SAO-銀ノ月-
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「言葉はむずかしいです……」
「おはようございます、ショウキ」
「ん……ああ……おはよ、う……?」
ログインして最初にショウキが見たものは、視界たっぷりのプレミアだった。誇張なしに吐息と吐息が混じりあう距離にいるプレミアに、ショウキはどうするべきか思考を回転させつつも、奇しくもその思考のためか動きに一瞬の遅れが出る。
「少し、いいですか?」
「あ、ああ……」
そもそも今はどういった状況なのかと、プレミアからの問いに生返事で答えながら。アスナたちと協同してエルフに襲いかかる脅威を倒し、それから石化の呪いが解けたエルフたちの村で歓待を受け、そのまま部屋を借りてベットでログアウトした。
「では、失礼します」
そうして次の日。ログアウトしたベットから目覚めてみれば、これだ。プレミアはアルゴにアスナ、ユイたちと同室で、ショウキは一人寂しく別室だったというのに。どうしてこちらの部屋で横になっていたのかと、ようやく『ログイン酔い』が醒めてきたショウキがプレミアに問いかける前に、ショウキの腹に柔らかい感触が伝わってきた。
「どうでしょうか、ショウキ」
「どうでしょうか……って、なんだ?」
仰向けに寝る腹部に乗られているために、ショウキはどこか自信ありげなプレミアを見上げる形となって。子供と大人ほどの体格差にプレミアが重い装備をつけていることもないため、ショウキも特に重さを感じることはなく……むしろ、柔らかい感触に浸れるほどではあったものの、プレミアは何をしているんだという戸惑いが勝って。
「はい。ショウキはリズの尻に敷かれるのが好きだと聞いたので、わたしのお尻ではどうかと思いました。どうでしょうか?」
「えぇ……」
何をどのようにして伝わったかはともかくとして、感想を求めて瞳を輝かせるプレミアに何をどう言えばいいのかと。そんな答えが出るはずもない問いにショウキが髪の毛を掻いていれば、どことなくプレミアの表情が沈んでいく。楽しみにしていた食事がお預けになった時と同じ表情だ。
「やはりわたしのお尻では、リズと違ってダメなのでしょうか……」
「……待て。まず、その……尻に敷かれるっていうのは、そんな物理的な意味じゃないんだ」
「というと……」
「あら」
まずリズの尻に敷かれてなどいない……というのは、ショウキ自身からしても説得力がなさすぎると自虐して。あとリズの尻が嫌いというわけではないが、そんなことは言っても得はない。それならばと、尻に敷かれるという意味が物理的ではないということを説明しようとすれば、部屋の入り口から非常に冷たい温度の言葉が投げかけられた。
「リズ。ごきげんよう」
「うん、プレミアは元気そうね! ……それで、何してるのかしら?」
信じられないほどに穏やかな笑顔を浮かべながら、冷ややかな声色と殺気を込めた視線を向けてくるリズに。説明しなければいけないことが増えたらしいと、ショウキは死を覚悟しながらも二人の少女へと向き直った。
「言葉はむずかしいです……」
「でも尻に敷かれる、ってのは覚えたでしょ?」
「はい。そちらはバッチリです」
「…………」
……どうにかこうにか命だけは繋ぎ止めたとばかりに、説明と釈明を終えたショウキは二人の背後でげっそりと歩いていた。どうやらプレミアも納得はしたらしく、上機嫌なリズに撫でられてドヤ顔を晒していて。そうして勝手知らないエルフの宿舎を歩いていれば、すぐに見知った顔に遭遇した。
「あ、プレミア。勝手に出歩いちゃダメじゃないですか!」
「申し訳ありません。ショウキを起こしに行っていました」
「まあまあユイちゃん。おかげでショウキくんも来たしね?」
「む……そうですね。ごめんなさい、プレミア」
「いえ」
