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リング

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24部分:エリザベートの記憶その二


エリザベートの記憶その二

「何故突如として反乱を起こしたのだろう。それまでは帝国の重鎮として位人臣を極めていたというのに」
 クリングゾルは宇宙軍総司令官、そして元帥の位にあった。皇帝の覚えもめでたく王の今の言葉通り他に羨むものなぞない筈であった。それが何故。
「野心を抱いたのでしょう」
「野心」
「はい。人とは時として己の分以上のものを望みます。ニーベルングもまたそうなのでしょう」
「そうなのか」
「私は今はそう考えますが」
 妥当な見方である。おおむねそう考えるであろう。だがそれは違っていた。タンホイザーはそれを後になって知ることになるのだ。多くの時と犠牲を払って。
「野心か」
「王も御気を着けて下さい」
 彼は述べた。
「己を御知りになられることです。さもなければ」
「身の破滅に繋がるというわけだな」
「はい」
 それで話は終わった。タンホイザーは夕食を終えると王と別れ自身の屋敷に戻った。豪勢なオフターディンゲン家の屋敷であった。
 車でそこに入る。それから広大な庭を過ぎてようやく屋敷の門の前に達する。そして家に入った。
「お帰りなさいませ」
 従者や召使達が彼を出迎える。皆代々彼に仕えている者達であった。
「旦那様」
 彼等を代表して年老いた執事が前に出て来た。
「御夜食は」
「今日はいい」
 彼はそれを断った。
「今しがた陛下の御夕食に相伴させて頂いたからな」
「左様ですか」
「うむ。ところで風呂はあるか」
「はい」
 執事は答えた。
「何時でも入られますが」
「では入るとしよう。そしてヴェーヌスに伝えてくれ」
「何と」
「部屋で待っていてくれと。よいな」
「畏まりました」
 こうして彼はまず風呂に入った。そこで身体を清めてからある部屋に向かった。
 そこは彼の私室であった。広いが意外と質素な部屋であった。装飾はこれといってなく落ち着いた造りとなっていた。そこに一人の女性が座っていた。
「ヴェーヌス、只今」
 彼はその女性の姿を認めて声をかけてきた。
「おかえりなさいませ」
 見れば黒い髪を後ろに綺麗に伸ばしたあどけない顔立ちの女性であった。小柄で顔立ちも幼い感じである。その為実際の年齢よりも若く見えた。だが何処か妖しい感じが漂っている。清純さの中に妖しさがある、それが不思議であった。
 黒い目はまるで翡翠である。その目はタンホイザーから離れてはいなかった。
「今日もお疲れ様でした」
「いや、大したことはない」
 タンホイザーは緩やかな服に身を包む妻に対して優しい声をかけた。
「どんな激務でも私にはどうということはない」
「そうなのですか」
「そうだ、君がここにいてくれるからな」
 その声はさらに優しいものになった。
「だから私は大丈夫だ。いいね」
「はい」
「今日はもう休もう。そしてまた明日だ」
「わかりました。それでは」
「うん」
 二人は暫くそのまま部屋で休んで話をしていた。この時のタンホイザーの顔は普段とはうって変わって穏やかなものであった。彼はその一時を心から楽しんでいた。
 
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