いたくないっ!
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第十章 風が吹いている
1
「な、なんだよこのカッコはっ!」
あおいは、両の腕を持ち上げてびっくりおろおろと、自分の服装を見下ろしていた。
白を基調にところどころ青いラインやポイントの入っている服を。
上半身は舞踏会の貴婦人のようにぎゅっと詰まった硬い感じで、反対に下はふわっとしたスカート。
青いグローブに、ブーツ。
高校の制服が、水に溶けるように消えたかと思ったらこのような服装になっているのだから、驚くのも無理はないだろう。
驚いているのは、あおい本人だけではなかった。
「……ああ、あおいちゃんが、二番目の、魔法女子だったなんて……」
赤い服に、赤い髪の毛、魔法女子ほのかである。
二人きりでいるところをマーカイ戦闘兵に襲われ、正体がばれることをいとわず変身し、あおいを守り戦っていた。しかし今日は敵の数が多く、もう守りきれない、というところで、あおいの能力が覚醒し、二人目の魔法女子が誕生したのだ。
新たな戦士の出現に動揺していたマーカイ戦闘兵たちであるが、気を取り直した先頭の一人が襲い掛かる。
あおいは、ぎりぎりで攻撃をかわすと同時に、相手の顔面に拳を叩き込んでいた。
「ギギャッ!」
マーカイ戦闘兵の悲鳴。
四散、消滅。
「すげえ……」
無意識の反撃だったのであろうか。
あおいは、ぽかんとした表情で、爆発的なパワーを発揮してみせた自分の両手を見つめていた。
ゆっくり顔を上げると、ほのかへと視線を向けた。
二人は無言で、力強く頷きあった。
その瞬間、さらに二体のマーカイ戦闘兵が悲鳴とともに闇夜に溶け消えた。ほのかの拳と、あおいの回し蹴りが、それぞれ炸裂したのである。
ならば、と束になって飛びかかる十数体のマーカイ戦闘兵であるが、すべて闇へと還るまでに、ものの一分とかからなかった。
「こやつらはしょせんザコ。はなから頼りになどしておらんわ!」
先ほどから様子を見守っていた、巨大な蜘蛛の背中から女性の上半身が生えているような不気味な怪物が、突如沈黙をやぶって、ざざざっと走り出した。
マーカイ獣。魔界で製造された合成獣である。
「死ねい!」
ぞわぞわ動く触手のような脚が、一本、二本とあおいに襲いかかる。
「おっと」
すすっとかわし、今度はこちらの番とばかりにその脚を蹴るあおい。
しかし、さすがに戦闘兵とは違うということか、まるでダメージを受けている様子がない。
「上! 気を付けて!」
ほのかの叫びに、あおいは素早く後ろへ飛び退いた。寸前まで立っていた空間を、鎌のような爪が切り裂いたのは、その刹那であった。
しかし、
口からぷっぷっと糸が吐き出され、あおいの両手は手錠のように呪縛されていた。
「蜘蛛のくせに口から糸を吐くのかよ!」
叫び、必死に抗うが、それも虚しく一方的にぐいぐいと引っ張られていく。
「我はマーカイ獣ズヴァイダ。蜘蛛ではない」
「んなこと知るかっ! それよりも……てめえは、絶対に許さねえからな。卑怯な真似ばかりしやがって。ほのかとの仲を、切り裂こうとしやがって」
精神を狂わす毒粉を撒き散らして人々を仲違いさせる、という作戦のため、町の住人は大混乱。ほのかたちも例外でなく、親友である二人は大喧嘩をしてしまったのだ。
といっても、毒粉の効果薄くぽけーっとしているほのかを、あおいが一方的に責め立てただけであるが。
あおいの身体は、蜘蛛の糸にずるずると引きずられ、お互いの距離はもう目と鼻の先であった。
マーカイ獣の本体である蜘蛛の方が、鋭い歯をガチガチと打ち鳴らした。
「許さなければ、どうするというのだ」
蜘蛛の背から生えている女性の、口から喜悦の声が漏れた。
だが、次の瞬間、その笑みは一転して憤怒の表情へと変わっていた。
「こうすんだよ!」
と、あおいが渾身の力を手に集中させ、糸を引きちぎったのである。
とっ、と後ろに下がったあおいは、仁王立ちになり、そっと目を閉じると、拳を握りしめた。
「あおいの、青い水のせせらぎが、いま、激流になる!」
目をかっと開き叫ぶと、どどおおんという重低音が鳴り響く。
すべてを飲み込むかのような濁流が、数匹の青い龍になってぐねぐね舞い踊る。
カメラズームで、あおいの腕がアップになった。白い魔道着の短い袖から伸びている、細くしなやかな腕が。
すうっ、と青い龍が通ると、袖もグローブも溶け消えて、肩から先は完全に素肌になり、もう一度青い龍が通るとその腕は、青い袖と、細かな装飾の入った青いグローブとに覆われていた。