相変わらずプレミアにお姉さんぶりたいらしい、家以外では見慣れない本来の少女姿で過ごしているユイに、それを経験者とばかりにたしなめるアスナと。もちろん先のクエストで共に戦った二人もまたここにおり、さらにもう一人、アスナの傍らに黒づくめの少年が立っていた。
「えっと……リズにショウキ、だよな?」
「あんたと同じく、アバターを変えてるあたしにショウキよー?」
「悪かったって。それに……プレミア、だよな? 俺はキリトだ。よろしく」
「はい。ユイから話は聞いています。よろしくお願いします」
イグドラシル・シティへと移行したことにより、まだアバターを変えたショウキたちに慣れていないらしく、本人も浮遊城の頃からアバターを変えているだろうにキリトは苦笑しつつ。プレミアに握手を求められて応じていると、ユイの存在からかやはり珍しいのか、キリトはしばしプレミアを観察する。
「……どうした?」
「あ、いや……何でもない」
「なあにあんた、プレミアまで手込めにするつもり?」
「てごめ?」
「パパ?」
「ち、違うって! リズも 変なこと言わないでくれ!」
……キリトは何やらプレミアに気になったことでもあったようだが、それはリズのちょっとしたからかいで聞ける雰囲気ではなくなって。何よりショウキからすれば、ピクリとも表情を動かさずに、笑顔で固定されたアスナのことが恐ろしかったということもあるが。
「皆、ここにいたか」
「キズメル。ごきげんよう」
そうして揃って宿舎から出たところで、もはや見知った顔のエルフが親しげに話しかけてくる。皆、とは呼ばれたものの、一人だけいない者もいるが……まあ、あの鼠は色々とやることでもあるのだろう。
「……キズメル……」
ともかく先のクエストには参加していなかったが、やはりアスナ同様に以前のアインクラッドで出会っていたのか、キリトが信じられないような表情で呟いた。それにはキズメルも気づいたようだったが、ひとまず、プレミアへ恭しく頭を垂れた。
「巫女様。よくお休みになられましたか?」
「はい。ご飯も美味しくベットもよく眠れました」
……巫女様。先日のクエストで呪いそのものとなったモンスターを、祈りとともに消失させたプレミアを、エルフたちはそう呼んでいた。エルフの伝承に残る聖大樹の巫女と、プレミアの行動がそっくりだというのだ。
「ただ……すいませんが、『みこさま』というのは全然わかりません」
「いえ。我々が呼ぶだけですので、お気になさらず……さて。そなたも私の名前を知っているのか?」
「え? ああ……」
とはいえ肝心のプレミアがこの調子のために、巫女かどうかも怪しいけれど。本人に聞いてもやはり何も分からないらしく――設定がないのだから当然だが――当の、エルフの伝承を調べさせてもらったが、やはり特にプレミアに関する手がかりもなく。エルフたちはそう扱うという形で決着したらしく、巫女様――プレミアへの挨拶が済んだキズメルは、改めてキリトへと視線を向ける。
「後回しにしていたが、アスナもそなたも、どうして私の名前を知っているんだ?」
「えーっと、それは……」
「あー……人族の間に、腕の立つエルフの隊長がいると噂になってて、是非とも手合わせがしたいと……」
「なんと。それは光栄だな」
「とにかく……会えてよかった。キズメル」
まさか前世とも似たキズメルと知り合いだったなどとは言えず、キリトはしどろもどろになりながら、どうにか言い訳を絞り出した。隣で理由を考えていたアスナからも、「えぇ……?」という呟きが漏れるが、特に疑うこともなくキズメルは信じてくれたらしい。苦笑いとともに肩を撫で下ろすキリトだったが、次なるキズメルの言葉にすぐさま固まることとなった。
「なら、我々エンジュ騎士団に一つ指南でも頼めないか? こう見えて我々も、人族の剣さばきには興味があるんだ」
「……いいぜ。エルフたちに胸を貸してもらおうかな」
「え、キリトくん……?」
