魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~
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第24話『暁のティッタ~勇者が示すライトノベル』
前書き
ずいぶんと日があいてしまいましたが、一読して頂ければ幸いです。
「勝負ありですね」
「俺の……負け」
勝ち誇るわけでもなく、なお変わらぬ笑顔のままノアが静かに告げる。
勝負の直前、獅子王凱は大きな事実を見逃していた。
ノアを殺さずして倒す凱の刃と、凱をアリファールごと『断絶』たらしめんとするノアの刃とでは、剣輝のキレに明確な差が出る。
それこそ、凱がノアに勝つことができない決定的な隔たりだった。
漠然と、信じられないものを前にしたように、凱は『欠けた』方のアリファールの刃を見つめている。
己が墓標の如き地面に突き刺さる、アリファールの先端を。
「……あれ?」
だが――この真剣勝負はノアの完全勝利、とは言い難かった。
彼の持つ神剣ヴェロニカは、刀身にとって脊椎ともいうべき『芯鉄』にまで至るヒビが走り、激しい刃こぼれを起こしていた。
それでも、戦えない……ことはない。
シーグフリードの『炎の神剣エヴァドニ』も、ノアの持つ『鎧の神剣ヴェロニカ』も自己修復能力を持つ。
修復期間を除けば、この程度の破損は何の足かせにもならない。
だが、ノア自身も継戦能力の一部を失ったのは否定できない。
「これではしばらくヴェロニカで戦うのは無理ですね」
まるで遊び飽きたといわんばかりに、ノアは鎧の神剣ヴェロニカを鞘に納めると、未だ茫然と立ち尽くす凱を横目に、その場を立ち去ろうとする。
「ガイさん、次に会うときはちゃんとアリファールを修復しておいてくださいね。今日はこれで失礼しますけど、あなたもそろそろ自分を振り返るときじゃないですか?」
「…………余計なお世話だ」
折れたアリファールは、まるで一つの残酷な事実を突きつけているようでさえあった。
銀閃の刃面に映る、凱の愕然としたその表情。
――王の冠角を捨ておいて、勇者の仮面を被ったままでは、この先フェリックスはおろか、その部下であるノアでさえ勝てない――
まるで己のすべてを否定されたような気持になりながら、凱は折れた銀閃の長剣を鞘に納めた。
折れたのは竜具だけではない。むしろ、へし折れたのは竜具の翼と凱自身の心であった。
――――◇―――◆―――◇―――
「……アリファール、折れてしまったね」
「フィーネか」
打ちひしがれる凱にこんな言葉しかかけられないフィーネ。
片目黒髪の彼女もまた、沈んだ己の表情をアリファールに映す。
「でも、銀の逆星軍をアルサスから追い払えたんだから、結果的には良かったんじゃないか?」
うって変わって、現実主義の傭兵たるフィーネには珍しく、明るい口調でいいのけてみた。
しかし、どこか不器用な空気感は否めない。
それでも、アリファールをへし折られたショックで沈んでいる今の凱には、そのような気遣いが嬉しかった。
「ありがとう」
例え、つたない励まし方であろうとも――。
言葉をかけてくれたフィーネに、礼を言いたい凱であった。
【アルサス・深夜・中央都市セレスタの中心部】
「……テナルディエは本当にアルサスから撤退したのか?」
「あの引き際から見て間違いないだろうな。少なくとも罠ではない」
冷たい夜風の吹きぬけるセレスタ。撤退情報に対して半信半疑の凱は、冷徹な戦略眼の持ち主であるシーグフリードに意見を求めた。
銀閃の勇者――すなわち凱にアルサスを踏み込まれた時点で、もはやこの領地に戦略拠点としての価値はなくなった。
だからこそ、思わせぶりな罠を仕掛ける意味もないし、そこまでしてまでの軍費用対効果も薄い。
ともかく――
フェリックス=アーロン=テナルディエの撤退、そしてその部下であるノア=カートライトへの事実上の敗北。
二つの衝撃に叩きのめされた凱達は、幾間をおいてようやくティグルの屋敷前を出て、テナルディエの残党の有無を確認するために村の中央部へ戻る。
戻った先——己が瞳に映る世界は『悪鬼羅刹』そのものだった。
「やめてください!やめて!やめてください!」
ティッタの叫び声に凱は慌てて駆けだす。
その光景を目撃して凱とフィーネは思わず絶句した。
なぜなら、今この瞬間にも、『虐殺』の嵐が巻き起ころうとしていたからだ。
「死ね!殺せ!消えてなくなれ!」
「今までよくも好き勝手にこき使ってくれたな!」
中心部には、凱によって倒されたドナルベインと、凱の手で倒されたテナルディエ配下の『ユナヴィール治安兵』が処刑台に括りつけられていた。
本来なら、目前にいる少女の母親が、ここへつるし上げられるはずだった。
燃える水を盗み、アルサスから逃亡しようとした罪を背負わせるための処刑施設。
――その名は『煉獄』
元々は、銀の逆星軍参謀長のカロン=アンティクル=グレアストが考案した拷問処刑の一つだ。
水より軽いという『燃える水』の比重性質を利用して、鉄製の檻に咎人を閉じ込めてあぶる清めの炎。
なのに、自分自身が入る羽目になろうとは、ドナルベイン自身おもいもしなかった。
自業自得。それを理解する頃には、既に遅かった。
そして、セレスタの人たちが鎌やクワを持って、ドナルベイン達を取り囲んでいた。
ノアと戦っている間、テナルディエは敗残兵となったドナルベインの身柄を拘束し、この公開処刑施設へ放り投げた。
その際、テナルディエは村人たちに告げた。
「もはやアルサスに用はない。勇者ティッタとの約束通り、貴様たちに返してやる」
ついでに、『不殺』などという甘っちょろいことを吠える勇者気取りさんに、イキな置き土産を残したのだ。
「あと、負け犬の部下は私には不要。ドナルベイン達は貴様たちで好きにせよ」
湧き上がる衝動の正体。
冷たい水が一気に沸騰するかのような空気。
今まで支配されていた重圧が解放を求めてドナルベインに襲い掛かる。
ドナルベインという脅威の存在が無力となり、今まで自分たちを苦しめたテナルディエの部下に、村人たちは報復をしようとしていたのだ。
「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」
「死ね!死ね!死ね!死ね!」
「やめろ!やめてくれ!勘弁してくれ!オレ様が悪かった!だ……だから!」
口々に命乞いをするドナルベインとその配下たち。しかし、村人たちの憎悪は止まらない。
「……………」
絶句したまま、凱はその光景を見続けている。
これは魔王テナルディエからの報復宣言のだろう。
人間の素面。そして本性。これこそが摂理。
己が憎しみに酔う。
それは、この世の美酒を飲んでも味わえない極上の世界。
シシオウ=ガイ。お前の正義を否定する真理の正体がこいつだ。
『憎悪の炎』に比べて、貴様が信じる甘っちょろい『勇気の炎』はいかがなものか……と。
炎上商法——。憎悪という名の話題で人々の心を燻り続ける怨嗟の火種。※1
目の前の光景は、かつて完遂することのできなかった、アルサス焦土作戦に対する『皮肉』そのものだろう。
「やめてください!こんなことをしても!取り戻せるものなんてなにも!……」
大気を裂かんばかりの声で訴え、何とか村人たちを静止しようとするティッタだが、彼らは静止する様子さえ見せない。
ウルス様から受け継いだアルサスが、ティグル様が守りたいと願ったアルサスが――。
(ティグル様がいないだけで――こんなにも世界が崩れていく)
止めようとしているのはティッタだけで、力及ばず大勢である村人を止めるには至っていない。
復讐鬼となった村人達の戦闘に、母親を殺された『あの少女』が震えながらティッタの前に躍り出る。
