酔いどれエース
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第二章
「一皮剥けるかも知れません」
「それで主力の一人にもか」
「なるかも知れません」
「そうか、ほなな」
「わしに任せてくれますか」
「やってくれ」
こうしてだ、今井のことは梶本に一任されることになったのだった。
梶本はその試合の前に先発をする今井のところに行ってだ、紙コップを手渡して笑みを浮かべて言った。
「飲め」
「えっ、これは」
コップの中のものを見て今井はすぐにそれが何かわかった、それで梶本に怪訝な顔で問い返した。
「いいんですか?」
「ジュースだ」
笑って答えた梶本だった。
「ジュースだからな」
「飲んでいいんですか」
「そうだ、これが最後の感じがするだろ」
「はい、入団してからずっとですからね」
芽が出ていない、このことを誰よりも実感しているのは今井本人だ。それで梶本にもこう返したのだ。
「わしは勝ててないです」
「そうだろ、だったらな」
「これが最後だからですか」
「これを飲んでだ」
そうしてというのだ。
「飲んでそうしてだ」
「マウンドにですね」
「行け、そして思いきり投げてこい」
「わかりました」
こうしてだった、今井は梶本からその紙コップを受け取りその中の『ジュース』を飲んだ。そうしてだった。
大阪球場のマウンドに上がった、その今井を見て南海ホークスの監督野村克也はすぐに異変に気付いた。
「今日の今井はちゃうな」
「そうなんですか?」
「あのノミの心臓やないですか」
「ちゃいますか」
「ああ、そんな感じやな」
一塁側ベンチから今井を見つつだ、野村はナインに話した。
「普段のあいつとな」
「何年か前オドオドしててトリプルスチール仕掛けましたけど」
「それでもですか」
「あの時の今井とはちゃうわ」
明らかにというのだ、このトリプルスチールは成功して得点を挙げている。しかも三塁ランナーでホームスチールを成功させたのは他ならぬ野村、鈍足で知られる彼であった。
「ここは用心してな」
「攻めてきますか」
「これまでの今井とはちゃうと思って」
「そのうえで」
「そうしていこか」
こう言ってだった、野村は試合に挑んだ。だが今井のピッチングはこれまでの彼とは別人の如きもので。
野村の警戒も乗り越えて見事勝利をもぎ取った、これには上田も驚いた。
「今日の今井はどないしたんや」
「ちょっと細工しまして」
梶本はその上田に笑って話した。
「それでマウンドに上げました」
「どんな細工や」
「あいつ酒豪ですやろ」
「ああ、一升瓶一本は普通に空けるな」
その酒豪ぶりはチーム一とさえ言われている、その酒豪ぶりもナインから愛されている理由の一つだ。
「それでなんです」
「酒飲ませてか」
「紙コップにビールを入れまして」
そうしてというのだ。
「そこからマウンドに上げました」
「そうしたんか」
「あいつはそれで変わります」
「ビール一杯でか」
「そやからこれからはです」
「マウンドに送る前にか」
「飲ませてからあげます」
こう言って実際にだった、梶本は今井を投げさせる時はその前にまず酒を飲ませた。すると今井は二軍やブルペンで投げている様な見事なピッチングを見せた。
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