外伝・少年少女の戦極時代
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斬月編・バロン編リメイク
ニセモノお嬢様は見た!
ゆうべ選んだ衣裳に身を包んだ咲(体はヘキサ)は、緊張でスカートの布地をきつく握って、ホテルに向かう車に乗っていた。
「碧沙。落ち着いて。長くて30分程度だ。ね、兄さん?」
「ああ。お前はいつも通りでいれば、それだけで充分だ」
「いつも通り」をするヘキサが、この体の中にいないのだと、何度訴えたくなったことか。
咲はありふれた一家庭の女子小学生だ。生粋の「お嬢様」であるヘキサとは決定的な隔たりがある。正直、咲が「呉島碧沙」を完璧に模倣できるとは思えない。
「……終わったらシャルモンに連れて行ってやるから」
貴虎の提案は最後の譲歩だったのだろう。
この場にいたのがヘキサなら喜んだだろう。しかし、咲は素直に喜べない。
散々ビートライダーズを貶した凰蓮と、その腰巾着が板についた城乃内を見たくない。
車はついにホテルの玄関に横づけされた。
貴虎が助手席から降りた。光実もまた外に出て、微笑んでこちらに手を伸べた。エスコートしてくれるというのか。さすが坊ちゃん育ちはやることがジェントルだ。
咲は光実の手を恐る恐る取り、車から降りた。
咲は貴虎と光実の後ろに付いてエレベーターに乗り、ホテルの一室に入った。
「ひろーい!」
咲はつい部屋の奥まで駆けて行き、調度品を見たり、カーテンを開けて外の景色を見たりした。この部屋こそ、噂に聞くお金持ちのシンボル、スイートルーム。
「碧沙。あまりはしゃぐな」
貴虎のぴしゃりとした叱責で、咲は我に返った。ごめんなさい、と嵌め殺しの窓の桟から下りた。
「兄さん。会う相手が来るまであとどれくれい?」
「20分余りだ」
「そう」
光実は高校から下校した格好のままでこの場に来た。未成年男子のフォーマルは学生服なので問題はないのだとか。
しかし、持ってきた学生鞄から参考書を出して読書としゃれ込めるのは、暇潰しの手段を持たない咲からすれば羨ましい限りだ。
これから約20分。地蔵もかくやという貴虎と二人で無言の空気を共有しろというのか。咲には厳しい試練だ。ヘキサはよく平気で過ごせているものだ。
部屋のドアが開いた。
助かるとはいえ、時間通りでないのはいかがなものか。
「失礼致します。私、シャプール様の執事でアルフレッドと申します。呉島貴虎様とご親族の方ですね」
「はい。初めまして、ミスター・アルフレッド。わざわざのご挨拶、痛み入ります」
「いいえ。実はまことに失礼なお話なのですが、シャプール様が少々立て込んでおりまして。定刻より遅れての会見になっても……」
「構いません。今日はスケジュールを空けていますので」
他にも二、三やりとりし、アルフレッドは一礼して部屋を出て行った。
咲はすっくとソファーを立ち上がった。
「碧沙?」
「お手洗い、行ってくる」
インターバルはまだまだ続くと判明したのだ。せめてホテル内の廊下でも歩いて気分転換しておこう。
お手洗いをすませた咲(体はヘキサ)は、豪奢な廊下の細工を一つ一つ立ち止まって眺めながら、ゆっくりと元来た道を戻っていた。
「――、ざいません――お坊ちゃまに逃げられ――」
何か不穏な単語が聞こえた気がして、咲は声が聞こえたほうへ小走りに行って角から覗いた。
(今日会うえらい人の執事の……アルフレッドさん、だっけ。だれと電話してんだろ)
「ですが心配には及びません。――。はい。見つけ出して、必ず始末を」
アルフレッドが電話を切った。
「自分の息子を――悪いご主人様だ」
ひゅっと息を呑んで、隠れていた角に引っ込んだ。
(さっきシマツって言ったよね。最初にお坊ちゃまって言ったよね。息子って言ったよね。なにそれ。陰謀? お家騒動? ど、しよ。どうしたら。そうだ! 光実くんとお兄さんに知らせたら)
「盗み聞きとはマナーがなっていませんねえ。小さなレディ」
はっとして咲が顔を上げれば、すぐ後ろに、愛想よく笑うアルフレッドが――
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