「ほれ!お嬢ちゃんも『母ちゃん』の敵を討つのじゃ!ドナルベインが憎かろうて!」
こともあろうに、『有力者』※2の肩書を持つ老人が、少女の震える手に、短刃を持たせようとしている。
口の端から唾を飛ばして怒鳴っている老人の形相は、憎しみに打ち震えて心に住み着いた『鬼』そのものだった。
年端もない少女に憎しみを持たせようとする光景に、ティッタは唖然とした。
憎悪の熱気にあてられて、少女の唇がふるえる。
「あたしは……お母さん……の……」
脳裏によみがえるは、凱が『王』に立ち戻ったあの瞬間。
死ね――と、たった一言命令したあの瞬間。
憎しみの輪廻にとらわれた者を垣間見た、少女の視界。
「―――――!?」
迷ったように震えていた少女の身体だったが、刃物を握りしめる手に誰かの手が添えられて震えを止める。
手の主の正体は獅子王凱。
驚き様に振り返ると、少女は滂沱の涙で目を埋め尽くしたままで、凱の顔を見上げた。
かまわず、凱はテナルディエ残党のカタマリと、アルサス住民との間に割って入る。
言葉でなく、行動で示そうとする。これ以上、憎しみで身を焦がすのはお互い本意ではないはずだ。
その姿、かつての黄金の鎧を無くしても、まごうことなき獅子王凱だという認識を村人にさせた。
数間をおいて、村人の誰かが口を開いた。
「……どうして?」
突然の疑問符。その言葉が、歩み寄ろうとした凱の足を止めた。
「どうして!!もっと早く来てくれなかった!?」
さらなる言葉が、語り掛けようとする凱の理解を止めた。
頬と心に凍てつく夜風が吹き抜ける。
「あんたが!もっと早く来てくれれば!こんなことにはならなかったんだ!」
夜風の冷たさと、村人の言葉の冷たさに対して、凱は目を見張ってその場に立ち尽くす。
空気の翼はためかせたのはフィグネリアだった。
「それが――」
助けた者に投げかける言葉なのか――あまりにも身勝手な言葉に彼女は憤慨する。
それ以上は言えなかった。凱が片手を伸ばしてフィーネを制したからだ。
「——すまない」
かつてないほど沈痛な面持ちで、凱は村人たちに頭を下げた。その瞳の涙腺は崩れかけている。
一度『鎮火』したはずの『炎上』が再び燃え盛り始める。
「あんたなら!いち早くここへ駆けつけて、テナルディエの奴らを蹴散らせたのに!」
ザイアン率いるアルサス襲撃戦のおり、『罠縄』を提供してくれた民婦の一人が、凱の前に躍り出た。
奴隷を象徴する『足枷』の鉄球を、足首につけたままであるにも関わらず。
「あんた――自分が他人より優れているからって、いい気分になってないか!?」
その言葉が、凱の胸に突き刺さる。
奴隷の重労働でできた、痩せ細った指とは思えないほどの力を籠め、凱の袖をつかむ。
血に滲み切って、皮膚がささくれて赤黒く染まる指を握りしめて。
やり場のない怒りが、次々と凱に向けられる。
結局、自分たちがテナルディエ達『銀の逆星軍』に立ち向かうことができないから、心の片隅で凱に頼り切っていたのだろう。異端者となり帰らぬ凱を『必ず帰ってくる』と、最後まで信じて。
きっと、黄金の騎士様が助けてくれると。
だが、結果はご覧の通りだ。
魔王はアルサスに居座り、奴隷としてこき使い、怨嗟と悲しみの声を叫び続けたにも関わらず、あの人――シシオウ=ガイは現れなかった。
本当は、頭の中で分かっているはずだ。
悪いのはテナルディエ達であって凱ではない。
しかし、ヒトは心に燃え移った感情を沈めるために、憎悪の炎を別の場所へ燃え移そうとする。
「——返してくれよ」
涙ぐんでいる力ない民の声。その実現不可能な要求に対し、凱の身体がぐらりと揺らぐ。
「あの日々を……返して!」
民は絶望の底辺にもがきながら叫ぶ。
「お兄ちゃんが勇者なら……僕の父ちゃんを返してよ」
トドメの一言だった。
次に凱の前に現れたのは、アルサスでの採掘作業の過酷労働で命を落とした者の息子だった。
長身の凱のひざ元を、幼い手でぽかぽかと叩く少年の非力な拳。
凱はハッとする。
ドナルベインの児戯な斬撃より、フィグネリアの鉄拳で頬を殴られた痛みより、アリファールをへし折られた衝撃より、いたいけな子供に悲しみを向けられたことのほうがとても痛撃だった。
かつてアルサスを守り抜いた勇者が、守るべき民たちに虐げられる光景。
ディナントの地獄をかいくぐり、銀の流星軍を導いた勇者に対するアルサスの民の態度に、ティッタは愕然とした。
「ガイさん!ガイさん!」
炎上した民たちの感情を沈めるための言葉が見つからず、泣きそうな声でティッタは勇者の名を叫び続ける。
ブリューヌを混迷の時代から救うべく、死地から帰ってきた勇者への、あまりにも酷な出迎えだった。
―――――◇◆◇―――――
「あの……」
何十人目かの炎上を聞いた時、先ほどまで震えていた少女が、おそるおそる凱に声をかけてきた。
素朴な印象を与える少女。ティッタと同じくらいの印象を与える年齢だろう。無残に引きさかれ、泥まみれにさらされた服に恥じることなく、少女は凱に頭を下げる。
「ありがとう……ございます。助けてくれて――それに、お母さんの仇をとってくれて」
炎上する罵声に身を焦がされながらも、凱にはぼんやりだが、清涼のごとき響きで聞こえてきた。
違う。俺は仇をとったんじゃない。
むしろ、君の仇は俺自身じゃないか。
俺がドナルベインを殺していれば、君のお母さんも命を落とすことはなかったんじゃないか。
そうツラツラと思うあまり、少女の言葉が凱の耳にうまく入ってこない。
「ごめんなさい。さっきの人たちが、その……間違っているとは思いません。気持ちがわかるんです。でも……」
一瞬のためらい――されど語るべきはお礼の言葉。
「それでも……お礼が言いたかった」
少女の真摯な言葉に、凱は心を揺さぶられる錯覚に見舞われた。
いっそのこと、憎しみの言葉をぶつけてもらいたかった。
君にはその権利がある。
俺を殺す権利が。
今となって、エレオノーラ=ヴィルターリア……エレンの言葉の意味が深く凱に突き刺さる。
やらなければ、自分が殺されるのではない。
やらなければ、自分を愛する隣人が殺される。
大切な人を、父を、母を、故郷となった村が、炎となって消えていく。
ティッタの居場所を、血で汚したくない――その驕りが、誰かの存在を血で染めてしまった。
――彼女が俺を見損なうのも当然――
吹き荒れる感情の嵐が、深い爪痕を残しながら凱の全身を駆け巡る。
ほんの一筋の涙を見せたあと、感情の痛みに耐えきれず凱は少女を抱きしめた。
「俺のほうこそ――ありがとう」
泣くな。今のお前は泣くことさえも許されないはずだ。
突然と両腕に身体の自由を奪われた少女は、漠然として、その表情に硬直の色を浮かばせる。
絶望の崖に立たされた境地の中、少女の言葉で凱は救われたような気がした。
だけど、自分を肯定する少女の厚意に、本来ならばそのぬくもりに甘えてはいけない。
いけない……はずなのに。
どうして涙は止まらないんだ?
――俺が殺したんだ――
――俺が奪ってしまった――
――神様――
――どうして俺のような鬼人を生み出した?――
――――もう俺は何をすればいいのかわからない。
アルサスに吹く銀閃の風は、何も教えてくれない。
――――――こつん!
頭に『何か』を叩きつけられて、一滴の血が凱の額を伝う。
吹き付けてきた風と共に叩きつけられたのは、ちっぽけな石ころ。
誰が投げたかはわからないまま、『もう一人の有力者』なる老人が凱の前に躍り出た。
「すまぬが、ガイ殿はアルサスから出て行ってくれ」
夜風より冷たい通告に、ティッタは魂を砕かれた感覚に見舞われた。
「……どうして」
震える声でティッタは問う。
「どうして!ガイさんがアルサスを出ていかなければならないんですか!?」
いったい何の茶番だ?