口から出任せだった手合わせを向こうから言い渡された、いわば予想外の事態だっただろうに。キリトは小さくうろたえたものの、すぐさま不適な笑みを見せてキズメルからの申し出を受け入れた。てっきり断るものだろうと思っていたもので、ショウキも口には出さなかったものの、アスナと同様に怪訝な感情を伺わせたけれど、人の心配をしている暇などなかったようで。
「もちろん私としては、ショウキにも来てほしいのだが」
「すいませんが、ショウキとリズは、わたしが連れていきたいところがあります」
「連れていきたいとこ?」
ごめんこうむりたいのでどうして断るか――というショウキの気持ちを察してくれた訳ではないだろうが、ありがたいキズメルの申し出をプレミアが断ってくれる。とはいえキズメルもそれを承知していたのか、納得したように頷いた後にプレミアへ一礼する。
「失礼しました。……ショウキ。向こうの訓練所で行っているから、よければ後に」
「ああ」
「ねぇ、ショウキくん。ちょっと頼みがあるんだけど……」
もちろん行く気など一切ない――と、本心から誘って来てくれているのだろうキズメルに対して悪いと思いながらも、こればかりはごめんだとショウキは強く思いながら。後ろからリズの情けない、とばかりのため息を甘んじて聞いていれば、ちょっと話しにくそうにアスナから用件を伝えられて。
「アルゴさんを見たら捕まえておいてね。久々に会ったのに、気づいたら逃げられちゃったんだから」
「あー……ああ」
……それこそ無理な話だろうと、ショウキは喉元まででかかった言葉を、どうにか肯定に変えていた。
「それでプレミア、あたしたちをどこに連れてくの?」
「『ひみつ』です」
「む、いつの間にかそんなこと覚えて……」
そうしてキリト一家にキズメルとはそこで別れ、ショウキとリズはプレミアに連れられてエルフたちの集落を歩いていた。最初に会った時は、アルゴの仲裁がなければ攻撃されるところだったが、どうやら先の共闘で仲間とは認められたらしい。ショウキとフレンド登録をしているだけで、直接は先のクエストには参加していないリズにも同様に、中には親しげに話しかけてくるエルフもいるほどだ。
「……なあプレミア。やっぱり、なんで祈ったかとかは分からないのか?」
特に、伝承の巫女とやらと同じことをしたという、プレミアへの畏敬の念は強く。これが伝承だけだったならばともかく、実際に祈りとともに呪いの魔物とやらを滅ぼしてみせて、それが自分たちでは倒せなかった仇敵ともなれば、こうもなるだろうか。とはいえ流石に気にはなるというもので、ついショウキはプレミアにも分かるはずのない質問を発してしまう。
「……わかりません。ただ、わたしもショウキたちの役に立ちたいと、そうしていたら……身体が勝手に」
「……そうか、ありがとな」
「うん。話に聞いてたけど、大活躍だったそうじゃない? あたしも用事がなきゃ行ったのねー」
「『ようじ』……」
リズに頭を撫でられながら、プレミアは無表情で小さくそう呟いた。まだ表情の変化は少ないものの、出会った頃と比べれば随分と感情表現が豊かになってきたプレミアだったが――その分、よく分からないことを言うことも増えたが。その言葉を呟いた時は、まるで初めて会った時のような能面で。
「…………」
「着きました、ここです」
「ここ?」
そのことをショウキが問いつめるより早く、プレミアは歩みを止めていた。そこはやはりエルフの集落の一角であり、リズとともに辺りを見渡してみれば。
「……鍛冶屋?」
テントに設えられたリズベット武具店と変わらぬ設備から、どうやらそこはエルフの鍛冶屋らしいとショウキは判断した。ここに来るまでに出会った様々なエルフたちも、それぞれのルーチンワークをこなしていたが、不機嫌そうに座る彼の業務は鍛冶屋らしい。とはいえ客がいるようには見えず、本人も鍛冶ではなく何やら本を読み漁っていたが。
「リズとショウキの、何かの参考になるかと思いまして」
「なるほど……エルフの技術、確かに興味はあるわね。ショウキ?」
「……武器を新しく造りたいんだが」
