ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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Alicization
~終わりと始まりの前奏~
夜鳴
エジプト。
カイロから150キロの地点にあるサハラの一角。砂と礫と岩が景色の全てを占めるその只中に、剣呑なフェンスが囲う独立地帯があった。
入れば殺すというドストレートなラブコールを通り抜けた先には、数十メートル単位の丘といいたくなるような大岩と、直角以上に落ちる渓谷のような地形に守られ、衛星からも容易に見つけられない場所にひっそりと建つ建造物があった。
薄暗い闇がわだかまる研究所。もはや破棄された書類上にのみ記されていた建物の名は《トート=ヘルメス》。
テレビ局などと同じく、占拠されないよう複雑に織り込まれた内部構造の中、それでもなお一際だだっ広い部屋の真ん中には、ひどく不似合いなものが居座っていた。
トレーラーハウスだ。
それも定年後のおしゃれみたいな要素が欠片もない、どちらかと言えばコンテナと呼びたくなるような無骨で限りなく無機的なそれだ。
それが科学の粋を吐き出していた空間の真っただ中にあると言う図は、なかなか違和感に尽きないところがある。
その扉が唐突に雑な感じで蹴り開けられた。
「うだー全体的にだるい、めんどくせー」
厭世的というよりは、ただ単に面倒くさがりなだけな気がするセリフをのっけから放ったのは、少年の面影を残す男だった。無造作に伸ばされた無精ヒゲをきちんと管理すればティーンエイジャーで通ってもおかしくないだろう。
中肉中背、マッチョにもガリガリにも見えない、要するに平々凡々な身体を包むのは使いどころのよく分からない真っ黒な白衣という出で立ち。
変人とも奇人とも、もしくはもっと真正直に怪人という第一印象すら選択肢に入ってくるような小大日方相馬だったが、幸か不幸かその場に彼を観測するような有機生命体はいない。
そう、有機物は。
好き勝手な方向に伸び切ったボサボサの髪を乱雑に掻く男の傍らに、小型のスピーカーフォンがちんまり居座り、そこから無機質な声がかけられた。
『パンツ一丁ならまだ分かるけどー、全裸に白衣ってのはアレだよにゃー。日本人くんが大好きってウワサの裸ワイシャツの派生形?』
「少なくとも野郎の裸ワイシャツに興奮するほどトチ狂ってはねぇよ」
とはいえ、たぶん、という曖昧な締めになってしまうのが、今のあの国の文化なのだが。江戸時代からタコの触手に興奮してきたような変態民族だ。なんでもありっちゃなんでもありである。
「てか、カメラは切っといたはずなンだがな。手癖悪ぃな」
『甘く見るなよーハニー♪住所の特定からピッキングまで幅広く取り扱うのが恋する乙女ってヤツなんだZE☆』
「とっとと捕まれストーカー野郎」
気だるげに突っ込む相馬はこれ以上の問答は無駄だと早々に割り切り、トレーラーハウスの中から持ち出してきた簡易のコーヒーメーカーを、埃でうっすらコーティングされたデスクの上に置く。
ぶびー、という気の抜けるような音をBGMとして聞き流しながら、相馬は別の端末を手に取った。
「……ふーん、EU諸国に点々と置いておいた研究所はあらかた使えなくなったか。まぁ、今の情勢ならそらそーだわな」
『東西冷戦なんてメじゃない勢いだにぇー。バルカン半島も真っ青の勢いで火花散らし合ってる』
「だが、四方八方仮想敵としてるんじゃドイツの二の舞だ。遠からず二極化するだろうな」
黄金を生むガチョウを自国の利益のために保護するか、それとも均衡を思って排斥するか。
どちらにせよ腹黒い謀略があるが、それ以前に四面楚歌は子供でも分かるバカのすることだ。リスクヘッジとしてある程度のまとまりは出てくるだろう。