眉間に青筋を立てたフィグネリアがティッタにかわる。
「あんたたち!自分が何を言っているのかわかっているのか!?余所者の私が口を挟むことじゃないけれど、アルサスを守ってくれたのはガイじゃないのか!?だったら――」
「だからこそ……じゃ!」
「なん……だって?」
思わぬ村人の反撃にフィーネは言葉に詰まる。
「本当は我々にだって分かっておる。悪いのはアルサスを襲ったテナルディエの連中だって――だが、『他人より優れた』ガイ殿がそばにおると……どうしても恨みをぶつけずにはおれんのだ」
それは、人より優れた力を持ちながら、そのチカラを出し惜しむ?
それは、生きていたなら、なぜ今まで現れなかった?
来てくれれば、『人を超越したそのチカラ』で誰も傷つかず、死なずにすんだはずだ。
既に過ぎ去りし過去を考えていても、戻りはしない。
そんなことは――わかっている。
それでも、皆は抱かずにはいられない。
ガイの姿を見るたびに、助けることができた――ありえたかもしれない『IF』の展開がどうしても頭をよぎる。
無論、彼らアルサスの民はガイのこれまでの経緯を知らない。
確かに、彼らの語ることはわかる。そこに悪意は存在しないことも。
ガヌロンの異端審問からの帰還――オステローデでのヴァレンティナとの邂逅――ディナントの戦いへ駆けつけた一連の流れを、彼らは『知らない』のだ。※3
しかし、人々が受けいれられない場合は往々にして存在する。
例え凱のいきさつを民に全て語って知らせたとしても、それが真実であったとしても、自分たちには都合が悪かったり、寝耳に水の内容だったり、別勢力の圧力が働いたりする場合だ。
――受け入れられない真実は、あってはならない――
それが、アルサスの民の総意なのだという。
村人の心の平穏を考えるなら、獅子王凱のアルサス追放も正しい選択の一つなのだろう。
実際に凱も、自分がいるだけで憎しみの感情に苛まれても、自身が出て行くことで荒んだアルサスの民の心が和らいでくれるなら――と思っている。
テナルディエに『力』という法理に従わされた彼らは、どうしようもなく弱かった。
その弱さに、彼らは耐えきれなかった。
だが、抗弁するフィーネが納得するかどうかは全くの別問題だ。
「ちょっと待ちな!ガイは今のブリューヌにとって最後の希望なんだよ!?むしろ本当にガイを追い出したら、何の心配もなくアルサスを再び襲ってくるんじゃないのか!?」
確かにテナルディエは約束通りアルサスを返還した。
しかし、不可侵条約を結んだわけでもなく、例え結んだとしても、破約してアルサスに再侵攻する可能性は否定できない。
戦争は――正しいものが勝つのではない。
最後に生き残ったものが正しいのだから。
「ガイさんはここに来るまで、命を懸けて戦ってきたんです!異端審問から生きて帰ってきてくれたガイさんを――――!?」
フィグネリアは理を説いて、ティッタは情で民達に声をあげて訴える。荒み切ったアルサスの民の心に届くように。
「俺はアルサスを出ていく」
「…………え?」
――ガイさんが……アルサスを……出て……いく?
少女、ティッタ、フィグネリアが同時に凱に振り向く。
「あの……ガイさん」
ためらいがちにティッタが聞いた。
「その……あたしたちを恨んでいますか?」
「恨むとか恨んでいないとかそうじゃない。もし……もし、俺がアルサスにとどまるのならば……俺を見るたびに、みんなが憎しみにうなされる。アルサスのみんなに罪はない。ただ弱いだけならば決して悪じゃない。すべてはテナルディエ……『銀の逆星軍』の仕業なのに、アルサスの民は心の傷にずっと苦しみ続ける。涙と悲しみは、もうすぐむこうから昇る『暁』の曙光によって、焼き払われるべきなんだ……………………俺と一緒に」
最後の――俺と共に――という一言。
フィグネリアは言葉を失った。
「ガイ……あんたは……?なぜ……」
沈むような表情で凱に問うフィグネリア。
静かに首を縦に振った凱。苦痛を伴うかのような表情で。
それが余計に……フィグネリアの憤りを吹き飛ばしてしまった。
素っ頓狂な顔で言っていれば凱の横顔を一発ぶん殴ることもできた。
傭兵上がりの彼女なら何のためらいもなく。
「ガイさん……どうして!?」
はしばみ色の瞳に涙をためているティッタが凱の前に詰め寄ってきた。
どうしてあなたはそのようなことが言えるのですか?
アルサスを救ってくれた……あなたが?
「――俺は」
少女の頬に、一滴の涙がこぼたれた。
ティッタの瞳を見るのが……がつらい。
凱は目をそらした。
そらして――――――ゆるゆると後ずさりながら、一気にアルサス郊外へ向けて駆けだした。
「ガイさん!」
「ガイ!どこへいくつもりだ!?」
ティッタ、フィグネリアの声が追ってきたが、振り切るように走る。
凱はアルサスから逃げ出した。
まるで――――自らの使命から逃げ出したかのように。
―――――◇◆◇―――――
1刻(約2時間)ほど経過しただろうか、夜明け前だというのに、アルサス一帯は随分と明るく見える。
そんな景色に目を奪われていると、轟く馬蹄がアルサス郊外に響く。
銀の流星に弓の軌跡。間違いない。『銀の流星軍——シルヴミーティオ』の軍勢だ。
視界の規模ではおよそ1000の集団。
あの時と同じように駆けつけてきてくれたのだろう。ザイアン率いるテナルディエ3000の兵を追い払う為に。
だが――騎馬の先頭を駆け抜ける、武骨な甲冑集団の中で目立つ存在がいた。
フィグネリアは察した。恐らくあれはリムアリーシャだと。
対してリムアリーシャことリムも、フィグネリアの姿を確認すると、馬上の人のままで問いかける。
「無事ですかフィーネ!」
「……リムか。見ての通りだ」
隼の刺繍が縫い込まれている戦装束も含め、リムの見たところ彼女は五体満足の様子だ。
殆ど交戦のなかったものだから、フィーネもほとんど被害をうけていない。
むしろ、被害はアルサスの民の心にあった。
「ここへ着陣する機会をうかがっていたところ、『銀の逆星軍』の旗印がモルザイム平原へ流れていくのを確認しました」
モルザイム平原。
そこはかつてザイアン率いるアルサス焦土作戦軍と、ジスタート軍を主戦力とするアルサス・ライトメリッツ連合軍の両軍が激突した、アルサスを数ベルスタ(キロメートル)南下した地にある合戦場。そこからさらに南下すればテナルディエの領地『ネメタクム』が存在する。
『銀の流星軍』は行軍速度と兵量の詳細を、斥候にだしていたアラムからその報告がもたらされた。
そしてアラムは上官のリムに通達。彼ら銀の流星軍は現在アルサスに至る。
「――――――ところで、ガイさんの姿が見えませんが?」
もっともな疑問だった。
真っ先にアルサスへ切り込んだ勇者の姿が見えない。そんな不自然な光景に気付くのも当然だった。
「実は……」
フィーネは事の顛末をリムに伝えた。
反応は予想内のものとなってかえってきた。
「…………なんてことを!」
――だろうな。私だってそうだ。
アルサスの民に振り向くリム。歯を食いしばり、きっと睨みつける。
「待てリム。その気持ちは私にもわかる。だが、民を責め立てるのはガイの本意ではないぞ」
「それは分かっています!ですが!」
苛立つ表情の色を隠そうとしないリムに対し、フィーネは心察をにじませた忠告をする。
全然分かっていない。心の中でそう評価を下すも、フィーネとてその気持ちは痛いほどわかる。先ほどの自分がまさにそうだったからだ。
超戦力である凱を失う可能性があるとすれば、戦闘しか想定できない。それがリムの認識だった。
だが、事態は想定を覆してしまった。
まさかアルサスの民が原因だとは、誰が想像できようか。
半ば追い出される形で凱を失い、これからどうやって銀の逆星軍に立ち向かえばいい?
そもそも、凱はどこへいってしまったのか?