周囲をぐるり回りながらカメラが移動し、今度は下半身がアップになる。風にぱたぱたなびく白いスカートの前を、龍がうねりながら舞い通ると、布地の色が白から青へと変化していた。
それまで全体的に白を基調に青い装飾のある服装だったのが、反対に、青を基調に白や赤の混じる服装へと変わっていた。
金色のオーラを全身にまといながら、あおいは力強く微笑み、拳をぎゅっと握った。
「パワーアップで限界突破、魔法女子あおいアクア! 子供の涙は聖なる流れ。乙女の祈りは清らかなせせらぎ。それを笑うは邪悪な魂。からんでほどけぬ糸ならば、この激流でぶっちぎる!」
握った右拳を、ぶんと正面へと突き出した。
「うおおお、ほのかと違って噛まずにいえてるぞ!」
ふわふわ宙に浮かぶ猫型の妖精ニャイケルが、びっくりした顔をしている。
「なんですかそれえ!」
小馬鹿にされ、胸の前に両の拳を握ってやきもき抗議するほのか。その腕に、しゅるり蜘蛛の糸が巻き付いていた。
「ひゃあああ!」
「ひゃあじゃねえよ! ボケッとしてんなあ!」
「そんなこといわれても……あれ、切れないっ!」
縛られた両腕を引きちぎろうとするほのかであるが、糸が想像以上に硬いのか、力を込めども呪縛は解けず、いたずらにもがくばかり。
「あたしに任せとけ!」
あおいが、右手を前へかざす。
その指先から水が勢いよく噴き出し、ほのかを傷つけることなく、蜘蛛の糸のみをいとも簡単に切断していた。
「あおいちゃん、ありがとう」
「なあに。こいつの毒で我を忘れてガーッと怒鳴っちまったお詫びだよ。……だから、こいつのとどめは、あたしがさす!」
あおいは、マーカイ獣ズヴァイダの乗用車ほどもある巨体を、きっと睨みつけた。
「世迷い言を。貴様ごときにやられる我と思うのか!」
ズヴァイダの本体にある蜘蛛の口、そこから数本の糸が、突き刺すような凄まじい勢いであおいへと伸びる。
あおいは、避けるのも面倒とばかりにパシパシと叩き落とすと、前へと走り出していた。
ぶっ、と襲う糸を高く跳躍してかわし、華麗にトンボを切ると、
「あおいアクアスパイラル!」
ぐるぐるスピンしながら急降下。
いつの間にか右足に、魔装具と呼ばれる無骨な武器が装着されており、それがマーカイ獣ズヴァイダへの巨体へと突き刺さっていた。
爆発、
闇の合成獣の巨体は雲散霧消、闇に還り、そこにいるのは青い色の魔法女子あおいだけであった。
己が放った凄まじい技の威力で地面が削られすり鉢状になったその中心で、片膝を着いている。
はあ、はあ、と息を切らせていたが、
やがて、
さすがにちょっと疲れたあ、と、そんなほっこり笑顔で立ち上がると、拳をぎゅっと握り、
「あおい、ウイン!」
右腕を突き上げた。
2
すっかり暗くなった、夜の公園、
高校の制服姿の、ほのかと、あおい。
二人の間に、ふわふわ浮かぶ猫型妖精、ニャイケル。
「あおいちゃんが、魔法女子だったなんて」
まだ信じられない、といったような、ほのかの表情。
「うん。あたしも、自分のことながらまだ信じられないや。変身しただけじゃなく、あんな強そうな怪物をやっつけちゃったなんてさ。……最近ほのかの周りに、たまにチラチラと変なのが見える気がしてたんだけど、こいつだったんだな」
あおいは、ニャイケルを指差した。
「変とかこいつとかいうんじゃねえ! つうか指をさすんじゃねえよ! ほのかの友達のくせに、口も態度も悪いな、てめえ! まあ、ほのかはかわりに頭が悪いけどな」
「口が悪いのは、お前だろ! それと、正体秘密なんだろ、隠れるならもっと上手く隠れろよ、間抜け! ……それはともかく、さっきの怪物、マーカイ獣っていうの? やり口の超卑劣な奴だったな。ほのかと危うく絶交しちゃうとこだったよ。改めて謝るよ。あたしが悪いのに怒鳴っちゃって、ごめんな、ほのか」
「いえ、その……私が、食べちゃったというのも、本当で……」
ほのか、困ったように、視線を右に左に泳がせている。
ぽわわわわん、と回想シーン。
「ほにゃ、こんなところにケーキがっ。ひょっとしてあおいちゃん、私のために残しといてくれたのかなあ。それじゃ遠慮なく、いっただきまあす!」
回想シーンの画面を、バリンと鉄拳がぶち割って、顔面ドアップになったあおいが叫ぶ。
「えーーーっ! 食べてないっていってたじゃねえかああ!」
「だって、だって、あの剣幕で迫られて食べましたなんていえるわけないじゃないですかああ!」
「行列すっごーく待って、あたしでちょうど最後だったという奇跡的に買えた一個だったんだぞ! もうっ、もうっ、ほのかとは一生クチ聞かねーーーっ!」