これでプレミアがここまで連れてきたかった理由がはっきりする。アスナから聞いていた通りに、エルフたちは旧アインクラッドの時と同様、魔法やスキルなどはプレイヤーたちとは異なるものを使っている。ともすれば鍛冶もエルフ流ではないか、というのは考えやすく、リズの無言の提案を受け入れてショウキは彼に仕事を頼む。
「…………」
こちらには気づいていただろうに、エルフの鍛冶師は素材を提示してようやく本から顔を上げた。ちょうど短剣が一つ買える程度の素材にユルドを一瞥すると、ショウキたちに何ら挨拶をすることはなしに、ふいごを起動して黙々と作業を開始し始めた。この森のただ中で火をどう起こすかと思えば、装備していた指輪が光ると、共鳴するかのように炉に火が入る。
それからは一見すると、プレイヤーたちの行う鍛冶と何ら変わりのないようだった。炉の火力で素材を研磨し、槌で変質した素材を叩き上げ、一瞬の閃光とともに新たな武器へと生まれ変わる。結局は一言も発することはなく、エルフの鍛冶師はショウキに短剣を受け渡した。
「どうも……リズ?」
「……すごい……ねぇショウキ! 今のウチでも真似できないかしら!」
彼女にしては珍しく、感極まったようにボソリと呟いた。感動に打ち震えて肩をわなわなと振動させ、その感情を共有せんとショウキに訴えかかるが、当のショウキからすれば自分たちとエルフの鍛冶師、どこがどう違うのかは分からなかったのだが。
「……何か違ったか?」
「全っっっっ然もう違うわよ! リーファとシリカぐらい違うわ!」
その分かりやすいが本人たちに聞いたら怒られそうな例えは止めろ――などと言う前に、違いの分からないショウキへの落胆すらも些末なことだとばかりに、リズは再び無愛想な鍛冶師へと鍛冶を依頼していた。簡単に作れる先の短剣と違って、今度は随分と大がかりな上に特殊な技能を要するあげくオーダーはマイナーこの上ない武器で、やたら時間がかかるものをよくばりセットにしたような注文だった。仮にリズベット武具店に同じ注文が来たとすれば、必ずや顔をしかめるだろう代物であったが、エルフの鍛冶師は無愛想な表情を崩さない。
「…………」
そうしてそんな嫌らしい注文をした張本人だったリズは、エルフの鍛冶師の一挙手一投足を見逃さんとばかりに、じっくりと見定めていた。絶対にそのエルフの技を見て盗んでやるとばかりに、腕を組んで鍛冶師を見つめるリズには、もはや話しかけることすら躊躇われる。そもそも見て盗めるものかという疑問は残るが、そもそも違いが分からないレベルのショウキに口を出す資格もない。
「どうしましょう、ショウキ。全然わかりません」
「俺もだ」
「ぐーぜんエルフ流の鍛冶スキルを学べるスキルブックが二冊あるんだが、一つ3,000ユルドでどうダ?」
「……買った」
見栄を張っても仕方ないと、プレミアとともに首を捻るショウキだったが、まさか見て盗もうとしているリズ任せにするわけにもいかず。自分にも何か出来ることはないか――とまで思っていると、気づけば隣から悪魔ならぬ鼠の囁きが聞こえてきていた。もちろん申し出は即決である。
「アルゴです。ショウキ、捕まえましょう」
「アーたんから頼まれたカ? だけどプレミア、よく考えた方がいいゾ? オレっちが捕まったら、この本は手に入らないんだからナ?」
「む……卑怯です。本はください」
「ハハハ。そう、オネーサンは卑怯なのサ」
「……どうしてそうアスナにキリトと会いたがらないんだ?」
ぴょんぴょんと跳んで件の本を取ろうとするプレミアから、アルゴは翼を使って多少ながら浮かび上がって、ギリギリでプレミアが取れない距離を維持していて。見ていられずに素早くトレードを申し込むと、そのスキルブックとやらが代金と引き換えにショウキのストレージへと二冊ほど渡る。