千尋の谷に突き落とされたような心境が、リムの背筋を容赦なく襲う。
例え、凱の所在が判明したとして連れ戻したとしても、失意に沈んだままでは戦うこともかなうまい。
「ですが――ガイさんは立ちなおってくれるのでしょうか?」
「そればかりは流石にわからん。私だってガイのあんな一面を見るのは始めてだからな」
今更になって、銀の流星軍の皆は勇者の弱さを知る。
事後処理を終えたシーグフリードが割って入る。
「あいつは誰かを守ろうとすることで、自分を保ってきた。今に至るまで」
「シーグフリード?」
人を助けることで、人から求められるぬくもりにしがみ付いたまま。
相変わらずだ。あの男は。
「オレは誰かを憎むことで、自分を保っていられる」
「——誰かを……憎む」
エレオノーラ――――エレン。とある傭兵団長の忘れ形見。
彼の義娘エレンヴィッサリオンを斬った自分を憎んでいるのだろうか?
……当たり前だ。リムと再会を果たした時から、覚悟していたことじゃないか。
銀髪の男の視線が、遥か天空へ向けられる。ヒトの届かぬ楽園に座る神へ向けるかのように。
「あいつは――――自分を保つ術を知らない。やはりあの時のまま、縛られたままでいる」
凱も、シーグフリードも、フィグネリアも皆、戦いの場の中心に身を置いている。
「お前たちの前では平静を装っているが、時折オレより孤独に見える」
「とにかく、ガイ殿を探さないことには―――」
遅れて現れた禿頭の騎士ルーリックに焦りの色が濃く映る。
まさか――ほんとうに凱が逃げ出すなど。
「あの……フィグネリアさん」
フィグネリアの袖をつまみ、ティッタが細くつぶやく。
「あたし……なんとなくですけど、ガイさんの居場所をわかる気がするんです」
「本当か?」
僅かに驚くフィグネリア。
「うまく言えませんが、多分あの場所にいるんじゃなかと思います」
確証はないが確信をもって、先ほどまで失っていたティッタの瞳に輝きが戻る。
「行こう。ティッタ」
「フィグネリアさん……」
「私だって伝えたいんだ――ガイに……どうしても」
「あたしもです。」
そう、二人だけで行く。この役目だけは譲れない。
いずれにせよ、治安維持と拠点防衛のために、リムたちは併走しなければならない。
今、行かなければ手遅れになる。夜明け前の空を見上げながら、そんな胸騒ぎを隠せない二人。
いずこかへ流れた勇者の星を探しだす。※6
まだ、流星の丘アルサスのどこかに、流れてついているはずだ。
未来の王と現代の勇者が誓いを交わした、あの約束した場所なら――
【深夜:アルサス~ユナヴィールの路丘】
青年は、闇夜の中をひたすら走り続けていた。
何かを振り切るかのように、無我夢中で。
「————ここは?」
走り続けて立ち止まった時、動悸の苦しさにうずくまる。ここはどこなんだ?
『夜』の中で何も見えない。
『闇』にまぎれて何もわからない。
このまま……『死』を迎えて消えてなくなりたい。
でも――――
正直、何も見えなくても、わからなくても、どこだってかまわなかった。
自分の信じてきたものが、音もなく瓦解している今ならば――
伏せるようにうずくまると、繰り返される言葉が頭をよぎる。
言葉は呪いだ。
呪い故に、獅子王凱は全てを失った。
(……アリファール)
腰に差しているアリファールを外し、紅玉の鍔を見つめる。
(どうして……どうして俺を求めたんだ?エレンじゃなく、なんで俺なんだ!)
勇者は遠き地で囚われの身の姫君と、手元の竜具に一方的な恨みをぶつけた。
この後に及んで責任転嫁か。笑えない。
オステローデで立ち直ったのは偽りで、本当の意味で自分は何一つ変わっちゃいなかった。
ティッタも『弱者』から『勇者』へ生まれ変わったのに――
ヴァレンティナも『影』から『光』へ転じて歩き出したというのに――
フィグネリアも『過去』から『未来』へはばたこうとしているのに――
銀の流星軍も『絶望』から『希望』の星を見つけたというのに――
それに引き換え、今の自分はどうだ?
いくつも交わされた誓い。積み重ねてきた思い出。長く、苦しかった戦いの日々。
至宝ともいえる『出会い』の中で、自分は勇者で在れたはずだ。
そのはず……だった。
捨てきれない迷い。
竜具も人間も誰も彼もが俺を買いかぶりすぎだ。
かといって、このまま安楽の世界へ逃避することもできない。
このまま反吐を吐きたい。
吐いて吐いて吐いて楽になりたい。
――どうしてもっと早く来てくれなかった!?――
――父ちゃんを返して!――
「あ……ああ……あ……!!」
よみがえる記憶。
繰り返される言葉。
とめどなくあふれる涙。
涙の宝珠が、アリファールの鍔の紅玉に毀たれる。
飛び散る滴涙の熱さが、青年の掌へ跳ね返る。
紅玉から放たれるほのかな輝きが、失意に沈む凱の勇気を拾い上げる。
無意識に、この手を柄に伸ばす。
―――なぜだ?
なぜ、俺はとろうとしている?
アリファールがまだ俺を必要としていると、そう思っているからか?
それとも、心のどこかで、使命を果たそうと爪を立てて足掻いているのか?
「どうしたらいいんだ……俺は」
うなだれる凱の言葉は虚空に響く。その問いに誰も答えるものはいない。
いや――いないはずだった。
「とりあえず、ゆっくり悩んでもいいんじゃないか?」
凱は後ろを振り向く。
二人の女性の姿が見える。
「……フィーネ」
「少しだけ、私、いや、私たちに付き合ってほしい」
「私……たち?」
複数形単語に思わずオウム返しを繰り出す。
フィグネリアとティッタに出くわしたのだった。
―――――◇◆◇―――――
「ティッタ?」
どうしてここが――違う。
俺の辿り着く場所がわかったんだ?
「誰かに聞いたのか?」
「いえ――」
一度顔をうつぶせたあと、表情をにこやかに作り変えて見上げる。
「多分、ここじゃないかなって……思っただけです」
かすかに声の裏返るティッタの姿は、凱にはたまらなくつらい。
「——ガイさん、覚えていますか?ここはあたしとティグル様とガイさんで『ウソ』をつきあった丘なんですよ」
自分の為じゃなく、誰かの為にウソをつく。それは決して悪い事だけじゃない。
ティッタに言われて、凱は整理しきれていない感情のまま、記憶の一部を引っ張り出す。※7
――忘れるわけがない。
現代の『勇者』と未来の『王』の交わした、『勇者王』神話の夜明けを告げた――あの誓いを。
(あまりの失望、虚無にのたうち回る絶望、無意識のうちにここへきてしまったのだろうか?)
心のどこかで『ありし日の思い出』を求めていたのだろうか?
