな……」
予選だけとはいえ武術大会は疲れたな、まさか一回戦からジンさんのような達人と当たるとは思ってもいなかったけど結果的にはいい経験になったな。
「リィン、フィー。本当に良かったのか?私まで一緒の部屋を使わせてもらっても」
「ああ、問題ないよ。フロントの人には追加料金を払う事でOK貰ったし大丈夫だ」
まあ払うのはオリビエさんだがこのくらいの甲斐性は見せてもらわないとね。
「俺はこっちのベットを使うからフィーとラウラは二人で寝てくれ」
「別に3人でもいいんじゃないの?」
「2つのベットがあるのにそんなことしなくてもいいだろう?ラウラが顔を真っ赤にさせているからその辺にしておきなさい」
「はーい」
真顔で舌をペロッと出すフィーだがちょっとからかい癖が付いてきていないか?やっぱりオリビエさんの影響を受けてしまったのだろうか……心配だ。
「リィン、そろそろ時間じゃない?」
「そうか、もうそんな時間か」
俺は時計を見ると既に21時を回っていた、さっきフロントでエステルさんたちに話があると言ってこの時間帯にエステルさんたちが泊っている部屋を訪ねる約束をしていたからもう行かないとな。
「ラウラ、俺たちはちょっと出かけてくる、留守番を任せてもいいか?」
「……承知した、あまり遅くならないようにな」
「ありがとうな、それじゃ言ってくる」
ラウラは俺たちが自分には話せない事だと察したのか何も言わずに承諾してくれた。そんなラウラに感謝しながら俺とフィーはエステルさんたちが泊っている202室に向かった。
「……すいません、リートとフィルですがエステルさん、起きていますか?」
『あ、来てくれたのね。待っていて、今ドアを開けるから』
エステルさんはカギを開いて俺たちを出迎えてくれた。
「いらっしゃい、さあ中に入って」
「……お邪魔します」
「……」
俺たちは中に入る前に周りを警戒するが怪しい者はいなかった、一応警戒は解かないまま中に入りヨシュアさんに挨拶をした。
「ヨシュアさん、こんな夜遅くにすみません」
「気にしないで、僕たちも君たちと話をしたいと思っていたから」
「ありがとうございます」
俺とフィーは片方のベットに座り、もう片方のベットにエステルさんとヨシュアさんが座った。
「……誰かにつけられたりはしてなかった?」
「警戒はしましたがそういった気配は感じませんでした」
「そうか、あの黒装束たちが動かないか心配だったが今は大丈夫のようだ」
確かにそれは俺も考えた事だ。だが奴らは動いている気配がない、それどころか今まで隠れて行動していた黒装束が堂々と表に出てきているくらいだ。もしかしたらヨシュアさんたちなら何か知っているかもしれないが教えてもらえるだろうか?俺はカシウスさんの事を話すために二人の元を訪ねたができればその辺の話も聞いておきたいところだ。
「まずはこうして無事に再会できたことを嬉しく思います」
「僕たちもこうして会えて嬉しいよ、もしかしたらあの黒装束の手が君たちの所に行っているんじゃないかと思っていたからね」
「やはり、あの黒装束たちと何かあったんですか?」
「……リート君、フィル、君たちはルーアンで奴らと遭遇したんだよね?となると僕たちとつながりがある事も既に調べられているかもしれない。本来はいけない事だが敵が君たちを狙う可能性もある以上、大事な事を教えておきたい。ただ、絶対に口外はしないでくれ、例え信頼できる人物でもね」
「……分かりました」
俺とフィーはヨシュアさんの言葉に頷き彼の話を聞いた。その話の内容は信じがたい事ばかりだった、あのリシャール大佐が黒装束たちと繋がりがあったどころか情報部という王国軍の部隊だったなんて……
「……俺が予想していた以上の展開になっていますね。でもこれで最近の王国軍の急な動きの理由が何となく分かりましたよ」
モーガン将軍や他の名のある将校たちの逮捕、そして女王陛下の親衛隊の指名手配などはリシャール大佐が起こしたものだった。
「……エステル、ティータは無事なの?」
「ティータはラッセル博士と共にアガットが守ってくれているわ。安心して」
「そっか、よかった」
ずっと心配していた親友の安否が分かり、フィーは安堵した表情を浮かべた。俺はフィーの背中をポンッと軽く叩きよかったなと言うとフィーは嬉しそうにコクッと頷いた。
「でもあたしが驚いたのは父さんが態々手紙を送ってきた事なのよね」
「そこまで言う程なんですか?」
「そりゃねぇ……いっつもフラッといなくなったと思ったらいつの間にか帰ってきていたのがザラだもん」
エステルさんからすればカシウスさんが手紙を送ってきた事に驚きを感じているようだ。でも顔は凄く嬉しそうで内心はカシウスさんの安否が分かり嬉しいんだろう。
「しかしリシャール大佐が黒装束たちを率いていたとすると今までの事件に関係しているのは間違いなさそうですね」