「ごご、ごめんなさあい」
「知らん」
「そんなあ」
「許さん」
ぺこぺこ謝るほのかと、回り込まれるたびにぷいっとそっぽを向くあおい。
宙にふわふわ浮きながらそれを見ていた太った黒猫ニャイケルが、振り向いてカメラ目線で、
「こいつら、マーカイ獣がなんにもしなくても、チーム結成初日で崩壊の危機を迎えてたんじゃねえの?」
はあああ。もうやだ。と、うなだれ、ため息。
すーっとカメラの角度が上を向いて、夜空の月を映し出した。
雲間に見え隠れする、満月を。
そして、エンディングテーマへ。
3
「はふーーーーっ」
山田レンドル定夫は、赤、青、黄、緑、四人の魔法女子が笑顔で踊る3DCGアニメによるエンディングを観ながら、ため息を吐いていた。
ため息といっても、感動感激感無量のため息だ。
魔法女子ほのか、第三話。
今回も満足納得の、素晴らしい内容だった。作画、ストーリー、どちらを取っても。
納得不納得というならば、都賀ないきが、椎あおいというまったく別の名前に変えられてしまったのは不本意であったが。
放送開始前から分かっていたこととはいえ。
小説ならば文字だけなので、「ないき」などは地の文に溶け込んで見ずらいためと理解出来るが、アニメなら音だからあまり関係ないはずなのに。
おそらくは、ラノベ化のためなのだろう。と、これまでは漠然と思っていたのだが、今日の話を観て、考えが変わった。
ラノベのためもあるかも知れないが、おそらく「ほのかのほのかな炎」という言い回しをフォーマットとして生かすためなのだろう。
まさか「あおいの青い……」などという台詞が飛び出すなど、思ってもみなかった。これは嬉しい演出であり、このためならば名前を変えたのも納得だ。
主人公ほのかが、いつも名乗りを噛むという演出も、そのまま生かしてくれて嬉しいところ。
戦う変身ヒロインは威勢よく滑舌よくきっちり名乗る、という当たり前を逆手に取ったもので、とても気に入っていたものだったから。
さて、テンション高まったところで、早速、ネット掲示板でオンエア直後の感想をチェックだ。
4
678
20××/05/23/18:32 ID:966802 名前:電光ホジリン
蒼たん萌
695
20××/05/23/18:32 ID:265870 名前:なっしー
名乗り口上はセンスいまひとつだけど、変身シーンの作画はホノタソより気合入ってるよね。
703
20××/05/23/18:32 ID:555292 名前:こき侯爵
次はいよいよ、ヒカチューが変身かあ。楽しみ。
739
20××/05/23/18:33 ID:309118 名前:腰ミノ
>>703
ヒカチュー嫌い。
753
20××/05/23/18:34 ID:966802 名前:電光ホジリン
>>739
俺も嫌い。来週も、ホノタソ蒼たん二人の話でいいよ。てかそれぞれ親密になる過程をしっかり描いて欲しかったけど、みんな一話から仲良しなのがなんかなあ。
785
20××/05/23/18:35 ID:851777 名前:さるげし
位置クールやぞ。仕肩ないやん。
788
20××/05/23/18:35 ID:645433 名前:ぐしけんポリマー
皮下チュー可愛いやろが。タソにギャグの無茶振りしといて、自分が振られたら顔真っ赤で涙目って最高だろがい。
799
20××/05/23/18:36 ID:534579 名前:仮包真正
アメアニ今月号の表紙さあ、ヒカチューの後ろのシルエット、なんだろかねえ。ヒカ抜かす三人のうちの誰にも見えないんだけど、五人目? それとも、ズシーンが髪型変えるの? それかズシーンが実は変身しないキャラとか。
826
20××/05/23/18:37 ID:853231 名前:さなだむし
>>799
変身するだろ。名前がもう名前だし。今日のを見たら、頭シーンも「しずかの静かな」ってなる決まってる。
837
20××/05/23/18:37 ID:645433 名前:ぐしけんポリマー
つうか変身した四人が肩を並べているところ、公開されてんじゃん。バカか。つうか、エンデングがもう、まんまじゃねえかよ。
853
20××/05/23/18:38 ID:755489 名前:ななもたん
するとやはり、五人目か。
860
20××/05/23/18:38 ID:354323 名前:ぽしひち
ニャイケルの人間体だったり。
893
20××/05/23/18:39 ID:853231 名前:さなだむし