スキルブックとは、読むことで習得済みのスキルのポイントを入手できるようにし、場合によっては新たなスキルツリーを発生させる本アイテムである。便利なアイテムではあるが、一つの本について1プレイヤーのみしか恩恵はなく、さらに習得していないスキルについての本ともなれば無意味なものだ。例えばショウキがテイムスキルのスキルブックを読もうが無意味だが、今回の場合は、エルフ流の鍛冶スキルがポイントついでに習得できる優れものだ。
「毎度アリ。その質問は追加料金……と言いたいところだが、まあセットにしといてやるヨ。オレっちは神出鬼没なオネーサンだから、だナ」
「……そうかい」
「まあ、近い内には顔を見せに行くサ……明日を楽しみに、ナ」
明日を楽しみに。そんな意味ありげな言葉を告げると、アルゴはプレミアの頭を撫でるとエルフの領域から歩き去っていった。アスナにどう言い訳をしたものかともショウキは思ったが、まさかアスナも本気で捕まえる気ではないだろうと、自分自身に都合のいいように自己解釈しておくとする。
「ショウキ」
「ん?」
「アルゴは、ショウキたちにその『すきるぶっく』を持ってきてくれたのでしょうか」
「そうだろ」
アルゴが歩いていった方向をじっくり見つめながら、プレミアが確認するように問いかけてくるのを、考える間もなく肯定する。もちろんお代という対価はいただいていったが、その『明日』の準備とやらが忙しいだろうに、わざわざ今回の件の礼を告げに来るついでに用意してくれたのだろう。同じく見栄っ張り属性持ちのショウキとすれば、そんなことはアルゴも死んでも認めないだろうが。
「はい。やはりアルゴは『いいひと』です」
「ありがとー!」
などとアルゴと一悶着を起こしている間に、どうやら注文の品……とともにリズのスキルだけに頼らぬ技術の盗み見が終わったらしく、大ぶりの突撃槍をエルフの鍛冶師から受け取っていた。相変わらず鍛冶師は無愛想であったが、どことなく疲れているようにも感じられ、ショウキは内心で鍛冶師へと謝っておく。
「アルゴは何の用だったの?」
「ほら、これ」
「へぇ、いいもんくれたじゃなーい! ……値段は?」
「……二つで6,000ユルド」
「……まあ、お買い得では、あるわね」
そんなエルフ特製の突撃槍とアルゴのスキルブックをリズと交換しながら、多少ながら値のはったそれらにリズベット武具店の金庫が心配になりつつも。スキルブックは後で読み込むとしてストレージにしまい、ひとまずショウキとリズはプレミアに向き直って。
「ありがとね、プレミア。連れてきてくれて」
「はい。お役にたてたようでよかったです」
「プレミアー! リズさーん! ショウキさーん!」
そうしてリズに撫でられて満足げな表情を見せつつも、あなたは撫でてくれないのですか? ――と言わんばかりのプレミアの視線に、ショウキは気づかない振りをしてやり過ごすと。幸か不幸か、遠くからショウキたちを呼び出すユイの声が聞こえてきた。
「温泉?」
「ああ。我がエルフ領の、人族にも負けぬと自負する場所の一つだ」
呼び出してきたユイについていけば、エルフのエンジュ騎士団と模擬戦をしていた組が揃っており、キズメルからはそんな誘いをいただいた。いわく聖大樹がある場所には優れた温泉があり、模擬戦の疲れを癒すために入浴するのだが、ショウキたちもどうかと。別に模擬戦をしたわけでもないので疲れてはいないのだが、温泉と聞いては温泉好きを自負するリズが反応する。
「へぇ? 悪いけど、あたしは温泉についてはちょっとうるさいわよ?」
「ふふ。ぜひ満足していってくれ」
「あの、キズメル……もしかしてその温泉って、男女一緒じゃないわよね?」
リズの安い挑発もキズメルは簡単に受け流し、どうやら聖大樹の温泉とやらによほど自信があると見える。かの《オーディナル・スケール》の一件から、あまり聖大樹とやらにはいい印象を持てていないのだが、今回で挽回なるか――などとショウキが思っていると、アスナが恐る恐る口を開く。
「ああ……安心してくれ。遥か古代に現れた二人の人族から、人族は男女揃っての湯あみは出来ないのだと伝えられている。申し訳ないが、キリトたちはあちらを頼む」