「思い出話に干渉して悪いが、単刀直入に聞くぞ、ガイ。お前――これからどうしたい?」
フィーネの質問の意味が分からず、無言で彼女に振り向いた。
「……明日にしてくれないか?」
「ガイ————すまない。確かに私はゆっくり悩んでもいいといったが、これだけは「今」答えてほしい」
やわらかままの表情、それにふさわしい声色でフィーネは続けた。
「明日になると、沈み切っている今のあんたは、物事を目前にして決めてしまうだろう。時間に迫られて仕方なしに。だから今聞いておきたい」
締め切りに追われて、みっともない物語を書き上げる吟遊詩人でもあるまいし――
殴り描きで筆を走らせた駄作。
――それは、お前が描きたい物語ではあるまい。
「条件次第ではテナルディエ公も交渉に席に着くはずだ。もし決裂しても――銀の流星軍も、ライトメリッツへ撤退すれば、リムや兵を守れる。アルサスの難民も亡命だって可能だ。少なくともアルサスを守れる選択はできる」
それは数年前のとある『掃討戦』のこと。
フィーネの以前の雇い主であったテナルディエの人物像を知っているからの発言だった。
――大量の弱者など斬り捨てるに手間と時間がかかる。どこへでも落ち延びろ――※11
確かに、アルサスや銀の流星軍の、命そのものの安全は守られるだろう。しかし、テナルディエは解放後の衣食住まで補償するつもりなど毛頭ない。野盗に落ち延びるなり好きにしろと。
早い話が『弱すぎる敵など倒すに値せぬ』ということだ。
だからアルサスの民の安全、銀の流星軍を守れると言える。銀の流星軍に身を寄せているフィーネにとっても癪だが、テナルディエの眼鏡にかなう存在は少なくとも、ティッタを除けばアルサスにいない。
理で説いたフィーネの言葉に、凱の反応はかすかに連動した。
「そうした場合、フィーネたちの目的はどうなる?」
「私たちの目的は私たちで何とかする。当然だろう。無論リムたちも」
何てこと無いようにフィーネは言ってのけた。
「ただ――どう動くにせよ、誇れるような戦いをするということだけは、決めている」
「……誇り?」
「そうだ。エレンも――リムも――ヴィッサリオンも――私たち傭兵は寄ってすがるところがない。戦いは雇い主次第。金次第。帰る故郷もなく、ただ戦いの場を求めてさまようだけ。生き延びることだけが全てとなる。夢も現実も境界がない。仲間だっていついなくなるかわからない。本当に何もないんだ。」
何処からどこまでが自分の物語なのだろうか。
生きているのか、それとも死に絶えているのか、そもそもここはどこなのか、ともかく自分は存在しているのか。
虚ろな瞳に戦意はなく、大地に突き刺さる己が刃は、まるで己が旅路の結末を告げる墓標のよう。
空っぽで、空白で、空虚――成果も戦果も残らないんだ。
例えそれが『過去』——『想い出』さえも。
「……フィーネ」「……フィグネリアさん」
「だから、誇れるような戦いが出来なくなる時、戦士としての誇りを手放すつもりなら……私は戦って散る。私が私である為に」
その言葉は、凱の記憶の奥底をついた。
戦友にして好敵手の存在――ソルダートJ。
彼もまた故郷を失い戦場を求めてさまよい続けた者。フィーネの言葉にかつての大空の戦士の姿を見た。
任務を遂行するだけの兵士ではなく、意志を持って使命を果たす戦士として。
戦士ならば、闘志を燃やして。
勇者ならば、勇気を抱いて。
熱く、そして暖かいフィーネの言葉に、凱の中でかすかな光が差し込める。
「もし、ガイがこのまま離脱するとしても、最後まで銀の流星軍と共に私は戦う」
その言葉に、強い意志を感じた。呼応するように、アリファールの紅玉がきらりと輝く。
最悪、テナルディエがこちらの降伏交渉に乗らないならば、戦って散る。
オルメア会戦の時と同じように、住処を叩き潰してくれた奴らにやり返してやりたい。
「あの時、レグニーツァでガイと会えなかったら、私は暗い迷宮でさまよい続けていただろう。少なくとも、羽ばたくことができたと。まだ降り立つヤドリギは見つからないけど、少なくとも星空の下で私はまだ輝ける。そう信じたい」※9
凱との出会いに感謝の言葉を述べる。
やめてくれ。
「待ってくれ!俺は!……」
フィーネの人差し指が凱の口をふさぐ。
女性特有の繊細な指先のタクトが、凱の反論に終止符をうった。
「そういうのはナシだよガイ。確かに、相手は私たちの想像を超えた連中。まして見たことのない兵器や武装。まともに戦って勝ち目がない。だから『今まで』力を貸してきた。ガイはそう言いたいんだろう?」
降伏か――交戦か――二つの道を選ぶことはできる。
しかし、降伏を選んだ地点でティグル達の帰還はかなわなくなる。それは銀の流星軍が望むところではない。
自分が抜けてしまったら戦力差の穴は誰が埋めようか。そのような心配を捨てきれないのは否定できない。
泣き崩し的な消去法で選んだ未来など、遠からず砂のように瓦解するのは目に見えている。
力を持つものがその責務を果たさないのは卑怯だ。分かってはいる。分かってはいるけれど。
(なんで……なんでフィーネは何も咎めない!それでも勇者か!?臆病者だって!)
そう言ってくれれば、自分だけ傷つく分、気が楽になるというものだ。
だがフィーネは、たった一言の侮蔑さえも凱に告げてくれない。
もう――私たちを理由にするな。フィーネはそう凱に突き付ける。
頼むから、私たちの弱さを戦う理由の盾にして言い訳にするな。
私たちの存在がお前を苦しめるだけならば、これ以上関わらないほうがいい。
「それは――――」
「理想は立派だが、現実は逃してくれない。分かっているさ、そんなことは。だけどガイ――お前にだけは私の意志を伝えたかった」
ふわりと浮かばせた笑顔で、凱に言った。
もう、決めてしまったのだ。こうなってしまえば、戦士の意志を変えることはできない。
同時に彼女の決意は、凱の喉元に『二つの刃』を突き付けていた。
叱責さえもしないフィーネは凱に厳しさを叩きつけているかと思ったが、そうではない。
ティナが『あの時』幻想ではなく現実を常に差し出したように――※8
フィーネは『この時』虚偽ではなく誠意を凱に差し出している。
意志と誠意。二つの原石で磨かれた刃を。
かといって、このまま『銀の流星軍』を置き去りにして一人で逃げるのか?
そうなれば、少なくとも凱自身、迫りくる絶望の展開だけは回避できる。
知る必要もない。知りたくない。何も知らない。
今までの『現実』に対して目を閉じて耳をふさげば、偽りの『異世界』で生きていくことはできるだろう。
しかし、『楽』な選択をしたところで、独りぼっちの『異世界』に、何の意味があるのか?
守れず、今こうして『使命』を投げ出している勇者の現状。
『降伏』したところで、大切な人を失った者にとって『幸福』は訪れない。
夜のまま、闇に包まれたまま、永遠の死が連綿へと続く未来は、だれが望もうか。
「俺は……君たちが待ち望んでいた「流星」じゃない!」
「……ガイ……さん?」
「あの少女のことだって……バートランさんだってそうだ」
凱の青い瞳に涙がにじむ。思い出してフィーネとティッタが瞳を開く。
かすれた声、続く声はされど怨嗟のもの。
「俺が二人を殺したようなものだ!そうさ!『王』の俺なら奴らを殲滅できた!シーグフリードの言う通りだ!結局『勇者』の俺じゃたった一人すら守れない!全部俺が悪いんだ!エレオノーラ姫が俺を見損なったって仕方がない!当たり前だ!人を殺さずして人を守れるはずがないんだから!?ああその通りさ!俺は……俺が憎い!こんな力があっても、誰一人救えない!みんなを不幸にしちまう『神様がくれた力』なんて」
気が付けば、涙をぽろぽろと流していた。
あるがままに凱はため込んでいた感情をぶちまけた。
これでいい。
望む相手への突き放した罵詈雑言の自虐なら、よく嫌われるには一番だ。
ティッタにとって、ティグルにとって掛け替えのないヒト……バートランの名を持ち出せば、もっと自分を軽蔑してくれるはずだ。
ヒトを理由にすがってきたツケが、今になって回ってくるなんて。
そして、ツケを払うにもヒトを理由にするその矛盾。
勇気を失った自分に、いったい何が残されているというのだ?