男の魔法女子かよ。
896
20××/05/23/18:41 ID:764512 名前:ぽーちんでっかい
味方とは限らんがな。地水火風の四大元素、既にみんな使われてるし。
905
20××/05/23/18:43 ID:159438 名前:なるみ萌
敵とすると、やはり四人かな。最終的に。
908
20××/05/23/18:45 ID:825461 名前:魔法女子りずむ
相性悪い属性の敵を相手に苦しめられながら奇跡の大逆転の黄金パターン希望。
909
20××/05/23/18:46 ID:742585 名前:やさぐれ大将
ホノタソの寝癖みたいな髪型、モーレツにカワイイ。
966
20××/05/23/18:48 ID:954624 名前:60年代生まれ
さて録画したの診よっと。
978
20××/05/23/18:50 ID:345826 名前:ダイバダッタ
おりも診よ。
980
20××/05/23/18:51 ID:853231 名前:りこちん
来週もみんなでリアルタイム視聴しようぜ! 会社なんか早退して。
994
20××/05/23/18:53 ID:847896 名前:ぶす
おう
998
20××/05/23/18:55 ID:191943 名前:でぶくそん
ニートであることがこんな嬉しい34歳
5
さすが夕方の大手民放だけあって、オンエア直後の掲示板は大盛り上がり。
自分の考え出したアニメが、と思うと、嬉しさ恥ずかしさに鼻の頭がなんともむずがゆくなってくる定夫であった。
なお、「ないき」の名がテレビアニメ化にあたって「あおい」に変更されたことは前述したが、それだけでなく、ほのか以外のレギュラー陣は全員名称が変更されている。
都賀ないき → 椎あおい
小暮かるん → 暮田ひかり
須内らせん → 織戸しずか
ニャーケトル → ニャイケル
ことごとく変えられたのは作り手の端くれとして不本意といえば不本意だが、これがプロのセンスということなのだろう。
まあ、確かに分かりやすくなっている。
それに先ほど気付かされた「ほのかのほのかな」の口上のこともあるのだろうし。
名前の話が出たついでに、いま定夫が見ているようなオタ向け掲示板でよく使われている、キャラクターのニックネームについても説明しておこう。
ホノタソ → ほのか
蒼たん → あおい
ヒカチュー → ひかり
ズシーン → しずか
なるほど、と定夫が思わず唸ってしまったのがズシーンだ。
シズカのシとズを入れ替えたのみならず、地水火風の地ということでの大地を思わせる響きが加わっている。誰が考え出したのか、もの凄いセンスである。
その後も掲示板のチェックを続ける定夫であるが、ふと、先ほど話題に上がっていたことが気になって、ベッドの上のアメアニ今月号を手に取ってみた。
アメアニ。アニメと声優の月刊情報誌だ。
表紙にデカデカ描かれているのは、黄色髪の少女つまり三人目の魔法女子である暮田ひかり。
その後ろに、新キャラとしか思えないような、撫でつけたようなピッチリショートカットの、おそらく女子と思われる、シルエット。
これは、誰なのだろうか。
敵なのか、味方なのか。
はがゆく、そして、ちょっと悔しい気持ちになる定夫であった。
魔法女子ほのかは、自分が生み出した作品のはずなのに、と。
でも、キャラデザインを担当したトゲリンの方が、きっと遥かに悔しい気持ちなのだろう。ほのかたち四人の魔法女子は、ほとんどトゲリン画がそのまま採用されているというのに、「原案」の注記もなく、完全に他人名義になっているのだから。
大人たちの技量とパワーで作り直してもらえたからこそ、ここまでの大人気アニメになったのだ、と思って諦めなければいけないところなのだろうが。
そう、魔法女子ほのかは大人気であった。
大きなお友達向けの要素満載でありながら、夕方の大手民放だけあって小さなお友達も多数観ており、第一話、第二話と、かなりの高視聴率を弾き出していた。今回の第三話も、上回りこそすれ下ることはないだろう。
放送予定は一クールだが、既に第二期制作決定の噂も出ている。
月刊少年ジャンジャン今月号から、人気作家であるアキヨシモトオ先生による連載が開始され、
同誌来月号からはスピンオフである「魔法女子ゆうき」も同時掲載され、
つい先日、ブレイブステーションと、臨天堂Witchでのゲームソフト化も決定した。
ソーシャルゲームとして売り込むためにキャラクターを大幅に増やしたい佐渡川書店と、ストーリーを重視したいアニメ制作会社とで、熾烈な争いが繰り広げられているらしい。
