真田十勇士
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巻ノ百三十四 寒い春その十三
「そしてじゃ」
「そのうえで、ですな」
「うむ、戦になる」
「そして戦になれば」
「滅びるのはこちらじゃ」
豊臣家だというのだ。
「そうなった時はお主にも頼みたい」
「と、いいますと」
「わしの娘をな」
こう米村に言うのだった。
「頼みたいのが」
「殿のご息女をですか」
「うむ」
その通りという返事だった。
「頼みたいが」
「それがしなぞに宜しいのですか?」
米村は大野の言葉に思わず問い返した、それも信じられないといった顔で。
「一介の草履取りだった者に」
「元はそうでもそなたは立派な武士じゃ」
だからだというのだ。
「誰よりも立派で誰よりも信じられるな」
「だからですか」
「そうじゃ」
それ故にというのだ。
「娘を任せたい、いざという時はな」
「そうですか、では」
「その時はな」
その時が来るのは間違いない、確信しつつの言葉だった。
「任せたぞ」
「はい、是非」
米村も大野に強い言葉で応えた。
「それがし全てを捧げてです」
「わしの娘をか」
「慈しみお育てします」
「済まぬな、お主には迷惑をかける」
「いえ、それがしは殿に引き立てて頂いた身」
草履取りから武士にとだ、米村は大野にこう返した。
「そのことどれだけの恩があるか」
「恩か」
「はい、そう思いますれば」
まさにというのだ。
「その様なこと。当然です」
「そう言ってくれるか」
「世の者達は殿を色々言われますが」
今の事態を招いた迂闊者とだ、とかく大野は天下から笑われているのは事実だ。特に豊臣家の家中においては。
「それがし達にとってはこれ以上はないご主君です、常に我等のことも気にかけて案じて気を配って下さる」
「わしはそうした主君であったか」
「殿以上の主なぞおられませぬ」
米村ははっきりと言い切った。
「まさに」
「そうであったならよいがな」
「そのことまことです」
嘘は言っていない、米村はまた大野に話した。
「それがしだけでなく殿にお仕えしている者ならば」
「そう思ってくれているか」
「左様であります、ならば」
「娘もか」
「必ず幸せに致しましょう」
このことを誓った米村だった。
「例え何があろうとも」
「お主がそうしてくれると確信しておるからな」
「それがしにですな」
「任せるのだ」
自身の娘をというのだ。
「しかしそこまで思われておるとはな」
「思いませんでしたか」
「わしはいい家臣ではない」
大野は自分をそう思っていた、豊臣家の家臣として。
「茶々様をお止め出来なかった、常にな。そしてな」
「よき主ともですか」
「お主達も負け戦に付き合わせるのじゃ」
それならばというのだ。
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