「ティッタはちゃんと知っています」
だが、目の前の少女は、細く力強い声で、凱を現実に結び付ける。
「……」
「ガイさんは、どんなに暗い『夜』の空でも――『流星』に向かって、高く飛べる『勇気』ある人なんだって」
ティッタは凱の勇気に憧れている。
……そうだ。
既に流星となった母さんを『迎え』に行くために、俺は『星の海の船乗り―アストロノーツ』を目指したんだ。
太陽から吹き荒れる磁場嵐を抜け――※12
空間定義の存在せぬ地平のない暗黒の海原を駆けて――
地球は俺たちを生んだ青い宝石——※13
星図を読み解き、勇気の帆を張り航海した――宇宙飛行士だった……あの頃。
「ガイさんは、どんなに深い『闇』の海でも――『曙光』に向かって、走りだせる『勇気』ある人なんだって」
ティッタは凱の勇気を信じている。
……そうだ。
全ては魔王と化したEI-01を倒すために――
チカラを得るために命を削る装置『弾丸X』を使い――
自らが緑色の流星と成りて絶望の闇の中を駆け抜けて――※14
『暁』に向かって誇った、俺たちの勝利を。
「ガイさんは、どんなに苦しい『死』の淵でも――『希望』を決して捨てない『勇気』ある人なんです」
ティッタは凱の勇気を誇らしげに語る。
……そうだ。
パルパレーパに勇気を砕かれそうになるも、命の遠くからの声で息を吹き返したあの瞬間。
――見せてやる!本当の勇気の力を!――
各国へ散った勇者たちとの絆を結ぶ唯一の情報集積物質Gストーン
その時、初めて知った。すべてのGストーンが同調することを。
癌細胞のごとき増殖する遊星主たち。しかし、免疫抗体のように抗い続ければ、Gストーンはいつかきっと――
行き詰った人の業——癌細胞を勇気の炎で焼き払う、全ての細胞がGストーンと化した凱ならば全て理解できる。
――勇気ある誓いと共に……進め!――
既に行き詰った文明を破壊して、新たなステージへ駆けあがる。
青年は、少年に未来を託した。
(俺は……俺は……)
いくつもの、地面にうつむく凱に問いかける声。ティッタの声。いたわりの声。
無言のままの凱。もう顔をあげることもできない。今更どのようなツラで合わせればいいのか。
勇者の生い立ちを知らぬはずのティッタは、まるで「あなたを知っている」かのように語り掛ける。
頬を伝うぬくもりの言葉が、天使の『三本の矢』となって凱の心に突き刺さる。
「……やめろ」
凱の否定がティッタの言葉を拒む。
「そんなものは幻想だ!ティッタは何もわかっちゃいない!」
「わかっていないのはガイさんのほうです!」
「ガイさんの優しさが、ティッタにぬくもりをくれました」
――覚えていますか?
アルサスで初めてお会いした時、他人でしかなかったあたし達を、盗賊たちから助けてくれたことを。
「ガイさんの勇気が、ティッタに光をくれました」
――知っていますか?
ティグル様がいなくて、みんな不安だった時にアルサス焼き払おうと攻めてきて……それでも、あなたは戦った。
たった一人でテナルディエ軍に立ち向かうあなたの戦う姿に、神殿に身を寄せていた人たちは、危険を顧みず貴方を応援していたことを。
「ガイさんの出会いが、ティッタに未来をくれました」
――わかりますか?
フィグネリアさんも……リムアリーシャさんも……あたしも……ティグル様もあなたとの出会いの中で『光』を見たのを。
勇者はすべての希望。みんなの光。
立ち止まれば、貴方は必ず後悔する。
いつか勇気を取り戻したとき、大切な人を、大切な時間を取り戻せなかったことを、あなたは悔やむでしょう。
だから……こんなところで歩みを止めてはいけない。
「俺だってみんなを、ティグル達を助けたい!だけど……俺一人じゃ……ダメなんだ」
ウソをつき切れなかったゆえの台詞。
初めて知る……勇者の弱さ。
人を守る為に神様が力を与えてくれたものが、いつの間にか自分を追い詰めるものになっていたのだろうか。
「ティッタが――――います」
今まで――雲海に包まれていた凱の居場所。その地図に在り処は存在しない。
だけど……
栗色の髪の少女が、悲しみに迷っていた俺の心の『闇』を払ってくれた。
そして……
一条の光すら差さない俺の居場所に……『心の地図』を広げてくれた。
「そして、フィグネリアさんが――――います」
黒髪の女性が、復讐に酔いしれていた俺の目を覚まさせてくれた。
暗い迷宮をさまよい始めた俺の背中に……『心の翼』をくれたんだ。
どんなに闇の深い迷宮をひとっとびしてしまう――力強い翼を。
「ガイさんにお礼を言った女の子も――――います」
オルメア会戦で孤児となった、あどけなさを残す幼子が、恐怖にただ怯えていた俺の魂を慰めてくれた。
怖くて――アルサスという居場所を失った俺の勇気に『心の灯台』を灯したんだ。
「どうして……」
どうして俺は、気付けなかったんだ?
目を閉じたままでは、肯定してくれる人の姿さえ見えなくなる。
耳をふさいだままでは、応援してくれる人の声さえも、聞こえなくなってしまう。
心を閉ざしたままでは、癒してくれる人の『想い』さえも、気付けなくなってしまう。
そのままで『眠り』についてしまうのは、いやだ。
「リムアリーシャさんも……マスハス様も……ルーリックさんも………エレオノーラ様も………ティグル様も!」
未来の『王』の名を叫ばれた瞬間――止まっていた『勇者』の時間が動き出す。
「あたしにとってティグル様は英雄であるように、ガイさんあたしにとって」
あたしにとって――
あたしにとって――
「あたしにとって、ガイさんは――勇者だから!」
「ゆう……しゃ?」
涙であふれかえる瞳のまま、押し寄せる感情でティッタを見つめ返す。
「もし、辿り着く場所さえもわからなくなったら、ティッタがこうやって両手を広げてあげます。何度でも居場所を教えてあげます。ガイさん――世界でただ一人、貴方だけの――『心の地図』を!」
勇者が歩いた軌跡を、勇者が謳った景色を、勇者が振るった『心の剣』で、描いていくんです。
今は真っ白でも、あなたの運ぶ風の未来を待ち望んでいる。
今のガイさんは気づいていません。
それどころか、気づこうとしてくれない。
だから、気づいてください。
あなたを彩る押絵を。
あなたを知る文章を。
あなたを導く結末を。
「だから、歩むときは共に歩みましょう。そして、失うときは、共に失っていきましょう。それがあたし達にとっての……ライトノベルだと信じていますから」
ライトノベル――光あふれる理想世界へ誘う『冒険の書』※
理想世界へ至るには、決して楽しいことばかりじゃない。つらいこともたくさんあるはず。
でも――いつかあたしたちの物語を『共感』してくれる人もいるはずです。
凱とティッタ。二人を見守っているフィーネは、魂の輝き始めている光景に目を閉じた。
(必要なんだろうな。『勇者』が示す冒険の成果を記録……いいや、思い出にしてくれる『王』の存在が)
それは、凱とティッタとティグルにしか知りえない……『アルサスの丘で交わした勇気ある誓い』
ティグルは言ってくれた。自分の無力を語るのがとてもつらかったはずなのに、不殺の凱を正面切って肯定してくれた。
憂いを断つために徹底的に痛めつけるのは、新たな未来を閉ざしてしまう。
人は大人に近づくにつれて、戸惑い、そして涙を流すことを忘れていく。
迷いは弱さだと。涙は脆さだと信じるようになって――。
強すぎる信念は、己が物語しか見ないあまり、盲目になってしまう。これが俺の信じる物語だ。
人を超越した力をもつ故に、傷つき、迷い、そして流星のように涙を流せる凱に、ティグルは『勇者』の姿をみたはずだ。
同じく凱も、無力故に悩み、足掻き、赤き流星のように血を流してきたティグルに、凱は『王』の姿をとらえたはずだ。
互いに必要なのだ。『勇者』と『王』は。
時代は求めてきている。『勇者王』の伝説を。
「ライト……ノベル……」
「はい。ブリューヌに平和が戻ったら……『あたしの知ってるガイさん』を、いっぱい聞かせてあげます。あたしの知ってるガイさんを、ティグル様にも教えてあげます」※16
その時、凱の胸の内に熱がともる。
「……ああ、その時は『俺の知ってるティッタ』を、君に聞かせる。もちろんティグルにも俺の知ってるティッタを聞かせたいんだ」
突如、一陣の銀閃が凱とティッタの二人の頬をすり抜ける。
乱れた髪が後ろの存在を気づかせる。存在の正体とは……
――冷たい夜の風を吹き飛ばす、夜明けの太陽——
地平線をあまねく照らす『暁—アヴロラ』を背にした、栗色の髪の少女の言葉。
儚く、神々しく、優しく、それでいて――暖かい光。
「――――――ありがとう」
もう、その言葉しか見つからない。
救われすぎて――――死ぬ。
知ろうとせず、知ることもできないままに、誰から蔑まれて続けたとしても、たった一言で救われる言葉がある
見失いかけた居場所を、何度でも示してくれる。
それこそ――ライトノベル……冒険の書……そして、心の地図。
ならば、人は何度でも淀みを洗い流すことができる。
たとえ自分の物語が批判されて『盲目』になろうとも、俺を知ってくれているティッタが、子守歌のように何度でも言い聞かせてくれる。「大丈夫。あなたの物語は輝いている。そしてここからが輝く時」なんだと。
「私の翼はもがれたけれど、このためにあったんだと思う」
隣には、フィーネがいた。
凱の背中に翼をくれたことを、まるで誇らしげに語る彼女は、凱にはとても美しく見えた。
そう、あれは『暁の霊鳥―フェニックス』のように。
足だけでは、永久に迷宮を抜けることはできない。
翼があれば、いつか迷宮からはばたけていけるだろう。
勇者のお前には、真っ暗な迷宮で迷うではなく、あの暁の大空へ羽ばたくが一番のお似合いだよ。
「————ガイ」
今度はティッタでなく、フィーネが声をかけた。
「もう一度聞くよ。お前――――これからどうしたい?」
どうしたい?そんなのは決まっている。
いや、決めたんだ。
誰が俺を認めなくても、批判しようとも構わない。
その先に目指すものがあれば、俺の後に続いてきてくれる者がいるならば、走り続けるだけだ。
今は理解されなくとも、最後には分かってくれる。信じてる。
「自由でいいんだもんな……したいことを……すればいいだよな!」
わがままになれ。せめて、自分たちで未来を切り開かなければいけないなら、心の剣で描きたいものを描けばいいんだ。
そうでなくては……この『作品—カタチ』がこの世界に生まれてきた意味がない。
「戦うよ――ヒトに理由を押し付けるんじゃなく、俺が勇者である為に――俺がそうしたいから、戦うんだ!」
闇の中では何もできないから――光の中ならしたいことをすればいい。
「教えてくれて……ありがとう!ティッタ!フィーネ!アリファール!」
そこに一片の濁りはない、涙の晴れた凱の力強い笑顔。暁より眩しい凱の表情に、女性二人は思わず目を見開いた。これが、ガイさんの……本当の?