破竹の勢いの快進撃、になってもなんら不思議でない、大いなる可能性を秘めた作品。それが、「魔法女子ほのか」なのである。
といっても現在のところは、裏で大人によって作り上げられた人気なのだろう。佐渡川書店が関わっていることから、巷ではそのように認識されている。
佐渡川書店とは、メディアミックスで有名な大手出版社だ。
金の匂いを嗅ぎ付ける能力が非常に高く、「魔法女子ほのか」もアニメ化が決定されると、まだそれが公になるより前に、ぞわぞわ触手を伸ばしてあれよあれよと様々な権利を買い取って、まるで自分たちが発掘した作品であるかのように制作発表を行い、いつの間にか制作全体を牛耳る立場になってしまっている。
佐渡川が、「Webから生まれたアニメ」という「魔法女子ほのか」の特徴を大々的に宣伝し、大いに注目度を集め高めた上で、アニメ放映が開始されたというわけだ。
もちろん面白くなければ人気が出るはずもないが、スタートラインの地点で有利であったことに違いはないだろう。
佐渡川の体質、暗躍ぶり、あくまで噂であり真偽のほど定夫には分からないが、ビジネスと考えれば当然のことなのかも知れない。
だから定夫は、特に気にしていない。
汚れているとも思わない。
作り上げられた人気というのが本当だとしても、我々の作った原作への高評価があったからこそ、テレビアニメ化の話もきて、佐渡川が接触してきたわけで、自分たちがうしろめたい思いをする必要などはまったくない。
キャラの名称をことごとく変えられた件に関しても、先ほど説明したような理由で、納得は出来たことであるし、従ってテレビアニメ化に関しての不満は現在まったくない。
一視聴者として、毎週毎週を楽しみに待つだけだ。
まあ、ひとつだけいわせてもらうなら、自分たちの作った、いまやパイロット版ともいえるWeb版、これの公開を完全に禁止されているのは、ちょっと納得いかない。ということくらいか。
佐渡川が、この過去作品をどう市場活性に生かすかを現在検討中ということかも知れないが。どうであれ、いま感じているこのわくわくした気分に比べれば、取るに足らない些細なことだ。
テレビ版「魔法女子ほのか」、最高である。
なんといっても、ほのか役の声優が那久唯奈さんなのが素晴らしい。「はにゅかみっ!」の主人公、珠紀琴乃の声を演じている女性だ。
最初そのキャスティングを知った時には、信じられなくて頭が真っ白になって、作ったばかりのデカ盛りカップを落として床に麺をブチまけてしまったくらいだ。
ほんわかしながらも芯の通った声、という声優であることは認識していたが、ほのかというキャラにまさかここまでハマるとは思わなかった。
テレビ版のほのか、本当に、最高だ。
ああ、来週が待ち遠しい。
毎日が木曜日ならいいのに。
6
都立武蔵野中央高等学校。
沢花敦子は、北校舎三階から四階への階段を上っている。
なにやら本を二冊、小脇にかかえて。
階段を上り終えて廊下に出ると、すぐ目の前が目的地である三年三組の教室だ。
業間休みでたくさんの生徒らが談笑しながら行き交う喧騒の中、廊下側の窓から室内を確認する敦子。
教室の中央に、クマのような大柄な身体をちんまりさせてアニメ雑誌を読んでいるオカッパ頭の男子生徒、山田定夫の姿を発見した。
敦子は曲げた指の節でコツコツと窓を叩くと、勢いよく開……こうとしたがロックされてて開かなかったので、既に少し開いている隣の窓を、ちょっと恥ずかしそうな顔で今度こそ大きく開いた。
「レンさんっ!」
ぶんぶん手を振りながら、元気な笑顔で呼び掛けた。
ざわざわっ。
という擬音がこれほど似合うシーンもあるまい、というほどに、三組の教室がざわめいていた。
「やは、敦子殿」
すっと立ち上がった定夫は、超肥満のくせに足取り軽く机の間をすっすっと抜けて、窓を挟んで敦子と向き合った。
どおおおおおっ、と、どよめく教室。
「ヲタヤマがっ、じょじょ女子とっ!」
「あ、あのヲタヤマがあ!」
この男子たちのリアクション。これで何度目であろうか。
あの山田定夫が、女子生徒とっ。
何千回何万回目撃しようと慣れるはずもない、というのがまあ自然な反応なのかも知れないが。
ヲタヤマいや山田定夫は、まあヲタヤマでもいいが、は自らの作り出した騒然とした空気の中で向き合う女子生徒へと話し掛ける。
「どうしたんだよ、休み時間にわざわざ」
喋ったあ!
じょ女子にっ。
ヲタヤマがあ、じょじょ女子にっ!
普通にっ!
普通に喋ったああ!