「そうだね、表向きは正義の軍人を演じていたけど実際はとんでもない人物だったんだ。正直驚きを隠せなかったよ」
ボースで起きた空賊による定期船誘拐事件、ルーアンでの孤児院放火事件、そしてツァイスのラッセル博士誘拐事件……このすべての事件に黒装束たちが絡んでいた。その上司であるリシャール大佐も関わっていたということだ。
初めて会った時は遊撃士に期待しているなどと言っておいて内心ではほくそ笑んでいたという訳か、狡猾な男だ。
「でもリシャール大佐は一体何をしたくてあんな事件を起こしたのかしら?」
「自作自演の事件を解決することで民衆の支持を得たかったんじゃないの?実際今凄い人気だし」
エステルさんの疑問にフィーが答えた。
確かにそれはあり得そうだ、リベール通信によれば空賊事件やルーアンの市長の逮捕などは彼の手柄になっていた。ラッセル博士の誘拐については親衛隊のせいにすることで彼らを失墜させたしこれも目的の一つだったんだろう。
「何を企んでいるのかは正直、今の段階では分かりません。でも今まで隠密行動を取ってきた情報部が表舞台に堂々と出てきたという事はもうコソコソとする必要がなくなったんじゃないでしょうか?」
「つまり、あいつらはもう既に何らかの計画を開始する準備が出来たという事なのかしら?」
「恐らくは……」
親衛隊にモーガン将軍などの捕らえられた将校たちはリシャール大佐の企みには邪魔なんだろう。だから逮捕したりテロリストとして罪を擦り付けたんだろう。
「もしかして武術大会に出ているのもあたしたちの目的がバレたからなのかしら?」
「流石にそれはないと思います。デュナン侯爵がグランセル城に招待すると言ったのは予選が終わってからですし他に目的があるのかもしれません」
「もしくはデュナンっていう奴を既に仲間に入れていて、エステルたちを誘い込むためにああ言わせたとか?」
「確かにあの人ならリシャール大佐に上手い事言いくるめられているかもしれないね、まあそんなことを言い出したらキリがないんだけど」
エステルさんは自分たちがアリシア女王陛下に会おうとしているのがバレたのではないか、と言ったがその可能性は低いだろう。もしそれを情報部が知ったのならどんな手を使ってでも止めようとするだろう。
すると今度はフィーがデュナン侯爵がリシャール大佐たちの仲間なんじゃないかと発言した。確かにあの人見た感じ能天気そうだったしその可能性もありそうだ。エステルさんたちは既に何回も黒装束と戦っているため危険人物とマークされていてもおかしくないしな。
「まあ例え罠だとしても武術大会を勝ち抜く以外に女王陛下に会える方法はないんだから勝つしかないわよね」
「でもあの黒装束たちを率いていたリーダー格の男がいる以上厳しい戦いになりそうです」
「フィルはルーアンでそいつと出会った事があるのよね、どんな感じだったの?」
「……凄く強かった、エステルに分かりやすく説明するとカシウスと戦ったような気分になった」
「それって相当強いじゃない!?」
気合を入れるエステルさんだが、フィーからカシウスさん並と聞いたエステルさんは驚いていた。
「そっか、だとしたらかなりの激戦になりそうね」
「エステル、黒装束たちを気にするのも大事だけど他のチームに事も頭に入れておかないと駄目だよ。まだどのチームと対戦するのか分からないんだから」
「確かにそうね、他のチームと言えばカルナさんや他の遊撃士たちが集まっていたチームがあったわ。あの人たちにはこのことを話さなくてもいいのかしら?」
「そうだね、万が一僕たちが負けてしまった時の為に保険として話をしておくのがいいかもしれないね。今ならギルドにいるかもしれないし行ってみようか?」
「味方は一人でも多い方がいいし早速行きましょう」
「それなら俺たちはこの辺で戻りますね」
エステルさんたちはカルナさんやグラッツさんたちに会いに行くためにこの町のギルドに向かうようなので、俺とフィーは部屋に戻る事にした。
「リート君、君たちも黒装束やリシャール大佐には気を付けておいてくれ」
「了解です、ヨシュアさん。エステルさんも明日の試合頑張ってください。俺、応援していますから」
「勿論!やるからには優勝を目指すわ!」
「エステル、ヨシュア、頑張れ」
俺たちは202号室を後にして自分の部屋に戻った。
「ラウラ、ただいま……って寝ていたのか」
既に22時を回っていたからか、ラウラは既に眠っていた。
「さて、明日も早いし俺たちも寝てしまうか」
「……ねえ、リィン。リィンはリシャール大佐が何を企んでいるか予想できる?」
寝ようと思ってベットに横になるとフィーがリシャール大佐の目的について聞いてきた。
「……完全に憶測だがリシャール大佐はクーデターを狙っているのかもしれない」
「どうしてそう思ったの?」
「リシャール大佐は黒装束を使って様々な事件を起こしてそれを解決してきた、さっきフィーが言ったように民衆からの指示は絶大なものになっている。