作者の物語を見守ってくれる読者に、してやれることは、立ち止まることじゃない!
「俺は――――この『原作』が大好きだ!だからもう……立ち止まらない!」
ここから始まるんだ。
「まだ頼りない俺だけど……こんな俺でもよかったら、もう一度力を貸してくれ!アリファール!」
俺に描ける物語は、ひょっとしたら大したものじゃないかもしれない。
けれど、アリファールという心の剣で描ける未来は必ずあるはずだ。
みっともない姿を、これからも見せるかもしれない。
その時、この世界の読者はどんな感想を抱くのだろう?
落胆?嫉妬?絶望?憤怒?どれかはわからない。
でも、ティッタのように剣の切先へ光を示す人だっている。
「ありがとうございます―お疲れ様です―次は大丈夫です」たったそれだけの短い言葉だって、作者の心には光りが差すに十分なのだ。
獅子王凱の描く『光の冒険譚—ライトノベル』は――ここから始まる。
~~……戦うのだな……~~
唐突に響いたその声に、凱は反射的に声をあげた。
「誰だ!?」
高く掲げたままのアリファール。太陽の光を受けていた紅玉が、強い光を一帯に放つ。
~~……お前は……戦い続けるのだな……己以外の『原作』の為に~~
誰だかわからない。その声はどこか、挑戦的にも聞こえた。
まるで――『勇者』に挑戦状を叩き込む『王』のような。
「そうだ……!そんなこと……当たり前だ!」
例え背表紙のような境界があろうとも!人を助けることに何の不自然があろうか!?
もう――自分の『原作―セカイ』だけが生き残る時代など、とうの昔に終わっているんだ!
自分の『作品—カラ』に閉じこもって得た平和と、『作枠―カラ』を突き破って得た幸せは、決してイコールじゃない!
俺がそうしたいから……戦えるんだ!
~~この時を……ずっと待ち焦がれていた!~~
~~この瞬間を……ずっと思い焦がれていた!~~
~~お前のような勇者が現れることを!~~
草原の大地から、光が満ち溢れる。
同時にそれは、皆の精神を天井へ導くホタルの光ともなった。
――『暁』。闇夜の地平を焼き払う始まりの光。
ガイの意識はそこで途切れた。
目覚めたら、そこは別の光景だった。
夢幻にも広がる草原に、赤く光る黄金色に満ちた景色。
周りにいたはずのティッタとフィーネの姿はない。
もしかして、幻想の世界か何かではないか?
けれど、既視感はある。一度、この光景を、どこかで?
遠くを見渡すと、一人の男が立っているのが見えた。そこまで歩いていく。
大樹に寄り添う一人の男。ローブを深く顔にかけていている為、その素顔はよく見えない。
誰だ?……と声をかける前に、凱は声を掛けられた。
「俺は黒竜の化身——既にこの世あらざるものだ」
「その声……さっきのだな」
黒竜の化身——確かそれはジルニトラともよばれているジスタートの始祖の名だ。
機械文明の世界の『勇者』と、自然元素の世界の『王』は出会った。
『勇者王』――――――幾万年の時と、幾千年の世界を超えた出会いが、一つの『神話』を紡ごうとしていた。
「青年よ。名はなんという?」
「俺は獅子王凱——ここへ連れてきたのは貴方なのか?」
「それは少し違うな。お前の記憶が俺をここへ連れてきてくれたのだ」
「俺の……記憶?」
ずっと地平線の草原を見ていた黒竜の化身は、暁の太陽に背を向けて凱に振り返る。
「俺は……このような美しい景色は見たことがない」
ああ、だからか、と凱は納得した。
自分は既に見せてもらった記憶だから、見覚えのある景色だと感じたのだ。
「以前、ティル=ナ=ファに見せてもらったことがあるんだ。そう――あんな風な『暁』の光景を」
それはまるで――読者を夢中に引き込む、新章開幕の旅立前景色のように。※10
「そうか……ならばお前には礼を言わなければならないな」
黒竜の化身のその声は、歓喜と悲哀の色が同質で混ざっていた。
「いつかは辿り着きたいと思っていた理想世界――アンリミテッドの俺でも、辿り着くことはかなわなかった」
「そう……なんだ」
確かに、見せてもらったことはあるが、戦乱と混迷が続く今の時代では、まだ辿り着いたとは言えない。
「俺も……貴方と同じだ。全然届いちゃいない――理想世界に」
目指せば目指すほどに、遠く感じる理想世界。
偶然の『異世界』に迷い込むのではなく、必然の『理想世界』に辿り着きたい。そう願ってジスタートの戦乱を、黒竜の化身は勝ち抜いてきた。戦姫――ヴァナディースと共に。
だが、300年たった今でも、ヒトは何一つ変わっていない
己が世界を守る為だけに、皆の世界を奪うその矛盾。そんな輪廻を断ち切りたいがために、竜具に『夢』という自立行動選定基準を打ち込み、次代へつなげるシステムを確立したというのに。
だからこそ我……『黒竜』は『獅子』の名を持つ、目の前の青年に問う必要がある。
「シシオウ=ガイ。もう一度聞きたい。お前はなぜ戦う?富か?名誉か?それとも……チカラか?」
そういうのは……よくわからない。
「今となってはよく思い出せない。だけど、これだけははっきりとわかる。今は守りたいものの為に戦う。戦いたいんだ。守る為に―――絆がほしい」
「キズ……ナ?」
意外だった。
人を超越した青年から、まさか絆が欲しいと乞われたのは。
「俺ひとりじゃ本当にどうしようもない。全部ひとりで事を成そうだなんて不可能なのは俺が一番よく分かっている」
――そうだ。パルパレーパと初対峙したとき、護がいなかったらファイナルフュージョンさえもできなかった。
凱に応えることなく、虚しく漂うガオーマシン群。凱の通信にメインオーダールームのクルーメンバーは誰も応答しない。人類の弱さをまざまざと見せられた、あの悔しさ。
「ティッタも、フィーネも、みんな俺に力を貸してくれている。それはすごく感謝してる。けれど、もっともっとナカマが欲しいんだ。俺のことを知らない人も、キズナとして」
今以上の絆繋が必要なんだ。
それも、相互に知りえる可能性を持つ人たちを。
既にへし折れているアリファールの刀身。しかし未だ砕かれていない魂の紅玉に瞳を移す、凱と黒竜の化身。
「アリファールだけじゃない。ラヴィアスも、ザートも、バルグレンも、ヴァリツァイフも、エザンディスも、ムマも、とにかくみんなの想いと力が欲しい」
ジスタートのみんなも、ブリューヌのみんなのチカラも借りたい。
けれど、それで巻き込まれる皆は危険にさらされるんじゃないか?その不安もやはりぬぐえない。
「想いとチカラが欲しいのか?そのうえでキズナが欲しいと?」
まるで確かめるように、凱の言葉を続ける黒竜の化身だったが、その声は慈愛に満ち溢れていた。
「——図々しいな。お前は」
「う……それは」
返す言葉もなく、黒竜の化身の予想外の感想に、凱は恥ずかしくなり、思わず口をつむんでしまった。
これ以上に原作を腰掛ける勇者が他にいるのかと。
だけどこれは凱の本心だ。一人一人が勇者に成りえれば、あるいはきっと――――