と、ざわつく教室。
「コミカケ返しにきましたあ。どうもありがとうございました。面白かったです」
敦子はライトノベルと思われる本を、そっと両手で丁寧に差し出した。
思われる、というか実際ライトノベルである。「おれがコミケにかける情熱を読みきれなかったお前は敗者」、タイトル通りの、同人誌に夢中になっているアニオタの話だ。
「別に放課後でもいいのに」
「いやあ、お返しに、これを持ってきたのでえ。もしかして早く読みたいのかなーなんて思って」
と、もう一冊の本を差し出した。
細い目で睨む不気味な表情の子供のカバー絵。発売したばかりの「異界グルメ」第一巻。
少女漫画雑誌に連載開始時から敦子が大絶賛していた漫画で、単行本化にあたり、もともと興味は示していた定夫に、今度持ってくるからと約束していたものだ。
「おお、サンキュ。さっそく読んでみるよ」
定夫はイカグル第一巻を受け取った。
「どんなのかなあ」
「ぜーーったいに面白いですよお」
自然に、楽しげに、会話をしている二人。
を、見ている教室内の生徒たちは相変わらず、
「お、おおっヲタヤマがあ!」
「じょんじょじょ女子とっ!」
「ふ普通にっ」
「会話しているう!」
「逆にキモチわりいいい!」
「だ、誰かあいつらに水爆を発射しろーっ!」
今日初めての、こうしたやりとりではないのに、まるで今日初めて見たかのように驚きまくり騒ぎまくっている三組の生徒たちであった。
「ちょ、ちょっとあたしっ、確認してみるっ!」
今日初めての光景でないのに信じられないのか、何故か声を裏返らせながら茶髪の女子生徒、安藤和美が慌ただしく、定夫の無駄にデッカイ背中へとささっと近づいて行った。
「ねえヤマダくうーん」
半歩の距離にまで寄ると、しなつくるような声で、呼びかけた。
身体をくりんと回転させて振り向いた定夫は、クラスの女子生徒に密着されていることにびっくりして「ほめらあ!」とわけの分からない叫びを上げながら、頭を激しく後ろへのけぞらせた。
「あいたっ!」
敦子の悲鳴。
のけぞった定夫の後頭部がイナバウアーで窓枠を飛び出して、廊下側に立つ彼女の鼻っ柱をズガッと直撃したのだ。
「な、な、なっ、おっ、おーーっ、おーーっ」
わけの分からない叫び声を発しながら、ぶるんぶるんぶるんぶるん大きく頭を振っているヲタヤマ。
女子に話しかけられたことに、パニックを起こしているのであろう。
「よおし、いつも通りのヲタヤマだあ! つうか気安くこっち見てんじゃねえ!」
安藤和美の容赦ない右ストレートが、ヲタヤマの顔面をぶち抜いていた。
ぐらり揺らめくヲタヤマの巨体。と、っと足を踏み出し、一瞬持ち直したように見えたが、
「まおーっ!」
という不気味な叫びと同時に、どっばああっと鼻から血を噴き出し、地響き立てて床に沈んだのであった。
安藤和美、ウイン!
7
「本当に大丈夫なんですかあ?」
敦子は心配そうに、定夫の顔を覗き込むように見上げた。
「ほがあ、いつものことだからっ」
定夫は、ついっと自分の鼻を人差し指で撫でた。
ほがあの意味はよく分からないが、少なくとも若大将の真似をしているわけではないのだろう。
いじめられっ子というわけでもないが、クラスで一番底辺の身分であることに違いなく、カンペンで意味なく頭をカンカン叩かれるとか、クラス委員で一番嫌な係を押し付けられるなどは、日常なのである。
こっち見たというだけの理由で女子に右ストレートをぶち込まれて鼻血を出して倒れるなどは初めての経験であったが。
定夫と敦子の二人が歩いているのは、南校舎の四階つまり三年生の教室がある廊下。
何故に三年生の廊下などを歩いているかというと、定夫が三年生だからである。
そう、これまで説明する機会を逃してしまっていたが、時は流れて定夫たちは三年生、敦子は二年生に、それぞれ進級しているのだ。「魔法女子ほのか」のテレビアニメ化が決定した、その数か月後に。
とはいっても、最上級生の風格オーラなど定夫には皆無であったが。一年生にカツアゲされていても、誰も不思議に思わないだろう。
「ごきげんよう」
「うおっす」
五組の教室から、トゲリンと八王子が出てきた。廊下を歩いている敦子たちが、窓から見えたためだろう。
「ごっきげんよおおおっ!」
敦子はぴょんと跳ねて着地ざまズッガーンと右腕を突き上げた。これほど、ごきげんように相応しくない言い方もないだろう。
「なんの話してたのさ」
八王子が尋ねる。
「鼻血の話が終わって、敦子殿に借りた漫画の話をしようかと思ってたとこだよ」