相馬はサーバーからカップに注いだインスタントなコーヒーを不味そうに啜る。
「擁護派の中心はフランス。……まぁ、指向性音響兵器に相当小躍りしてたからな。それにオーストラリアなどのオセアニア、中東諸国、アフリカの一部小国も含まれる、と」
『排斥派は多いねー。イギリスが音頭とって、ロシアが名乗り上げたのがデカいのかにゃ。恨まれてるねーアナタは』
にゃーにゃーほざくバカはガン無視することにして、相馬は端末の報告書をスクロールしていく。
辛酸を嘗めさせられたノルウェーは言わずもがな。アメリカは直近のキューバが擁護派のために慎重な立ち位置を強いられているようだ。中国は利益優先のどっちつかずのコウモリになる見通し。そしてアジア圏はそんな中国の出方を窺うように座視する姿勢らしい。
「だいたい予想通りか」
『ノルウェーがロシア巻き込んで相当キてるよー?安保理もマトモに機能してないだろうし、こんな状況で《本体》を解凍するのはいかがなモンかねーと思ってみるよん』
「こういう時だからだよ。ノルウェーの一件で代替身体を殺しても何の痛手にもならないと世界も分かってる。交渉や駆け引きで最大の武器は真実だ。代替身体じゃない、混じりっけないオリジナルの俺を今盤上に出しただけで、否が応でも動くしかなくなるんだよ。俺を巡って世界が二極化する現状は予想通りの想定通りではあっても、理想通りじゃない。国同士でいがみ合って、それでも互いに最後の一線を律儀に守って緊張のという名の硬直状態な現状は、まったくもって不都合だ」
小日向相馬は自然に笑う。
冷酷でも酷薄でもなく、ただ朗らかに笑う。無知なる愚笑ではなく、全てを見通す智笑を貼り付ける。
「もうすぐだ。もうすぐ、《アカシック・レコード》も《Gコード》も《ソノブイ》も《ダミー・レコード》も――――全部全部全部、繋がる」
『あんまりエキサイトすンなよなー。まぁ気持ちは分かるけどさー。ちょろっとはこっちの言葉を聞いちゃくれんかねアドナイ?』
気持ち悪い単語が聞こえてきて、相馬は本気で顔をしかめてカメラの透明な瞳を一瞥した。
「聖書は嫌いなんだが」
『おやどうして?信じる者は救われるとかサイコーにサイコじゃない?』
「硫黄の雨で街を滅ぼして、イナゴや疫病を流行らせるような得体のしれない脅威に向かって首を差し出せという行為のことか?」
答えは爆笑。
けたけた笑う電話口の先は、自分と同じく救いようがないレベルの無神論者のようだった。
まぁ宗教の穴を指摘するほど不毛なこともない。男は意識を切り替えて、声の主に先を促す。
「それでなんだ?」
『調査してた中東サーバについての報告だよん♪やっぱり、なんかのファイルが流出したってのはホントみたい。どーもデータ移送中を狙われたみたいだネ、責任者のおっちゃんは脂がクドい感じの肉塊にしといたけど――――あ、写真見るぅ??』
「第四世代の量子暗号鍵だったはずだが……。何番台だ?」
完璧に無視して先へ進む。
『ムムー。ま、そンなトコもい☆け☆ず。あれ?わ・た・し、だったっけ?』
いちいち取り合わず、相馬は無言でコーヒーを啜る。この手のタイプは放し飼いのほうがいい仕事をする。
ぶーたれていた声の主は渋々なのを隠しもせずに続きを口にした。
『アイソセフィPThD93 93/93』
「……ッ。アルカイック・レポートか」
カップを持つ手が小さく震える。
すぐさまカメラの角度を計算し、枠の中に入っていないことを確認すると相馬は小さく息を吐いた。
『どーすんのかにゃ?』
「……どうもしない。放っておけ。秒単位で自己進化するような最新の量子暗号をブチ抜くような相手とイタチごっこしてても時間の無駄だ。だがまったくの無視という訳でもない。これ以上好き勝手にぶっこ抜かれないよう、データ移送はアナログに。手法と警備を引き上げて、相手さんを振り回せ」
『りょーかい。んじゃ本題』
「今のが本題じゃねぇんかい」