次に彼は邪魔な将校や親衛隊を排除して自分の都合の良い者たちを昇格させている、更にアリシア女王陛下が姿を見せないってリベール通信に書いていただろう?もしかしたらリシャール大佐が女王陛下を監禁しているのかもしれない」
エステルさんから聞いた話ではデュナン侯爵は次期国王になろうとしているらしい、そんな彼をリシャール大佐が丸め込んでいる可能性も十分にあり得る。彼を国王にして裏から操る気なのかも知れない。
「しかも一番の障害になるであろうカシウスさんは、現在エレボニア帝国に行っていてこの国にはいない。そして黒装束が起こした最近の事件や軍の動きを見るからに、リシャール大佐はカシウスさんの不在を狙っていて今回チャンスが来たから行動に移し出したんだろう」
「じゃああの黒いオーブメントは何の為に用意したの?」
「あれは導力を打ち消してしまう力を持っている。今の時代、導力を使わない技術なんて無いくらいに広まっている、そこに導力を打ち消してしまう道具が出てくれば驚異以外の何でもない。クーデターを起こすときに反抗する者たちの導力武器やアーツなどを使えなくしてしまえば制圧するのはたやすいからその為に用意したんじゃないか?まあ憶測にすぎないけどね」
そうなると匿名でカシウスさんに黒いオーブメントを送ろうとした人物が気になるが、今そんなことを気にしても答えは出ないだろう。
「……なんかすごい状況になってきたね」
「ああ、今まで多くの戦場を駆け巡ってきたが今回の事件はそれらに匹敵するほどの大事になりそうだな」
「それで、もし本当にクーデターが起きちゃったらわたしたちはどうする?騒ぎの混乱に乗じて逃げちゃう?どの道そうなったらカシウスが返ってきても西風には戻れなくなりそうだし」
フィーはジッと俺を見つめながら逃げるかと提案してきた。俺がこの国に残ったのはフィーを探すためだ、目的が達成できたのでもうこの国に残る必要はない。
もしクーデターが起こったとすればこっそり逃げ出してもバレにくいだろう。
(だがクーデターが起これば争いになる、そうなれば死者が出るかもしれない……つまりお世話になったエステルさんやヨシュアさん、シェラザードさんやアイナさん、メイベルさんにリラさん、フィーがお世話になった孤児院の皆……沢山の人が危機に陥るかも知れない)
クーデターが実際に起きれば当然反抗する者たちは現れる。その争いに巻き込まれて命を落とすのは何時だって力ない民衆ばかりだ。俺の知り合った人たちだって例外じゃない。
「……フィーはどうしたい?」
「……わたしは残りたい。クローゼや孤児院の皆、それにティータが危ない目に合うかも知れないのに自分だけ逃げるのは嫌」
残りたい……フィーならやっぱりそう言うよな。さっき逃げると聞いたのも俺の気持ちを聞いておきたかったんだろう、もし俺が逃げると言えば彼女は自分の気持ちを押し殺して従うに決まっている。
「フィー、俺たちは猟兵だ。それがバレれば今まで親しくしてくれた人たちに敵意を向けられるかもしれないんだぞ?ましてやクーデターなんて何が起こるか分からない、最悪あの黒装束たちと命を奪いあうことになるかも知れない。フィーを傷つけた金と黒の剣を持った男とも戦う事になるかもしれないんだぞ?」
フィーが前に戦い負傷させられた黒装束たちのリーダー、こいつは間違いなく出てくるだろう。実際に出会ったことは無いが危機察知能力に優れたフィーが団長や光の剣匠並の実力者と感じたほどだ、恐らくその通りなんだろう。
そんな人物とやりあうのはハッキリ言ってゴメンだ、フィーを傷付けたのは憎いが自分よりも格上の奴に個人的な復讐の為の戦いを挑んで死ぬなんてバカげている。猟兵は生き残る事も考えなければならない。
「それでもフィーはこの国に残ると言うのか?」
「……例え死ぬことになってもわたしは後悔する選択だけはしたくない」
フィーは俺を真っ直ぐに見つめてコクンと頷いた。
「たとえ死ぬことになっても……か。猟兵としては最低の答えだな」
「……」
「でも俺はそんな最低の答えが人一倍好きだからな、二人そろって猟兵には向いてないって改めて思うよ」
「それじゃあ……!?」
「俺も同じ気持ちだ。皆が危険な目に合うかも知れないのに逃げたりしたら一生後悔する、だったら行動したほうが100倍マシだ。まあその後はその時に考えよう」
「リィン……ありがとう」
団長から受けた恩は必ず返せ、と小さいころから言われてきた。お世話になった人たちの国が危機にさらされそうになっているのなら俺は恩返しの為に戦おう。それに……
「……?どうかしたの、わたしの顔をジッと見たりして?」
「何でもないさ」
この子の笑顔を守れるのなら俺は何でもやってやる……そう思いながらニコッと笑うフィーの頭を撫でた。
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