「ああ、異界グルメでござるな。略してイカグル、アキナイ堂出版の週刊カチューシャに去年より連載中、先週火曜日にコミックス第一巻が発売されたばかりの」
「そう」
「ぜーーったいに面白いんだから。トゲさんも八さんも、よろしければお貸ししますから読んでみてくださあい」
「しからば、レンドル殿の次に拙者が」
というトゲリンの顔を、改めてじーっと見ながら八王子がぼそり、
「あのさあ、まったくどうでもいい話なんだけどさあ、年度が変わったというのにトゲリン、キャラ変えてないよね」
質問というよりは、気付いたことをつい口に出したという感じだ。
なにをいっているのか、八王子に変わって説明しよう。
トゲリンはいつも自分にキャラ設定をかして、そのキャラを演じている。
そして、時々キャラが変わる。
といっても喋り言葉が変化する程度であるが。
なにかの影響を強く受けてある日いきなり、ということもあるが、これまで必ず変化していたのが心機一転の進級タイミング。
だというのに、いまだ去年からのサムライ言葉のままだよね。と、八王子は疑問に思ったわけである。
「いやあ、いわれてみれば。なんだかすっかり固まってしまったでござるなあ。生まれた時分からこんな喋り方している気がするでござるよニン。五十年後もこうだったらどうしようという不安もありつつ」
トゲリンは、ネチョネチョ声で笑いながら、後ろ頭をかいた。
「ザンス言葉使ってたこともあったくせになあ。半年間くらい」
定夫が茶化す。
「えー、トゲさんが? 信じられない。……聞きたいっ!」
「といわれても、いまさら恥ずかしいザンスよ。ミーももう最上級生ザンス」
ぷーーーーーっ。
敦子は吹き出していた。
お腹抱えて指差して、あはははは大爆笑だ。
「これを聞いてて本当になんとも思ってなかった当時の自分たちの感覚ってなんなんだろうな、って思うよ」
と、定夫がぼそり。
「あの頃トゲリンが一番いじめられてたのって、その喋り方が原因だったんだよね」
「知らない! なんで教えてくれなかったザアアアンス! あの時、あの時っ、ミーは蓮本慎也に足掛け転ばされ顔を蹴られて、鼻の骨を折ったんザンスよ! てっきりキャラ立ちが甘いから殴られるんだと思って、日々必死にザンスの練習をしていたんでござるぞうおおおお!」
「お、戻った。ござるに」
「ザンスに違和感というところに、二年という歳月を感じるなあ。おれたちの成長ということかも知れないな。たちというか、おれと、八王子の」
「ほかっ、ほかに、なんかトゲさんの面白い喋り方ってないんですかあ?」
トゲリンの魂の絶叫そっちのけで、三人が盛り上がっていると、
「敦子いたああ!」
階段から、一人の女子生徒が姿を見せた。
「あ、香奈。どうしたの?」
女子生徒は敦子の友達、橋本香奈であった。
「物理の教材。あたし一人に全部運ばせる気なんかよ」
「いけない、忘れてたっ! ごめんね」
「これからだから、まあいいんだけど、もう行かないと。物理室反対だから」
橋本香奈は敦子の手を掴み、軽く引き寄せながら、定夫たちを一瞥。
「敦子借りますね。というか返してもらいますね。ほら、行くよっ」
階段へと、ぐいぐいと引っ張って行く。
「ちょっと香奈っ、階段で引っ張ると危ないよっ! そ、それじゃレンさんたち、またねっ!」
敦子はぐいぐい引っ張られながらも階段の途中で振り返り、腕を振り上げて「ほのかウイン!」のポーズを作った。
慌ててウインポーズを返しかけていたオタ三人の姿は、踊り場を折れたことで完全に敦子の視界から消えた。
と、そこで不意に橋本香奈は足をとめて、くるり振り返ると、敦子のコラーゲンたっぷりのやわらかなほっぺたを左右に引っ張った。
「まったくもう。まあた三年生のところなんかにきてんだからなあ」
「えへへえ」
敦子はほっぺた引っ張られたまま、頭のてっぺんをこりこりとかいた。
「へへーじゃないでしょ。アニメの声当てを手伝うんだとかいって、あたしたちとの友達付き合いがすっかり悪くなっていたけど、でも、もうそれとっくに終わってんでしょ」
「うん。でもアニメの話をしているのが楽しくて、つい」
「ついもなにも、わざわざ四階まできてんじゃん。よりによってイシューズなんかのとこにさあ。……あんたまさか、あの三匹のどれかと、付き合ってたりなんかしてないでしょうね」
「それはないよお」
敦子はおかしそうな顔で、手首返して縦にぱたぱた振った。腕を広げたムササビのように、むにょんとほっぺの伸びた顔のままで。
「じゃあ今日の放課後は久々にあたしたちに付き合いなさい。セカンドキッチンと、ジターグズでカラオケ、どっちがいいか選ばせてあげよう」