『招待状』
電話口の声は相馬の言を振り切り、端的にそう言い切った。
『《弟クン》にちゃんと送ったけどさー、いいんですかァ?ホントーに~?』
「……何が言いたい」
目線を頑なに端末に固定した相馬はおざなりな口調で言葉を紡ぐ。
だが、それに対しての返答は、これまでのふざけた色とは少しだけ異なっていたような気がした。
『本当に?』
「………………………」
少しだけ空気の変わった声は、その先を言う前に一拍を置いた。
何かを待っているような間だった。
『……覚悟はあるの?』
「は」
嘲るような吐き捨てがあった。
だがそれに反し、男の顔には何の感情も浮上していない。極めてフラットな、止まった心電図のような地平線だった。
そして男はこう言った。
「そこら辺はどうでもいいよ」
『………………………』
「第三次大戦が起きてもどうでもいいよ。俺の創った兵器が誰かを殺してもどうでもいいよ。人類が滅んでもどうでもいいよ。地割れで都市が丸ごと消えてもどうでもいいよ。空が落っこちてきてもどうでもいいよ。世界が五分前に作られていようがどうでもいいよ。実は文明が全部宇宙人によって作られててもどうでもいいよ。それが丸っと全部、お前のせいだって言われても――――どうでもいい」
ぞぅ、と。
少年にも青年にも見える男の背が、緩やかにねじくれていく。
画像を少しずつ変化させるクイズがあるが、それとも似たようなもの。一見したら全く何も変わっていないように見えるにもかかわらず、クイズの司会者はどこかが変化していると言い張っているような疎外感。
「この世界なんてどうでもいい。だから覚悟もクソもない」
『……嘘つき』
小さく、毒づくように放たれたその囁きに、怪物はようやく表情を思い出したかのように口元を微かに歪めた。
空になったカップを卓上に置き、男は立ち上がって大きく伸びをする。
「――――これからやることに、世界はどう名付けるんだろうな。あるいは歴史の表に出ることなく揉み潰されるかもしれないが」
だがいずれにしても楽しみだ、と黒衣の男は言う。
それに対し、端末の先は何も言わない。言っても無駄だと分かっているから。言ってもこの怪物は止まれないと知っているから。
小日向相馬は言う。
「さぁ凱旋だ。巣穴に引きこもって外を覗くしかできないチキン野郎のケツをブッ叩いてやろう」
勝利の果てに何を喪うか。
敗北の果てに何を獲るか。
個人の
個人による
個人のための戦争を始めよう。
汝の欲することを、為すために。
世界とは鏡のようなもの。それを変えるにはあなたを変えるしかない。
――――エドワード・アレグザンダー・クロウリー
後書き
なべさん「はい始まりました、そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「そーいや前回、表紙絵更新したって言うの忘れてたな」
なべさん「そういやそうだった」
レン「最新話にダイレクトに飛ぶ機能があるから、下手したら見てない人もいるかもな」
なべさん「えー、今更ですが表紙絵更新しましたー。目次に飛んでもらったら見れますのでシクヨロでーす」
レン「表紙絵も三代目か。……前回更新したのはいつだっけ?」
なべさん「確かGGOに入った時だから……うわ、2015年だってよ」
レン「実に四年弱振りか」
なべさん「初代表紙絵が、確かALO編の途中くらいからだったから、思えば表紙絵の歴史も割とあるねぇ」
レン「まぁ、そんだけあっても完結にはまだまだだけどな」
なべさん「頑張ります……。はい、自作キャラ、感想を待ってま~す」
レン「……で、裏表紙のあのキャラ、誰だよ?」
なべさん「ん~ふふふ、ナイショ♪」
――To be continued――
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