「お前ひとりが誰かに助けを求めても、何でもできるわけではない。皆を巻き込んだところで、お前自身の物語をつづろうとしても、たかが知れている。お前は勇者であって編者ではあるまい。お前にそんなことをできることは誰も望んでもいない」
記憶に残したい光景があるならば、その手の描写家に。
記録に記したい文章があるならば、その手の脚本家に。
「一人の人間が絆護できることなんて、たかが知れている。ついでに言うと欲張りなんだよ。お前は」
黒竜の化身に言われるままに指摘を受けた凱は、「だけど」と声をあげようとしたとき――
「だが、獅子王凱という勇者にしか、できないことがある」
「俺にしか……できないこと?」
王の役目は、勇者の使命を思い出させること。
だからこそ、伝えたい言葉がある。
届かなくていい言葉なんて存在しない。
「その人の隣に……ココロに寄り添うことだ」
「その人の……ココロの……となりに?」
それは、かつて大河長官にエヴォリュダーという単語を聞かされた言葉だった。※17
Gストーンとの融合を果たした凱は、宇宙空間さえも生身で進出することが可能になり、アンリミテッドへとさらに進化したことで、隣人に並び立つ重要性がより一層現実味を増した。
エヴォリュダー。アンリミテッド。凱の肉体に多くの機転を強いても、隣人に寄り添うという使命はいささか揺らいでいない。
作者が抱く恐れを
「戦姫のチカラを恐れるあまり……俺にはあいつらの隣に立つことはできなかった。チカラで忠誠を誓わせても、心だけは遠くへ離れるばかりだった」
一騎当千を超える何かがある。自分が貸し与えた竜具を今以上に使い、やがて戦姫から、いつか王を打倒する勇者が生まれるのではないかと。
全ての人に純真を示せる凱ならば、戦姫の隣人にもなりえるのでは。
「貴方にとっては畏怖の対象かもしれないけど、俺にとっては、ティナをはじめとしてみんな、みんな大事なんです」
「……ガイ。お前の不殺を否定する『銀閃の風姫—シルヴフラウ』も?」
「はい」
その答えに迷いはなく、簡潔と簡素を極めた。
――お前がうらやましい。そうして迷いなく大切な人と言えることができて。
もっと、そう、あと300年ほど早く出会えていれば、テナルディエ一族に禍根を残すこともなかっただろうな。
あの時は……仕方がなかった。
優しい瞳のままで、黒竜の化身は言葉を再開した。
「そのひとの隣に立つ。ただそれだけでいい。勇者と王――そのどちらにもなり得るお前にしか、できないことなんだ」
「勇者……王」
黒竜の化身は静かに頷いた。
「何故、『作品』同士で争いが起きると思う?」
凱は何も答えない。いえなかった。彼が、一体何を想い、何を願っているのか、凱には到底掴めないものだったからだ。
「その人にとって『理想』のない『異世界』だからだ。俺はテナルディエの『完結した世界』を信じることが出来なかった。だから力を以てあの丘を平定した」
凱はふと暁の空を見上げた。
「……争いは……兵器がはじめるんじゃない。始めるのは人間なのだと、俺は思います。」
同じく、黒竜の化身も暁の空を仰いだ。
「……そう……かもな。かつて『魔』を打ち払う為の竜具も、今では人の争いの中心だ」
現国王がそうしているように――
「ひとは何よりも臆病で――傲慢だ。だから、臆病には勇気が、傲慢には謙遜が必要――」
「勇気を知りたければ勇者に、力が欲しければ謙遜に?」
黒竜の化身は静かに頷いた。
勇者は絆を。王は力を。
「勇者の隣に王が並び立つとき……『血脈』と『魂』を受け継いだジスタートは『暁の黒竜―スペリオル・ジルニトラ』として生まれ変わるだろう――俺が成し得なかった理想世界の創世を」
この瞬間――獅子王凱は『形よりも大切なもの』を掴んだような気がした。
NEXT
後書きと解説。
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!
長かった。本当にそれしか見当たりません。
本当の意味で登場人物が原作を離れていくわけですが、凱達の戦いを見守っていただければ幸いです。
では解説を。
※1:非難が殺到し、事態の収拾がつかなくなる状況を指すネット用語。
殆どが脊髄反射でコメントすることが多く、インターネットが普及した今の社会となっては一つの問題となっている。
ツイッターやフェイスブックの拡散能力に加え、人間の情報収集力の低下が大きな原因となっている。
似たタイトルだけで、実際は何の関係のない団体が被害を受ける『延焼』や、炎上を加速拡大させる(いわば新事実や事情のこと)『燃料』も存在する。
今回テナルディエが、アルサスに置き土産として残したのは、アルサスや地方都市が問題として抱えている『無関心』を逆手にとって、返還後のアルサスへ発展しやすそうな『憎悪』そのものだった。
原作1巻にて「アルサスを焼き払え」というテナルディエ公爵の文章を、「憎しみの炎で人々の心の世界を焼き払う」という、間接的に表現した。
※2:原作1巻にて、ザイアン率いるテナルディエ軍に交渉しようとして、討ち死にされた最初の犠牲者。
※3:原作1巻にて、アルサスの避難活動が遅れた理由の一つ「辺境の地ということもあって、戦に対する危機感がうすい」から。不整備な道という環境も相まって、外からの情報があまり入ってこない。(例えばテナルディエとガヌロンの対立)
※4:名運尽きず!絶望の淵に放たれた一矢!を参照。
※5:承認欲求のこと。
※6:ドラクエ11の勇者の星という用語から。
※7セラシュ奔るを参照。
※8眠れる獅子の目覚め~舞い降りた銀閃 を参照。
※9勇者王ガオガイガーFINAL『超勇者黙示録』のJの台詞。
※10ソードアートオンライン アリシゼーション編でカラーイラストが途中にあったことから、「なんだこれすげーのが始まったぞ」という印象を与えたことから。新章開幕には効果的な手法ともいえる。
ただ、カラーイラストはコストや、紙質の違いによる文字見栄え等の問題から、冒頭に持ってくることが多い。(確かに、硬い紙は中途半場な位置だとつかみにくい)
イラストで読むというのはラノベの常とう手段かもしれない。
※11原作5巻のテナルディエの台詞にて。
※12光の圧力を『宇宙の風』として見立てた、宇宙の推進システム。風を受けて進むヨットみたいなもの。
太陽からの磁場嵐で通信機器に異常が出る『太陽嵐』は今でも検証対象となっている。
※13愛殺の宝石狂いの船長ラムズから。
※14勇者王ガオガイガー『勇者暁に死す』から。
※15ドラゴンクエスト3から実装された冒険の書
(作者はあのドキドキを忘れられない。冒険の書を再開するあの瞬間を)
※16原作5巻にてバートランの弔いにティグルが「お前の知っているバートランを聞かせてくれ」といったところから。
※17原作ノベライズ版にて。エヴォリュダーとはある願いをかけられてつけてくれた言葉。
後書き
次回は「独立交易自由都市~新たなる剣を求めて」(仮)です。
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