……どうやらアスナの心配は杞憂に終わったらしく、むしろ不審げな表情を皆から向けられるのみに終わっていた。そうしてキリトとともに女性陣と別れ、ショウキと目を合わせようとしないキリトへ問いかける。
「なあ、その混浴がダメだって伝えた人族って」
「……聞かないでくれ」
……情けから、それ以上の追求はしないようにすると。気まずい空気のまま脱衣室に到着すると、キリトはすぐさま服を着たまま大浴場に突入すると、流石に浴槽に入ることはなかったものの、くまなく大浴場を調べ始めていた。
「……………?」
「あ、いや……前に、男女別だって言われたら、更衣室だけ別だったことがあってさ……いや、ごめんな……」
「……大変だったんだな、色々と」
もはや言語も発することなく彼の奇行に目を白黒させていると、キリトは遠い日を思い返すようにどこかを眺めていた。ただし自分がどんな不審者だったかは理解できたようで、すごすごと脱衣室まで戻ってくる……というか、目の前に明らかに大浴場を男女で分けた壁があるのだけれども。
その証拠に、耳をすませば壁の向こうから彼女たちの声が――
『……リズ、また大きくなった?』
『え? なな、なに言ってるのよ、アスナ。これランダムアバターじゃない』
『ううん。この体型はキャリブレーションよね。私の目は――』
――耳をすますなんて最低だなと、聞かなかったことにしてショウキはピシャリと大浴場への扉を閉めた。そこでひとまず落ち着いて、一息。脱衣室にあったバスタオルを借りて、風呂に入るために服を脱いで――とはいえ、ボタンを一つ押すだけだけども。再び大浴場への扉を開いて、その自慢の温泉とやらに足を踏み入れていく。聖大樹の影響かお湯は強く濁っており、底は見えないほどだったが不思議と汚い印象はなかった。
「……なあ、ショウキ」
「なんだ?」
「プレミアやキズメルのこと、どう思う?」
「どうって?」
ひとまずその自慢の濁り湯で汗でも流すかと、ショウキが桶で湯を注いでみれば、背後からキリトに呼びかけられる。その口調はしごく真面目なモノであり、ショウキもそんな口調で問い返したものの、キリトが言わんとしていることは分かっていた。
「二人とも……まるで人間みたいじゃないか」
「それはうれしいです」
「…………」
「…………」
壁の向こうからではなく、近くから鈴の音のような声が響き渡り、キリトの言葉でシリアスになりかけた空気が一瞬で雲散霧消する。温泉に入る前にお湯を被っていた動きが、ショウキもキリトもピクリと止まり、見よう見まねで被った少女からお湯が流れる音だけが大浴場に響いていた。
「気持ちいいです」
「……プレミア」
「はい」
「女湯は、向こうだ」
「ショウキと『はだかのつきあい』がしたかったので」
「…………」
「ああ、じゃあ、ごゆっくり……」
どこで覚えたのか、畳んだ小さなタオルを頭の上に乗せながら、プレミアは首まですっぽりと温泉に遣っていた。聖大樹ご自慢の濁り湯にこれほどまでに感謝したことはなく、逃げ出そうとするキリトを捕まえながらも、ショウキはどこかデジャヴを感じていた。
ログインしてからすぐ。何やら勘違いしたプレミアがどうしてかショウキを尻に敷いてきて、明らかに字面が酷い有り様になった時、そう、一番に勘違いされたくないような人の声が――
『ショウキー!? プレミアがいないんだけど……まさか、そっち行ってないわよね?』
――デジャヴ、というよりループだったようだ。
……そうして、翌日。それぞれの種族領と《MMOトゥデイ》から、公式から未発表の大型クエストについてが発布されていた。エルフたちを襲う謎の呪いは浮遊城全体に広がっており、エルフたちと協力してそれらを討伐するというもので。
その情報の元締めは、《鼠》と呼ばれる情報屋だった。
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