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父と花火

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第五章

「御前もそうしろ、結婚して子供が出来たらな」
「その子供にっていうのね」
「御前の祖父さんは最悪の野郎だったと言え、いいな」
「もうすぐ死ぬのに減らず口言うなんて」
「死ぬ間際まで言ってやる、御前もだ」
 妻の弓香にも言うのだった、死相がはっきり出ているがそれでも言葉ははっきりと出していた。
「俺が死んだら俺の悪口を盛大に言え」
「そうしろっていうのね」
「御前を散々殴って浮気した奴だからな」
 それでというのだ。
「そう言え、俺が死んだらな」
「それでいいの」
「いいさ、最後の最後まで花火を好きなだけ見たしな」
「満足しているから」
「何を言われてもいいさ」
 死んでからはとだ、こう言ってだった。
 元太郎はこの世を去った、生前の好き勝手からは想像も出来ない位に穏やかな死に顔で。
 遥は無事に大学を卒業し就職して母を養い暫く二人で暮らした、就職して四年で会社で知り合った青年と結ばれ今度は彼と三人でそしてそれから一年程で男の子を産んで四人で暮らす様になった。その息子をはじめて花火大会に連れて行った時にだ。
 弓香がふとだ、花火を見ながらこんなことを言った。
「お父さんが好きだったわね」
「そうね」
 息子の手を持っている遥は母のその言葉に頷いた、二人共浴衣姿で遥の夫も共にいる。
「いつも夏になると見ていたわよね」
「私達を連れてね」
「そうだったわね」
「お祖父ちゃんってどんな人だったの?」
 遥に手をつながれている息子が彼女に聞いてきた、夜の空に咲く大輪達をうっとりとした目で見ながら。
「一体」
「花火が大好きだった人よ」
 遥は息子に笑って答えた。
「とてもね」
「そうだったんだ」
「ええ、今皆で見ている様な花火をね」
「大好きだったんだ」
「そう、お母さん達をいつも連れて来て一緒に見ていたのよ」
「ふうん、いいお祖父ちゃんだったのかな」
 息子は自分が知らない祖父のことをその行為から幼い心で思った、一緒に連れて見ているつまり独り占めしないということからだ。
「そうだったのかな」
「ええ、そうよ」
「いいお祖父ちゃんだったのよ」
 遥だけでなく弓香も言った、自分達の息子であり孫であるその子に。
「色々あったけれどね」
「いい人だったのよ」
「そうだったんだね、僕のお祖父ちゃんはいい人だったんだね」
「そうだったのよ、花火が好きなね」
 遥は我が子ににこりと笑って話した、そして彼女の今の家族達と共に花火を見た。父が自分達と共に見ていたその花火を。


父と花火   完


                 2018・1・14 
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