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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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生存戦 1

 動物は血と皮と内臓を避け、よく火を通せばたいがいのものが食べられる。
 秋芳は皮を剥いで丸焼きにしたジャイアント・ラットに塩を振りかけてかぶりつき、咀嚼した。

「……悪くない。思うにカピバラやパカやマーモットなどの大型齧歯類の肉は、概して人の味覚に合うのではないか。野性動物の食用捕獲を商業化することには慎重であるべきだが、このネズミの畜産化には将来性があるぞ。今度レニリアに進言してみるか」

 ここはアルザーノ帝国魔術学院の北、アウストラス山の麓に広がる迷いの森。
 ただいま生存戦の最中である。
 生存戦――。
 魔導兵団戦とおなじく、魔術師の魔術戦競技の形式のひとつ。
 広大な競技場に参加者全員をバラバラに配置しておこなわれる。参加者たちは他の参加者を探して魔術戦をしかけ、勝ち残っていく。不利だと判断したり魔力を温存したかったら逃げたり隠れてやり過ごすことも可能。そして最後のひとりまで残った生存者。時間切れで生存者が複数出た場合は撃破数がもっとも多い生存者が優勝。
 というのが生存戦の基本的なルールだ。魔導兵団戦との最大のちがいは全体を俯瞰して指示を出す指揮官がいないこと。
 競技参加者はすべてみずからの判断で動き、繰り返される局地戦を勝ち抜かなければいけない。
 なぜ、秋芳がこのような競技に参加しているのか。話は少し前にさかのぼる。





 遥か異邦からやって来たシーホークを救った英雄。
 噂の騎士爵とはどんな人物か?
 英雄叙事詩(サーガ)に謳われるような立派な美丈夫か、筋骨隆々たる蛮族(バーバリアン)か、神秘の業をあやつる妖艶美麗な魔導師(ウィザード)か――。
 学院内は秋芳の噂でもちきりだった。
 唯一正体を知るウェンディ=ナーブレスはもったいぶって黙して語らず、噂だけがひとり歩きしていった。
 だが、いざ入学してみれば、その実態は頭を剃りあげた短身痩躯の小男。
 生徒たちの間に失望と失笑が広がった。
 そして嘲りや侮りの空気も。
 こんな小男が悪魔をたおしただって? ガセじゃないのか? と、そのような風聞が広がったのだ。
 そのようなおり、秋芳を軽んじた生徒のひとりが彼に決闘を申し込んだ。
 ことの発端は魔術と銃の、どちらが優位かという話題になった時だ。

「銃なんて、一流の魔術師にとっては、なんの脅威にもならないね。あんな玩具を持った兵隊が何人群れようが物の数じゃないよ」
「いや、その考えは危険だ。慢心というやつだ。剣を抜いて斬りかかってくるよりも、呪文を詠唱するよりも、引き金をひくほうが早いだろう? まして不意打ちで撃たれてしまってはおしまいだ。俺たち魔術師は肉体的には普通の人とおなじなのだから、じゅうぶん脅威であり、注意しなければならない」
「条件起動式で一定以上の速度で飛来する物体に対して発動する【フォース・シールド】があるじゃないか」
「それは【ディスペル・フォース】など、対魔術用の術が付与された銃弾もある以上、完璧とは言えない。それに剣や槍、素手による攻撃にいたってはより細かい条件起動設定をおこなう必要がある」
「素手だって!? 素手で魔術にかなうものか」
「だから呪文を詠唱する前に――」
「一節詠唱がある」
「言葉を発する前に間合いに入られては――」
「そんなどんくさい魔術師なんかいない」
「心も体も、実戦では思うように動かないものだ」
「実戦、実戦、実戦……。ふん、シーホークを救った騎士爵様は実戦豊富なようだけど、魔術戦についてはどうなのかな」
「魔術のみに縛った戦いなど、お遊びかと」
「なんだと!?」
「問題解決にあたり魔術が有効なことは確かだ。だが大切なのは、問題に対してより柔軟に対応することで魔術はその手段のひとつにすぎない。往々にして魔術師は魔術を使うことに意識が向かいがちだが、これは本末転倒と言える。魔術というのは奥が深く、幅が広い。それも様々な方向に。魔術戦において必要とされる才能は、極めて多岐にわたる。
どのような技術、知識、才能であれ武器にすることはできる。武器にしなければいけない。純粋な魔術のみに縛った戦いは、あくまで訓練や練習。もしくは遊戯の類としか思えない」
「長々と屁理屈を!」

 秋芳のこの態度が魔術至上主義の連中に反感を持たれた。
 そこで本当の魔術がどういうものか教えてやると、上級生らに言いがかりをつけられて勝負することになったのだ。

「俺は不調法者だから、作法にのっとった魔術決闘のルールは知らない」
「ならシーホークで見せた実戦でいいから来い」
「素手で打ちかかっても?」
「ああ、やれるものならやってみろ」

 そういうことになったのだ。
 そして、そのとおりにした。
 相手が詠唱を終える前に、一足飛びに駆けて喉に手刀を叩き込んだ。
 一瞬である。

「おまえは野獣か」「優雅ではないわ」「今のは野蛮人の戦いかただ」

 非難轟々、総スカンとなった。

「おかしなことを言う。俺は実戦(ケンカ)でいいから、素手でいいから来いと言われたのでそうしたまでだ。おまえたち、レザリア王国と戦争になっても相手の兵士におなじことを言うのか? アルザーノ帝国(このくに)の魔術とは、軍事技術。殺すため殺されぬための実戦術じゃないか。とにもかくにも敵をたおし、自分が生き残ることを最善とするのが基本であり、神髄のはずだ、ちがうか?」
「ぐぬぬ……」

 この発言は他の多くの生徒たちの闘争心に火をつけることになった。
 これにより改めて『正しい』決闘を望むものが続々と名乗りでた。

 正しい決闘とは。
 1)生徒間の揉め事を魔術による決闘で解決することは、両者の合意がある場合のみ認める。
 2)生徒同士で決闘を行う場合、必ず学院側へ申請し、講師・教授の立ち会いの下で行う。
 3)決闘は非殺傷系呪文のみ使用可能。
 4)決闘の結果は覆らない。その一度の結果が全てであり、再戦の要求や報復は断じて認めない。その禁を破った場合、退学処分とする。
 以上、アルザーノ帝国魔術学院、学院生活生徒心得より。

 素手や武器による攻撃は禁止。魔術のみの決闘。
 秋芳はこれに応じた。
 毎日のように放課後の運動場で決闘が行われた。
 一節詠唱に切り詰められた【ショック・ボルト】や【スリープ・サウンド】が矢継ぎ早に浴びせられるなかで【サイ・テレキネシス】を悠々と三節詠唱して相手の襟を絞めて落とす。

「じ、実戦ならより殺傷力の強い呪文が使えるから【サイ・テレキネシス】を唱える前に――」
「ほう、ならまた実戦方式に切り替えてやってみるか?」
「ぐぬぬ……」

 【ルーン・ロープ】を鞭替わりにして振るい、【マジック・バレット】をはね除け打擲する。

「きちんと魔術を使っているぞ。これは素手でも武器でもない」
「ぐぬぬ……」

 このようにして、勝ち続けた。
 ちなみにこの連日の決闘の勝敗を賭けて小遣い稼ぎをしているロクでなし魔術講師がいるのだが、それはまた別のお話。
 
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