「ジダーグズでカラオケ! あそこのギガ唐揚げポテト美味しい! それと、『ポータブルドレイク』のエンディングが入ってるかも知れないし」
「あんた最近、すっかりオタを隠さなくなったわね」
「うん、まあ事実だから。でも、もともと隠してはいなかったよ」
わざわざ主張しなかっただけ。
「主張しない」を最近やめただけだ。
それが周囲には、大きな変化と取られるということなのだろう。
今日は久々のカラオケか。
「ポータブルドレイク」の歌、入っているかなあ。
8
乾いた風が、吹き抜けている。
太陽が、じりじりと荒野を焦がしている。
ハゲタカは……飛んでいない。何羽かスズメが見える程度だ。残念。
ここは都立武蔵野中央高等学校の、校舎前のレンガ道である。であるからして当然サボテンも生えてはいないが、
ざっ、
ざっ、
ざっ、
ざっ、
でもなんだかそんな雰囲気に浸っちゃったりなんかしてる感じに、山田レンドル定夫、トゲリン、八王子の三人は、肩を怒らせながら歩調を合わせて横並びに歩いている。
ひゅううー、
つむじ風が、土埃や落ち葉をくるくる運んで行く。
ざっ、
ざっ、
彼らは歩く。
くるくる舞うつむじ風の向こうに、中井修也の姿が見えた。
今日も女子生徒と歩いている。
しかも今日は、三人もいる。
先日出くわした時とは、完全に別の女子たちに入れ替わっているというのに、女子たちは相も変わらず中井にからみつくように密着している。
中井修也と、三人の女子たちは、楽しそうにお喋りしている。
中井修也、勉強優秀スポーツ万能眉目秀麗実家金持エトセトラな三年生である。
アニメ好きのくせに、こっち側ではなくあっち側な人間である。
線引きをするまでもなく、見た目やにおいで一瞬で分かる、あっち側の人間である。
北緯三十八度線を渡った、あっち側の。
定夫が勘違いして渡ろうものなら、銃殺間違いなしの。
だが、しかし、
定夫は、彼らへとちらり視線を向けた。
おずおずとした、上目遣いの、自信のない、捨てられた子犬のような……ではなく、顔をまっすぐ前に向けたまま、中井との身長差の分むしろ少し視線を下げて。
視線を向けた、というよりは、そらさなかったというのがより正しい表現かも知れない。
そう。
中井修也を見る定夫の目つきや態度は、かつてとはまったく異なっていた。
定夫だけではなく、それは、トゲリンたちも同様であった。八王子は背が低いので少し見上げる格好にはなってしまうが、首を下げての上目遣いではなく、顔はしっかり真正面を向いたままだ。
いつもとなんら変わらぬ、女子と楽しげに話している、人生謳歌しているような、人生殿様キングのような、しかしなにも知らぬ、中井。
そう。
中井は変わっていない。
なにも変わっていない。
中井を見る、おれたちが変わった。
中井は変わっていない。女子にモテモテの、普段通りの中井だ。中井ハーレム株式会社だ。
そんな中井を、ちょっと下に見ている。
そう。
変わったのはおれたち。
中井は変わっていない。
おれたちが、変わった。
中井は変わっていない。
むしろ変わるな。
変わったのは、おれたち。
確実に、変わった。
知っているぞ、中井。
お前、この間、「ほのかハマってるんだあ」とか、いってただろ。ボーイズラブみたいなその鼻声で。
誰が作ったと思っている。
ほのかを、誰が生み出したと思っている。
顔がいいから女子にチヤホヤされているだけの、お前に出来るか?
顔がいいからアニメ好きのくせに女子に気持ち悪がられない、お前に出来るか?
おれを、おれたちを、誰だと思っている。
お前に出来るか?
中井い、お前に出来るかあ?
と、同じようなことを、トゲリンたちも考えていたのだろうか。
考えていたのだろう。
いつしか、誰からともなく笑い声が漏れて、三人で、ふっふっふと声を合わせていた。
中井アンド女子たちと、すれ違った。
汚物でも見るかのような彼女らの視線などまったく気にせず、ふっふっふ。
振り返り、去りゆく奴らの背中へ目掛けて、ふっふっふ。
モテろ。
お前はモテろ。中井。
小市民的な優越感に浸っているがいい。
ふっふっふ。
などとやっているうち、一人の女子が定夫たちの視線に気付いた。
彼女は、道の外れに転がっている、小石と呼ぶにはちょっと大きな石を拾い、両手に持ち、ゆっくりと振りかぶった。
「クソの分際で中井くんを見るんじゃねえ!」
定夫の頭にゴチ!
「石ギャアア!」
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